2015年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

LEDの導入による閉鎖型植物工場での新たな授業展開

実施担当者

山本 隆志

所属:静岡県立磐田農業高等学校 教諭

実施担当者

辻村 祐樹

所属:静岡県立磐田農業高等学校 教諭

概要

1 研究の趣旨
(1)本校における農業教育の取り組み
 近年、人工知能、自動運転といった人に代わって仕事をするロボット化があらゆる産業で聞かれるようになり将来職業の半分を機械が代行する時代が到来するだろうといわれ、産業構造の変化は益々加速し、農業においてもTPPの問題を含め生産・加工現場から流通分野に至るまで複雑多様化し、農業の企業化、高次元化が急速に進んでいる。また、食糧・資源・環境等解決しなければならない課題は、いずれも農業と密接に関わりその対応が急務となっている。
 本校では、平成7年度に学科改編を行い、従来の学科群から、生産系、環境系、食品系の3つの系に分け、特に生産系では平成15年度の新教育課程の編成に伴い、バイオテクノロジーやエレクトロニクス化など産業社会の変化への対応を図り、学校設定科目「生物生産システム」の中で植物工場の導入を行った。平成25年度には専門教科をより集中的に学ぶため学校設定科目を削減し、従来の専門科目の充実を図り、2年次より課題研究を取り入れ、より深く学ぶことができるよう新教育課程への対応を行った。

(2)地域産業の動向と本校生徒の進路状況
 本校が置く磐田市と周辺地域の農業は水稲、畑作、茶栽培や施設園芸等が中心であるが、自動車関連産業の工場が多く農業と工業のバランスのとれた産業発展をしている。
 近年この地域では農業の兼業化、離農が進み農業後継者の減少が著しいが、生産資材の多様化や先端技術の導入によって農業生産物の加工・流通等農業のサービス業的分野が拡充し急速に近代化が進んでいる。
 また、この地域の雇用の状況を見ると、より求人力の高い自動車関連産業への就職が中心であるが、図1の本校生徒の過去5年間の進路状況をみると就職者が平成23年度まで約46%程度で推移していたのが、平成24年度には約50%まで増加し、その後は再び46%代から47%代にとどまっている。進学は約54%程度であったのが平成24年度には49%に減少したが、平成25年度からは再び52%から53%程度にとどまっている。リーマンショックからの経済状況の不安定化により雇用の氷河期とまでいわれ時代から脱したと思えるが、この地域の平成27年7月の有効求人倍率は0.84と意外と低い倍率であった。しかし、平成27年11月末の本校生徒の就職内定率は職員の努力もあり100%であった。図2は平成25年度の本校生徒の就職者に関する職業別分類で、生産・労務などの技能職への就職が圧倒的に多く、地域産業の担い手として期待されている。

(注:図/PDFに記載)

(3)新教育課程における特色ある教育への改善農地法の規制緩和、TPPによる国際競争、農業の法人化、企業化、高齢化と後継者 問題等農業取り組むべき課題が多岐にわたりまた、ここ数年計測機器や計測技術の進歩普及により精密制御栽や無人で農作業を行うロボット農機など、より省力・精密な農業が可能となってきた。このように業を取り巻く変化をどう農業の専門教育に生かすか、従来の経験や勘だけではなく、生き物を科学る知識と知恵をいかに農業技術として学ぶか、今後の農業教育の在り方を問われている。このこと踏まえ、表1の生産流通科の旧教育体系では単にコンピュータによる情報検索などの情報処理技術学習であったり、植物工場における栽培では既に決められた環境制御での栽培学習であったりしたしかし、表3の新教育課程では1年次には普通科目による基礎学力を重視し農業科目は農業全般にいて学ぶことに重点を置いた。2・3年次には表2のように専門科目に重点を置き特に農業生産にける計測機器の活用方法や発光ダイオード等の先端機器を利用した植物生産の自動制御システムや産物の品質、安全性についての分析・評価や販売・流通に関する専門知識と技術を学び、前序に述た目的を達成するために改善を行った。

(注:表/PDFに記載)


2 研究の概要
(1)科目「野菜」での植物工場実験装置と水耕温室を活用した授業の展開
ア 閉鎖型植物工場実験装置の改装と栽培内容の改善
 平成16年~26年まで学校設定科目「生物生産システム」で完全閉鎖型植物工場実験装置を導入し、主にサラダ菜を中心に栽培してきたが、11年経過し老朽化が著しく一部装置が稼働しないなど、植物工場全体が機能しない状態になっていた。そこで栽培の中心であったカラム式栽培装置と経費負担の大きい高圧ナトリウムランプを撤去し、代わりに棚式水耕装置を作成し人工光にはLEDを使用し栽培システムをシンプルにした。また、人工光源に蛍光灯・赤青混色LED・白色LEDにより光源による栽培実験が可能となった。さらに使用目的を栽培だけではなく底面給水式の育苗が行えるよう装置に工夫を加え、葉菜類の栽培から苗作りまで学習の幅を広げることができた。本年度は下記の図のように従来のサラダ菜栽培とトマトの苗生産を行った。

イ 科目「野菜」でのワンポット養液栽培の学習と学習環境の整備
 3年次の科目「野菜」では2年次の「野菜」での露地栽培の学習踏まえ、温室内における人工環境下による養液栽培の学習を中心に行った。
 下記の図のように、生徒が3人で1グループになり、栽培装置の組み立て設置から養液のEC調整、プログラムタイマーによる養液のコントロール設定及びトマト苗の播種育苗と定植、その後の誘引、受粉作業、脇芽の除去、収穫等管理全般から栽培日誌をつけ収穫物の糖度等を測定し記録した。
 1学期は温室内の整備と設定で栽培準備に手間取り、あまり思うように栽培学習が出来なかったが、初めての試みでもあるため、生徒も感心が高く積極的に取り組んだ。特に養液調整ではECの測定機器を使いながら2種類の養液を調整することやプログラムタイマーの時間を設定する所など普段の授業とは違い調整が設定道理になっていない場合植物体が枯死してしまうこともあるため、緊張しながら真剣に取り組んた。

トマトの播種と育苗
品種 中玉トマト「フルティカ」
1班36本(6グループ)

養液装置の設置と栽培装置の組み立て
 従来の水耕装置を利用し、6グループが同じ条件で栽培実験が行えるよう改善した。

養液の設定
a 養液栽培用肥料→
大塚ハウス S 1号、
大塚ハウス2号(A処方)

b ECの設定
1.2+0.3(原水のEC)→EC1.5

プログラムタイマーによる給液量の設定
1日300ml 1回30ml×10回
午前7時から午後16時まで1時間間隔で給液

トマト観察と病害虫調査
 早朝当番を設け、温度・湿度、植物体の草丈、着果等を調査記録した。

トマトの収穫と調査
 重量、大きさ、糖度等の測定を行った。その後食味についてもアンケート調査を行った。
 糖度は平均で9度以上あった。高糖度トマトの基準は通常7度以上であるため、今回栽培されたトマトは高糖度トマトであるといえる。

 2学期にはおいては、ミニトマトの栽培に換え7月中旬より苗の準備を行った。また、培地をロックウールに変更し、養液の設定も下記のように班ごとにEC値を変え栽培した。

養液の設定
EC 2.5 3.1 3.3 3.5 + 0.3(原水のEC)
→ EC 2.8 3.3 3.5 3.8
大塚ハウス A 処方

ミニトマトの利用研究
 ミニトマトの利用として普段はサラダの食材かお弁当のおかずの添え物だったりあまり食材としての幅が無いような先入観があったが、今回下記の図のような、ごはんを炊くときにミニトマトやその他の具を入れ、ミニトマトの炊き込みご飯に挑戦し、試食会を行った。
 精米した米一升にミニトマトを30個程度、その他にしめじ、塩、胡椒などを入れ50分程度炊き込んだ。少々トマトの酸っぱさがありそれがよい味になり非常に食べやすく、好評だった。

ウ 科目「野菜」の授業展開とICTを活用した学習プリントの作成
 今までの黒板での板書方法に、プロジェクターとプレゼンソフトを加えた授業方法を試みた。
 校内のネットワークを利用しながら事前に教科書に沿った内容で、生徒がメモを取りやすいように、授業プリントを作成した。Web上のデータや画像を利用する場合はあらかじめ出典元のURLを明記し、著作権等の問題にも配慮した。はじめは事前準備にかなり時間を取られ大変だったが、温室の栽培環境と養液栽培のしくみや病害虫などの説明では、映像による直感的な説明が出来、生徒からは大変好評であった。また以前学んだことなどをその場で再度表示し復習できたり、現在起きている農業問題などとの関連した学習が出来学びの幅が広がった。


3 研究の成果
 前回平成15年度に教育課程の変更により、昨年まで特色ある教育の内容を実現するため学校設定科目を設け進めてきたが、学科の教育目標と現状にある学科の施設設備の老朽化に伴い継続した教育が困難な状況にあった。そこで、学校設定科目を廃止し、従来からある科目「果樹」、「野菜
」を学科の主教科として改善を図り、新たな教育課程としてスタートし3年目を迎えた。
 科目「野菜」での教育内容としては1年次の科目「農業と環境」を踏まえ2年次より露地での野菜作から3年次での施設を利用した栽培学習となり、系統立てた学習が出来るようになった。さらに老朽化した「植物工場」にLEDを導入しあらたな活用方法が可能となり、先端的な授業展開ができるようになった。しかし、幅広い農業の栽培学習ができる教育課程となったが、単に栽培のための学習だけにとどまらないよう、創意工夫した実用性のある内容にする必要があると感じた。また、現在の社会構造の急激な変化に対応した教育にも限界がある。学校教育を含めた農業教育がその時代に応じた特色ある教育の研究を継続していかなければならいないと考える。