2009年[ 技術開発研究助成 (奨励研究) ] 成果報告 : 年報第23号

SPring-8放射光を用いた小動物用4次元CTシステムの開発

研究責任者

世良 俊博

所属:独立行政法人理化学研究所 中央研究所 生体力学シミュレーション特別研究ユニット 協力研究員

概要

1. はじめに
近年、遺伝子治療や再生医療が注目されさまざまな新薬の開発が行われているが、その過程で実際にヒトに投与する臨床試験の前に行われる動物実験はきわめて重要である。このような動物実験では、実験動物として扱いやすいだけでなく遺伝子配列がすでに解読されて特定遺伝子の操作が容易なラットやマウスなどの小動物がよく用いられる。薬剤効果を経時的に追跡するためには、サンプルを生きたまま撮影することは必須である。さらに、心臓や肺などの一定のリズムで大きく運動する臓器については、その動きを捕らえることは重要である。つまり、空間3次元情報だけでなく、時間情報を加えた4次元情報が必要である。なかでも、微細な薬剤効果を捉えることができる、高分解3 次元動態観察が重要である。
一方、肺の空気は、肺自身が膨らんだり縮んだりすることによって流れるため、呼吸に伴う肺の複雑な大変形が、気道内の空気の流れ(換気)に大きな影響を及ぼす。すなわち、肺の変形とガス交換機能には密接な関係がある。直径の太い中枢気道では、気管支壁の一部に軟骨が存在し、呼吸の際にそれほど変形しないが、気道末梢部位では軟骨が消滅しているため、大きく変形することが予測される。しかし、この部位は、これまでに登場しているさまざまな可視化装置では観察ができず、実際にどのように変形しているかについても、報告がない。また、気道末梢部位は、肺疾患がよく発症する部位としても知られており、高分解能X 線CT と動物実験を組み合わせた気道末梢部位の動態観察は、呼吸生理学の分野でもその実現が待ち望まれていた。
そこで、本研究では、小動物(ラット、マウス)を生きたまま測定できる、心臓&肺用の4 次元CTシステムの開発を行い、3次元動態観察を行った。
2. 小動物用4 次元CT システムの開発
生きた小動物の心臓や肺を撮影する場合、最も重要なことは、リズムが速い心拍と呼吸によるモーションアーチファクトを軽減することと放射線線量を減らすことである。そこで、本研究では、心電図&呼吸圧と同期して撮影を行うことによってモーションアーチファクト減らし、またX 線シャッターを導入して露光時以外にはX 線シャッターを閉じることによって放射線量をできるだけ減らす撮影システムを開発した。
2.1 4 次元CT システムの開発
図1(A)に概要を示す。本システムは、X線源、サンプルステージ、人工呼吸器、心電図測定装置、画像検出器、撮影制御用PC、画像収集用PC、吸入麻酔システムで構成されている。本実験は、後述する大型放射光施設SPring-8 で実験を行ったため、X線源として放射光と分光器を組み合わせたものを用いた。撮影中は、心電図と気道内圧を常時モニターし、それぞれの信号を撮影制御PC に取り込み、設定したタイミングでX 線シャッター、回転ステージ、画像検出器に信号を送り、撮影を行う。撮影した投影像は、画像収集PC に蓄積され、サンプルが180 度回転し測定終了後に再構成演算を行う。スキャン時間と投影枚数、投影間角度などの撮影パラメータは任意に設定できるソフトウェアを自作した。同様に、撮影後のCT 画像再構成、さらに3 次元再構成ソフトウェアもオープンソースのライブラリを使用して自作した。
2.2 人工呼吸器
呼吸は、心臓と異なって、短時間であれば止めることが可能であり、この間は気道内の圧力は一定となるため、巨視的には肺は動いていない。この時に撮影することができれば、呼吸によるモーションアーチファクトを効果的に軽減することができるはずである。しかし、小動物は自発的に息を止めないので、任意のタイミングで息を止める、つまり気道内の圧力が一定となるような人工呼吸器を作成した。
人工呼吸器は、電源、基板、コンプレッサー(NMP830KNDC, KNF)、電磁弁(VK332, SMC)、比例制御電磁弁(SCE202,ASCO)、気道内の圧力を測定する圧力計(AP-C40, KEYENCE)、流量計(RK1250, KOFLOC)で構成されている。基板には、主に、電磁弁用にメカニカルリレー、比例制御電磁弁用にオペアンプとトランジスタを配置した。吸気・呼気回路のそれぞれに電磁弁は2個、比例電磁弁は1個配置し、外部制御(トリガー信号とアナログ電圧)によって任意の圧力息止めと流量が制御できるようにした(図1(B))
3. 実験
実験は、大型放射光施設SPring-8(http://www.spring8.or.jp)の医学・イメージングⅠビームラインBL20B21)で行い、X線源として放射光を分光した単色X 線を用いた。近年、フラットパネルなどの検出器が登場し、ピクセル分解能を5 ミクロン前後としたマイクロCT が発表されている。マイクロCT はもともと産業用の非破壊検査として開発されたが、最近では生体観察用に応用されている。しかし、発生するX 線フラックスが低いためコントラスト分解能が低い。生体臓器のように組織内に密度差がほとんど存在しない場合は、ただ単純にピクセルサイズを小さくして空間分解能を上げるだけでなく、もともとのX線のフラックスを上げてコントラスト分解能をあげる必要がある。本実験で用いた大型放射光施設SPring-8 で発生される放射光は世界最高輝度であり、臨床用CT やマイクロCT に用いられているX 線に比べて約1 億倍明るい。そのため、高空間分解能検出器と組み合わせることによって、マイクロCT 以上の高空間分解能な画像を取得することが可能である。検出器には、蛍光体(P43、厚さ:10-50 ミクロン)とCCD カメラ(C4880-41S、浜松ホトニクス)を組み合わせた可視光変換型を用い、空間分解能は1 ピクセル=12 ミクロン(マウス)、48 ミクロン(ラット)であった(図2)。
3.1 サンプル
実験試料には、マウス(C3H/HeJ、オス、8 weeks)とラット(SD、オス、8 weeks)を用いた。ネンブタールで麻酔後、回転ステージ上に固定した。実験中は、1-2 %のイソフルランで麻酔状態を維持した。心臓を撮影する場合は、尾静脈から造影剤( Fenestra VC, ART Advanced Research Technologies Inc., Canada)を投与した。
3.2 呼吸&心拍によるモーションアーチファクト
図3に撮影シークエンスを示す。この場合は、気道圧が低い呼気終了時と心電図がT-P 波間で露光を行うように設定し、サンプルが180°回転終了するまで露光を繰り返した。
この場合は、1呼吸に1回露光を行い、大体15 分のスキャンで900 枚の投影像を取得できる。図4にモーションアーチファクトの様子を示す。同期を行わない場合は、モーションアーチファクトは大きく、胸部の様子は全くわからない。呼吸のみ同期を行った場合は、横隔膜や心臓から離れていて比較的直径の太い気管支のエッジは明瞭であるが、心臓や直径の小さい末梢気道のエッジは不明瞭のままである。それに対し、心拍&呼吸同期を行った場合は、末梢気道も心臓も明瞭に可視化することができ、本撮影シークエンスでモーションアーチファクトが軽減できることを確認した。
3.3 心臓の撮影
次に、心臓の3次元動態観察を行った。心臓を撮影する場合は、ヨード系の造影剤を用いているため、X線エネルギーはヨードの吸収端を利用した33.4 keV とし、露光時間は10 ms とした。撮影シークエンスを図5(A)に示す。
具体的な撮影シークエンスは、呼気終了時(acquisition window)を気道内圧ピークの100 ms 後から300 ms 間と設定し、その期間で最初に現れる心電図のピーク(R波)に注目した。そのR 波から任意の時間遅れを毎スキャン変化させることによって、心臓の動態観察を行った。その結果を図7(ラット)と8(マウス)に示す。それぞれのタイミングにおける心臓や大動脈弁の変形だけでなく、特にマウスの場合は冠動脈の変形も確認することができた。
3.4 肺の撮影
次に、肺の3次元動態観察を行った。X線エネルギーは、マウスの場合は20 keV、ラットの場合は25 keV とし、露光時間は、40 ms とした。撮影シークエンスを図5(B)に示す。具体的な撮影シークエンスは、新しく作成した人工呼吸器で設定した気道内の圧力が一定である期間(300 ms)をacquisition window と設定し、その期間で最初に現れる心電図のT波とP波の間に注目した。今回の実験では、気道内の一定圧力を0, 5, 15 cmH2Oと変化させて、肺の動態観察を行った。結果を図9(マウス)を示す。直径125ミクロンの末梢気道の変形まで確認することができた。
4.まとめ
最近、本研究のように、生きた小動物の心臓や肺をターゲットとしたin vivo-CT が提案・開発されている。サンプルが生きている場合は心拍と呼吸によるモーションアーチファクトの軽減が最も大きな問題であり、大きく分けて2種類の撮影方法が提案されている。1つは、本撮影システムのようにある特徴的なイベントから任意の時間遅れを設定して心拍&呼吸同期で撮影する方法2),3)、もう1 つは、とりあえず投影像を撮影して撮影終了後の再構成時に位相ごとに分割するという方法4), 5), 6)である。後者のほうが、短時間でたくさんの動態観察データが取得できるが、逆に高分解能の画像を取得することは困難である。逆に、前者は、測定時間がかかるが、高分解能の画像が期待できる。薬理反応などの動物実験を想定した場合、微小な生体反応を正確に把握することは非常に重要である。そのため、本研究では、可能な限り高分解能な画像を取得することを目標として、本撮影システムには前者の撮影システムを採用し、さらに息止め可能な人工呼吸器を新たに製作し、撮影は心拍&呼吸を同期させることによって、モーションアーチファクトをできるだけ減少させた。本実験では、高分解能の画像を取得するために高フラックスの放射光をX 線源として用いたが、撮影用ソフトウェアおよび再構成用ソフトウェアは自作であるため、汎用のX線源と組み合わせることも可能である。