1991年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第05号

CT画像に基づく人体組織の3次元計測技術の基礎的研究

研究責任者

鳥脇 純一郎

所属:名古屋大学 工学部 情報工学科 教授

研究責任者

横井 茂樹

所属:名古屋大学 工学部 情報工学科  助教授

研究責任者

鈴木 秀智

所属:名古屋大学 工学部 情報工学科 講師

研究責任者

安田 孝美

所属:名古屋大学 工学部 情報工学科 助手

概要

1.まえがき
本研究の目的は,各種計算機断層像(CT像)の画像処理に基づく,人体組織の諸特性値の3次元計測手法を開発することである。
CT装置に代表されるイメージング装置の発達によって,人体の3次元構造に関する情報が容易に入手できるようになった。今後は,これらの3次元画像の持つ情報を診療に役立てるために,3次元画像に基づいて人体の3次元構造や機能に関する定量的計測を行うシステムの開発が要求されるものと思われる。計測対象としては,まず,人体の物理的特性値,例えば,各器官の体積,容積,長さ,表面積,及び,それらの時間変化,あるいは,複数の器官の位置関係や配置に係わる特性値,等が考えられる。具体的に,本研究では,これらの特性値の計測手順を逐次開発し,蓄積して,将来は,いわば,一種の計測のためのエキスパートシステムを実現しようとする。
以下に,本研究実行期間内に於て実現された機能や計測手順について簡単に報告する。
2.内容
2.1対象データの定式化
本研究で対象とする入力データとして,3次元立方体の画素から構成される3次元ディジタル画像(3D画像)を想定する。各画素の値は,イメージングの方法によって異なるが,原理的には連続値をとるとする。実際には,各種CT,典型的には,X線CT,及び,MRI(核磁気共鳴画像)の断面像(スライス)の組として与えられる[1][2]。
2.2前処理
計測を行うためには,その対象器官を上記3D画像から切り出さなくてはならない。そのためには以下のようなアルゴリズムの開発を行う必要がある[1][2]。
(1)3D画像のセグメンテーションのアルゴリズム
(2)3次元対象物の表面を生成するアルゴリズム
(3)スライス内の画素の大きさに対して,スライス間間隔が大きい場合にスライスを適当に内挿するか,または,対象物の形状を補間するアルゴリズム
(4)切り出した3次元物体を自然な形に分割し,かつ,必要に応じて整形するアルゴリズム
2.3計測
計測値として,さしあたり,次のようなものを考える。(1)3次元対象物の体積[4](2)3次元空間(3D画像)に含まれる複数の物体間の距r,または,ある物体の表面上の各点から他の物体への最短距離の分布(距離マップ)[3]
2.4インターフェイス
上記の切り出し,計測は原則として極力自動的に行いたいが,現段階では対話形処理が必ず必要になる。また,計測の対象や内容を利用者が指定する操作は必須の要請である。そこで,次の機能の実現を試みる。(1)処理結果の3D画像を表示するための3Dグラフィックス。(2)様ざまの指示を計算機に与える操作を,画像上で行うためのイメージインターフェイス機能[5]
3.成果
3.1医用3次元画像の可視化と外科手術シミュレーションシステム
本研究の計測機能は,我々の研究室で開発中の医用3次元像の可視化と外科手術シミュレーションのためのシステムで使用される。システムの概略は以下の通りである。
(1)頭部形成外科手術シミュレーションシステム(NUCSS-V2)[6]
本来の手術は,乳幼児の先天性頭部疾患(頭骨の変形)に対して,その修正を行って,脳の成長を妨げないようにする。そこで,シミュレーションシステムは頭部のX線CT像から頭骨を抽出して,3次元像を構成し,その上で骨の切断,移動,再配置などをシミュレートし,かつ,術後の顔貌の予想図(3次元図)の生成も行って,最善の手術計画をつくることを目的とする。
(2)股関節整形手術シミュレーションシステム[7,9]
この手術では,股関節部,主に腰骨の整形によ一.て,大腿骨と骨盤の整合をよくし,歩行等の機能が安定に働くようにする。対象が股関節部に変わること以外は,システムの機能は(1)とほとんど同じである。
(3)心臓の3次元動画像の生成[8]
胸部の核磁気共鳴CT像(MRI像)から心臓の像を切り出し,3次元像を構成して動画として観察する。任意の方向から,あるいは,任意の部分を切り出して動画として観察できることが大きな特色である。
3.2 3次元計測機能
(1)頭蓋内容積の計測[4]
頭部形成外科手術では,術後の頭蓋内容積の増加が重要な目的であるから,増加量の算出が必要になる。今回開発した計測プログラムでは,既に抽出されている頭骨の内部にある画素の数を数え,画素の体積を乗じて頭蓋内容積を求める。但し,術後においては頭骨にはかなりの複雑な隙間があるため,これを自然な形に内挿するためのやや高度な処理を新たに開発した[図1]。
(2)距離マップ作成[3]
股関節部の整形手術においては,骨盤と大腿骨の整合(関節における骨のはまり具合)の度合いの指標として,大腿骨の骨頭部表面の各点における骨盤との距離が重要である。そこで,3次元距離変換を用いて,大腿骨骨頭部表面の骨間距離の分布(距離マップ)を作成し,疑似カラー表示する機能を開発した[図2]。
(3)心容積の計測[8]
心臓の内容積の時間変化は,血液流量の計算に結びつき,ひいては心機能の診断の有用な指標となる。今回は,さしあたって心内膜内部の容積を求め,その時間変化を記録した。現時点では,原画像の解像度に限界があって高精度の計測は難しいが,将来は強力な診断のツールになると思われる。
3.3イメージインターフェイス[1][2][5][6]
計測したい場所,範囲,あるいは対象そのものをディスプレイ画面上で対話的に指示することは画像計測とシミュレーションにおいては必須の機能である。しかし,2次元のディスプレイ画像上で3次元対象物とその上の操作を指定することはかなり厄介な処理であり,システム側にはグラフィックスとパターン認識を結合した高度な機能が要求される。本研究では,上記の外科手術シミュレーションシステム用に,いくつかのインターフェイス機能を開発している[図3]。詳細は関連論文にゆずる[1][2][5][6]。
4.まとめ
本研究では,人体組織の3次元計測をCT画像に基づいて行ういくつかの機能を開発した。医用画像の診断,治療への応用は,「2次元から3次元へ」,「(読影)から(読影+治療シミュレーション)へ」,「記述式定性的診断から定量診断へ」という流れに沿って進歩してきている。とりわけ,最近の3次元イメージング技術の進歩はめざましく,そこで得られる人体の3次元画像情報を活用するソフトウェアツールの開発が十分に追随していない。
本研究では,筆者の研究室で開発中の各種CT像による3次元像の可視化と手術シミュレーションのためのシステムの中で利用される計測機能のいくつかを開発した。これらは,単独で機能するものではなく,原CT像の表示,解析,認識操作,などを組み合わせた総合的な画像診断システムの中でのユニットの1つとして利用されるものである。システムはすべてソフトウェア(具体的には,FORTRANプログラム)で実現され,現時点では大型汎用計算機上で用いられているが,今後はワークステーション上での利用を進める予定である。実際,股関節手術シミュレーションシステムの1部は,既に,専用システムとしてワークステーションへの移植を実行中である。