2014年[ 中谷賞 ] : 年報第28号

X線位相イメージングによる高感度医用診断機器の開発

研究責任者

百生 敦

所属:東北大学 多元物質科学研究所 教授

概要

1.はじめに
X線は物体内部を透かして見せるプローブであり、1895年のレントゲン博士による発見直後からその有用性が認識され、人体内部の様子を診断するためのX線医用診断機器の開発が続けられてきている。今日では、胸部レントゲンなどの集団検診やX線CTによる断層撮影など、様々な形態で様々な部位の検査に日常的に使われている。
X線画像の特徴はその高い空間分解能にある。X線医用診断機器では0.1mm 程度の高い空間分解能を誇る装置もある。これは、MRIや超音波診断装置よりも優れており、医療分野においてX線画像は重要な役割を果たしている。しかし、その空間分解能で何でも映せるわけではない。X線画像のコントラストは、被写体をX線が通過する際の減衰の大小によって与えられる。X線は透過力が高いゆえに体の中を探ることができるのであるが、その透過力の差がコントラストに反映しているのである。X線画像で骨がよく映るのは、骨によるX線の減衰がまわりの軟組織より著しいからである。しかし、軟組織を検査したいとき、X線画像のコントラストが不十分であることが多い。腫瘍や軟骨などの軟組織の検査が病気の診断に不可欠であるケースの方がむしろ多く、X線画像診断ではこの問題の存在が長く甘受されてきた。造影剤の助けを借りてコントラスト強調する手立てはあるが、適用できる検査は限られる。X線撮影の高感度化・高コントラスト化の努力も行われているが、軟組織診断のために普及しているMRIや超音波診断装置との競争も厳しい。
X線画像のコントラストのもととなる物質によるX線の減衰の差は、物質のX線吸収係数の差が起源になっている。X線吸収係数は物質を構成する元素の原子番号の四乗におおよそ比例する。軽元素からなる生体軟組織が十分なコントラストを生成しないのはこのためである。X線が発見されてから100年以上の間、このコントラスト生成原理は変わっていない。このようなX線画像の欠点を何とか克服できないか?筆者は、X線の減衰に頼るのではなく、X線の屈折に頼るX線撮影手法を開発することで、軟組織に対するコントラストを質的に改善する研究を行ってきた1~3)。現在では、軟骨を検査するリウマチ診断装置や乳癌検診のためのマンモグラフィへの適用を狙い、プロトタイプ装置が病院で稼働し、医師による臨床テストが行われるに至っている4~6)。本稿では、その原理、装置開発の経緯、および、今後の展望について解説する。
2.X線の屈折
一般的に病院等で使われているX線医用診断機器による画像を解釈する際、X線は被写体中を直進して検出される、すなわち、X線画像は被写体内部の構造の単純投影であるとされている。これは近似的に正しい。しかし厳密には、X線と云えども被写体によって僅かながら曲げられる。ここで紹介する方法では、「X線が曲がる」ことに頼ってコントラストを生成する。
X線を波として議論することにより、ここで紹介する撮影技術の原理を説明する。図1に示すように、X線の波が左から右に進んでいるとする。波の山を連ねた波面(図では鎖線で表記)は、物質を透過することによって形を変える。これは、物体の内部では波が伝わる速さが変わるからである。この波の変位を位相シフトと呼ぶ。X線があまり減衰しない場合でも、この位相シフトははっきり生じている。
X線の位相シフトと減衰の大きさ(相互作用断面積)を、原子一個当たりで元素ごとにプロットしたものを図2に示した。いくつかのX線のエネルギーについてプロットしたが、常に位相シフトの相互作用断面積が減衰の相互作用断面積より大きく、特に軽元素の領域では約千倍の違いがある。この領域では減衰の相互作用断面積が顕著に小さく、これが従来装置で軟組織に対するコントラストが乏しいことの理由である。一方、位相シフトの相互作用断面積は十分な大きさがあり、画像形成をこちらに頼れば軟組織であっても有用なコントラスト生成が期待できる。
しかし、通常のX線撮影を行っても、この位相シフトに起因するコントラストは得られない。何らかの工夫が必要である。図1に戻って、物質によって変形した波面に注目しよう。波の重要な性質の一つとして、波が伝播する向きがその波面に垂直な方向であるというものがある。もともと平らだった波面が図1のように変形するということは、波面上の各点でX線がその向きをそれぞれに変える、すなわち「屈折」することを意味している。このように考えれば、X線が曲がることは自然な結果である。しかし、X線波面の変化、すなわちX線の屈折は、図1に描くよりも実際のところは遥かに小さい。X線が屈折によって曲げられる角度を見積もると、それは凡そ1/10,000 度程度となる。X線が直進するという近似は間違いではないし、この屈折を検知するのも容易ではない。しかし、X線の屈折によってコントラストを生成することができれば、図2に裏付けされるように、軟組織に対する感度は大幅に改善する。X線百年のコントラスト機序からの跳躍が叶う。
3.X線の屈折を利用する新しい撮像法
3.1 X線位相イメージング
X線の位相シフト、あるいは、屈折を検出してコントラストを形成するいわゆるX線位相コントラスト法の研究は、1990年代から活発に行われた7)。これは、シンクロトロン放射光という高輝度X線源が使えるようになったからであった。その方法としては、二光束干渉計を用いる方法、屈折を検出する方法、および、フレネル回折・フラウンホーファー回折に基づく方法などがある。詳細は割愛するが、手法によって得られる位相コントラストの種類はそれぞれ異なる。いずれにしても、共通の動きとして、デジタルX線画像計測に基づく「X線位相イメージング」としての発展が注目される。
X線位相コントラスト法で得られる画像には、一般的にX線減衰による吸収コントラストが混在しており、さらに撮影装置に起因する偽コントラストも共存している。それらを区別することは難しく、被写体の理解を時として妨げる。X線位相イメージングは、X線位相コントラスト法で得られる画像から、被写体によるX線の位相シフトあるいは屈折を分離して定量計測する技術であり、より高度な画像理解が可能となる。具体的には、所定の手続きによって複数の位相コントラスト画像を計測し、コンピュータ演算により各画素についてX線の位相シフトあるいは屈折を得る方法などがある。この技術に基づき、高感度なX線CT(X線位相CT8))も実現している。
3.2 X線透過格子を用いる方法
本稿では、X線透過格子を用いる方式(図3)を紹介する3, 9)。1990年代からのX線位相イメージング研究では、シンクロトロン放射光施設で得られる高品質X線を使うことにより、生体軟組織が優れた感度で撮影されることが示された。それまでのX線画像の常識を打ち破るものであり、その実用化にも大きな期待が寄せられた。しかし、巨大なシンクロトロン放射光施設の使用を前提とする手法のままでは、いつでも・どこでも・だれでも使える技術にはなり得ず、実用化研究は結果的には進展しなかった。2000年代に入り、この問題を解決し得る方法として筆者が始めた方法が図3(a)のX線Talbot 干渉計3)である。
X線Talbot 干渉計の動作原理を、図4を用いて説明する。すだれ状の透過格子(G1)がX線で照射されており、ストライプ状のX線がその下流にできているとする(図4(a))。格子の周期に対応した縞模様のX線画像が観察でき、以下、これを(格子の)自己像と呼ぶ。G1 のすぐ前に被写体を置き、X線が屈折されるとすると、自己像はその影響で僅かに変形するだろう(図4(b))。変形量はG1 から自己像までの距離に比例して大きくなる。これを調べれば被写体の構造を知ることができるはずである。通常のX線撮影においては、像のボケを避けるために、被写体と検出器の間にはできるだけ空間を入れないようにする。図4(a)では、そのようなボケの効果避けつつ、屈折の効果を顕にするために、Talbot 効果の考慮と照射するX線の空間的干渉性の確保(すなわち、波面の揃ったX線の使用)がなされる。これについては、後で再度触れるが、結果的にX線透過格子の周期が数μm 程度とされることのみ、ここでは述べておく。
さて、そのような狭い周期の格子が形成する自己像の周期も細かく、通常のX線画像検出器では変形した自己像の様子は解像できない。そこで、自己像の位置にもう一つの透過格子(G2)を配置する(図4(c))。G2 の格子周期が自己像のそれと同じにしてあれば、両者の重ね合わせにより、自己像の変形の様子をモアレ模様として可視化することができる。これが屈折検出の原理である(図4(d))。モアレ模様は通常の画像検出器でも容易に解像でき、被写体の様子はモアレ模様の形態から調べることができる。
ここで、上で述べたTalbot 効果の考慮と空間的干渉性の確保について補足する。図4(a)では、格子の下流のどの位置でもストライプ状のX線が現れるように描かれている。厳密には、特に格子の周期が狭くなると、これは正しくない。Talbot効果10)(より広義には分数Talbot 効果)を考慮する必要がある。これは、波の性質に起因して、X線の波長と格子の周期に基づき、特徴的な位置においてのみ自己像が現れる現象である。格子上の隣り合うスリットを通るX線の干渉効果であると理解される。図4(e)に格子下流の強度分布を計算した一例を示した。G1 の下流では実際はこのようになっているはずである。したがって、G2を配置する位置には配慮が必要であり、たとえば図4(e)中の矢印の位置が選ばれる。また、Talbot効果が生じるためには、波面が揃ったX線、すなわち空間的干渉性の高いX線の照射が必要である。これを実験室で実現するためには、X線発生源ができるだけ小さいマイクロフォーカスX線源を用いるのがよい。通常のX線源では、半影による像ボケの効果が大きく、Talbot 干渉計は機能しない。
なお、マイクロフォーカスX線源からはコーンビームが得られるため、図4で描いた平行ビームの場合とは多少異なる。すなわち、ビームが広がることを幾何学的に考慮し、G2 の周期をG1 の周期より相似的に大きくしておく必要がある。Talbot 干渉計の機能としては変わりない。
加えて、Talbot 干渉計の機能させるために、単色X線を必ずしも用いる必要が無いことを強調したい。上の原理説明は単色X線を前提としている。X線の波長が短くなると、(分数)Talbot効果で決まる最適なG1-G2 間距離は長くなる。これは、図4(e)が横方向に伸びることに相当する。しかし、実際のX線源は、連続的なスペクトルを持つX線を放射している。そこで、G1-G2 間距離を一定に保って、そのようなバンド幅の広いX線を照射するとどうなるか?G1-G2 間距離を一旦決めれば、それに最適であるX線波長から外れた波長を持つX線の影響が問題となる。詳細は割愛するが、最適波長から離れるほど生成されるモアレ模様の鮮明度が低下するが、それでもこれを全スペクトルで足し合わせると、位相イメージングに使用できるだけの十分な鮮明度を有するモアレ画像が得られることがわかっている。タングステンターゲットを有するX線源からの連続X線をそのまま用いても、実用的な撮影が叶う。
3.3 X線Talbot 干渉計による縞走査法
さて、上で述べたモアレ画像の撮影だけではX線位相イメージングとは呼べない。被写体によるX線の屈折を定量計測するためには、一方の格子を周期方向に並進させ、複数の画像を得る方法(縞走査法)がある。格子を周期のN 分の一(Nは3以上の整数)だけ並進すると、モアレ模様の見え方は大きく変化する。これをN 枚の画像に記録し、所定の演算を施すことにより、X線の屈折の度合を示す屈折画像が生成される3)。同じ撮影データから、従来の画像に相当する吸収画像も同時に得られる。ぶどうを例に撮影した結果を図5に示した。この過程で第3のコントラストが得られることに最近注目が集まっている11)。これは、被写体があることによって、モアレ模様の鮮明度が低下する場合に顕著となる。上で述べたように、モアレ模様が生じることが本手法にとって重要であるので、このような現象は本来好ましくない。しかし、鮮明度の低下の度合を画像化することにより、吸収画像や屈折画像では描出できない構造が可視化できるのである。これは、被写体によるX線の極小角散乱が起因していると考えられている12)。被写体中に数μm から数十のμm の散乱体(生体では、微小石灰化や線維組織など)があると、これにより散乱されるX線はもはやモアレ画像の形成に寄与しなくなり、その結果として鮮明度の低下を引き起こすのである。それゆえ、この画像を散乱画像と呼んでおり、図5(c)のように、特徴的な画像が得られる。個々の散乱体が解像できるわけではないが、その分布が可視化される。このように、一回の縞走査法スキャンのデータから、演算処理の違いにより、常に三つの画像が得られることになる。
3.4 X線Talbot-Lau 干渉計への発展
X線Talbot 干渉計にはマイクロフォーカスX線源が必要であることを述べた。ここで、医療応用を考える場合、撮影時間の問題に直面する。すなわち、一般的に市場で手に入るマイクロフォーカスX線源では、X線の明るさが不十分であるため、撮影時間が長くなってしまうという問題がある。かと言って、日常的に病院で使われている明るいX線発生装置では、上で述べた干渉性の問題でX線Talbot 干渉計は機能しない。
これを解決する方法として図3(b)に示すX線Talbot-Lau 干渉計がある9)。これは、フォーカスサイズが大きい通常のX線発生装置ともう一枚の格子(G0)をその近くに配置する構成を持ち、下流のTalbot 干渉計に向けてX線を照射する。G0 上の一つのスリットに注目すると、その幅は求められる空間的干渉性を与える大きさになっている。ここを通るX線によって形成されるG1の自己像を考えよう。G0 上の隣のスリットを通るX線もやはりG1 の自己像を形成するが、ちょうど一周期ずれた自己像となるようにG0 のスリットの周期を決めてあれば、すべてのスリットを通るX線は強め合うように自己像を形成する。その結果、下流のTalbot 干渉計によりモアレ画像が生成され、かつ、撮影時間が大幅に短縮される。得られる画像の空間分解能はフォーカスサイズによって決まるので、空間分解能については妥協しなければならないが、医用診断機器として受け入れられる撮影時間を重視すれば、X 線Talbot-Lau 干渉計方式が実用上もっとも有効であると判断できる。
3.5 X線透過格子の製作
X線透過格子はX線Talbot(-Lau)干渉計を構成する重要な要素となる。すでに格子の周期は数μm 程度としなければならないことは述べたが、X線を遮蔽できるだけの十分な高さ(X線が通る方向の厚さ)を持つ格子でなければならない。すなわち、きわめてアスペクト比の高いすだれ構造を形成しなければならない。しかも、撮影視野は格子の面積で決まるので、できるだけ大面積で格子を製作したい。筆者は、兵庫県立大学の服部正教授らとの共同研究により、X線リソグラフィと金メッキによるX線透過格子製作を実現し13)、X線Talbot(-Lau)干渉計の開発につなげた。金はX線吸収係数の大きい重金属であるために選んだが、それでも数十μm の高さを必要とした。図6に製作されたX線格子を示す。面積としては最大100mm 角まで可能となっている。
4.医用機器の開発
X線Talbot(-Lau)干渉計によるX線位相イメージングの原理検証を終えた後、製品化を狙う医用機器メーカーと放射線科の医師を加え、我々は病院で稼働させられる装置の本格的な開発に着手した。
開発の方針として、製作可能なX線透過格子の仕様を鑑み、比較的小さい撮影視野で使用可能な応用ターゲットを設定することとした。すなわち、①軟骨に対する感度を利用し、指や掌の関節を撮影することによるリウマチなどの関節疾患の診断装置、および、②乳がん診断のためのマンモグラフィ装置である。なお、製作可能とされるX線透過格子のアスペクト比の制限から、あまり高いエネルギーのX線が使えない。管電圧40~50kV程度で駆動するX線発生装置を使うこととし、比較的薄い被写体に適用できることも上記のターゲット設定の理由である。
撮影の感度が増すことは、X線の照射線量の軽減にもつながる。しかし、従来の方法で撮影できる対象(骨折など)について、本手法でもって低線量化を狙うわけではなく、むしろ、従来の方法では検知できない対象を、許容できる線量のもとで描出することを開発の目的とした。そこで、開発のチェックポイントとして、10mGy 以下の線量で軟骨が描出できるかを確かめ、さらにできるだけ低線量化を図るという方針を立てた。
まず、鶏手羽を用いた軟骨描出能の検証実験を行うために、X線発生装置(W ターゲット、0.3mmフォーカス)、G0(周期30μm、開口10μm)、被写体、G1(周期4.5μm)、G2(周期5.3μm)、および画像検出器(CCD、15μm 画素)を水平テーブル上に並べた構成を持つ装置を使った。X線発生装置は40kV で運転し、格子配置は31keV(波長0.04nm)のX線に対して最適となるように選んだ。撮影実験の結果、9mGy で軟骨が明瞭に検出できることを確認した14)。
これを受け、埼玉医科大学の倫理委員会承認を経て、解剖実習用の献体の指や掌、および膝の撮影実験を行うために、X線位相イメージング装置を付属病院に設置した5)。装置の仕様は若干変更し、X線発生装置(W ターゲット、0.3mm フォーカス)、G0(周期22.8μm、開口10μm)、被写体、G1(周期4.3μm)、G2(周期5.3μm)、および画像検出器(フラットパネル、85μm 画素)とした。X線発生装置は40kV で運転し、格子配置は28keV(波長0.044nm)のX線に対して最適となるように選んだ。撮影視野は49mm 角であった。図7には右手親指第2関節の撮影結果を示した。屈折画像において、軟骨表面が描出されている。
さらに、これを患者さんの検査に使えるようにするために、装置は新たに縦型に改良された(図8(a))4, 6)。仕様は、X線発生装置をより明るくするためにフォーカスを0.45mm に変更したことを除き、上記の献体を用いた実験装置と同等である。上部にX線発生装置が設置され、被験部(掌など)を載せるテーブルの下にG1、G2、および画像検出器が設置されている。被験部をガイドライトに合わせるように固定し撮影する(都合により、図8(a)に固定具は撮影されていない)。縞走査法のステップ数N は上記の実験までは5としていたが、本縦型装置では撮影時間をより短縮するために3とした。図8(b)-(e)にボランティアとして筆者の掌を撮影した結果を示す6)。X線発生装置の管電流を100mA とし、撮影にかかった時間は32 秒であった。ただし、実際のX線照射時間は19 秒である。皮膚線量は5mGy であった。
屈折画像(図8(c)およびその拡大図8(d))に軟骨表面が描出できている。実際の診断では、軟骨表面の滑らかさや軟骨の厚さを画像診断することにより、疾患の早期診断が期待される。
続く乳癌診断を狙った開発においては、名古屋医療センターの倫理委員会承認の後、同様の装置を設置している。手術で切除した標本を用いて、様々な乳がん組織について、X線位相イメージング法によってどのような画像が生成されるかを調べている段階である。
図9に示した例では、悪性度が著しい部位が多いが、丸で囲ったところが比較的早期の腫瘍であると考えられ、これが散乱像でより明瞭に検出されていることが注目される。病理像による検査では、これは浸潤性乳管癌と呼ばれるもので、癌の腫瘤の他に、石灰化を伴う管内癌と石灰化を伴わない管内癌が認められる例である。本手法による早期診断の可能性を示唆するものである。
4.今後の展望
図8で紹介した装置は、現在できるだけ多くの患者さんに適用して臨床研究が進められており、日々撮影例が蓄積されているところである。疾病診断の有効性が統計的にも明白になり、医用機器としての承認を得て、できるだけ早期の製品化が叶うことを期待したい。
本手法によって得られる画像のコントラストは、ほとんどの放射線科医師にとって目新しいものであり、コントラストをどのように読影して診断につなげるかは、今後の課題であり、且つ、多くの作業を必要とするであろう。特に三つの画像が同時に得られるので、個々の画像単独で議論する以上の有効な読影が可能になるはずである。高度な画像処理の助けも有意義であると考えられ、読影法構築は今後の課題である。
一方、装置開発の側面においては、現状の装置仕様は決して十分なものではなく、特に製作できるX線格子の仕様に依存している。今後、より広い撮影視野でより高い管電圧が使える装置に発展すれば、撮影時間は短縮するし、検査対象となる部位もさらに広がるであろう。また、画像の奥行き方向で重なっている構造を分離して認識したいという要望もあるはずであり、これに対応することも必要である。X線CTはそれを解決する方法であり、X線位相CTが可能であることも既に述べた。ただし、現状の撮影時間を鑑みれば、CTスキャンに必要となる時間は医用診断機器としての許容範囲を超えている。ただし、ステレオ撮影やトモシンセシスの形態で本手法を実施することは現状の撮影時間レベルでも有効な検討課題であろう。
最後になるが、本技術は「スーパーレントゲン」としてテレビ番組で取り上げられ15)、機器メーカーや放射線医師に加え、多くの患者さんやその家族からの期待が大きいことが実感させられた。真にこの技術が普及するためには、多くのプロセスと技術的改善が必要であり、今少しの時間がかかるものと思われるが、今後の進展に期待していただければ幸いである。