1987年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第01号

TV画像処理による血小板凝集反応の数値解析

研究責任者

志賀 健

所属:愛媛大学 医学部 第二生理学教室 教授

共同研究者

前田 信治

所属:愛媛大学 医学部 第二生理学教室  助教授

共同研究者

昆 和典

所属:愛媛大学 医学部 第二生理学教室  講師

概要

Ⅰ.まえがき
血小板の凝集能測定法としては凝集に伴う透光性の変化をモニターする方法が普及している。しかし,壁面への粘着能に関しては,ズリ応力依存性や反応速度論的解析にまで立ち入ることは困難である。そこで,私たちは定常ズリ速度下で,顕微鏡下に進行する凝集・粘着反応を経時的にモニターできる装置の開発を試みた。
この装置はレオスコープを応用し,顕微鏡TV画像のオンライン実時間処理を行ない,経時的に流動血小板像(動画像)と粘着血小板像(静画像)を分離し,それぞれについて2次元的に粒子総数と総面積を計測するものである。画像処理法,粒子計測法,データ処理法,および結果表示法はソフト的に変更できる。ヒト血小板についての実験値を,簡略化した反応速度論モデルによる計算機実験と比較し,反応速度パラメーターを推測した。現在の所,血小板の壁面粘着についてはほぼ満足すべき結果を得ているので,主に粘着現象に関する,(A)基礎実験および(B)計算機実験の結果について述べる。
Ⅱ.研究内容
1.実験材料と方法
ヒト血小板はクエン酸加静脈血より得たPlatelet Rich Plasma(PRP)を用いて,Polymethylmethacrylate(PMMA)板上への血小板粘着をしらべた。実験装置を図1に示す。レオスコープ(倒立顕微鏡+透明回転円錐)のTV画像を画像処理装置(TVIP)で処理した後,粒子自動計測装置(Luzex)により得た数値をコンピューターで処理した。尚,本助成金でレオスコープ駆動装置(回転部および駆動部),インターフェースなどを購入した。計算機実験はNECPC-9801で行なった。
2.操作
血小板(+凝集剤)を円錐一平板間に注入し,一定のズリ応力を与える。1枚のTV画像には(i)流動する1血小板像(動画像)と(ii)平板上に粘着・成長する血小板(静画像)が写っている。画像処理装置により連続n枚のTV画像平均をとると,粘着血小板の静画像だけが強調される;これを2値化して粒子数と総面積を計測する。続いて,次のTV画像から静画像を差し引くと流動血小板の動画像のみが残る;これも2値化の後,粒子数と総面積を計測する。静画像と動画像各1枚の処理に約5秒を要するから,10分間の現象について120組(4sets)の数値が連続的に得られる。
3.経時変化
静画像,動画像それぞれの総面積と粒子数の時間経過を,10組(50秒間)の平均値と標準偏差により示す(図3)。
4.粘着血小板の粒度分布
あるズリ速度で反応させた後ズリ速度を高くして(23/sec)この時に剥離しないものを粘着したものと定義した。PMMA板上への粘着血小板(塊)の横径分布をとると図4のように反応初期にはPoisson分布をとるが,経時的に平均径が増す.につれてGauss分布となる。ただし,TV画像視野はPMMA板のごく一部であり板表面構造には微妙な部位差がある。そこで一定時間後に速度を23/secに高め,視野を微動して10か所について粘着像を計測し,その平均をとり,粘着の時間経過をみたのが図5である。
Ⅲ.成果
(A)レオスコープ実験結果
1.凝集剤濃度依存性
図6に粘着のADP濃度依存性を示した。この際,流動血小板像の総面積/粒子数が観測時間中ほぼ一定であることから,ADP添加後・観測開始迄の間(約40秒間)に流動血小板は凝集を終了していることがわかる。他の凝集剤(アドレナリン,A23187+Ca)でも同様の傾向がみられた。
粘着はある濃度以上では飽和している。
2.ズリ速度依存性
図7に示すようにズリ速度の増加につれて粘着は減少している。
3.血小板濃度依存性
図8左に粘着像総面積,粘着塊個数および粘着塊1個当たりの面積,それぞれの血小板濃度依存性を示した。尚,図8右は計算機実験の結果である(後述)。
(B)反応速度論モデルと計算機実験
1.粘着反応モデル
第一近似として図9のような速度論モデルが考えられる。
すなわち,
(上)流動中の血小板凝集の進行
(上一→下)血小板(塊)の板上粘着(Ka)
(下,左→右)粘着(塊)への血小板付加(Kb)
(下,右)粘着(塊)の(部分的)剥離
しかし,現在の実験条件下では流動中の血小板凝集と粘着1血L小板の剥離は無視できる程度なので,図9の点線の過程は考えなくてもよい。一方,血小板凝集・粘着能はレオスコープ観測中にも徐々に低下しており反応開始の5-7分後には新たな粘著は殆ど起こらない。したがって,反応速度定数KaとKb共に経時的に減少する,これをexponential decayと仮定し1次の速度定数をλとする。すなわち,板への直接粘着による面積増加の速度定数をKa(=αexp(一λt)),板上の粘着塊への血小板付加による面積増加の速度定数をKb(=βexp(一λt)),とする;αとβは時刻t=0における速度定数であり,{lnL小板サスペンション流速の板に垂直な成分(cm/sec)}×{付着する血小板塊1個当たりの面積増加(c㎡)}×{板に衝突した血小板塊が粘着する確率}である。
粘着血小板(塊)の面積増加はこのモデルでは次のように表わされる。
(a)Free surfaceへの血1小板粘着(面積A)dA/dt=Ka・P=aP・exp(‐λt)
(b)粘着(塊)への血小板付加(面積B)dB/dtKb・P(A十B)RP(A+B)・exp(‐λt)
(C)観測可能な全面積は次のようになる。A十B=(exp[βP(1-exp(一λt))/λ]-1)α/β
2.粘着の時間経過の計算機実験
典型的な実験例とそのシミュレーション結果を図10に示した。この場合は(実験結果によれば)流動中の血小板はすでに始めから約3個凝集していて,増加も減少もしないとした。λは実験より推定し,αとβは実験値に合致するような値を与えた。以上の結果から,free surfaceへの新たな血小板粘着に比して,粘着血血小板塊への付加が圧倒的に速いことがわかる。
3.血小板濃度依存性の計算機実験
図8右は実験に対応する計算機シミュレーション結果である。凝集剤が異なるためか,図10と異なるα,βを用いることとなった。
Ⅳ.まとめ
1.レオスコープとTV画像処理を組み合わせ,一定ズリ速度下で血小板のPMMA板上への粘着を定量化する装置を開発した。
2.血小板粘着の時間経過,凝集剤濃度依存性,ズリ速度依存性,血小板濃度依存性,についてしらべた。
3.簡略化した反応スキームにより計算機実験を行ない解析すると,PMMA板上への血小板粘着速度に比して粘着(塊)への血小板付加速度のほうが大きいことがわかった。