2014年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

魚類特有の寄生虫病の治療を通じた生物分野における総合的学習

実施担当者

西川 洋史

所属:茂原北陵高等学校 教諭

概要

1.はじめに
 動植物における病気の治療は生物学と化学の統合型の領域であり、知識の応用と組み合わせが必要となる。よって生徒に動植物の病気を治療させることができれば、考える能力も深まると思われる。
 さて、観賞魚では白点病やイカリムシ病といった寄生虫感染症が発生しやすいが、治療そのものは簡単である。例えば白点病の治療では、水槽に市販薬を加えて数日間おくだけである。また、これらの寄生虫は教科書で紹介される生物と分類学上の関連があるので話を進めやすい。しかし、一連の治療における内容は、魚類については呼吸や窒素代謝、免疫を、寄生虫については生活環や発生と温度の問題を、薬については作用機序や濃度計算など多くの学習事項に結びつけられる。
そこで本研究では、魚類寄生虫病の治療をテーマとした課外活動および指導実践を行い、魚類特有の寄生虫病を扱った生物分野における学習実験モデルをつくることにした。


2.サークル活動における実践
2-1 概要
 ライフサイエンスサークルに所属する生徒らは魚の飼育の経験が無かったので、最初に基本的な手技手法を教授し、2ヶ月ほど健康な魚を飼育させて慣れさせた。次に発症している魚について診察方法および治療方法を指導した。また、雑誌掲載を前提にケースレポートの文章指導を行なった。このときゼロベースで文章を書くことは難しいので、ケースレポートの雛形を作成して行なわせた。

2-2準備
 熱帯魚の飼育、治療には市販されている熱帯魚の飼育器具一式(水槽、ヒーター、エアーポンプ、エアーストーン)を用いた。また、寄生虫駆除には市販されている観賞魚治療薬を使用した。病魚については随時観賞魚専門店にて入手した。

2-3観察・記録方法
 白点虫やウーディニウム類の寄生は症状が明瞭なので生徒にも分かりやすい(写真1)。生体を注意して見る能力を養うために、病魚の外部症状を観察させるのによい。白点虫は観察している最中に魚から剥がれ落ちることがあり、それをスポイトで回収して観察させるなどした(写真2)。肉眼では観察できない寄生虫が症状を引き起こしているケースもある。そこで魚の表面をカバーガラスで擦って粘液を採取し、顕微鏡で観察させた(写真3)。このように肉眼観察から顕微鏡観察へ移行することで顕微鏡の必要性を実感してもらった。
 採取した粘液は、倒立位相差顕微鏡AE2000(島津理科)を用いて観察した。観察像を画像入力装置Moticam2(島津理科)でパソコン画面に映し、位相差顕微鏡と通常の顕微鏡による像の見え方の差異、病理学的側面からの染色の意義について説明を加えた。

2-4病魚の治療方法
魚の症状および原因に応じてライフサイエンスサークル所属の生徒に処置の指導を行なった。このときの魚に見られた症状や具体的な処置方法、治療過程について記録し、観賞魚の総合雑誌に掲載することができた。具体的にはキンギョに関する白点病治療、単生類の駆除、グッピーにおけるテトラヒメナ病などの治療、古代魚ポリプテルスの単生類の駆除についてのケースレポートである。いずれの病気も具体的な実践報告が無いようなので、大変貴重な資料になると思われる。


3.授業における実践
3-1概要
 先のサイエンスサークルの活動から、生徒にも観賞魚の寄生虫駆除をさせることが可能であることがわかった。生物の学習範囲が一通り終了した段階で、魚類寄生虫駆除について履修内容と関連させながら授業内での実践を行なった。今回はキンギョの白点病治療を通じて、魚類生理機能(とくに窒素代謝)やタンパク質合成に絡めた薬剤の作用機序や組織について説明を行った。

3-2白点病の観察と処置
 総合学習では鰭や胴体に十数粒の白点が確認できるキンギョを用いた(写真4)。
最初の授業では、健康な個体と白点病個体を比較させ、症状について観察させた(写真5)。つぎに水底で泳ぎ回る虫体を顕微鏡で確認させた。

 生徒各自の観察後、顕微鏡カメラシステムMoticam(島津理化)で虫体の様子を取り込み、プロジェクターで投影して、全員に対して形態や分類について解説を行った(写真6、7)。特に白点虫を覆うシスト膜については薬物透過性の問題(浸透しない)があるなど、治療のポイントを説明した。
 次に白点虫の駆除薬を投与させ、理科室の棚上にて薬浴を行なった(写真8)。

 翌週の授業では、症状が消えていることを確認させた。また関連してグッピーの組織切片標本像をプロジェクターで投影し、各組織や内部の仔魚の状態(グッピーは卵胎生なので仔魚が見られる)を観察・説明した。実験後は課題として白点病の解説文章を読ませ、読解を行なわせた。


4.考察
 動植物の病気を理解するには、生物学と化学の知識を統合する必要がある。そのため病気治療をテーマに扱うことは、総合学習として適していると考えられる。本活動では魚に特有の寄生虫を扱った。魚は「脊椎動物」であるため、臓器や免疫系がよりヒトに近く題材として適している。今回の授業でも症状や免疫機能、病原生物について高校生物に即した説明を行なうことができた。次に設備面であるが、近年は飼育セットが充実しており、Webショップを通じればどこにいても購入することができる。
 本理科教育研究では最初に生物に興味のある生徒に指導を行った。手順を明確にすることで高校生でも寄生虫駆除が可能であることがわかった。サークルでの活動内容は観賞魚の総合雑誌に治療実践レポートとして掲載するに至り、言語活動を充実させることができた。総合学習においては顕微鏡カメラシステムとプロジェクターの利用により、寄生虫や魚類組織について説明した。従来のモニター方式では、後ろの席に座る生徒は見えなかったが、プロジェクターで投影することで全生徒に共通理解をさせることができた。理科教育では仮説を立てて立証する活動が大切である。今回の総合学習の時間では時間の都合上仮説設定を行っていないが、これこそが科学的センスのバロメーターであり、理科教育では育成困難な部分である。例えば中高生の課題研究では、研究の始まりに当たる疑問と仮説が不十分なケースが多いと言われる5。魚の病気治療の流れは、これにいくつかの条件設定をすることで様々な仮説をつくることができ、仮説実証実験系として利用しやすいと思われる。今後は、本実験系を利用した研究課題型教育の展開を考える。


5.まとめ
 本理科教育では魚類に特有の寄生虫感染症の治療をテーマとした理科教育実践を行なった。その結果①白点病については高校生でも治療可能であること、②魚類の血管構造と症状の発現や薬の作用などについて高校生物の内容から説明可能、③顕微鏡画像システムとプロジェクターの組み合わせによる全生徒への共通理解の実現などを確認した。実験ではほぼ全員の生徒が取り組むなど、行
動面から興味・関心が高まったことが伺える。今回の授業では、理科教育で重要な仮説検証実験ができなかったが、今回の治療実験系を軸にどのような仮説が立てられるか生徒に提示あるいは考えさせながら発展させたい。