2016年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

鳴砂を題材にした科学的思考力育成

実施担当者

三嶋 廣人

所属:宮城県気仙沼高等学校 教諭

概要

1 はじめに
 宮城県気仙沼市には鳴砂(踏むとキュッキュッやクックッと鳴る砂)の海岸として、十八鳴浜(<ぐなりはま)と九九鳴き浜(くくなきはま)があり、どちらも国の天然記念物に指定されている。鳴砂の浜は全国的に見ても珍しく、環境汚染や開発により砂が鳴らなくなった浜もある。県内では数筋所あった浜が東日本大震災の津波の影孵で、現在では気仙沼市の2節所にしかない。本校では1967年頃と1984年頃に研究していた歴史があるが、ここ30年は研究しておらず、東日本大震災を機に2013年から研究を再開させた。
 なぜ砂が鳴るのか、また、嗚砂の浜がそこにだけあるのかは、未だ解明されていないことが多い。その解明には、鳴る原理や磨かれる仕組みといった物理学的な側面、構成元素による化学的な側面、浜の生態系や環境因子による生物学的な側面、気候や湾の形状といった地学的な側面といったように、高校理科が扱うすべての領域からアプローチしなければならない。地域性も併せ持つ鳴砂を題材に、授業で得られた断片的な知識を科目横断的につなぎ合わせ実験していくことで、一領域だけから物事を見るのではなく、複合的に自然を扱うことの必然性や重要性を学ばせたいと考えた。


2 生徒の研究内容
2-1 物理的アプローチ
 砂が鳴ることについては摩擦説やスティック・スリップ説、スプリングモデルなど様々あり、中には雪を踏んだ時になる「キュッキュッ」という音や「雪崩」も砂がなる原理と同じであるという報告もある。その中でも、人造鳴砂を用いてデジタルー眼レフカメラと照明にストロボと写真専用ランプを使用して撮影した実験3)では、突き棒の先端近くが棒と共に直進し、その他にも4種類の動きを観察することができた。これは、内部摩擦が大きいからということが分かっている。そこで、十八鳴浜の砂でも同様の動きがみられるのではないかと考え実験した。ストロボ等の代わりにハイスピードデジタルカメラを使用した。

(注:図/PDFに記載)

 図2の様に先行研究と似たような動きをすることが確認された。また、嗚らない砂ではこのような動きがないことからも、鳴砂特有の動きであることが考えられる。これを確かめるために、砂の動きをシミュレーションしようと考えた(図3)。東北大学の加納教授に助言をいただきながら作成したが、まだ思ったように動かすことができていない。
 電子顕微鏡で表面の状態を観察した。砂粒を色ごとに分け観察すると、透明の粒は表面の凹凸が少なく、白や黄色、橙色では凹凸が見られた。また、白い粒の中には、貝殻のような多孔質のものも見られた。昨年度の実験から、酢酸に浸した砂は貝殻成分が溶けたからなのか、音の響きが良いことが分かっていた。塩酸に浸すと、浸さない時よりは響くが、酢酸ほどではなかった。そこで、塩酸は砂表面の構造を変えているのではないかと考え、一度観察した砂をその場で塩酸に浸し、再度観察する実験を行った。結果は図4である。中心にあった凹凸が、塩酸を浸した後ではなくなっているように見える。

(注:図/PDFに記載)

2-2 化学的アプローチ
 砂の成分がどのようになっているのか調べるため、種々の実験を行った。まず高校レベルでできるものとして、砂を酸やアルカリに溶かし、溶け具合や溶液に溶けた成分を調べる実験を行った。酸の溶液では気泡を出し反応が起き質量が減少していたが、アルカリでは特に変化がなかった。このことにより、貝殻が酸により溶けたと考えられる。塩酸・硝酸では溶液が黄色くなり、洗浄後砂は白みが強くなった。KSCN溶液を入れ血赤色に変化したことからFe3+が確認され、表面の黄色みは鉄化合物であることが示唆された。硫酸では白色粒子が生成した。これは貝殻が酸により溶け、溶けだしたCa2+がS042-と反応したものと考えられる。
 貝殻がどれぐらいの割合含まれているのか調べるため、節分けした嗚砂を50.00gはかりとり、水または酢酸水溶液に一昼夜浸し、洗浄乾燥後の質量を測る。酢酸水溶液では貝殻が溶け質量が減少し、ただの水に浸したものは対照実験としている。同様のものを3回行った。その結果が表1である。どのメッシュ数も5%ぐらい貝殻があることがわかった。酢酸に浸したこの操作で完全に貝殻が溶けきっているのか確かめるために、再度、同じ大きさのふるいにかけた。溶け残っていれば粒子は小さくなり、下に落ちるはずである。落ちれば、落ちたものを再度酢酸に浸し、質量の減少量から完全に貝殻が溶けたのか判断した。その結呆、完全に溶けていることがわかった。

(注:表/PDFに記載)

 東北大学の加納教授にご協力いただき、粉末X線結晶回析をおこなったところ、表2のようになった。石英、カルサイトやアラゴナイト、アルバイトは同定することができた。しかし、データベースにないピークが黄色・橙色にあり同定できなかった。前述の結果から考えると鉄化合物であると考えられる。

(注:表/PDFに記載)

2-3 生物的アプローチ
 波打ち際の砂を採取すると、その中に生物が確認された。5月では医6の3種類の生物が確認された。左から全75匹中20匹(27%)、43匹(57%)、12匹(16%)であった。アミ類と考えられるが、種の同定まではできていない。

(注:図/PDFに記載)

 2016年1月に高潮により十八り烏浜の砂がなくなったと地元新聞紙に報道されたため、2月から観測した。3月、5月、7月と2ヶ月ごとに観測し、砂が徐々に戻っていることが確認できた。鳴砂に詳しい大阪市立大学の原口准教授から、「ただ定期的に調べるのではなく、気象の変化等に注目すると良い」との助言をいただいており、その絶好の機会がやってきた。8月17日に台風7号が宮城県沖を通過し、8月30日には台風10号が通過し東北に初上陸した。まず、8月20日に観察。2月同様に砂がなくなっていた。次に、9月4日に観察。このとき砂の量に大きな変化が見られなかったが、浜周辺の土手や崖が崩落するなど、浜の周辺の環境に大きな影響を与えた(図7)。その後、9月22日、10月、12月、2月、3月と観察し再び砂が戻り安定している。この砂がなくなる条件を調べるために、十八鳴浜から最も近い唐桑にある、気象庁波浪計のデータに注目した。砂がなくなった1月は、18日に5mを超える波が8時間ぐらい観測されていた。その後はlm程度で高いときでも3mであった。しかし、台風7号で5m超える波が観測され、台風10号では5mを超える波が6時間観測され、この時の最大波裔は10mを越えていた。2015年度までの波高データでも5mを越えたのは2012年12月の運用開始から4回しかなく、5mを越えるような波は砂を海中に運ぶはたらきを持つ可能性が高いことが分かった。また、8月の台風の際に浜周辺の崖などが崩落していたことから、津波よりも、普段の天候による波の影響の方が、浜の環境を変えることが示唆された。


3 まとめ
 年間の定期的な発表の場として、7月支部総合文化祭、8月文化祭、11月宮城県生徒理科研究発表会・みやぎサイエンスフェスタ、1月地区科学研究発表会がある。これに加えて今年は、9月JST中高生のための科学実践活動推進プログラム成果発表会、10月日本学生科学賞宮城県審査、12月サイエンスキャッスル東北大会に参加した。7~1月まで毎月発表があり、生徒にしてみれば、精神的にも体力的にも大変な1年になってしまった。しかし、多くの発表の場を経験することで、生徒の発表技術は向上し、生徒理科研究発表会では地学部会長賞(みやぎ総文2017出場権獲得)、日本学生科学賞宮城県審査会では優秀賞、サイエンスキャッスル2016東北大会では最優秀賞を受賞することができた。これは生徒の励みになるであろう。その分、研究する時間が少なくなってしまい、研究が進まなかったのが反省点である。
 科学技術は急激に進歩し、15年前であれば数百万円する機材でしか測定できなかったことが、今はパソコンと数万円のセンサで研究ができる。更にインターネットにつなげば波浪データのように様々な情報が簡単に得られる。そのような時代だからこそ、それを利活用する力が生徒にも教員にも求められてきている気がする。