2016年[ 技術交流助成 (海外派遣) ] 成果報告 : 年報第30号

平成27年度技術交流助成成果報告(海外派遣)・パク ヒジュン

研究責任者

パク ヒジュン

所属:東京大学大学院 情報理工学系研究科 知能機械情報学

概要

1)会議又は集会の概要

The 29th IEEE International Conference on Micro Electro Mechanical Systems(MEMS 2016) は MEMS (Micro Electro Mechanical Systems)分野において、最大規模の学会である。835 件の投稿の中から 325 件が採択されており、発表研究の質は最高の水準を持っているといえる。今回の会議は 2016 年1月 24 日

から 28 日まで開催され、研究のポスター発表および口頭発表に加え、数多くの企業による展示もあり、参加者は 600 人にものぼった。今年は中国の上海で行われ、来年にはアメリカの Las Vegas で行われる予定である。オーラル発表は 68 件、ポスター発表は 257 件が行われた。4 件の基調講演もオーラルセッションの前に行われ、各分野の第 1 人者が最近の動向や最新の技術について発表した。

 

 

2)会議の研究テーマとその討論内容学会の研究テーマ

今学会では MEMS 分野全体に関する最新の発表が多く行われた。その中で最も印象に残る発表は ”Bringing a MEMS startup to success from lab to market, with a fabless business model”という基調講演であった。 MEMS 分野での研究の成果が事業化にまでつながる流れを講演者の実際の経験から説明してもらえる貴重な機会であった。また、”Vibration-triggered self-assembly of caged droplets to construct a droplet interface bilayer network”という発表では、安定した脂質二重膜構造を振動で自己組立させる研究が紹介された。これら以外にも medical microsystems, microfluidics,acoustics,resonators,optics,fabrication, force sensors 分野の研究発表が行われた。

 

討論内容

発表題目 : MEASUREMENT OF CELL SURFACE VIBRATION WITH PIEZORESISTIVE CANTILEVER ARRAY(ポスター発表)

細胞膜の揺らぎは細胞の形状や接着状態への影響を与えることが報告されている[1]。振動を与えた際に、最も変形するのは細胞表面にある細胞膜であると考えられ、細胞膜の変形・振動が生化学的な信号に変換されていることが推測される。また、細胞膜の変形は細胞の運動においても重要な役割を果たしている。したがって、細胞膜の振動を計測することで、細胞膜がこれらの生命現象にどのように物理的に影響しているかを明らかにできると考えられる。そこで、本研究では、力センサアレイに接着した細胞に振動を与え、それに対する細胞膜の応答を直接計測することを試みた。

細胞膜の揺らぎは膜上の位置によって異なり、また時々刻々と変化する。したがって、その揺らぎを解析するために、細胞膜上の多点で同時に計測することが求められる。そのためには、細胞より小さいセンサアレイが必要である。より高い空間分解能を得るためにカンチレバーをプローブとして使用した研究もあるが、その方法では同時に表面全体を計測することが不可能である。従って、細胞膜の振動を計測するには、微小なセンサをアレイ化して単一細胞を多点で同時計測することが必要である。

そこで、本研究では微小なピエゾ抵抗型カンチレバーアレイを用いて細胞膜の表面上の振動を多点で同時に計測できる手法を提案した。具体的には、5µm 幅のピエゾ抵抗型カンチレバー13 個を 5µm 間隔に配置したアレイを製作し、NIH3T3 細胞をセンサ上に接着させ、周波数応答の変化と位相差を計測した。実験で利用した細胞が接着する面積はおよそ 100µm×20µm なので、提案したセンサアレイで単一細胞の細胞膜上の多点で振動を計測することが可能であると判断した。センサ構造の最適化のために、カンチレバー型(片持ち梁)とともに、ビーム型(両持ち梁)のセンサアレイを製作し、両者の長短を評価した。

 

3)学会参加による成果

各国の研究者たちとのディスカッションを通して、私の研究内容を知っていただくとともに、その意義や課題を客観的に分析することができた。参加者からの質問やコメントは、センサの構造や作製方法、細胞生物学的な意義、実用化に向けた取り組みなどの多岐にわたり、全体的に大変有意義な研究発表と意見交換ができた。特に、計測対象とする細胞種や測定方法については有益なコメントをもらうことができ、今回発表した研究をどのように発展させるべきかが明確になった。また、他の研究発表を聞くことで力センサをはじめとする MEMS デバイス全般の最新研究動向を知ることができ、今後の研究をより広い視野で捉えることができるようになった。

本研究発表において行われた、主な討論内容を以下に紹介する。

 

 

【質疑事項】

・空気と細胞との接触:カンチレバーの感度向上のためセンサの下部に空気層を有した構造を設計した。この設計では、細胞の底面は空気に露出されているようになる。その空気との接触が細胞にどのような影響を与えるのかを定量的に評価するべきであり、また、その影響度の高低や影響の低減へのヒントが得られるのではないかと考えられる。

・カンチレバー構造とビーム構造の長短:カンチレバー構造は変形しやすいため、感度が高い。しかし、変形しやすいため、カンチレバー同士がくっ付いてしまう問題が生じた。一方、ビーム型のセンサアレイは、同様の寸法のカンチレバーアレイと比べて感度が 1.5 倍小さくなるが、センサ同士がくっ付くことがなく、安定に計測できる構造である。したがって、今後はビーム型センサアレイを利用することも検討する。

・温度の補正:利用したセンサはピエゾ抵抗効果を用いたものであり、センサの周りの温度変化によるシリコンの伸び縮みの影響を常に受ける。その温度の補正のため温度の影響だけを測定する温度補償用センサを同じセンサチップ上に形成し、力計測用のセンサと同時に計測する必要がある。計測結果を温度補償用センサによって補償することで温度のノイズが補正されたデータが得られた。

 

【コメント及びアドバイス】

・力の方向性に関して:製作したセンサの構造ではセンサと垂直方向の力しか測定できなかったが、センサの上にピラー構造を作ることで、3 軸の力の測定が可能になるではないかとコメントをもらった。3 次元の力の測定を実現することで、細胞膜の振動をより正確に解析できることが期待できる。

・細胞の種類に関して:提案した測定手法では細胞は空気と接触する部分があるので、NIH3T3 細胞より普段空気に接しているケラチン細胞などを利用して観察するとより正確な計測ができるのではないか。また、死んだ細胞と生きている細胞を利用して実験を行い、計測結果の違いから、有意義のデータが得られるかもしれない。

・細胞の染色に関して:本研究では、細胞全体を Calcein-AM で染色し顕微鏡で観察した。今後は細胞内の様々なタンパク質を染色し、細胞の中部の動きを観察しながら測定することにより、有意義なデータが取れるのではないか。

 

4)その他

(注:写真/PDFに記載)
会議場でのポスター発表の様子

今回が私にとっては初めての国際学会への参加であり、研究者として貴重な経験ができた。世界中の研究者達と交流することで自分の研究に関することだけではなく、分野全般における知識を身につけることができた。学会参加を助成していただいたことに、心より感謝する。本学会で得た成果を生かして、より発展的な研究成果をあげ、主要論文誌等への投稿にもつなげたいと考えている。