2017年[ 技術開発研究助成 (奨励研究) ] 成果報告 : 年報30号補刷

MBD-ルシフェラーゼ融合蛋白質を用いたグローバルDNA メチル化レベル測定法の開発

研究責任者

吉田 亘

所属:東京工科大学 応用生物学部 バイオテクノロジーコース 助教

概要

1.はじめに
本研究ではがん細胞のバイオマーカーであるゲノム全体の DNA メチル化レベルを簡便に測定する方法を開発する事を目的とした。日本人の死因の第 1 位はがんであるが、がんを早期に診断し、適切な治療を行えばがん患者の死亡率を低減できる。現在のがん診断は病院や検査機関で実践されているため、がんを診断するためには医師の診断が必要である。つまり、医師の診断を定期的に受けていない患者は早期にがんを発見することが困難である。そのため、がん診断を在宅で簡便に行うことができれば、がんの超早期診断が可能になると考えた。そこで、本研究ではがんのバイオマーカーとしてメチル化 DNA に着目した。

DNA メチル化とは、ゲノム DNA 中のシトシン(C)とグアニン(G)の連続した塩基配列(CpG)中のシトシンの 5 位がメチル化される現象である1)。このメチル基は、S-アデノシルメチオニンから DNA メチルトランスフェラーゼにより転移される2)。哺乳類ではDNA メチル化酵素としてDNMT1, DNMT3A, DNMT3B が同定されている。哺乳類の発生において細胞の分化に伴いゲノムの多くの領域で DNA のメチル化または脱メチル化が起こり、各細胞に特異的な DNA メチル化パターンが形成される3)。DNA メチル化は遺伝子発現制御において重要な役割を果たしており、プロモーター中の CpG 配列がメチル化されるとその遺伝子の発現は抑制される4)。またヒトゲノムの 45% を構成する ransposable elements はその活性を抑制するために、正常細胞では高度にメチル化されている。そのため、ゲノム全体のメチル化レベルはTransposable elements のメチル化レベルと相関がある。一方、がん細胞では Transposable elements のメチル化レベルが低下しているため、ゲノム全体のメチル化レベルが低下していることが報告されている5), 6)。つまり、ゲノム全体のDNA メチル化レベルはがんのバイオマーカーとして期待されている。

ゲノム全体の DNA メチル化レベルを測定する方法としては、 high-performance liquid chromatography (HPLC)法、バイサルファイト法、enzyme-linked immunosorbent assay(ELISA) 法 が挙げられる7)。HPLC 法はゲノム DNA を分解し、HPLC で解析することによりメチル化シトシン量を定量する方法である。バイサルファイト法はバイサルファイト変換したゲノムを鋳型とし、LINE などの反復配列を PCR で増幅し、その配列を解析することによってゲノム全体のメチル化レベルを測定する方法である。これらの方法では検出までに煩雑な操作が必要であるため、より簡便にゲノム全体のメチル化レベルを検出する方法が求められている。抗メチル化抗体を用いたELIZA 法が開発されているが、抗メチル化抗体は二本鎖 DNA 中のメチル基を認識できないため、本手法では一本鎖 DNA を調製する必要がある。また、ゲノム DNA 中にはヘミメチル化 CpG も存在するため、ELISA 法は DNA メチル化レベルの定量性にも問題がある。

そこで、本研究ではメチル化 2 本鎖 DNA を特異的に認識する蛋白質である methyl-CpG binding domain (MBD)8)に luciferase を融合させた蛋白質(MBD-luciferase)を用いれば、簡便に 2 本鎖DNA のメチル化レベルを測定できると考えた。想定した検出原理を図 1 に示す。MBD とはヒト由来の二本鎖DNA 中のメチル化CpG を特異的に認識する蛋白質である。そのため、ゲノム中のメチル化 CpG に結合した MBD-luciferase 量をluciferase の発光量を測定することにより定量すれば、簡便にゲノム全体のメチル化レベルを測定できると考えた。そこで、MBD-luciferase の発現ベクターを構築し、MBD-luciferase を組換え生産し、MBD-luciferase を用いたてゲノム全体のメチル化レベルを簡便に測定できる方法を開発することを試みた。

図1 MBD-liciferaseを用いたメチル化2本鎖DNA検出方法
(注:図/PDFに記載)


2.実験方法
2.1 MBD-luciferase 発現ベクターの構築NdeI サイトと精製用の Streptag 配列を付加したフォワードプライマ ー(5’-TCTCATATGTGGAGCCATCCGCAGTTTG AAAAGGCTGAGGACTGGCTGGACT-3’)と、EcoRI サイトを付加したリバースプライマー(5’-GTTGAATTCGCTGGCAACCGCCACGG-3’)を合成した。これらプライマーと KOD DNA ポリメラーゼ(Toyobo)を用い MBD 遺伝子発現ベクター(pGEX-2TX-MBD)9)を鋳型として MBD 遺伝子を PCR 増幅した。この PCR 産物を制限酵素NdeI(NEB)と EcoRI(Nippon Gene)で切断した。Zif268-luciferase発現ベクター(pET30c-Streptag-Zif268-luciferase)10)を制限酵素 NdeI (NEB)と EcoRI (Nippon Gene)で切断しZif268 遺伝子配列を除いた。その後、制限酵素処理した MBD 遺伝子と発現ベクターを Ligation High Ver.2(Toyobo)を用いてライゲーションした。このライゲーション産物を用いて Escherichia coli(E.coli) DH5? を形質転換し、培養後、プラスミド抽出を行った。得られたpET30c-Streptag-MBD-luciferaseiferase のDNA 配列 を 3730xl DNA analyzer (Thermo Fisher Scientific) で解析した(図2)。

図2 MBD-luciferaseiferase遺伝子発現ベクター構築方法
(注:図/PDFに記載)

2.2 MBD-luciferase の組換え生産
Streptag-MBD-luciferaseiferase 遺伝子発現ベクター(pET30c-Streptag-MBD-luciferaseiferase) を用いて、E.coli BL21[DE3](Biodynamics)を形質転換した。その後、形質転換させた E.coli BL21[DE3]を 1.5mL Lysogeny Broth (LB)液体培地(pH7.2、20 ug/mL Kanamycin (Wako))の中に入れ、振盪培養(37°C、16h、180r.p.m.)を行った。 培養したサンプル全量に 150mL LB 液体培地(pH7.2、20 ug/mL Kanamycin)を加え、振盪培養
(37°C、180 r.p.m.)を行い、OD600値が0.7 の時に、0.5 mM IPTG (Wako)を加え、振盪培養(20°C、16h、140 r.p.m.)を行った。培養後、50mL の遠心管 4 つに培養したサンプルを約 35 mL ずつ入れ、集菌を行った。まず 0.85% NaCl を加えて重さをすべて合わせ、遠心分離(4°C、10 min、2500×g) した。上澄みを取り除き、0.85% NaCl を加えて重さをすべて合わせ、遠心分離(4°C、10min、2500×g)を行った。この操作をもう一度行った。その後、上澄みを取り除き、0.85% NaCl を加えて 25 mL にし、遠心分離(4°C、10 min、2500×g) を行った。最後に上澄みを取り除き、集菌サンプルを-80°C で保存した。

-80°C で保存した集菌サンプルに 1g の沈殿物あたり 5mL の BugBuster Protein Extraction Reagent (Millipore)を加えて懸濁し、ローテーター(5 r.p.m.)を用いてインキュベート(37°C、5min) した。その後、遠心分離(4°C、20min、16000×g) を行うことによって、水溶性画分を調整した。また、不溶性画分は 1%sodium dodecyl sulfate(Wako)で可溶化した。

得られた水溶性画分は 1×PBS (Thermo FisherScientific)を加えて 10 倍希釈した後、0.45 μm フィルター(Millipore)でろ過した。ろ過したサンプルから Strep-Tactin Superflow カラム(Qiagen)を用いて MBD-luciferase を精製した。具体的な操作方法は、Buffer NP (50 mM NaH2PO4、300 mM NaCl、pH 8.0)で平衡化した Strep-Tactin Superflow カラム(Qiagen)に 10mL ろ過したサンプルを充填した( 流速 1mL/min)。次に、10m LBuffer NP (50 mM NaH2PO4、300 mM NaCl、pH 8.0)で洗浄した(流速 1 mL/min)。最後に、10 mL Buffer NPD (50 mM NaH2PO4 、300 mM NaCl、10 mM desthiobiotin、pH 8.0)で溶出した(流速 1mL/min)。全ての操作で各画分は 1mL ずつ回収した。

各精製段階の画分の luciferase 活性を検討した。具体的には、各画分の 10 μL に対して、luciferase の基質である 100 μL Pica Gene (Toyo Ink)を混合し、マイクロプレートリーダー(Spark 10M、Tecan)を用いて luciferase 活性測定を行った。次に、不溶性画分を可溶化したサンプルと各精製段階の画分を12% sodium dodecyl sulfate-polyacrylamide gel electrophoresis (SDS-PAGE) (Tefco)で蛋白質の発現を確認した。具体的には、500mL Running Buffer (30mM Tris base (Nacali Tesque)、30 mM BES (Dojindo)、0.1% SDS (Wako))を調整した後、200mL Antioxidant mixture (0.05% Sodium Thiosulfata Pentahydrate (Wako) 、0.025% N, N-Dimethyl formamide (Wako)、Up to 200 mL with Running Buffer)を調整した。また、Loading buffer (200μL Tris BES sample buffer (TEFCO)、1.85 mg DTT (Wako)、10μL β-Mercaptoethanal (Sigma Aldrich))を調整後、Loading サンプル(7μL 各画分、7μL Loading buffer)とLoading marker(12μL marker (APRO)、12μL Loading buffer)を調整した。次に、電気泳動層に 12% SDS-PAGE をセットし、外側の層に300 mL Running Buffer および内側の層に 200 mL Antioxidant mixture を入れた。各 well に調整した Loading サンプルと Loading marker を 10 μL ずつアプライし、電気泳動を行った(40 mA、165 V)。電気泳動後、20mLCBB 染色液(Bio Craft) にゲルを入れ、シーソーシェーカー(30r.p.m.)で 振盪しながら染色した(60min)。脱染色するため にMQ を用いて余分なCBB 染色液を取り除いた。その後、蛋白質発現の解析を行った。最後に、DCTM protein assay kit(Bio-Rad)のスタンダードアッセイ法に従って、マイクロプレートリーダー(Bio-Rad)を用いて各画分の蛋白質濃度を測定した。

図3 MBD-lucの精製における各画分のluciferaseの活性
Flow though画分(1~9)、Wash画分(10~19)、Elution画分(20~29)のluciferase活性を測定した。
(注:グラフ/PDFに記載)

2.3 メチル化 DNA 検出方法の検討
20-bp のビオチン修飾されたメチル化または非メチル化 2 本鎖 DNA(Top:5’-Biotin-AAAAAACA GGATXGACGACGTACCCT-3’(X=methylatedcytosine),Bottom:5’-AGGGTACGTCGTXGATCCTG-3’(X=methylated cytosine))を合成した(Tsukuba Oligo Service)。各 2 本鎖 DNA (250pmol)をそれぞれストレプトアビジン修飾 96well プレート(Tefco)に結合させた(30r.p.m、室温、30min)。その後、各 Well に入っている反応液を除去した。

洗浄液(PBS、0.05% Tween)を 200μL 加えた後、洗浄液を除去した。この洗浄の操作を 5 回行った後、biotin 水溶液(PBS、500pmol biotin)を入れ、各 well をブロッキングした(30 r.p.m.、室温、30min)。その後、洗浄液(PBS、0.05% Tween)を用いて、上記と同様の操作で洗浄を 3 回行った。各well に 34nM MBD-luciferase を加え 30 分室温でインキュベートした。その後、洗浄液(PBS、0.05%Tween)を用いて、上記と同様の操作で洗浄を 3
回行った。最後に、100μL Pica Gene (Toyo Ink)を混合し、マイクロプレートリーダー(Spark 10M、Tecan)を用いて luciferase 活性測定を行った。


3.結果
3.1 MBD-luciferase 発現ベクターの構築
MBD 遺伝子発現ベクター(pGEX-2TX-MBD) を鋳型に MBD 遺伝子を PCR 増幅した結果、目的の大きさの PCR 産物を得ることができた。また、pET30c-Streptag-Zif268-luciferase をNdeI と EcoRI で切断し、制限酵素処理産物を電気泳動で解析した結果、目的の位置で切断されていることが確認できた。そこで、制限酵素処理した PCR 産物とベクターをライゲーションした。シークエンス解析の結果 MBD-luciferase 発現ベクター (pET30c-Streptag-MBD-luciferaseiferase)が構築できたことを確認した。

3.2 MBD-luciferase の組換え生産
MBD-luciferase 遺伝子発現ベクターを用いて、E. coli BL21 (DE3)を形質転換し、IPTG を用いて、MBD-luciferase の発現誘導を行った。IPTG を用いて培養を行った結果、培養液 150mL あたり約 1.26 g の湿菌体が得られた。湿菌体を破砕し、水溶性画分を調製後、Strep-Tactin が固定化されたカラムを用いて、ストレプトタグが付加されている MBD-luciferase を精製した。各画分のluciferase の活性測定、SDS-PAGE 解析、及び蛋白質濃度測定を行った。 各精製段階での luciferase 活性を測定した結果を図3に示す。Flow through 画分 9 では luciferase の活性は約3.0×1010 cps/mL であった。洗浄画分の Wash 1 で、6.2×1010 cps/mL であったが、wash 10 ではluciferase 活性は5.8×108 cps/mL 程度にまで低下した。一方、溶出画分の Elution2 で luciferase 活性は 4.9×1011 cps/mL であり、Elution 3~10 にかけて luciferase 活性は下がっていった。つまり、Flow through から洗浄画分にかけて、カラムに MBD-luciferase が結合し、溶出画分でMBD-luciferase が溶出できたことが示された。SDS-PAGE の結果(図4)、溶出画分で luciferase 活性か高かった Elution2 で目的の位置(71 kDa) にシングルバンドが観察された。luciferase 活性が 1 番高い Elution 2 のタンパク質濃度は 0.2mg/mL であった。これらの結果から、精製段階で luciferase 活性能は、保持されていることが示された。また、溶出画分で目的の MBD-luciferase が精製されたことが示された。

図4 精製したMBD-luciferase(71 kDa)のSDS-PAGE解析
(注:図/PDFに記載)

3.3 メチル化 DNA 検出方法の検討
ビオチン修飾メチル化 2 本鎖 DNA または、ビオチン修飾非メチル化 2 本鎖 DNA を固定したプレートを調整し、そこに MBD-luciferase を加え、インキュベートした。各 well を洗浄後、luciferase の発光基質を混合し、マイクロプレートリーダーを用いて luciferase による発光強度を測定した。

その結果、非メチル化 DNA を固定化したプレートと比較して、メチル化 DNA を固定したプレートでは 3.8 倍高い発光強度が観察された(図5)。つまり、MBD-luciferase を用いることにより、メチル化二本鎖 DNA を迅速に測定できることが示された。以上の結果より、MBD-luciferase を用いることによりゲノム全体のメチル化レベルを簡便に測定できることが示唆された。

図4 MBD-luciferaseを用いたメチル化2本鎖DNA検出結果
(注:グラフ/PDFに記載)

4.まとめ
本研究ではがんのバイオマーカーであるゲノム全体のメチル化レベルを簡便に測定する方法を開 発するこ とを目的 とした。 まずMBD-luciferase 発現ベクターを構築し、E. coliBL21(DE3)を用いて MBD-luciferase を組換え生産した。組換え生産した MBD-luciferase はStrep-Tactin 固定化カラムを用いることのより精製することができた。精製した MBD-luciferase はメチル化二本鎖 DNA 結合能と luciferase 活性を保持しており、MBD-luciferase を用いることにより簡便に二本鎖中のメチル化 DNA を検出できることを示した。以上結果より、ゲノム全体のメチル化レベルを MBD-luciferase を用いることにより簡便に測定できることが示唆された。