2012年[ 技術開発研究助成 (奨励研究) ] 成果報告 : 年報第26号

MRI による定量性を持った機能イメージング剤の開発

研究責任者

田中 一生

所属:京都大学大学院 工学研究科 高分子化学専攻 助教

概要

1.はじめに
生体内の物質輸送や反応を計測することは基礎研究から疾病原因の解明、臨床診断など、生物学上様々に有用な情報を与えてくれる。特に、生体反応に応答して物性を変える分子はプローブとして標的の反応の分子レベルの情報を与えてくれる。また、新しい測定原理でシグナルの増減を示す物質は、今までとは切り口の異なる情報を与えてくれると期待される1)~4)。したがって、新規の概念に基づく分子プローブの開発は重要性が高い。
MRI は、非侵襲、リアルタイムに測定が可能で、測定深度が高いという特徴を有している5)。分子プローブを用いて、MRI のシグナルの制御系を構築することで、物質局在以上の生体情報の抽出が可能となると期待できる。19F NMR は、天然では他の同位体が存在せず、測定感度は1H NMR の約80%と、多核NMR としては高感度という利点を持つ。また細胞等の生体内条件での測定に用いる場合、周辺にフッ素原子がほとんど存在しないことから、バックグラウンドノイズが低い。さらに、19F MRI では造影剤上のフッ素原子核を直接測定するため、強度の数量化が容易である。これらの長所から、近年、フッ素原子を含有した化合物をイメージングプローブとして用いて撮像を行う19F MRI が注目を集めている。
一つの生体反応を異なる二つの測定手法で追跡することができれば、お互いのシグナル変化を比較することによって、情報の正確性を向上させることができる。逆に、片方の測定手法では検出が難しい場面においても、もう片方のシグナルを追跡することで検出を続けることもできる。ここで、蛍光法はシグナルの強度の定量化が容易である。特に、小動物レベルの実験を行うには最も強力な測定技法のひとつである。そこで本研究では、19F NMR シグナルと蛍光発光を一つの酵素反応で同時に追跡することで、定量的検出が可能な機能性MRI 造影剤の開発につながると考えた。
したがって、本研究では、19F MRI を用いて、酵素反応を定量することが可能な分子プローブの合成を目指した。特に、蛍光法でもシグナル変化を同時に追跡することで、情報の正確性を上げる仕組みの開発に取り組んだ。以下、プローブの動作原理、本研究で行った操作と実験結果について述べる。
2.実験操作
2.1 水溶性高フッ素化デンドリマーの合成
一般に高フッ素化物は溶媒への溶解性が低い。一方、高感度の検出を行うには電子的に等価なフッ素原子を一分子中に集積しなくてはならない。このトレードオフ関係の解決のために、かご型シルセスキオキサン(POSS)というデンドリマー型分子に対し、にトリフルオロアセチル基を導入した高フッ素化化合物を合成した(図1)。このフッ素化POSS は高い水溶性を示し、フッ素原子を多数分子内に有することから、既存の19F MRI造影剤よりも10 倍程度高い感度で検出が可能であった。さらに、pH 変化やプロテアーゼ添加において耐性を示し、血清中でも沈殿や凝集などが起こらなかったことから、生体からも安定してシグナルを発信することが可能であると考えられる。次に、ここで得られたフッ素化POSS にスイッチ分子を導入することで、生体内の様々な変化の検出に対応したプローブを作成することを目指した。
2.2 プローブの作動原理と分子デザイン
がん細胞では特異性の低いリン酸加水分解酵素が過剰発現していることが報告されている。したがって、リン酸加水分解酵素活性を定量できれば、がん細胞の早期発見に役立つと考えられる6)。よって、本研究ではりん酸加水分解酵素の活性の定量的な測定に応用可能な19F NMR/蛍光バイモーダルプローブの合成を目的とした7)。NMR 測定において、固体状態では、溶液状態に比べ、化学シフトの異方性が平均化されず、また、局所磁場の不均化によってT2 緩和が加速され、感度が大幅に低下する。我々はこれまでの研究で、この現象を利用して、シリカナノ粒子表面にフッ素含有化合物を固定化し、擬似的な固体状態を作り出すことで、NMR シグナルの制御を行う手法を構築した(図2)。ナノ粒子表面に固定化されたフッ素含有化合物は、19F NMR 測定において感度が低下し、シグナルが検出されない。生体内反応などの特定の刺激によってナノ粒子表面から水中に放出されることによって、分子運動が活発化し、シグナルが検出されるようになる。ここで、リンカーを構成する分子としてリン酸ケージされたフルオレセインを用いた。両端に存在する水酸基をリン酸エステルにより修飾するとスピロ構造を形成することで、フルオレセイン特有の緑色の蛍光発光は抑えられる。リン酸化水分解酵素の働きによりこれらのリン酸エステル基が除去されると、ラクトンの開裂に伴い、強い蛍光発光が観測される。したがって、リン酸加水分解酵素がリン酸部位を開裂させることで、高フッ素化POSSとフルオレセインの放出が同時に起こることから、19F NMR シグナルと蛍光発光の増加として酵素反応を検出することができると考えられる。
2.3 プローブ合成
プローブの合成はスキーム1のように行った。まず、ナスフラスコにメタノール800 mL 及び濃塩酸135 mL を入れて混合し、そこに3-アミノプロピルトリエトキシシラン100 mL を一気に添加した。その後、室温で72 時間攪拌したところ、白色沈殿が生成した。この沈殿をろ過し、メタノールとジエチルエーテルで洗浄することにより、オクタアミノPOSS の塩酸塩を得た(18.8 g、収率30%)。同定は、1H・13C・29Si NMR で行い、特に29Si NMR で?66 ppm に一本線が得られることでT8 構造であることを確認した。もし、かごの形成が不完全でシラノールが残っている場合、?57 ppm 付近にピークが観測される。質量分析はジヒドロキシ安息香酸をマトリックスとしてMALDI-TOF-MS により測定した。これ以外のマトリックスではあまり感度よくピークが観測されなかったことと、ケイ素の同位体のために観測されたピーク自体も分裂していた。これらのスペクトル測定の結果より不純物は確認されなかった。得られたオクタアンモニウムPOSS に対し、4 当量のトリフルオロ酢酸エチルをメタノール中、トリエチルアミン存在下室温で3 時間反応させた。1H NMR によりPOSS の2 位のプロトンのシフトからアミド結合生成量を算出し、反応が終結したことを確認した。溶媒を除去することで高フッ素化化合物とトリエチルアミン塩酸塩の混合物を得た。次に、3-アミノプロピルトリエトキシシランとテトラエトキシシランをエタノール中、アンモニア水を触媒として、ゾル―ゲル反応を行い、表面にアミノ基を有するシリカナノ粒子を作製した。フルオレセインに過剰量のオキシ塩化リンを加え、1 時間加熱還流した。反応液を真空乾燥した後、クロロホルムに溶解させ、トリエチルアミン存在下、上述のフッ素化POSS と反応させた。この反応液をアミノ基が提示されたシリカナノ微粒子に作用させた。シリカナノ微粒子のクロロホルム分散液は室温中、1 時間撹拌した後、遠心沈降させた。クロロホルム、水、メタノールによる洗浄により目的のプローブを得た。
2.4 キャラクタリゼーション
得られた高フッ素化POSS 修飾シリカナノ粒子は水に高い分散性を示した。また、透過型電子顕微鏡の写真より、粒子間の癒着などはほとんど起こっていないことが示された(図3)。また、分散液を19F NMR で測定したところ、シグナルが観測されなかった。また、分散液からはほとんど蛍光発光は測定されなかった。5 M の水酸化ナトリウム水溶液でシリカナノ粒子ごと溶解させると、19F NMR 測定において、-75 ppm 付近に鋭いピークが観測された。このことから、高フッ素化デンドリマーがナノ粒子上に導入された状態では、分子運動が抑制され、NMR シグナルが消失することが確認された。また、490 nm の光を照射すると515 nm にピークトップを持つ蛍光発光が得られた。これらは、高フッ素化デンドリマーが溶液中に放出されることで、分子運動が回復し、19F NMR シグナルとして観測できることと、フルオレセインの放出が起こったことを意味する。シリカナノ粒子ごと溶解させた溶液の19FNMR のシグナル強度から、フッ素原子の濃度を計算し、高フッ素化デンドリマーの導入量を測定したところ、81 nmol/mg と見積もられた。同様に、溶解液の紫外可視吸収スペクトルより、フルオレセインの導入量は471 nmol/mg であることが分かった。
3.結果と考察
3.1 酵素活性の定量
PBS 緩衝液中(pH = 7.4)で、リン酸加水分解酵素存在下、37 °C でプローブを反応させた。1時間後に19F NMR を測定したところ、-75 ppm付近に単一のピークが観測された(図4)。一方、酵素を加えなかった場合、NMR のシグナルが観測されなかった。蛍光強度についても同様に、酵素添加により発光強度が増大したが、酵素を含まない試料からは反応後でも発光はほとんど得られなかった。この結果はプローブがリン酸加水分解酵素を検出可能であることを意味している。さらに、酵素濃度を変化させ、シグナルの増大速度を比較した(図5)。蛍光と19F NMR の両方で酵素濃度の上昇とともに、シグナル増大速度も増加した。横軸に酵素濃度、縦軸に増大速度をプロットすると直線関係が得られた(図6)。この直線を検量線として、濃度未知の試料の活性を測定することで、本研究で合成したプローブの有効性の検証を行った。
3.2 細胞内での酵素活性の定量
HeLa 細胞の破砕液中のリン酸加水分解酵素の定量を行った。まず、p-ニトロフェニルリン酸の加水分解より活性を求めると95 ± 9 U/mL であった。次に、先ほどと同様にプローブを用い、反応を行った。そこから得られた値を図5 にフィッティングすることで、19F NMR からは97 U/mL、蛍光強度の増加からは98 U/mL という値が算出された。以上のことから、本研究で開発したプローブは一つの反応を19F NMR と蛍光で同時観測が可能であることのみならず、それぞれの方法で定量が可能であることが示された。
4.結論
今回、リン酸化水分解酵素を標的とし、シリカナノ微粒子を機能性分子により修飾したものを用いることで19F NMR/蛍光バイモーダルプローブの合成を行った。得られたプローブを用いるとそれぞれの検出手法でリン酸化水分解酵素の活性を定量することができた。ここで得られたプローブはがん細胞の早期発見への応用が期待できる。さらに、本研究戦略はリンカー部位を変えることで様々な生体反応や環境変化についても対応できると考えられることから、汎用的なプローブの開発につながると期待される。