2016年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

-糸島の自然を守りたい!~小さなハエからの警鐘-

実施担当者

近藤 雅典

所属:福岡県立糸島農業高等学校 教諭

概要

1 はじめに
 福岡県立糸島農業高等学校生物部は,学校が位置する「糸島地域」の自然を守るべく,さまざまな生物を指標とした環境調査を行なってきた。平成27年度からは,ショウジョウバエを指標とした環境調査を行なっている。本年度は,これまでの野外調査を継続するとともに,国内移入種であるアカショウジョウバエについて生理生態を明らかにすることを目標とした。
 これらの活動を通して,環境問題に対して警鐘を鳴らすだけではなく,野外調査を行なうことによる「自然から学ぶ」という姿勢や,実験を行うことによる「生徒の探究心や諦めない精神力」が育まれることが期待される。


2 活動報告
2-1 ショウジョウバエを用いた環境評価
 本校の位置する糸島市の4地域において,ショウジョウバエを環境指標種として用いた環境調査を行った。牛乳パックトラップ法によってショウジョウバエを採集し,70%エタノールで固定後,種まで同定を行った。その結果,16種1054種が採集された(図1)。採集された種数を季節ごとに比較すると,季節消長が非常にはっきりしており,都市部に生息するショウジョウバエは5月頃から個体数が増加し,主に山地に生息するショウジョウバエは夏頃にかけて一気に個体数が増加する傾向にあった(図2)。さらに,採集された種を,野生種(3点),半野生種(2点),半人家性種(1点),人家性種(0点)に分類し,そこから各季節ごとに環境指数を算出した(図3)。
 採集地別に環境指数を比較すると,それぞれの場所においても環境指数は一定ではなく,暖かくなる5月につれ,環境指数が増加,つまり,野生種のショウジョウバエの活動が活発になっていると考えられる。

(注:図/PDFに記載)

 さらに,興味深い結呆として,本調査において,本来亜熱帯地域に生息するアカショウジョウバエが福岡県に分布することが明らかとなった(図4)。
 アカショウジョウバエは2000年以降,本州での採集記録が見られるようになったが,これまでに福岡県からの報告はなく,本調査が初めての記録である。今後は,本種がどのように福岡県で越冬しているのかについて,低温耐性を調べることで本州の生理生態を明らかにしていきたい。

2-2 アカショウジョウバエの生態調査
 アカショウジョウバエは,2000年以前は本州からの採集報告はなく,国内移入種として生息域を北上させていると考えられる。地球温暖化とともに分布を北上させていると考えられ,本種の低温耐性を調べる実験を行った。

仮説①
 本種が低温耐性を身についていない(本来の生息地の沖縄県と同じ低温耐性)とすれば,温暖化により本州の分布域を北上させているのではないか。
仮説②
 本種が低温耐性を身につけている(本来の生息地の沖縄県より低温耐性が強い)のであれば,温暖化に関係なく,自然に分布を広げているのではないか。

 本助成において,低温インキュベータを購入し,本種の低温耐性,および高温耐性を調べる実験を行った(図5)。
 まず,予備実験として,各地のショウジョウバエを採集,飼育し,実験に用いる系統の維持を試みた。系統維持に用いるハエは,バナナトラップを用いて採集し,生物教室に持ち帰り,1匹の野生雌からの子孫を,系統として維持した(表1)。

種名 採集地 系統数
アカショウジョウバエ 沖縄県那覇市 10系統
キイロショウジョウバエ 福岡県糸島市 3系統
キイロショウジョウバエ 沖縄県那覇市 5系統

 平成28年度は,福岡県でのアカショウジョウバエの発生が非常に少なく,実験に用いる福岡県からの系統を維持できなかった。本来の分布域である沖縄県のアカショウジョウバエを用いて低温耐性に関する実験を行った。
 その結果,約半数の個体が死亡する温度(LT50)を算出したところ,沖縄県産のアカショウジョウバエの系統で約5.5℃となった。このことから,本来の生息地である沖縄県のアカショウジョウバエが何らかの原因によって福岡県に移入した場合でも,建物の軒下などに避難することで,越冬することが可能であることが示唆された。今後は,福岡県の集団を用いて,本来の分布域と,低温耐性が異なるかどうかを明らかにしていきたい。


3 まとめ
 本年度は,福岡県に侵入したアカショウジョウバエを維持することができず,低温耐性を調べることができなかった。来年度は,引き続き調査を継続し,福岡県に移入したアカショウジョウバエの低温耐性を明らかにしていきたい。また,本年度は,目的のアカショウジョウバエ福岡系統が維持できなかったことや,部員数の減少が重なり,研究発表大会にほとんど参加できなかった。来年度は,これまでの調査結果をまとめ,研究発表大会への参加を目指していきたい。
 最後に,本活動を通して,生徒は生物をよく観察するようになり,ショウジョウバエ以外の生物調査を始めるなど,「自然から学ぶ」という姿勢が成長した。さらに,実験を進めるにあたり,ショウジョウバエの飼育がうまくいかないときなども,別の手立てを考えるなど,「諦めない精神力」も育まれたと感じている。
 今後は,本支援を通して購入した機材を用いて,さらなる実験を行い,地球温暖化に警鐘を発信していきたいと考えている。