2000年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第14号

Burst Pulseを用いた超高速MRI法の実用化

研究責任者

松田 哲也

所属:京都大学医学部附属病院 医療情報部 助教授

共同研究者

村本 聡

所属:福井医科大学 放射線科

概要

1.はじめに
Echo planar imaging(EPI)法をはじめとした高速撮影技術の進歩は、functional MRIの実用化など、MRIの臨床応用範囲を飛躍的に広げつつある。Burst Imaging法は、撮影時間が0。1秒程度のEPI法に匹敵する新しい超高速MRI撮像法として注目されている(1,2)。本法では、多数の電磁波(RF)パルスを連鎖状に与えるBurst Pulseを用いてスピンの励起を行うが、この特殊な励起法のためEPI法に比べると信号/雑音比(S/N比)が著しく低く、臨床応用への大きな制限となっている。EPI法では傾斜磁場を高速に切り替える必要があるため、その実行には高性能のMRI撮像装置が要求されるが、本法では一般的な臨床用MRI撮像装置を利用できる。さらに本法は磁化率の影響を受け難いため、EPI法では著しく画像が歪んでしまう脳底部などでも磁化率アーティファクトの少ない画像を得ることができる。このようにBurst Imaging法は、EPI法の欠点を補う様々な特長を持っているものの、S/N比の問題から殆ど臨床応用が行われていないため、その臨床的有用性についても十分な検討が行われていない。本研究では、Burst Imaging法のS/N比を高める手段として既に報告されているBurst Pulseの位相変調法(1)とhalf-Fourier信号収集法(2)とを併用した撮影法を臨床用MRI撮像装置に実装し、各種頭部疾患の診断における実用性を検討した。
2.Burst Imaging法
Burst Imaging法は1993年にHennigとLoweのグループから独立に提案された超高速MRI撮影法であるが(3,4)、スピンの励起と信号収集との時間的関係に特徴がある。他のMRI撮影法では、励起を繰り返す場合、先行する励起によって発生した信号の収集をすべて終了した後で次の励起に移行するが、Burst Imaging法では連鎖状のRFパルスによって複数の励起をまとめて行い、その後、信号収集も一括して行う。この連鎖状のRFパルスがBurst Pulseであるが、これは撮影対象面に含まれるプロトンのうち一部のスピンしか有効に励起できず、その結果、得られる信号は著しく弱くなる。我々は、本法が従来の2次元フーリエ撮像法とは異なり、1次元投影撮像法であるとみなす独自の解釈を報告し、本撮影法の理解を容易にするとともにSIN比が低い理由を説明した(5)。この解釈では、Burst Pulseによる空間の離散化によって2次元空間の1次元投影への変換が可能となり、高速の1次元撮影を実現していると考える。しかし、この離散化の際には、信号源であるスピンの一部しか有効に利用できず、得られる信号のSIN比が低くなると説明できる。つまり、S/N比が低いことは本法にとって本質的な問題ということになるが、Burst Pulseにおける個々のRFパルスの位相を変化させることによって励起効率を高める手法がZhaらによって考案された(1)。一方、信号収集の効率に着目しS/N比の最適化を図った試みとして、Burst Imaging法にHalf-Fourier法を適用した報告も行われている(2)。Half-Fourier法は一般的にはS/N比を低下するが、多数のエコー信号を一括して収拾するBurst Imaging法では、励起から収集までのエコー時間が個々の信号について少しずつ異なるため、T2緩和による信号の減衰を考慮して効率よく信号収集を行えばS/N比の向上につなげることができる。本研究では、Burst PulseにおけるRFパルスの位相変調とHalf-Fourier法とを併用した撮影パルスシーケンスを、LOTの臨床用MRI撮像装置に実装した。図1に撮影に用いたパルスシーケンスを示すが、これはスピンエコー法を基礎としたBurst Imaging法となっている。臨床への適応にはスライス厚=10mm,撮影視野=200mm×400mm,信号収集マトリクス=40×128,画像再構成マトリクス=64×128とした。Half-Fourler法では、フーリエ空間の中央部にあたる低周波成分から信号収集を開始するため、フーリエ空間の原点を通過する信号のエコー時間を表す実効エコー時間が短縮できる。我々が用いたパルスシーケンスでは、フーリエ空間の正の部分に8個、負の部分に32個のエコー信号が順次配列されるよう信号収集を行った。フーリエ空間の中央部付近から信号収集が開始されるため、Half-Fourier法を用いずに同一の空間分解能でフーリエ空間全体を収集する信号収集マトリクス=64×128の場合に比べ、実効エコー時間及び撮影時間がともに37ミリ秒短縮され、それぞれ17ミリ秒および68ミリ秒であった。
3.対象と方法
Burst Imaging法の臨床的な実用性を評価するために、高速撮影法の重要な応用領域として、造影剤注入後の信号強度の変化を経時的に観察するDynamic studyに適用した。頭部疾患の診断目的で造影MRI検査を予定した10例を対象として、Burst Imagingを用いたDynamic studyを行った。撮影には上述のOUFIS法とHalf-Fourier法とを併用したBurst Imagingに対して、さらに反転回復パルス(Inversion pulse)を加え、造影効果が明確となるT1一強調Burst Imaging法を用いた。反転回復パルスを与えてから撮影を開始するまでの反転回復時間Tiについては、健常者3例を対象とした予備実験結果から、大脳皮質および髄質の信号がともに低下する600ミリ秒とした。対象とした10症例の診断は、髄膜腫3例、神経鞘腫2例(うち1例はガンマナイフ療法後)、転移性脳腫瘍2例、脳梗塞亜急性期2例、および下垂体腺腫1例であった。病変部を含む横断面に対してT1一強調Burst Imaging法を2秒ごとに100秒間繰り返し、合計50枚の画像を収集した。10枚の対照像を撮影した後、体重1kgあたり0.lmmolのGd-DTPA-BMA(Omniscan、Nycomed社製)を肘静脈よりボーラス注入し、直ちに20mlの生理食塩水にてフラッシュした。得られた一連の画像について脳実質の正常領域と病変部に関心領域(ROI)を設定し、造影前後の信号強度を測定した。そして、その経時的変化をプロットし、時間一信号強度曲線を得た。また、造影の程度を確認するため、Tl一強調Burst Imaging法によるDynamic studyの前後に、通常のTl一強調スピンエコー法による撮影を行った。
結果
Tl一強調Burst Imaging法を用いて撮影した画像において、脳実質正常域における造影前後の信号強度変化は、約5%の増加に過ぎなかった。通常のTl一強調スピンエコー画像における各病変部の造影前後の信号強度変化は様々であったが、明らかな造影効果が認められた7病変については、Tl一強調Burst Imaging法による画像においても造影前と比較して33%以上の信号強度の増加を示した。図2は代表症例の画像を、また図3は同一例の造影剤投与後における信号強度の時間的な変化を示す。
Tl一強調Burst Imaging法でほとんど造影効果が認められなかった3例は、ガンマナイフ療法後の神経鞘腫、転移性脳腫瘍、脳梗塞例であった。神経鞘腫は直径6mmで今回の10病変の中で最も小さく、またガンマナイフ療法後であり、T1一強調スピンエコー画像においても腫瘍の一部は造影されなかった。Tl一強調スピンエコー画像において、転移性脳腫瘍は辺縁部のみが造影されたにすぎず、また脳梗塞例における信号強度の増加は僅かであった。
考察
Burst Imaging法は、撮影時間が100ミリ秒前後のEPIに匹敵する超高速のMR撮影法であり、傾斜磁場を高速に切り替える必要が無い上に、EPIに比べて静磁場の不均一性や傾斜磁場の不安定性などによる影響も受け難い。従って、高性能のハードウェアを有する最新のMRI撮影装置ではなくても実現することができ、また磁化率アーティファクトや化学シフトアーティファクトも少ないなど数々の長所を有するものの、S/N比が著しく低いという問題点がその臨床応用を阻んできた。S/N比を向上するために、これまでいくつかの方法が考案されてきたが、本研究では比較的容易に実装でき、またS/N比の改善効果も高い2つの手法を組み合わせ、実際の臨床診断への適用を試みた。対象としては、このような高速撮影法の代表的な応用領域として造影剤投与後のDynamic studyを選び、病変部の造影の程度と信号強度の経時的変化について臨床的な観点から検討した。10例の頭部疾患々者のうち、従来のT1一強調スピンエコー像で十分に造影された7病変については、反転回復パルスを適用したTl一強調Burst Imaging法でも造影効果が確認できた。Tl一強調Burst Imaging法では十分な造影が認められなかった3病変は、Tl一強調スピンエコー像においても信号強度の増強が僅かであったり、造影が部分的であるなど、いずれも高いS/N比や詳細な空間分解能が要求される特徴的な病変であった。空間分解能の向上はS/N比の低下につながるため、この両者を共に追求するには撮影方法自体を改良して本質的にS/N比を高める必要がある。本研究の結果から、今回用いた方法は約lcmを超える程度の大きさの病変であればDynamic studyとして適用し得ると考えられ、EPIが可能な装置を有していない施設などでの利用が期待される。この点において、本研究におけるBurst Pulseの位相変調法とHalf-Fourier法とを併用したTl一強調Burst Imaging法は、現在までに報告されたS/N比を改善する手法の適切な組み合わせと言え、また空間分解能をはじめとした今回の撮影パラメタの選択は、臨床に用いる際の適度な妥協点を示したと考えられる。しかし、本研究で用いた方法でもEPIなどに比べるとS/N比が劣っていることは明かであり、小さな病変などへのBurst Imagingの適用には限界があることも否定はできない。従って、新しい手法の開発により、今後さらにS/N比を向上させる必要があろう。また、本法のパルスデザインはこれまでのMRI撮影法とは本質的に異なるため、他の高速撮影法と組み合わせる場合でも自由度が高く、EPIやRARE法などとのHybrid化もS/N比の改善につながると期待できる。このような問題点から、他の高速撮影法に取って代わる方法とは言えないが、本法に特有の長所があることも忘れてはならない。例えば、本法は傾斜磁場の切り替えが少ないため、撮影の際に大きな雑音が発生しないという特徴がある。従って乳幼児などを対象とする場合、本法は良い適応となろう。また、EPIでは磁化率アーティファクトが強く現れる脳底部などの病変でも、EPIの代替法として利用できると考えられる。臨床における画像診断は様々な目的を持つため、様々な撮影法の特徴を理解し、得られる画像の限界を見極めた上で適切な方法を選択する必要があることは言うまでもない。Tl一強調Burst Imaging法は、その選択肢の一つとして頭部のDynamic studyに適用できることが本研究により確認できた。