2008年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報第22号

SSR検出電極を内蔵した指先センサによるSASの型判定検出装置の開発

研究責任者

三谷 博子

所属:杏林大学 保健学部臨床生理学 医用応用工学教室  准教授

共同研究者

石山 陽事

所属:杏林大学 保健学部 臨床生理学教室 教授

共同研究者

白井 康之

所属:虎の門病院 臨床工学部 副部長

共同研究者

川名 ふさ江

所属:虎の門病院 臨床生理検査部  科長

共同研究者

成井 浩司

所属:虎の門病院 睡眠循環器センター  センター長

概要

1.はじめに
我国における睡眠時無呼吸症候群(sleep apnea syndrome: SAS)の罹患率は約2%前後1)で予備軍を含めると300 万人とも500 万人ともいわれており、SAS 患者の約35%が自動車運転時に居眠り運転を経験しているといわれている。現在SAS患者の治療には睡眠ポリグラフ検査(polysomnograph: PSG)を行わなければ確定診断することができず治療も行うことができない。そのための検査待ちが新幹線等の居眠り事故以来3ヶ月以上にもおよび十分な検査や治療を受けられずにいるSAS 患者が多く存在する。
SAS は無呼吸中の呼吸努力の有無により閉塞型(obstructive SAS: OSAS)と中枢型(central SAS : CSAS)に型分類され2),3),いずれの場合も無呼吸による酸素飽和度(SpO2)の低下を伴う。無呼吸の型のうち発現頻度が多いものはOSAS であり咽頭部レベルの気道閉塞に起因するものが多い。
現在普及しているSAS の在宅用スクリーニング検査では無呼吸のみの検出でその無呼吸がOSASであるかCSASであるかの判定は病院でのPSG 検査を待たなくてはならない。そこで在宅で従来のものと比較してより簡便にスクリーニング検査を行い、しかも無呼吸の型判定までも行うことのできる睡眠時無呼吸型判定検出装置の開発が望まれる。もしこのような簡便な装置が開発されれば、現在社会的にも問題となっているSAS患者をより早期に検査し治療を開始させることが可能となり、社会に対する貢献度は非常に大きいものと考えられる。
そこで本研究では第1の課題として現状より少ないセンサで拘束感がなく、在宅型のスクリーニング検査時に無呼吸の型判定まで検出可能な新たな検出パラメータを見出し、その有効性を検証する。第2の課題として新たに見出した無呼吸の型判定のための生体情報検出センサと指先に装着したパルスオキシメータとを一体化することで、指先センサのみによって無呼吸の型判定のための確定診断が可能なアルゴリズムの検討を行う。
2.SAS 型判定検出のために新たに提案したパラメータについて
2.1 交感神経皮膚反応とSAS 型判定の関係
交感神経皮膚反応(sympathetic skin response : SSR)4)は電気・音・深吸気刺激により手掌-手背や足底-足背より検出される緩徐な電位変化であり,交感神経の興奮により発生する汗腺内のイオン電流による電位を測定するものである5)。電気刺激や音刺激は慣れが生じやすい刺激とされ、深吸気刺激は慣れの少ない刺激として報告されている。私共のこれまでの研究では深吸気時の吸気量より吸気速度に影響されることを報告している6)。すなわちCSAS の呼吸再開時のゆっくりとした呼吸よりOSAS の呼吸再開時における急速な深吸気刺激で出現する可能性が考えられる。
第1の課題である拘束感がなく、しかも無呼吸の型判定の新たな検出パラメータとしてSSR が深吸気刺激で慣れの影響も少なく誘発されることに着目し、OSAS 時とCSAS 時における呼吸再開時で生ずるSSR を比較すると伴にSAS 型判定の新たなパラメータに加えた。
2.2 パルスオキシメータによる脈波振幅変動係数とSAS 型判定の関係
パルスオキシメータからSpO2 と同時に検出される光電式容積脈波の振幅変動は胸腔内圧の変化が心臓への静脈還流量の変化をもたらし、それが末梢での脈波振幅の変動をもたらすことが知られている7)。OSAS 時の呼吸努力が胸壁・腹壁の奇異性運動となり脈波振幅に影響を与えることからSAS 時の型判定がある程度可能であることにも着目した8),9)。本報告では脈波振幅は個人差が大きいため脈波振幅の変動係数(coefficient of variation: CV)を用いた私共のこれまでの研究結果も加えることとした10)。すなわち、無呼吸の検出に指先に装着したパルスオキシメータより得られる脈波のCV 値およびSpO2 の低下とその無呼吸終了後の呼吸再開時に生ずる酸素飽和度回復曲線(OSAS ではCSAS より速く回復する)等よりOSAS、CSAS が判別可能であることを示唆している。
そこで本研究では第2 の課題としてこの結果に加えてSAS の呼吸再開時の深吸気で生じるSSRを新たな検出パラメータとして加えて、指先にSSR 検出用微小電極と指先用パルスオキシメータを一体化し、さらにCV 値を含めたSAS 型判定アルゴリズムについて検討した。
3.方法
文書により同意を得た平均年齢23.4±6.1 歳の健康成人被験者15 名(男性4 名,女性11 名)を用い、安静呼吸、閉塞性模擬呼吸、中枢性模擬呼吸を行わせた。
鼻にサーミスタによる鼻呼吸、胸部・腹部にストレンゲージによる呼吸運動曲線、第2 指先にパルスオキシメータによるSpO2 と脈波、反対側第2 指先と手掌-手背にSSR導出用皿電極を接着した。脈波振幅のCV 値は図1に示すように6 個の脈波を1クールとして、その値を次々と記録する方法を用いた。またSSR 導出用の基準電極部位として同側親指爪を用いた。サーミスタからの信号以外のアナログ信号をサンプリング周波数200HzでA/D変換した後BIMUTSⅡを用いて取り込み、脈波振幅やSSR 波形などの測定には波形解析ソフトAcqknowledge を用いた。
4.結果
4.1 OSAS、CSAS の検出パラメータの有用性の検討
4.1.1 OSAS、CSAS 模擬におけるパルスオキシメータの酸素飽和度と脈波変動係数の変化
脈波振幅に緩やかな変動が見られるものの比較的安定した波形が得られている。図2-(1)はOSAS 模擬呼吸をした時の波形で無呼吸開始点(p点)から無呼吸終了点(q点)までOSAS を模擬してパンテイング(気流を停止したまま胸と腹を動かす運動)したものである。鼻呼吸は停止しており、胸壁および腹壁の呼吸運動はOSAS 患者特有の180 度逆位相を示した。q点での呼吸再開に伴って呼吸運動はほぼ同位相となり、q点直後の振幅は安静時より大きいものであった。またSpO2 はp点から約20 秒の遅れを持って低下し始めq点での呼吸再開の約20 秒後に最低値を示した。脈波振幅は安静時と比較して変動が大きいものとなった。図2-(2)はCSAS 模擬呼吸をしたときの波形である。p点からq点まで呼吸を停止したものでp-q間では鼻呼吸、胸壁・腹壁運動は平坦な波形が得られた。呼吸再開のq点直後の呼吸運動は安静呼吸時の振幅と比較すると若干大きいがOSAS 模擬呼吸と比較すると小さく緩やかであった。SpO2 はOSAS 模擬呼吸と同様にp点より約20 秒の遅れを持って低下し,呼吸再開のq点の約20 秒後に最低値を示した。脈波振幅は安静呼吸時と比較して変動が大きく、呼吸再開時には脈波振幅は小さくなりその後大きく変動した。
図3は15 名の被験者についてOSAS、CSAS 模擬それぞれについて無呼吸終了時点を中心にその前後のCV 値が高く、ほぼ0.30~0.35 で閾値設定が可能ではないかと推定されたが、脈波振幅変化は無呼吸から呼吸再開時の胸腔内圧の変化ばかりではなく、交感神経の緊張に伴う末梢血管の変動によっても変動するため、CV 値のみでは十分ではなく他の検出パラメータが必要であることがわかった。
4.1.2 OSAS、CSAS 模擬におけるSSR 出現の割合
図4-(1)はOSAS 模擬呼吸時の波形である。p点で無呼吸開始と同時に胸壁・腹壁の奇異性運動に続いてq点で呼吸再開時の大きな吸気に伴う胸壁運動の直後に上向きの陰性SSR が手掌の皿電極、指先のボール電極の両方で記録されている。q点の前後で脈波振幅の変動も見られる。しかし図4-(2)のCSAS 模擬呼吸時の波形にはq点の呼吸再開時に手掌および指先の両方でSSRは記録されていない。q点の呼吸再開時前後ではOSAS より脈波振幅の変動が少ない傾向が見られた。OSAS 模擬呼吸では被験者15 名中8 名(53.3%)にSSR の出現がみられ、またCSAS模擬呼吸では11 名(73.3%)にはSSR の出現がみられなかった。
4.1.3 CV 値の閾値設定とSSR 検出の有無による型判定の割合
表1に被験者15 名のSAS 模擬(OSASとCSAS模擬)時のCV 値閾値とSSR 出現の有無による型判定の割合を示したものである。SAS の第1判定パラメータとしてSSR 出現の有無を選択した場合はOSAS 模擬呼吸ではSSR(+)、CSAS 模擬呼吸ではSSR(-)のO?C(OSAS?CSAS)となる判定では8 名(53.3%)でOSAS 模擬を判定することができた。SSR の出現が優位でない場合の第2判定パラメータとしてCV値の閾値0.35~0.45 を選択することで46.7%のOSAS 模擬呼吸を判定することができた。この両パラメータを組み合わせることで73.3%のOSAS 模擬呼吸を判定することが可能であった。
4.2 パルスオキシメータにSSR 導出用電極を一体化したSAS 型判定検出装置の開発
図5に指先用パルスオキシメータセンサにSSR 検出センサを一体化した電極配置図を示す。被験者の指の形状によりオキシメータセンサの発光部と受光部を中心に2つの電極配置を考案した。①は細い指用のセンサで指先の手掌側にパルスオキシメータの受光部の周りに∪型にSSRの関電極を配置しボディーアースをその上下に置いた。爪側の基準電極はパルスオキシメータの発光部の末梢側に配置した。②は太い指用のセンサで指先の手掌側のパルスオキシメータの受光部の周りに∩型にSSR の関電極を配置しボディーアースをその中枢側に置いた。爪側の基準電極はパルスオキシメータの発光部を包囲するように配置した。また太い指でも良く電極が接着するようにSSR 電極の高さを2.0 ㎜にした。図6に開発したSAS 型判定検出装置を同意を得たSAS 患者に適用した記録例を示す。p点で無呼吸が開始し、q点で呼吸が再開しているがq点直後に大きな陰性のSSR が出現しており、またq点より約20 秒後に酸素飽和度が79%まで低下していることがわかる。さらに脈波振幅はq点直後で大きな振幅変動をした。
5.考察
睡眠中の無呼吸の有無を在宅で検出しようとする装置が普及しているが,本研究の主要部分のようにパルスオキシメータの脈波信号より検出した脈波振幅の変動係数(CV)値及び指先より導出する交感神経皮膚反応(SSR)を併用して、無呼吸のパターン判定(OSAS かCSAS かの判定)まで行おうとする研究は皆無である。
すなわち、従来の単に住宅での無呼吸の有無のみを目的としたアプノモニタ(口鼻に装着したサーミスタによる呼吸曲線とパルスオキシメータによるSpO2 のモニタ)とは異なり、指先のみに装着したパルスオキシメータからのSpO2 の低下、脈波信号からの脈波振幅のCV 値と新たにパラメータに加えたSSR の有無を検出パラメータとしてSpO2 の低下による無呼吸がOSAS かCSAS かの確定診断まで可能な全く新しいSAS型判定装置の開発を検討した。
まず脈波振幅のCV 値については図3の無呼吸終了点をそろえた結果ではOSAS 模擬、CSAS 模擬ともにほぼ同じようなCV 値の変化を示している。しかしOSAS 模擬の呼吸再開時の急速な吸気による胸腔内圧の変化が大きく加わったためOSAS 模擬のCV 値がCSAS 模擬より若干大きくなったと考えられる。
従来OSAS では無呼吸後の呼吸再開時に大きく急速な吸気を行うが、CSAS ではOSAS ほど大きく急速な吸気を行わないことが観察されている。図4-(1)のOSAS 模擬呼吸のq点後の呼吸再開時の大きく急速な吸気直後に手掌および指先で陰性SSR が出現している。しかし図4-(2)のCSAS 模擬呼吸時の波形には呼吸再開時に手掌および指先のSSR は記録されていない。このことから、OSAS 模擬後のSSR 出現の有無がOSASとCSASと型判定を可能にすることが考えられた。
表1に被験者15 名による脈波振幅のCV 値とSSR 出現の有無による検出能について示した。この結果、OSAS 模擬呼吸では被験者15 名中8 名(53.3%)にSSR の出現がみられ、模擬後のCV値の閾値を0.35 と0.45 にするとそれぞれ15 名中7 名(46.7%)がOSAS 模擬で判定することができた。このことからSAS の型判定アルゴリズムとしてSSR の出現を第1位選択とし、次にCV値の閾値が0.35 以上とする検出アルゴリズムを構築することでSAS の型判定が可能となり在宅でのスクリーニング検査の精度向上とその有効性が示唆された。さらに本パラメータの検出部を図5に示したように指先用のパルスオキシメータにSSR 電極を一体化し、パルスオキシメータより得られる脈波振幅からそのCV 値を検出するセンサを試作し、実際にOSAS 患者に指先センサを装着した。その結果、図6に示したように無呼吸時にはSpO2 が79%まで低下すると同時に無呼吸終了時点でSSR が出現し、さらに脈波が大きく変動している様子が観察できた。このことは従来の無呼吸モニタ(アプノモニタ)に加えて指先センサ一つで無拘束かつSAS の型判定まで可能なセンサの開発が可能であることを示している。
6.まとめ
従来の無呼吸モニタ(アプノモニタ)と比較して拘束感がなく、在宅でのスクリーニング検査においても単に無呼吸ばかりではなく、SpO2 の低下、SSR の有無、脈波振幅のCV 値等の測定パラメータを指先で一体化したSAS 型判定検出装置の試作を行った。その結果、73.3%の検出率をもってSAS の型判定が可能であることが示唆された。
今後さらに臨床応用による症例を重ねることにより信頼性の高いSAS 型判定検出装置の開発が期待される。