2008年[ 技術開発研究助成 (奨励研究) ] 成果報告 : 年報第22号

MRIによる陰性電荷イメージングを用いた再生軟骨の非侵襲機能評価システム

研究責任者

宮田 昌悟

所属:九州工業大学大学院 生命体工学研究科 生体機能専攻 助手

共同研究者

牛田 多加志

所属:東京大学大学院医学系研究科附属疾患生命工学センター 教授

共同研究者

沼野 智一

所属:首都大学 東京健康福祉学部 助教

概要

1.はじめに
近年、軟骨疾患の新たな治療法として軟骨細胞、生分解性スキャフォールドを用いて生体外で軟骨組織を三次元的に再構築し、患部に移植する再生医療への期待が高まっている1)~3)。このような再生軟骨の臨床現場への広範な応用には、再生組織の非侵襲的な組織形成度の評価法の確立が必要不可欠である。関節軟骨は主にコラーゲンType IIとプロテオグリカンといった固体成分と質量の70-80%を占める水分より構成される。特に関節軟骨中のプロテオグリカンは硫酸化グリコサミノグリカンから構成され、軟骨組織は負の固定電荷を持つ。この固定電荷密度(Fixed Charge Density : FCD)と軟骨の力学的特性との間にはLai ら4)の三相理論に代表されるように密接な関係がある。
そこで本研究では再生軟骨の固定電荷密度(FCD)に着目し、陰イオン性造影剤を応用したMRI(磁気共鳴イメージング法)による固定電荷密度の評価を目的とした。さらに、本計測手法の再生軟骨の力学的及び生化学的機能の非侵襲的な評価システムとしての可能性を検討した。仔ウシ軟骨細胞を用いた再生軟骨モデルの静的・動的力学特性及び軟骨基質である硫酸化グリコサミノグリカン含有量とMRI を応用した固定電荷密度(FCD)の測定結果との相関を検討したので報告する。
2.試料および試験方法
2.1 アガロースゲル培養による再生軟骨モデル
軟骨細胞はウシ肩関節より軟骨組織片を採取後、コラゲナーゼ溶液により酵素的に抽出した。細胞の懸濁液と低融点のアガロース溶液を混合することで軟骨細胞・アガロースゲル複合体を作製した(図1)。試料の形状は直径8mm、厚さ1.5mm の円盤状とした5)。この試料を再生軟骨モデルとして37℃、5%CO2 環境下で培養し、培養1(または2)、7、14、21、28 日目にMRI 測定、力学試験、生化学的評価を行った。
2.2 MRI による固定電荷密度評価
造影剤は磁気共鳴緩和現象を促進する働きがある。また、陰イオン性造影剤は軟骨基質中の負の固定電荷との電気的反発力により排除されるので、造影剤の濃度分布から軟骨基質中の固定電荷密度を評価することが可能である。そこで本研究では陰イオン性造影剤としてガドリニウム系造影剤Gd-DTPA2-を用いた。 MRI 計測には2.0T Bruker Biospec 20/30 System(独立行政法人産業技術総合研究所 人間福祉医工学研究部門)を使用した。
試料はリン酸緩衝溶液(PBS)とともにガラス管に封入し室温下で測定を行った。造影剤の添加前に縦緩和時間(T1)をshort spin echo シークエンスにて測定した(図2)。T1 測定後に、1mM となるようにGd-DTPA2-を添加し、造影剤が試料中に十分に浸潤するように6-10 時間静置した。その後に再び縦緩和時間(T1Gd)を測定した。
この測定結果より、造影剤の濃度[Gd-DTPA2?]は緩和率R(測定システムに固有の値)を用いて[Gd-DTPA2?] = 1/R(1/T1Gd ? 1/T1)として計算できる。Bashir らの報告より試料中の[Gd-DTPA2?]s 及び周囲のPBS 中の [Gd-DTPA2?]b を用いて再生軟骨中の固定電荷密度(FCD)は
のように算出した6)。
2.4 硫酸化グリコサミノグリカンの定量
凍結保存した試料を125μg/ml パパイン酵素処理液に入れ、 60°C で16 時間加熱して溶解した。溶解液はコンドロイチン硫酸溶液を標準液(0、12.5、25、50、100 μg/ml)としたDMMB 法7)により硫酸化グリコサミノグリカンの含有量を測定した。
2.3 静的・動的力学特性評価
力学特性は側面非拘束の圧縮負荷(unconfined compression)により評価した。測定はPBS 中にて室温下(25°C)で行った。
平衡弾性係数Eeq は応力緩和試験により求めた。変位速度0.05mm/min でひずみ20%まで圧縮変形を負荷し、その後、測定荷重が平衡状態に達するまで20-40min 保持した。このときの平衡荷重及び圧縮ひずみよりEeq を算出した。
動的弾性係数Edyn は動的圧縮試験により求めた。試料に静的ひずみ20%を負荷した後に、加振ひずみとして正弦ひずみ0.5%を振動周波数0.5Hz で負荷した。振動荷重及び加振ひずみよりEdyn を算出した5)。
3.結果および考察
再生軟骨モデルである軟骨細胞・アガロース培養体は培養期間の進行とともに白色不透明な概観を呈した。また、硫酸化グリコサミノグリカン含有量は培養とともに増加する傾向にあり、最終的には生体軟骨組織の20%程度まで達した。これより軟骨細胞をアガロースゲルに包埋し培養することで軟骨組織が再生したと考えられる。
一方、力学特性においては平衡弾性係数Eeq 及び動的弾性率Edyn はアガロースゲル培養による軟骨組織の再生とともに上昇した。最終的にそれぞれの係数は生体軟骨組織の20%と10%に達した。これより本研究で用いたアガロースゲル培養による再生軟骨では軟骨基質である硫酸化グリコサミノグリカンを含有する組織が再生され、さらに力学的に機能する組織が再建されていると考えられる。
陰イオン性造影剤を添加した後の縦緩和時間(T1Gd)の測定結果を図3 に示す。培養期間の増加とともに試料部分の値が上昇し、周囲のPBSとの境界が鮮明になった。これは、アガロースゲル中での軟骨細胞培養によりゲル中に負の固定電荷を持つ軟骨基質が再構築されたことで、電気的反発力により陰イオン性造影剤の浸潤が妨げられたことによるものと考えられる。また、算出された再生軟骨の固定電荷密度FCD と硫酸化グリコサミノグリカン含有量との間には高い相関が見られた(r = 0.95, n = 30)(図4)。同様に力学特性である平衡弾性率Eeq (r = 0.898、 n = 29)及び動的弾性率Edyn (r = 0.716、 n = 29)との間においても高い相関が見られた(図5)。これらの結果はNieminen ら8)、9) による生体軟骨の研究とも合致する。
以上の結果より,本研究で用いた陰イオン性造影剤によるMRI 測定法は再生軟骨の生化学特性及び力学特性評価法として有効であると考えられる。
4.結論
本研究では、アガロースゲル培養法を用いた再生軟骨モデルについて陰イオン性造影剤(Gd-DTPA2-)を用いたMRI により組織中に包含される固定電荷密度を評価した。その結果、固定電荷密度は培養期間の経過とともに増加することが明らかになった。さらに固定電荷密度と硫酸化グリコサミノグリカン含有量、平衡弾性係数及び動的弾性係数との間には強い相関が存在した。本研究によりガドリニウム造影MRI ( Gd-DTPA Enhanced MRI)が再生軟骨の生化学特性及び力学特性の非侵襲的な評価法として有効であることが示唆された。今後、MRI による固定電荷密度測定を用いた再生軟骨の非侵襲評価システムの実用化に向けて、動物実験モデルを確立して本評価システムの有効性を検討する予定である。