2016年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

BDFバスで人と資源を循環しよう!プロジェクト

研究責任者

鈴木 崇司

所属:静岡理工科大学 星陵中学校・高等学校 教諭

概要

1 はじめに
 環境問題やエネルギー間題はグローバルな視点で取り組むことが必要な課題であり、教育機関においてはそれらの課題の解決に向けて貢献できる人材を育成することが求められる。そのため、次世代を担う子供達には21世紀型のスキル(課題発見・解決力、情報収集・解析力、論理的・批判的息考力、コミュニケーション・コラボレーション能力)を身につけるアクティブラーニングの実践が必要不可欠である。本校では東北大学の多田准教授と共同で再生可能エネルギーであるバイオメタンを利用した新しい暮らしを提案する教育プログラムの実施を開始した。バイオメタンとは、有機性廃棄物(生ゴミなど)を嫌気性条件下で発酵させることで生成する可燃性ガス(メタンガス)である。この教育プログラムは、本校の特色である中高一貫教育を活かし、中学2年生から高校2年生までの4年間で実施する。4年間を通して、物事への興味?関心を高め、その間題点や課題を発見し、その解決に向けた仮説と検証を行い、得られた結果から考察をして自らの考えを発信する能力を育てることができる。そのため、この教育プログラムの実施にあたり、校内に生ゴミからバイオメタンを生成するためのバイオメタン施設の構築を開始した。
 しかし、この教育プログラムは学内での活動が主であり、次世代を担う高いスキルを持った人材を育成するためには、幅広い視野と様々な経験をする場が必要である。本校が立地する富士宮市は、世界遺産である富士山のすそ野に広がり、富士山本宮浅間大社の門前町として発展した町である。また、朝霧高原や白糸の滝などの豊かな自然環境や全国的に有名な富士宮やきそばやにじます養殖などの多数の観光資源を有している。活動の場を学内だけでなく地域内に拡大することで、教育を通した町づくりや地域社会の活性化に挑戦したい。具体的には、地域内で発生する廃食用油をBDFに変換し、地域を循環するバスの燃料として利用したい。廃食用油から車の燃料を作り、循環バスで利用することで、地域の活性化だけでなく、排出される二酸化炭素を削減することができる。バスにはBDFの変換プラントを小型化したものを搭載することで、地域で廃食油を回収しながら循環する新しい仕糾みを構築したい。また、副産物として排出されるグリセリンは、本校に設置するバイオメタン施設の原料としても利用することができる。さらに、バイオメタン施設では再生可能エネルギーであるバイオメタンのガスだけでなく、発酵後の液体が生成される。この液体は、液肥として作物の栽培に活用することができる。この液肥は、地域で菜の花畑をつくる肥料として利用し、菜の花からは菜種油を採取したい。そして、採取した菜種油を地域の商店で利用し、廃食用油として再び回収できれば地域内での物質循環が実現できる。観光と環境に力を入れた新しい町を人々と地域の資源が循環する社会を目指したい。これらの活動を通して、より実践的な21世紀型スキルを地域とともに教育できると考えている。今回は、この構想を実現するための基礎調査と室内実験を実施し、実現の可能性を検討した。


2 実験方法
2-1 廃食用油の発生量調査
 地域内で発生する廃食用油の発生量と発生場所の把握を、アンケート調査によって実施した。アンケートは中学生の希望者が中心となって、夏休みの自由研究や授業時間外の空き時間を利用して回答の回収と集計を行った。集計したデータをもとに、地域内での廃食用油の発生量やBDFの活用の可能性を考察した。アンケートは、生徒が地域内で用紙を直接渡して回答してもらい、その場で回収した。廃食用油は、1ヶ月でどの程度発生しているか、徒歩でどの程度の距離なら自宅から持参するのかを調査した。地域での廃食用油の発生量は、持参すると回答した人の割合、平均の発生量および地域の世帯数を乗じて概算した。廃食用油の回収拠点の検討は、持参する平均時間と徒歩(速度80m/分)で移動可能な距離から面積を概算し、市の面積から除して算出した。BDFの生産景は、地域で発生する廃食用油の量から変換効率を85%として算出し、それを利用した際の地域からの二酸化炭素排出削減量は、軽油の代替燃料として使用したことを想定(軽油からの二酸化炭素排出値2.62kg-CO2/L)して算出した。

2-2 BDF変換実験
 BDFの変換実験は、中学生の希望者が家庭から持参した廃食用油を利用して行った。実験は、中学生でも操作が簡単なアルカリ触媒法によるBDFの合成方法で実施した。材料は水酸化カリウム、メタノールを用意し、道具はホットスターラーREXIM(RSH-1DN、アズワン社製)、棒状温度計を用いた。はじめに、メタノール50mlに水酸化カリウムlgをホットスターラーで完全に溶かしたカリウムメトキサイドを調製した。この溶液に廃食用油を250ml投入し、60℃の温度で約2時間撹拌した。その後、1時間ほど静置し、BDFと粗製グリセリンを分離させた。このとき、溶液は2層に分かれ、上澄みがBDFで沈殿物がグリセリンになる。上澄みのBDFをグリセリンが混ざらないように慎重に取り出し、とり出したBDFに約80mlの純水をいれて撹拌した。これをしばらく静置すると除去されなかったグリセリンや水酸化カリウムが溶け込むので、水層だけを慎重に取り除いた。この操作を6回繰り返してBDFを精製した。洗浄後は、BDF中に含まれる水分を蒸発させるために100℃で加熱した。不純物がある場合はろ過をして取り除いた。作製したBDFは、一部をとり出して1/5程度の水を加えて撹拌し、10分静置させて品質の簡易検査を行った。BDFの品質は、入れた水が濁る(白くなる)ことや刺激臭の有無から判断した。

2-3 BDFに関する調べ学習
 中学1年生の32名を対象に、再生可能エネルギーのBDFの調べ学習、ポスター作成、デイベートを実施した。調べ学習では、6班に分かれて、BDFとは、BDFの利点・欠点、BDFの合成方法、BDF普及の課題について幣理した。その後、調べた内容を班毎にポスターにまとめ、全体でデイベートを行った。また、中学生に対しても、地域住民から回答を回収したのと同様の再生可能エネルギーに関する意識調査を実施した。


3 結果
3-1 廃食用油の発生量調査
 地域住民のアンケートは、男性22名と女性28名の合計50名から回答が得られた。回答は、40代の割合が32%と最も多く、10代から70代以上まで幅広く回収できた。回答者の住所は、富士宮市と富士市がそれぞれ44%の同じ割合で、それ以外の市や山梨の方もいた。
 BDFという言葉を知っている回答者は48%で、天ぷら油などの廃食用油から車の燃料が作れることは74%の人が知っていた。家庭から1ヶ月にどのくらいの廃食用油を出しているかという質問に対しては、0~1000gが発生していると回答し、平均は268gであった。また、徒歩で何分以内の場所であれば廃食用油を持参するかという質間に対しては、平均で10分であれば持参することが明らかになった。徒歩10分であれば、一般的な移動速度を80ml分とすると持参距離としては800m程度になる。移動可能な距離の範囲は約2km2になり、富士宮市(389km2)と窟士市(245km2)の面積から回収場所の設置数を概算すると、富士宮市が194ヶ所、富士市が122ヶ所となった。年間の廃食用油の発生量は、持参すると回答した人の割合(76%)、それぞれの市の世帯数(富士官市54,450世帯、富士市103,454世帯)、家庭での発生量の平均値を乗じて概算すると、富士宮市が133tで富士市が253tとなった。BDFの生産量は、変換効率を85%とすると、富士宮市が113tで富士市が215tとなった。このBDFを軽油の代替燃料として地域で利用することで、富士宮市が334t-CO2/年で富士市が635t-CO2/年の二酸化炭素を削減できることが明らかになった。

3-2 BDF変換実験
 生徒が家庭から持参した天ぷら油で再生可能エネルギーのBDFをつくる実験を行った。普段は捨てている油から車の燃料が作れることを知り、生徒は興味を持って実験に取り組んだ。また、生徒は廃食用油が変化していく様子を楽しそうに観察した。実験操作は、室内の換気や薬品の取り扱いを注意すれば、中学生でも簡単に進めることができた。BDFの洗浄工程で2層に分かれた水層部分を取り除く操作で最終的な変換効率に影孵が出た。簡易な白濁検査や臭気を確認した結果、水層はきれい分かれ、臭気も確認できなかったため、性能は良いと判断できた。今後は、様々な廃食用油を用いた変換実験や品質を高めるための実験条件の検討を行う。

3-3 BDFに関する調べ学習
 調べ学習では、二酸化炭素の削減に貢献できる、リサイクル率が高い、地球にやさしいクリーンなエネルギーであるなどの利点や品質が変化しやすい、給油できる場所が少ない、販売価格やコストの欠点などについてまとめた。また、合成方法の違いや欠点を解決することが普及のための課題となることを整理した。デイベートにおいても、これらの点について特に意見交換が行われ、環境への影響、製品の品質や安全性について、販売や製造コストに関する3つの点について内容が集中した。
 中学生のアンケート調査は61人の回答を集計した。BDFという言葉を知っている生徒は約55%で、地域住民よりも高い割合であった。再生可能エネルギーが必要だと思う生徒の割合も約93%で、地域住民の約82%よりも高かった。また、循環型社会の実現向けて何か協力したいと思う生徒の割合は約57%で、地域住民の約48%よりも上回った。特に、BDFバスで地域のバスや車を動かしてみたいと回答した生徒の割合は約81%で、地域住民の2倍近い値であった。


4 まとめ
 廃食用油の発生最調査では、家庭から1ヶ月で排出される最は約268gであることが明らかになった。また、徒歩10分程度であれば廃食用油の回収が期待でき、BDFの生産景は富士宮市が113tで富士市が253tと試算できた。これらを回収するための拠点を、富士宮市が194ヶ所で宮士市が122ヶ所に設置することが必要になると考えられた。スーパー、ガソリンスタンドおよび公民館などで廃食用油を回収する仕組みや効率よい利活用の方法を構築することをさらに検貫寸したい。生成したBDFを使用することで、富士宮市は334t-C02/年で富士市が635t-C02/年の二酸化炭素を削減できると試算できた。
 BDFの変換実験は作業に時間はかかるが、中学生でも実施することが可能な容易さと見た目や状態の変化が観察できるよい教材であると考えられた。さらに、各自の家庭から排出される廃食用油が燃料に代わる様子を体験できるのは、環境に対する知識や意識の向上に寄与できると思われる。今後はBDF変換実験を教材として活用する方法をさらに検討したい。
 BDFをテーマにした授業では、各自で調べて、班毎にポスターにまとめ、デイベートで意見交換を行う一連の活動により、BDFの理解や関心が高まるとともに、情報の収集・解析力や発信力を育成する良い機会となった。また、本校の生徒は、地域住民よりも再生可能エネルギーヘの関心や理解が高いことが明らかになった。今回は、BDF変換の小型プラント搭載型のバスの検討もする予定だったが、先方との都合がつかず実現できなかった。しかし、地域からの廃食用油の発生量と環境意識の高さから、BDFの利活用の可能性があることが示唆された。今後は、再生可能エネルギーを取り入れた循環型社会の実現に向けて取り組む意識のある生徒の割合をさらに高め、地域での活動の展開を考えていきたい。