2012年[ 技術開発研究助成 (奨励研究) ] 成果報告 : 年報第26号

3 次元立体配向SHG 顕微鏡を用いた応力負荷に伴う繊維状タンパク質のマイクロ力学試験

研究責任者

吉木 啓介

所属:兵庫県立大学大学院 工学研究科 機械系工学専攻 助教

共同研究者

井上 尚三

所属:兵庫県立大学大学院 工学研究科 機械系工学専攻 教授

共同研究者

生津 資大

所属:兵庫県立大学大学院 工学研究科 機械系工学専攻 准教授

概要

1.はじめに
生体は外部からの力学的刺激により自らを再構築することが知られており、その機序は実験により徐々に明らかとなっている1)-4)。一方、計算機を用いた細胞シミュレーターの発達により、これらのモデルを数値的に再現し、細胞の再現や仮想実験によるモデルの検証を行うことも将来的に可能となると考えられる。数値的な再現のためには定量的な実測値を初期値としなければならならず、計算結果も実現象との重ね合わせによって初めて意味を持つ。しかし、実験技術の限界により、未だ計測不可能なパラメーターがあり、応力もその中の一つである。本研究の目的は細胞外マトリクスの主要な構成要素の一つであるコラーゲン内部の応力を計測する技術の開発であり、第2 高調波発生(SHG: Second Harmonic Generation)顕微鏡5)-9)によってこれを実現する。今後、応力の計測に対する本顕微鏡の有用性が実証されれば、応力と生体の関係を解明のための有力な手段となる。また、実験における培養細胞の品質管理や、再生組織の非破壊検査等の産業用との応用も考えられる。また、コラーゲン組織の異常によって起こる膠原病などの難病の治療法の発見の契機になる可能性もある。しかし、SHG と柔組織内の細胞外マトリクスにかかる応力の関係を定量的に研究した研究は未だない。そこで、本研究では応力計測の定量化を目指し、細胞外マトリクス、そして将来的には微小管、ミオシンなどにも同様の実験を行うことによって、細胞の力学刺激応答と再構築にかかわる新たなメカニズムの発見に繋がる可能性がある2)。
2.原理
2.1 第2高調波発生光の発生原理
超短パルスレーザーを非線形光学媒質に入射した時、高強度の光電場との相互作用により、Fig.1に示すように、媒質内に非対称な分極が生じる。この分極を時間軸に対してフーリエ展開すると、入射光と同じ周波数を持つ光に加えて、その倍の周波数を持つSHG 光、および、直流成分である光ビートが観測される。この現象を顕微鏡に応用し、SHG 光の発生強度をマッピング、画像化するのがSHG 顕微鏡である。
2.2 コラーゲンに発生するSHG に力学負荷及ぼす影響
生体分子のうち、コラーゲンも非線形光学特性を持っており、超短パルスレーザーの入射によりSHG 光が発生する。コラーゲン繊維は線維状の細長い形状をした分子であり、励起光の光電場が分子の長軸に平行な方向に作用した時、最も強いSHG 光を発生する。そのため、SHG 光強度の励起光に対する偏光依存性を計測することによって分子の方向を計測することが出来る。また、生体中ではコラーゲン分子は構造化し、繊維構造をとっている。この時、SHG 光は干渉性をもつため、各々の非線形分極から発生したSHG 光は前方へは強め合い、後方へは弱め合う。これは各分極の方向が一様であり、かつ、周期構造を持つほど顕著となり同時に前方放射のSHG 光は強く発生する。逆に、ランダムに配向した分極からはSHG 光が打ち消し合い、SHG 光は弱くなる。このことから、SHG 光は結晶性が高いほど強くなる。コラーゲンにおいてもそれは同じことが言え、配向の揃ったコラーゲンと揃っていないコラーゲンではSHG 光強度が異なる。このため、コラーゲン線維に応力が加わった時、線維内部の構造変化によって、SHG光強度が変化する。この時のコラーゲン線維内部の構造は、Fig.2 に示すものと光学的には等価と考えられる。まず、コラーゲン線維は階層的な繊維構造をとるが、これを非線形光学結晶の微結晶の集合体とみなす。微結晶中のコラーゲン分子は一定の配向度をもって配向しており、そのため、結晶内に発生する非線形分極の方向も。それらに沿った方向となる。また、微結晶自体も完全に同一方向に配向しているわけではなく、線維全体の平均的な配向方向に対して、ある程度のズレをもって配向している。また、コラーゲンが階層的な構造を持っているのと同様、微結晶も階層的に集合して繊維束スケールの多結晶集合体を形成していると考えられる。
次に、このような微結晶の多結晶体に超短パルスレーザーを入射した時のSHG 光放射を考える。入射条件は、SHG の発生効率が最大となるよう、偏光方向を結晶の平均の配向方向に一致させた。このとき、微結晶の配向がすべて入射偏光と同一方向に配列するほどSHG は増大する。これは入射偏光に対して最も効率的に励起される方向に微結晶方向が揃うことによる。
個々の結晶から放射されるSHG 光は非線形分極の方向が揃うほど強度が上がる。これは、微結晶の場合と同様、励起方向に対する角度が平行に近づくことによる効果と、各分極からのSHG 光が互いに干渉し、強め合う効果を及ぼすためである。その結果、SHG 光の放射強度は透過側が反射側に比べて優位となる。また、微結晶の大きさが変化すると、干渉の効果が薄れ、より単一の分極に近い放射分布を示す。すなわち、透過側が減少、反射側が増加し、強度比は等分に近づいていく。
我々は応力下において、このような微結晶複合体の構造が変化し、SHG に影響を及ぼすと考えている。ここで、Fig.3 に示すとおり、平均的な配向方向を引っ張り軸として応力を加えた時の結晶構造の変化とSHG 光の変化を考えると、まず力が弱い時、Fig.3(a)のように微結晶同士の配向が応力負荷方向に揃い、結晶方向が偏光方向に一致するため、SHG 光の強度は上昇する。さらにFig.3(b)のように更に応力を加えると、結晶自体が変形し、それに伴い、結晶内部の非線形分極の方向も応力負荷方向に配向度を増す。これにより、SHG 光強度は更に上昇する。また、非線形分極間の距離が変化することによって、位相整合条件が変化し、SHG 光の発生効率、および伝搬方向が変化する。その他にもクリープ変形などの不可逆的な変形が起こる場合は結晶自体が破壊される場合があり、Fig.3(c)のようにSHG 光の透過側、反射側の違いにとして観測される。
実際にはこれらの変化は様々なスケールで複合的に起こると考えられる。また、無負荷の場合でも、コラーゲン線維の種類によって結晶サイズ、結晶内の分極の密度、配向はそれぞれ異なると考えられる。よって、コラーゲンの初期構造と、応力による影響を切り分けて計測する必要がある。そのため、SHG 光を透過光、反射光、偏光計測、放射角度計測など、より多角的に観察することで、これらの切り分けを行う必要がある。そこで、応力?SHG 光の関係を測定する実験系を構築した。また、コラーゲンの評価方法として従来から使用されている小角X 線散乱による評価結果と比較し、SHG 顕微鏡による応力評価の可能性を検証した。
3.実験装置
3.1 顕微鏡上マイクロ引張試験装置
SHG 光と応力の依存性を調査するために、顕微鏡上で動作する微小コラーゲンの力学試験を行うマイクロデバイスの構築を行った。サブミリ以上のマクロなコラーゲン組織を用いた場合、荷重と断面積で求められる応力からは、その中に含まれる線維単体の応力を知ることはできない。そのため、試験片をμm以下の細さにすることで、線維単体の応力、荷重分布を計測することが出来る。また、線維をより細くすることによって、Fig.2(a)に示す線維、原線維などの更に細い線維に関して応力、とSHG 光の関係を調査することも目指している。これにより、仮説に示した微結晶がどのスケールの構造に当たるのかを調べることが出来るほか、応力による影響がどのスケールで起こるのかを明らかにすることが出来る。装置の外観と等価力学モデルをFig.4 に示す。本装置は、SOI ウェハからMEMS 製造プロセスを用いて作成されたデバイスであり、18×9mm のサイズである。2本の電極a、b がバネによってフレームに接続されており、試料の両端を把持する。電極には重りが装着されている。電極の一方を引張ると、試料と共にもう一方の電極も引っ張られ、共に変位する。この時、両者の変位差x1-x2 が試料の伸びとなり、電極b の変位とそれをフレームにつないでいる板バネのバネ定数k から荷重kx1 を求めることが出来る。この時、変位計測は画像計測により、10nm の精度が得られる。k の値は板バネの太さの3 乗に依存するため、加工精度の影響が最も大きい。そのため、精度の確保のために、共振周波数の測定によるばね定数の測定法を考案した。まず、試験片の無い状態で、共振子に実装されている櫛歯電極にオフセットをかけた交流電圧(振幅7V、オフセット5V)を与え、周波数掃引によって共振周波数1210Hz を得た。そこから求められるばね定数はk=116N/m となり、設計値200N/m(有限要素法解析では196。3N/m)よりも、機械的な手法による計測値114.1N/m により高い一致を示した。これより、本手法による校正の有効性が示された。
3.2 電気化学法によるコラーゲン生成
引張試験片とする微小コラーゲン線維を生成する手法として我々が採用したのは、電気化学法10)である。本法は、X. Cheng らによって開発された液中で簡便に配向を持ったコラーゲンを生成する方法である。まず、1対の平行電極を用意し、その間にコラーゲン酸性溶液を満たす。次に、電極間に直流電圧をかける。すると、電気泳動によって電極間にpH の分布が出来る。コラーゲンは両親媒性物質のため、酸性、アルカリ性には溶解するものの、中性に対しては不溶で析出する。そのため、pH 分布の中性領域においてはコラーゲンが析出する。また、中性領域は電極方向に細長く分布しているため、析出するコラーゲンは細長くなる。また、析出の際、空間的な閉じ込め効果によって長手方向に配向する。これに架橋剤による処理を加えると、結晶性を伴う強固なコラーゲン繊維が出来る。ここで、コラーゲンの細さを制御するため、電極間と電圧を最適化した。電極間が狭くなればなるほど、また、電圧勾配が緩やかであればあるほど線維は細くなる。そこで、電極間は可能な限り狭く、また、電圧は可能な限り低く設定した結果、200μm の電極間隔に3Vを印加した時の変化をFig.5 に示す。Fig.5(a)はpH 指示薬を混ぜたコラーゲン溶液に電圧を印加した例であり、明視野では観察することができなかった。そこで、SHG 顕微鏡で観察した結果、Fig.5(b)のように観察することが出来、その細さは0.8μm?1.6μmと、回折限界による光学顕微鏡の分解能の限界に迫るサイズであることがわかった。
3.3 小角X 線散乱
コラーゲンを始め、高分子を計測する手法として小角X 線散乱(SAXS: Small Angle X-ray Scattering)が使用されてきた。X 線ビームが試料に当たった時、試料内の微細構造によって散乱が生じる。その際の散乱角は構造体の大きさに依存し、その大きさはギニエの式などから推定することができる。ギニエの式に従う領域以外でも、一般に散乱が大きいほど構造は小さく、散乱が小さいほど構造は大きいと言える。SAXS は10 度以下の小角で観察する手法であるため、数nm 以上の構造を計測するのに適している。コラーゲンの構造はFig.2 に示すとおり、単一分子の長さがおよそ300nm であり、これらがより合わさり、66nm の微細構造を形成し、それらが更により合わさることによって、さらに大きな構造を形成していき、最終的にサブμmオーダーに達する。このように、SAXS はコラーゲンを始めとした高分子のナノ?サブμmの構造を解析する方法として普及しており、信頼性の高い評価技術である。ただし、散乱が微弱なため、特に今回のような小さい試料、薄い試料においては、散乱を起こす分子数が少ないため、強い信号が得られず、計測に時間がかかる。また、レンズで絞れないため、分解能に限界がある。このため、画像化が難しい。散乱強度分布はFig.6 のように試料によって散乱されたX 線ビームをイメージングプレートで受光し画像化することによって行う。直進したX 線ビームは遮蔽板によって遮断されており、イメージングプレートにおいては散乱光が検出される、得られた散乱像は、等方的な構造を持つ場合は回転対称が得られ、異方性を持つ場合はそれぞれの方向の構造を反映した散乱分布を持つため、プロファイルも等方的ではなくなる。本研究で用いたコラーゲン線維も異方性を持ち、線維長手方向、線維断面方向のプロファイルを抽出することによって、それぞれの方向の構造単位の大きさを抽出した。計測はSpring-8 のビームラインBL40B2 を用いた。カメラ長は4m、波長は1? である。本ビームラインの高輝度光源を用いることで、微小な試料の解析を行うことが出来る。
4.実験結果
Fig.7.8 に電気化学法で作成したコラーゲンゲルの引張試験時のSHG 顕微像とSHG 光強度の変化を調べた結果を示す。透過側、反射側共に強度が増加しており、引張方向への配向度の増加が影響していると考えられる。また、透過反射強度比を比較すると、引っ張り試験の進行と共に反射側が相対的に増加していることがわかる。これは、クリープ変形による微結晶の分断によって、結晶サイズが小さくなったことに起因すると考えられる。また、変形が進み過ぎると、SHG の増加率が低くなる。このときのひずみ量はちょうど弾性領域と超弾性領域の境界領域にあたり、微結晶の配向が揃うことによる効果が飽和することに起因すると考えられる。更に変形が進むと、微結晶内部で分子の再配列が起こり、弾性領域程ではないにしろ、SHG 強度の上昇と、位相整合条件の変化による放射パターンの変化として現れると考えられる。Fig.9 に変形前後のコラーゲン線維の像の変化を示す。応力負荷前にはコイル状に観察された試料が、応力負荷によって伸ばされ、かつ、明るさは1.5 倍に向上していることがわかる。本実験では、このような線維が多数より合わさったゲルを用いているため、この後超弾性域に入る前に試料は破断した。よって、超弾性域まで観察するためには、このような線維一本による引張試験を行う必要がある。
次に比較対象となる標準的な評価方法として、SAXS 像の引張変形による変化の観察を行った。Fig.10(a)に線維方向の散乱プロファイルを示す。変化がごく微小なため、Fig.10(b)に示すようにq値が0.028 付近の強度を比較すると、引っ張り負荷の増加に伴い、強度が減少しており、線維方向の散乱角がより小角側へと移動したことが予想される。このことから、引っ張りによって引っ張り方向に線維の配向が揃い、線維方向の見かけの構造が粗大化しと考えられる。
次に架橋がコラーゲンに与える影響をSAXS を用いて計測した。架橋はゲニピンを用い、ゲニピン濃度を0?3%へ変化させた時のSAXS 像の変化を観察した結果をFig.11 に示す。その結果、Fig.11(a)に示す通り、線維方向の構造との相関は見られず、Fig.11(b)に示すように線維断面方向の構造は広角側へ変化し、微細化していることが分かった。これより、架橋の影響により、線維同士の間隔が狭くなったと考えられる。
5.考察
SAXS 計測は観測する構造の大きさがギニエ領域に反映されるように、カメラ長、波長を最適化する必要がある。そのため、線維方向と線維断面方向で計測条件を変えることが本来必要だが、装置の占有時間の関係で現実的に不可能であった。それに対し、SHG 顕微鏡は、応力に対してSAXS と同じ計測領域でより高い感度を持つことが分かった。このことから、 SHG 顕微鏡はSAXS と比較し、応力をはるかに手軽に計測でることが分かった。しかも、空間分解能が高く、応力の方向も計測可能11)、12)なことから、生体組織の応力分布の計測にはSAXS より適している。ただし、架橋の影響を含めた計測が未だ不完全であり、SHG の位相整合条件や、偏光解析によって、これらの影響を除去出来することで、SAXS を上回る応力解析技術となる可能性がある。
6.まとめ
本課題により、顕微鏡下で機械的な引張試験を行うマイクロデバイスが完成し、顕微観察結果と応力、ひずみの相関をとり、顕微下で非接触、非破壊の応力計測を行うための環境が整った。また、予備実験として、SHG 顕微鏡、およびSAXS 下でのコラーゲン引張試験を行い、応力、ひずみとの相関を取得することに成功した。