2007年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報第21号

O-15標識化合物を使った脳酸素代謝・血流超迅速PET検査法の確立

研究責任者

久冨 信之

所属:国立循環器病センター研究所 放射線医学部 医薬品機構 派遣研究員

概要

1. まえがき
脳血流(CBF)、脳酸素代謝量(CMRO2)および脳酸素摂取率(OEF)の機能画像定量評価がPET 装置(Positron Emission Tomography, 陽電子断層撮像装置)を使ったO-15 標識化合物を投与した検査により可能である(Mintun et al 1984; Shidahara et al., 2002)。この検査法により脳卒中の診断が行われている。
O-15 標識酸素(15O2)は、酸素分子の体内挙動をトレースする診断プローブであるが、その脳内動態は組織酸素代謝だけでなく代謝生成水分子(H215O)の洗い出し、すなわち血流量に依存する。さらに酸素摂取率が正常では40%程度と低いため、血管内の放射能濃度が酸素代謝画像に寄与する。これらの動態の補正のため、現在主に行われている検査方法(3-step ARG)では3 種の15O2、H215O、C15O を3 回の独立した撮像毎に個々に投与し、更に一回の撮像で投与された薬剤の減衰を待った後、次の検査撮像が行われている。そのため検査時間が1 時間程度と長い時間を要し、被検者に大きな負担がかかるという問題が残っている。この問題の解決のため、H215O と15O2 を3 分間隔という短時間間隔で連続的に投与する検査法を開発した(DARG 法)(Kudomi et al 2006)が、それでも尚検査時間は25分程度を要していた。
この研究の目的は、H215O と15O2 を3 分間隔で連続的に投与し撮像した検査に基づいて、更に脳血液量補正の為のC15O 投与検査を要しない計算法を開発し(DBFM 法)、検査時間を10 分以下に短縮する迅速法を開発することである。この迅速法の正当性の検討のため、カニクイザルを用いたPET 検査によりCBF、OEF、CMRO2 を計算し、DARG 法と比較すること、血中酸素成分の動静脈較差から測定した酸素摂取率(OEF)と比較すること、更に、健常者によるPET検査を行いDARG 法と定量精度、画質を比較する。
2. 内容
2.1 理論
15O 標識水および15O 標識酸素ガスを連続投与したPET 検査データのみからピクセル毎にCBF,OEF およびCMRO2 画像を計算する計算法 (DBFM法) を開発した。この方法は、水と酸素の脳組織内の動態モデルに基づき標識化合物に対する脳組織中の動態を定式化し、水と酸素の連続投与法に対応し、かつ血管内の標識化合物からの画像への寄与を考慮している点が特徴付けられる。酸素および水分子の脳組織内での動態は次のように記述できる(Mintun et al JNM 1994)。

左辺はPET により観測される組織中の放射能濃度の時間変化、右辺第一項は組織の酸素分子の挙動、第二項は体内での代謝により生成された水分子の挙動、第三項は血管内の放射能濃度を示す。f は血流量、E は酸素摂取率、V0O および V0W はそれぞれ血管内の酸素と水の放射能濃度、A0(t)とAw(t)は血液中の酸素成分と水成分の放射能濃度(入力関数)を示す。? は重畳積分。p は水の分配定数(p=0.8 mL/g) (Iida et al 1991)。酸素代謝量はE とf を乗ずることで得る。E, f, V0 が評価すべき未知量である。式(1)で右辺第一項と第二項の重畳積分部分が非線形であり、この2項をf に対して生理的範囲内(0~2 mL/g/min)で離散的に0.01 mL/g/min 毎にテーブル化し次のように定義する、

これにより式(1)はE とV0 のみを未知数とする式として次のように書ける。

式(3)は特定のf に対して線形化され最小自乗法として解くことができる(Gunn et al, 1997)。そこで200 通りのf についてE、V0O および V0W に対する解をいったん求め、次に

を最小とする組み合せをf、E、V0O、V0W に対する解とする。この計算法によりCBF、OEF、CMRO2の計算が可能となる。この計算法は水・酸素、酸素・水のいずれの順にも対応できる。
2.2 カニクイザルによる測定
カニクイザル(6 頭, 5kg)によりCBF、OEF、CMRO2を測定した。動物の取り扱いについてはHuman Care and Use of Animals (Rockville, National Institute of Health/Office for Protection from Research Risks, 1996)に基づいて処置を行った。また、国立循環器病センターの倫理委員会の承諾を得、そのガイドライに従った。動物は麻酔処置後生理状態が安定するまで待ち、その後検査を開始した。PET撮像はすべて2Dモードで行った。最初に吸収補正のためトランスミッション撮像(15 分)を行い、続いて標識一酸化炭素投与、水-酸素連続投与、酸素-水連続投与し撮像を行った。サルは麻酔科において、安静状態、およびPaCO2 を変えて生理状態を変化さた。撮像中大腿動脈から連続採血を行い血中放射能濃度を測定し入力関数を得た(Kudomi et al 2003)。またPET 検査系による定量値の正当性を確認するため、動脈血とS 状静脈洞から採血を行い、それらの酸素含有量の差から全脳OEF を計算した。PET 検査で得られたデータをもとにDBFM 法の計算法に従って定量CBF、OEF、CMRO2 画像を計算した。
2.3 健常者による検査
健常者(n=7)に対してPET 検査を行なった。検査は国立循環器病センターの倫理委員会の承諾を得、そのガイドライに従った。最初に吸収補正のためトランスミッション撮像(10 分)を行い、続いて標識一酸化炭素投与、水-酸素連続投与、酸素-水連続投与し撮像を行った。健常者の検査に際しては、現在の設備での標識化合物合成装置の性能の限界と安全性のため、投与間隔を6 分とした。撮像中肘骨動脈から連続採血を行い血中放射能濃度を測定し入力関数を得た(Kudomi et al 2003)。
2.4 データ処理と解析
それぞれのPET検査からのデータによりDARG 法(CO 検査を要する方法)(Kudomi et al 2006)およびDBFM 法(2-1 章)により脳機能画像を計算した。カニクイザルの検査で得たCBF、OEF、CMRO2 画像定量値の比較のため、個々のサルをMR 撮像しMR 画像をPET 画像と位置合せしMR 画像上で全脳に関心領域(ROI)をとった上で、画像定量値の平均値を得た。得られた定量値の平均値はt-検定を行い、p<0.05 をもって有意差があるとした。健常者おける検査では、灰白質領域にROI をとり、その平均値をDBFM のそれと比較した。また画質を比較した。



3.結果と成果
3.1 カニクイザルによるPET 測定
AV 較差による全脳OEF とPET 測定による全脳OEF の値の比較を図1に示す。両者はよく一致しており相関係数はr=0.93 であった。DBFM 法とDBFM による安静時のサルのROI 中のCBF、OEF、CMRO2 定量値、および動静脈較差によるOEF 値を表1に示す。各々の定量値を比較した結果定型的に有意な差はなかった。



3.2 健常者による検査
CBF, OEF and CMRO2 の灰白質領域での局所値はDBFM 法においてそれぞれ0.75±0.20mL/min/g, 0.39±0.03 and 0.053±0.012mL/min/g, でありDARG 法においてそれぞれ0.74±0.18 mL/min/g, 0.41±0.02 and 0.053±0.012mL/min/g あった。これらから統計的にDBFM 法とDARG 法とで有意差があるとはいえないという結果が得られた。DBFM およびDARG 法によって計算した画像を図2にを示す。二法により計算した画像の画質は同等であった。



3.3 成果
サルを用いたPET 検査により標識酸素と標識水の短時間内連続投与法の撮像のみによる迅速検査すなわちDBFM 法はDARG 法と比較して定量値の正確さが同等であることを確認した。動静脈較差によるOEF 値と比較しPET 検査の正当性を確認した。更に健常者の検査により定量値がDARG法と同等であること、画像の画質が同等であることを確認した。
本方法を実施するに当たって、定量計算のために動脈入力関数が必要である。とりわけ本方法は連続投与法であるため、血中に二種の標識化合物が同時に存在するためその分離が必要である。本研究に当たってこの二種の分離法を開発しその正当性を確認した(Kudomi et al PMB2007)。
検査の迅速化に当たっては吸収補正のためトランスミッション撮像の短時間化も重要な課題である。本研究の検討では動物の検査で15 分、健常者において10分として撮像した。その後の検討において、この時間は最短で3 分程度まで短縮できることがわかった(Kudomi et al PMB in submission)。この短時間化により全検査を10分以下に短縮できることが示唆された。
本方法によりPET によるCBF/CMRO2 検査は概ね15 分程度で行うことができるようになった。この結果、急性期の症例に対しても実施可能となり、今後脳梗塞などの症例に対して新たな病態把握(Hayashi et al 2003)が期待され、治療法の発展が期待される。
4.まとめ
O-15 標識水と標識酸素を連続的に投与し、かつ、標識一酸化炭素の検査を要することなくすることで、放射能の減衰時間を待つ必要の無い検査法を確立した。この方法により検査時間を10 分以下とすることができ、被験者の検査における負担を軽減することが可能となった。