2010年[ 技術開発研究助成 (奨励研究) ] 成果報告 : 年報第24号

3次元バーチャルリアリティ装置による病的関節の動態解析

研究責任者

有光 小百合

所属:大阪大学大学院 医学系研究科 器官制御外科学(整形外科学)講座 大学院生

共同研究者

村瀬 剛

所属:大阪大学大学院 医学系研究科 器官制御外科学(整形外科学)講座 講師

共同研究者

森友 寿夫

所属:大阪大学大学院 医学系研究科 器官制御外科学(整形外科学)講座 助教

概要

1. はじめに
 病的な骨の変形を3次元的に正しく理解することは、これまでのX線、CTを用いた画像解析技術では限界があった。さらに、骨・関節を中心とする運動器は3次元的に「動く」臓器であるが、従来のほとんどの医療画像検査は単純X線、CT、MRIなど、動きのない2次元画像であり、3次元的に動く生体の骨関節運動をリアルに表現することはできず、もちろん3次元的な動きを定量化する方法もなかった。我々は2000年より生体3次元関節運動解析システムの開発に取り組み、人体の関節運動を解析する3次元バーチャルリアリティ装置の基本システムを完成させた。我々の開発したシステムでは3次元空間上での骨・関節の高精度の形態評価・動態解析が可能である。またCTデータから作成した骨モデルをコンピューター上で自由な方向から見たり、関節の動きをアニメーションとして観察したりすることが可能で、それは3次元バーチャルリアリティ(仮想現実)のひとつである。これまで2次元画像から想像するしかなかった人体の関節の動きを、骨モデルの「3次元動画」として観察できる技術を提供した。
我々はまず本システムを用いて正常の生体の骨・関節の形態評価、運動解析を行い、controlを得た。今回我々はこの技術を病的な骨・関節の評価に応用することを考えた。
 病的な骨にはどのような3次元的な変形があるか、変形した関節がどのような動きをするのか、正常の骨・関節とどの様に変化しているのかは明らかにされていない。さらに、手術加療を必要とする疾患の場合、手術後の関節の機能評価はこれまで臨床所見およびX線、CTを用いた2次元画像によって評価されるのみで、3次元的な機能評価までには至っていなかった。上肢、中でも手関節は8つの手根骨の実に精巧な動きによってそのフレキシビリティーを発揮する関節であり、我々は臨床医の立場からその異常を3次元的観点から見直すことは病態の解明に不可欠であると考えた。さらに現存する手術法が術後の関節の機能回復に十分に寄与しているのか、3次元的観点から改めて見直す必要性も実感していた。
 我々は、関節リウマチ(RA)に注目し、その3次元的動態解析を行った。複雑に変形した手関節の術前術後の動態解析、さらには3次元的観点から現存する手術方法(手術手技)における改善点を考察し、推奨される効果的な手術方法を提案した。これら病的骨・関節の3次元的な変形評価、動態解析および治療法への提言は、今後の関節リウマチの治療に大いに貢献し、総合的に低侵襲で理想的な医療へつながるものと期待される。


2. 研究結果
2.1 背景
 リウマチ手関節、中でも手関節(ここでは橈骨手根関節を指す)の脱臼・亜脱臼による変形・痙痛・不安定感のある症例、橈骨遠位背側縁での伸筋腱断裂の予防あるいは再発予防に対して適応される手術に、手関節全固定術・手関節部分固定術がある。手関節全固定術は手根部全体を固定し、固定性には優れるが術後可動域は大幅に低下する欠点がある。一方手関節の一部のみを橈骨に固定する手関節部分固定術には、主に橈骨月状骨固定(以下RL固定)と橈骨舟状骨月状骨固定(以下RSL固定)があげられるが、術後手関節可動域がある程度保たれるので、適切な手術手技を施せば臨床上非常に有効な術式である。しかしながら、部分固定術特にRSL固定においては手根骨同士を適切な位置で固定しなければ術後手関節の可動性を著明に低下させる危険があり、固定位置に十分な配慮が必要である。これまで、手関節部分固定術後手関節の動態を3次元的に評価した報告はなく、また手術手技における3次元的考察もなされていない。そこでわれわれは手関節部分固定術前後のリウマチ手関節を3次元的に動態評価するとともに、十分な外科的治療の効果を得るために必要な3次元的知見を見出すことを目的とした。


2.2. 対象
 対象は、単純X線上手根骨の尺側偏位や掌側亜脱臼を呈しているが手根中央関節が比較的保たれている10例10手関節、平均54歳の女性10名とした。手術から術後CTを撮影するまでの追跡期間は約18ヶ月であった。
 手術適応は、橈骨手根関節の亜脱臼の程度が軽度な6症例にRL固定を、脱臼程度が強い、あるいは骨破壊が進行している4症例にRSL固定術を行った。


2.3. 方法
a. 画像取得
 手関節最大背屈位・中間位・掌屈位の3ポジションで0.625mmスライス(Light Speed Xtra; GE healthcare, Waukesha, Wisconsin)の3D-CT撮影を行った。

b. 骨成分の抽出(セグメンテーション)
 得られた2次元MRI画像のDigital Imaging and Communications in Medicine(DICOM)形式のデータを研究室のワークステーションに転送し、Virtual Place©(AZE, Ltd., Tokyo, Japan)を用いて橈骨、手根骨の骨領域を抽出した。

c. 骨表面モデルの作成
多値Marching cubes法1)により、CTの場合対象となる骨の3次元骨表面モデルを作成した。

d. 撮影各肢位間での骨の重ね合わせ(レジストレーション)
 異なる肢位での骨モデルをautomaticに重ねあわせることによって、橈骨と手根骨間の3次元的な空間移動量をそれぞれ計算した。本工程もVirtual Place©により行い、その精度は過去の報告に示されているように1mm・1度以下であった。2)

e. 手関節の3次元動態解析(回転軸の算出)
 レジストレーションによって得た各骨の2肢位間での相対的な空間移動を、瞬間回転軸(screw axis concept)を使って表した。2)、3) つまり、各肢位問での対象骨の3次元的な移動方向とその量を、回転軸とその周りの回転角度として表した。

 我々の開発したvtkベースの独自のソフトウェアを用いて、術前術後の手関節の回転軸2)、3)を算出した。(図1)回転軸の方向は、手関節のaxial面に回転軸を投影し、投影した回転軸と掌背屈の軸のなす角として示した。3) これにより純粋な手関節掌背屈方向とどの程度違う方向に手関節が動いているのかを知ることができた。
 今回対象としたRL固定を施行された6手関節、RSL固定を施行された4手関節それぞれについて、術前術後の手関節の動きおよびその方向を評価した。具体的には、RL固定を施行された手関節では、手関節全体(橈骨有頭骨問)・手根中央関節(有頭骨月状骨間)そして舟状月状骨問の術前術後の動きと方向を評価した。RSL固定を施行された手関節では、手関節全体(橈骨有頭骨問)・手根中央関節(有頭骨月状骨問)の術前術後の動きと方向を評価した。

(注:図/PDFに記載)
図1 手関節掌背屈の回転軸


2.4. 結果
a. 橈骨月状骨(RL)固定手術前後の手関節動態
手関節全体(橈骨有頭骨間)の動きは、術前59±4度(平均値と標準偏差)、術後48±21度で、術前の81%の可動域が保たれていた。またその方向は純粋な掌背屈方向と比較し、術前は5±13度、術後25±10度であり、術前純粋な掌背屈方向に近かった手関節の動きが、術後は有意に橈背側から掌尺側へ純粋な掌背屈から斜めに傾斜したつまりダーツを投げるダーツスローの方向(図2)に動いていた。(p=0.01)(図3)
 手根中央関節(有頭骨月状骨問)の動きは、術前44±8度、術後48±21度で、術前の109%の可動域が保たれており、むしろその可動性は拡大していた。またその方向は純粋な掌背屈方向と比較し、術前は8±13度、術後25±10度であり、術前純粋な掌背屈方向に近かった手関節の動きが、やはり術後は有意に橈背側から掌尺側へ純粋な掌背屈から斜めに傾斜したつまりダーツスローの方向に動いていた。(p=0.03)
 舟状月状骨間の動きは術前30±8度、術後30±15度で、術前と同等の可動域が保たれてお
り、手関節全体の可動性に貢献していた。

(注:図/PDFに記載)
図2 ダーツスロー手関節運動
橈背側から掌尺側へ、純粋な手関節の掌背屈方向から斜めに傾斜した方向の関節運動


b. 擁骨舟状骨月状骨(RSL)固定手術前後の手関節動態
手関節全体(橈骨有頭骨問)の動きは、術前83±24度、術後47±14度で、可動域は術前の56%に低下していた。またその方向は純粋な掌背屈方向と比較し、術前は-2±5度、術後19±11度であり、術前純粋な掌背屈方向に近かった手関節の動きが、術後は有意に橈背側から掌尺側へ純粋な掌背屈から斜めに傾斜したつまりダーツスローの方向(図2)に動いていた。(p=0.02)(図4)手根中央関節(有頭骨月状骨間)の動きは、術前53±21度、術後47±14度で、術前の88%の可動域が保たれていた。またその方向は純粋な掌背屈方向と比較し、術前は2±6度、術後19±11度であり、術前純粋な掌背屈方向に近かった手関節の動きが、やはり術後は有意に橈背側から掌尺側へ純粋な掌背屈から斜めに傾斜したつまりダーツスローの方向に動いていた。(p=0.02)

(注:図/PDFに記載)
図3 橈骨月状骨(RL)固定手術前後の手関節動態
術前純粋な掌背屈方向に近かった手関節の動きが、術後は橈背側から掌尺側へ純粋な掌背屈から斜めに傾斜したつまりダーツスローの方向に動いていた。

(注:図/PDFに記載)
図4 橈骨舟状骨月状骨(RSL)固定手術前後の手関節動態
術前純粋な掌背屈方向に近かった手関節の動きが、術後は橈背側から掌尺側へ純粋な掌背屈から斜めに傾斜したつまりダーツスローの方向に動いていた。


2.5. 考察
 今回我々は、リウマチ手関節の動態が術前から術後でどの様な変化をするのか3次元的に評価し、十分な外科的治療の効果を得るために必要な3次元的知見を見出した。
 橈骨月状骨(RL)固定手術後の手関節全体の動きは術前の81%に、橈骨舟状骨月状骨(RSL)固定手術前後の手関節の動きは術前の56%に低下していた。しかしながら、これらの結果はいずれも過去の報告と比較し良好に保たれていた。4) 手根中央関節の可動域に関しては、これまで報告はないが、術後それぞれ109%、88%と非常に良好に保たれていた。これまで手関節部分固定術とくに橈骨舟状骨月状骨(RSL)固定術後は術後成績が不良と報告され、否定的に捉えられていた。4) 今回我々はまず、RL固定かRSL固定かの術式選択と、特にRSL固定における手術手技において手根中央関節の可動性を保つよう十分な注意を払った。これまで術式の選択は術者の経験と2次元的な画像評価によっていたが、我々は3次元骨モデルを用いて橈骨舟状骨関節の十分な関節適合性を術前に十分評価したうえで術式を決定した。もちろんすべての臨床医が3次元的な画像評価を行えるわけではないので、たとえXpやCTのような2次元的評価と手術中の術者の直接的な観察評価であったとしても、橈骨舟状骨関節の評価の重要性を認識し、そのうえで最適な術式を選択するべきであると我々は考えている。また、これまでのバイオメカニクス研究で、有頭骨月状骨関節の動きは純粋な掌背屈方向からダーツスロー方向までは比較的柔軟性があるが、有頭骨舟状骨関節の動きは橈背側から掌尺側へのダーツスロー方向に限定されていることが分かっている。3) そのため手根中央関節の動きを温存するためには舟状骨月状骨問の位置関係が重要である。我々はその点に十分注意を払い、舟状骨月状骨間を中間位同士で固定して手術を行ったので、術後の手関節の可動域が過去の報告よりも良好であったと考察した。
 今回の3次元的な動態解析を行って、手関節部分固定術後の手関節はいずれも橈背側から掌尺側へのダーツスロー方向であることが分かったが、これまで臨床的に行われてきた手関節の可動域評価は純粋な掌背屈方向の評価であり、術後手関節の潜在的な可動性が十分に評価されていなかった可能性があるとも考えられた。
 また、正常における手根中央関節は橈背屈から掌尺屈へ、つまりダーツスロー方向に動くことはすでに明らかにされているが、これは電話などをとる、髪をとく、包丁を使うなど日常生活においてむしろ純粋な掌背屈の動きよりも頻用される有用な動きであると言われている。5)、6) 手関節部分固定術を行った手関節の動きの方向は、正常手関節における手根中央関節の動きをよく温存し、その意味で手関節全固定術に代用できる治療になりうると考えた。


2.6. まとめ
 リウマチ手関節において、手関節部分固定術、橈骨月状骨固定と橈骨舟状骨月状骨固定いずれも、日常生活上手関節の最も有用な機能のひとつであるダーツスロー方向の動きをよく温存し、患者QOLを向上させる有効な治療手段になりうることが示唆された。同時に、個々の手関節の状態に合わせた最適な術式選択と、手根骨の3次元的位置を十分に配慮した手術手技が、極めて重要と考えられた。


謝辞
今回の研究は財団法人中谷電子計測技術振興財団の多大な研究援助により可能となりましたことを、ここに深く感謝申し上げます。