2005年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第19号

AP-PCR-SSCP法による遺伝子多型の網羅的探索法の研究

研究責任者

前川 真人

所属:浜松医科大学 医学部 臨床検査医学講座 教授

共同研究者

椙村 春彦

所属:浜松医科大学 医学部 第一病理学講座  教授

共同研究者

金森 雅夫

所属:浜松医科大学 医学部 公衆衛生学講座  助教授

びわこ成践スポーツ大学生涯スポーツ学科 教授

共同研究者

竹下 明裕

所属:浜松医科大学 医学部 臨床検査医学 助教授

共同研究者

堀井 俊伸

所属:浜松医科大学医学部附属病院 検査部  助手

概要

1.はじめに
従来の一塩基多型(single nucleotide polymorphism; SNP)の臨床的意義の検索法は、まずSNPを絨毯爆撃的に塩基配列決定によって見いだし、それらと表現型との関係を疫学的に調査するものである。すなわち、遺伝型から表現型へと解析を進めてきた。しかし、SNPを検出するという膨大な作業量は時間と費用がかかり、後からの疫学的な意味づけはさらに大変な作業である。SNP検出は時間に比例して加速的に進んでいるにもかかわらず、その先に必要な疫学的意味づけが難航していることが一つの要因であるように考えられる。そこで、特定の病態などの表現型に関連している遺伝子多型を直接検出する方法として、SNPから表現型へ進むのではなく、特定の表現型を説明できる遺伝型を探索するという逆のプロセスを考えた。これにより種々の病態に共通して高頻度に認められる遺伝子多型を探索し、それらの遺伝子の役割を調べるとともに、遺伝子多型を利用した予防医学・予知医学への応用を試みる。用いる手法として、AP-PCR(arbitrary-primed PCR)-SSCP(single strand conformation polymorphism)を候補とした1)2)。AP-PCRはひとつのプライマーであまい条件でPCRを行うことによって、多数の断片を一度に増幅する方法である。一方、SSCPはPCR産物を熱処理などにより一本鎖にし、それぞれがとる配列特異的な立体構造をポリアクリルアミドゲル電気泳動によって分離する方法で、突然変異による塩基配列の微少な相違をスクリーニングする方法として開発された。我々は、混在する配列をSSCP法により展開することによって、分離すると共に定量する系を確立し、遺伝子欠失の割合3)、mRNA発現量の定量4)5)、メチル化の定量6)7)などに応用してきた。従って、SSCP法の定量性を利用して、表現型ごとに複数のDNA(10本ずつくらい)を混合し、AP-PCR後にSSCP法で展開し、検出されるバンドの濃さの違いからSNPが存在する配列を選び出し、その特定の表現型に共通した塩基配列を有するバンドを切り出し、塩基配列を決定するという方法で、該当する遺伝子および遺伝子多型を同定するというものである。
2.方法
表現型に共通した遺伝型を検索するため、長寿者に共通する遺伝子多型の探索プロジェクトに適用して以下のように行った(図1)。
1)長寿者とそれ以外のDNAを混合したDNAプールを作成する。100歳以上の百寿者1グループ(9人)、90歳3グループ(8本ずつ)、60歳1グループ(10人)から抽出したgenomic DNAをプールした。また、別途、連結不可能匿名化した医学部学生のgenomic DNAを対照グループとして、個々の遺伝子多型の検査に用いた。
2)13種類のプライマーでAP-PCR(arbitrary primed PCR)を施行した。増幅は、94℃、3分の熱変性の後、94℃1分、42℃1分、72℃2分の5サイクル、次いで94℃0.5分、55℃0.5分、72℃1分の35サイクル、最後に72℃7分のプログラムとした。アガロースゲルで増幅産物を確認後、10%PAG、15℃、3.5時間のSSCP泳動を行った。それらの代表的な結果を図2、3に示した。銀染色による可視化で、表現型によって移動度の異なるバンド、濃さが変化しているバンドを切り出し、再PCRの後、TAクローニング(pGEM-T, Qiagen)を行い、ベクタープライマーで塩基配列を決定した。
3)インターネットでNCBIに接続し、BLAST8)を使用することにより、得られた塩基配列から該当する遺伝子を同定し、その遺伝子特異プライマーを合成した。
4)遺伝子特異プライマーを用いて各表現型の個体それぞれをPCR-SSCP法で解析し、表現型と遺伝型との関連性について検証した。また、塩基配列決定によりSNPを同定した。
3.結果および考察
複数見いだされた候補となる遺伝子多型のうち、高齢者に統計学的に有意に高頻度であることが判明した遺伝子多型が見いだされた。それは、BLAST検索の結果、Homo sapiens 3 BAC RPll-61K12 (ACI30566)の8768C > G polymorphismであった(図4)。そこで、その領域を特異的に増幅するPCRプライマーを合成し、今度はプールDNAではなく、個々人のDNAからPCRを行い、SSCP法で遺伝型を同定した(図5)。一部は、塩基配列を決定して確認した(図6)。その結果、特に90歳以上のグループと70歳以下、および20歳代の学生のグループとの問に対立遺伝子の頻度としてp値が0.Ol89で有意差を認めた(表1)9)。その遺伝子多型はほ乳類に広く存在するmammalian-wide interspersed repeats(MIRs)に存在していた。MIRsは霊長類で最もしばしば見いだされるinterspersed repeatであり、Alu repeat sequenceに次いでゲノムに推定30万コピー存在するとされ、全DNAのおよそ1-2%を占める10)。この遺伝子多型が長寿と直接関連するかどうかはまだ明らかではないが、統計学的に有意な遺伝子多型が検出できたことには大きな意義があると考えられる。今回用いた実験系は基本プロトコールであり、SSCP解析には10cm四方のミニゲルで電気泳動し、銀染色で検出した。それゆえ、放射性同位元素を用いた場合などと比較すると、検出されるバンドも少なく、解像度も十分でなかったかもしれない。また、反復配列に関連するクローンがひっかかりやすかったかもしれない。実用化するためには、大きなゲルでの泳動、自動化などによる解像度の向上、検出の高感度化、違いのみられるフラグメントの高精度な採取・抽出が必要である。当初考えた2次元展開も含めて、研究の発展が期待される。しかし一方では、高密度なマイクロアレイの劇的な進歩とSNP探索プロジェクト、ハプロタイプ探索プロジェクトが順調に進んでいるため、本研究の基本にある区別したい表現型のプールDNAを使用して、定量的な解析ができる条件でマイクロアレイを組み合わせれば、統計学的に有意差のある遺伝子多型を多数見いだすのに、時間と経費を大幅に削減できる可能性も期待できる。本研究の発展型として提案したい。また、適切な遺伝子多型が見いだされれば、臨床検査の現場で使用可能なタイプのマイクロアレイ11)が開発されてきているので、それに応用することができる。
4.結論
絨毯爆撃的にSNPを検出してから意味付けするのではなく、まとまったポピュレーションを説明できるSNPを探していこうという逆の発想の元に、AP-PCR-SSCPによる解析を考案した。本法は、網羅的な遺伝子増幅プラスSSCPによる一本鎖としての分離と定量性、およびプールDNAを使用することを基本としている。本法により有意な遺伝子多型が見いだされた。今後、効率良く高感度に、また人手をかけないで行うためには、プロテオミクス解析で用いられている2次元電気泳動と蛍光標識プライマーによる遺伝子増幅の組み合わせ、もしくは高密度DNAアレイとの組み合わせに発展させることにより、詳細な解析が可能と考えられる。