2008年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報第22号

2波長低コヒーレンス位相シフトデジタルホログラフィ

研究責任者

早崎 芳夫

所属:徳島大学 工学部 光応用工学科 助教授

概要

1.はじめに
光散乱体中の内部構造の可視化は生物分野や工業分野における計測や検査において重要である.これは,計測領域とは別の場所から散乱された不要な光を除去して,計測対象の構造を反映した光を選択するゲート機構を必要とする1-5).その実現方法の1つとして,低コヒーレンス干渉に基づくコヒーレンスゲートがある2,5).低コヒーレンス干渉は,物体光と参照光の光路差が低コヒーレンス光源のコヒーレント長以下であるときのみ干渉信号が観測される現象である.参照光ミラーの光軸方向の走査は,ノイズを多く含む背景光から弱い信号光を抜き出すためのヘテロダイン検出を行う.この方法は,時間領域法と呼ばれており,横方向の断層像を得るためにサンプルの2次元走査を必要とする.
高速計測のための低コヒーレンス干渉計測は,2次元ロックイン検出法6,7),2次元ヘテロダイン検出法8),時空間低コヒーレンスゲート法10),位相シフト法10,11) ,オフアキスホログラフィ12)に基づいて実現された.近年,光コヒーレンストモグラフィの開発に伴って,波長走査光源を用いた周波数領域法に基づく低コヒーレンスデジタルホログラフィ(LCDH: low-coherence digital holography)が実現され,機械的光学遅延のなく、物体光と参照光の同一光路で実現される13).
位相シフトデジタルホログラフィ14)は,3枚以上の干渉パターンから物体の複素振幅を得る方法として,物体の形状計測に適用される.この方法において,参照光の位相は,段階的に変化され,結果として得られる干渉パターンは複素振幅分布,すなわち,ホログラムを計算するためにコンピュータで処理される.物体光は,ホログラムからフレネル回折の計算により任意の面で再生される.ホログラムの計算は,高速フーリエ変換を含む単純な計算なので,その計算負荷はそれほど大きくない.
位相シフト法を用いた低コヒーレンスホログラフィ(PS-LCDH: phase-shifting LCDH)15)は,光セキュリティ分野における光情報ハイディング16,17)において,光散乱体背後のデジタルレリーフ物体の高低差を得るために開発された.波長よりも大きな高低差を有する表面を物体が有するとき,位相は2πで制限されるため,位相飛びが発生する.そのため,物体表面形状を再生するためには.位相アンラッピングが必要とされる.物体が高濃度の光散乱体内部にあるとき,その干渉信号は,多重反射に由来するおおきなノイズを含み,結果として,位相アンラッピングは難しくなる.本稿では,光散乱体中の物体形状を測定するために,位相アンラッピングを必要としない2波長法18)適用したPS-LCDH を提案し,実証する.この方法は,単一波長の使用に比べて,波長よりも大きな高低差を有する物体や,より高いデータ密度を実現するための多段の高低差を有する物体の使用を可能にする28).
2.実験光学系
図1に示すように,選択可能な2つのスーパールミネッセンスダイオード(SLD:superluminescence diode)を有するマイケルソン干渉計が,光散乱体中の物体の可視化のために使われる.SLD の中心波長は,それぞれ,λ1=779.3 nm(Anritsu, ASiC120) と λ2=790.8 nm (Anritsu, ASiY120FX)である.コヒーレンス長は,実験的には,|Vtc[ΔL]|の半値全幅(FWHM: full-width half maximum)から決定され,それぞれ,25.1 μm と23.9μm であった. それらの波長は, 等価波長Λ=λ1λ2/(λ2-λ1) = 53.6 μm をコヒーレント長の2倍程度なるように選択される.これは,物体光と参照光の光路差(OPD: optical path difference)が,コヒーレント長程度になると,干渉信号は小さくなるからである.ここで,位相アンラッピングを必要としないOPD は,|ΔL| < Λ/2である.与えられる電流に応じて変化する光源のスペクトルとコヒーレント長は,光スペクトルアナライザ(Advantest, Q8344A)によってモニターされる.
単一モード光ファイバを通したSLD の光は,10倍の対物レンズ(開口数0.25)でコリメートされる.偏光板(P),1/2 波長板(HWP),1/4 波長板(QWP),偏光ビームスプリッタ(PBS),検光子(A)は,参照光と物体光を効率よく干渉させるために,両光路の光量比を調節する.偏光光学部品や波長板の波長依存性によるスペクトルの変化が予想されるが,干渉計を通過する前後でスペクトル変化は観測されなかった.参照光ミラーは,ピエゾトランスデューサ(PZT: piezoelectric transducer, PI Polytek P-753.31C)上に取り付けられ,位相シフトする.CCD イメージセンサー(Sony, XC-EI50) は,768×494 画像を有し,1画素8.4×9.8 μm2 である.物体面とイメージセンサーの距離Z は160mm である.コンピュータは,PZT を制御し,フレームグラバー(Cybertek, CT3000)を通して,2組の4枚の干渉パターンを取得し,それらから2つのホログラムを計算し,ホログラムのフレネル変換により任意の面で物体の複素振幅を計算する.最後に,2波長法を用いて物体の表面形状を計算する.物体は,定量的評価の容易性から傾けた光散乱体中のミラーを用いる.光散乱体は,牛乳の10vol%の水溶液である.水溶液の厚さによって制御される光学濃度(OD: optical density)は,実験的に,OD=-ln[(I2-I2’)/I1]から計算される.ここでI1 とI2は,それぞれ光散乱体がない場合とある場合のミラーからの反射光であり,I2’はミラーのない場合の光散乱体の反射光である.
次に, PS-LCDH と 2波長法について示す.PS-LCDH の計算アルゴリズムは,PS-DH のアルゴリズムとほとんど同じである.イメージセンサー上の位置r での物体光と参照光の回折光は,それぞれ,時間遅れをτ(S)(r) ,τ(R)としたときに,U(S)[r,t+τ(S)(r)],U(R)[t+τ(R)]と表される.U(S)とU(R)は,中心波長λc を有する低コヒーレンス光源から単一モード光ファイバを通して出射される波面から分割されるため,それらは,完全な空間コヒーレンスを有する.従って,U(S)とU(R)の相互コヒーレンスは,光源の自己コヒーレンスに還元できる.OPD は,c を光速とすると,ΔL(r) = c[τ(S)(r) -τ(R)]である.物体光と参照光の位相は,波数kc =2π/λc とすると,それぞれ,φ(S)c(r) = kccτ(S)(r)とφ(R)c= kccτ(R)である.OPD はΔL(r) = [φ(S)c(r) - φ(R)c]/kc と表される.コヒーレンス度 |Vtc(ΔL)| (0<|Vtc(ΔL)|<1)を使って,低コヒーレンス干渉信号は,
であり,ここで,I(S)(r)= ?|U(S)(r,t)|2?, I(R)=?|U(R)(t)|2?,? ?は時間平均である.
PS-LCDH は,4 段の位相変調φn=nπ/2 (n=0, 1, 2,3)で実行され,この位相変調は,4 段の参照光の光路差変調ΔLn(r)=ΔL(r)- φn/kc に対応する.ホログラムの位相は,
この条件は,ΔL に対するVtc の変化が小さいとき,特に,ΔL が0 近傍の時に良く満足される.ホログラムの振幅は,
であり,ここで,A’は物体光の振幅である.物体は,ホログラムのフレネル変換によって任意の面で再生される.ΔL0 は物体の高さφ(S)(r)/kc と参照鏡の位置φ(R)/kc に依存するから,ホログラムの振幅は,物体の反射率とコヒーレンス度との積になる.物体の反射率が一定の時,ホログラムの振幅は,コヒーレンス度|Vtc(ΔL0)|によって与えられる.もし,|Vtc(ΔL0)|の変化が測定領域において小さいなら,例えば,物体の高さが,波長以下で,ΔL0 = ~0 μm なら, その時,物体の反射分布が,ホログラムから得られる.もし,ホログラムが,式(3)が十分に満足される条件のもと,記録されたなら,ホログラムの位相は |Vtc(ΔL)|に関係なく,物体の位相分布が測定される.
2波長法は,光散乱体の内部の物体の表面形状を知るために適用される.ホログラムの記録と再生は,中心波長λ1,λ2 (λ1<λ2)を有する2つの低コヒーレンス光源を使って,2回繰り返される.再生された位相分布を, φ1(r)とφ2(r)とすると,OPDは
であり,ここで,m1 とm2 はλ1 とλ2 干渉次数である.|ΔL| < Λ/2 であるとき,その次数は,m1 = m2 +a の関係をみたす.ここで,a = 0 ( φ1- φ2 ? 0)または1 ( φ1- φ2 < 0)である.式(5)から,m1 に対して解くと,以下のように解が得られる.式(6)を式(5)に代入すると,
となる.位相アンラッピングを必要としない光軸方向の測定範囲|ΔL| < Λ/2 は2つの波長を選択することにより適切な値に調節される.2つの波長はΛが光源のコヒーレント長の2倍程度であるように設定されるとき,物体光と参照光は,Λの範囲内で干渉し,位相飛びのない位相画像が得られる.
3.実験結果
図2は,OD=0.68 の光散乱体中の傾けたミラーをPS-LCDH と2波長法を用いて計測されたOPDである.図2(a)と図2(b)は,OPD の分布と1ライン上のプロファイルである.図2(c)は,計測値とその線形近似との差によって定義される誤差を示す. そのRMS(root-mean-square) 誤差は,0.69μm であった.これは,Λ/77 に対応する.OD=0.0 であるとき,そのRMS 誤差はΛ/147 であった.一方,Fig. 2(c)に示される左サイドに測定されたOPD において周期的誤差が観測された.周期的誤差は波長の半分の周期を有し,その大きさは位置によって異なった.周期的誤差の発生源を探るために,計算機シミュレーションを行った.
中心波長λ1 = 784 nm (Δλ = 18 nm)とλ2 = 796 nm(Δλ = 20 nm)のガウス型スペクトルを有する光源は,スペクトル幅±35 nm で1nm のスペクトルステップで表現される.図3は,単一の光源を用いたPS-LCDH によって再生された位相をアンラップしたOPD と誤差を示す.2つの波長において得られた結果はグラフ中で重なっている.誤差は,中心波長の半分の周期で振動していた.これらは,Z=0付近で非常に小さく,Z の増大に伴って増減を繰り返しながら増加していた.その誤差は,図3(a)の内部に示したように, λ1 = 784 nm の時,ΔL =Λ/2 = 26 μm で~9.8 nm であった.2波長法を適用することによって,図3(b)に示すように,OPD は,位相アンラッピング無しに2つの再生された位相から計算される.破線の四角で囲まれた領域が,位相アンラップ無しの光路差(|ΔL| < Λ/2)を示す. 周期的誤差は,ΔL = Λ/2 で252 nm(~Λ/262)に増加した.計算機シミュレーションから,周期的誤差は光源の波長幅の増加に伴って増大することから位相シフトエラーを発生源とすることが解った.また,その誤差は,OPD に依存していたため,測定位置によって異なることも分かった.
図4(a)はOD に対する測定されたOPD のRMS誤差を示す.これは,OPD=0 付近で測定された.OD=0.0 の時,RMS 誤差はΛ/140 以下であった.RMS 誤差は,OD の増加に伴って増加し,OD=2.43のとき,~Λ/10 であった.OD>2.43 のとき,測定された画像は,すべてノイズからなっていた.図4(b)は,PZT ステージをゼロOPD あたりで光軸方向に走査したときの干渉信号である.OD=2.43のとき,干渉信号は,0.84 のSNR(signal-to-noise ratio)で検出された. SNR は,信号強度に対するRMS 誤差である.図4(c)に示すように,OD=2.73となると,物体光と参照光のコヒーレンスは減少し,干渉信号の振幅はノイズレベル以下になり,干渉信号を検出できない.このノイズは,主に,CCD イメージセンサーとフレームグラバーの電子デバイスから発生される.
図5は,PZT にょって与えられる各OPD において,PS-LCDH と2 波長法を適用して測定されたOPD と測定誤差である.OPD が光散乱体無し(OD = 0.0)で測定された.誤差は,ゼロOPD あたりでΛ/100 以下であった.その誤差には,位相シフトエラーによる周期的誤差の成分も含まれるが,誤差の発生がランダムであるので,その電気系で発生したものであり,OPD の増大に伴うコヒーレンスの減少による干渉信号の減少に伴って大きくなると考えられる.その誤差が~Λ/10 となるOPD は±25μm 以内であり,位相アンラッピングなしに測定される範囲(|ΔL| < Λ/2 = 26.8 μm)に一致していた.
4.まとめ
我々は,位相シフト法と2波長法に基づく低コヒーレンスデジタルホログラフィを提案し,光散乱体を通した物体の形状計測を実験した.光散乱体なしで傾斜ミラーが測定された時,現システムは,Λ/140 以下の測定誤差を有していた.RMS 誤差が~Λ/10 となる光軸方向の測定範囲は±25μm であった.傾斜ミラーは,最大OD=2.43 の光散乱体中で測定された.この時のRMS 誤差は~Λ/10 であった.また,計算機シミュレーションから,光源の波長分布の広さに由来する位相シフトエラーによる,波長の半分の周期を有する測定値の振動を観測した.その周期的誤差は,位相アンラップ無しの測定範囲(|ΔL| < Λ/2)において,波長の半分以下の振幅を有していた.その周期的誤差は,光源の波長幅の増加や位相シフトの中心波長のエラーにより増大することも確認した.現システムの性能は,主に,撮像システムの発生するノイズに制限されることも明らかにした.我々の提案する形状の干渉計測は,生物や研究室外の汚れた環境計測を可能にする.高い光散乱体濃度での測定装置の性能は,撮像システムで発生するノイズにより制限され,高い性能の撮像システムの使用が光散乱体濃度の測定範囲を改良する.