2015年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

高、大、科学館等との連携による科学に関する興味とリテラシーの育成に関する研究と実施-振動反応の教材化-

実施担当者

島 弘則

所属:富山県立志貴野高等学校 教諭

概要

1.はじめに
志貴野高校は、高岡駅前の総合ビルの中の定時制高校です。また、県民カレッジ高岡地区センターと連携して地域の生涯学習の拠点としての役割も担っており、社会人と共に学ぶ共学講座も開講しております。生活文化科を設置していることから、女子生徒が多く在学しています。学校生活や家庭生活で様々なトラブルを抱えてきた生徒や不登校経験者、また情緒が不安定な生徒が多く在学しています。そのため特に理系の学力が低く、その上高校で理科4単位のみの履修で卒業し、その後理科を学ぶ機会がないものが多くいます。そのような生徒たちも将来親となり、子供を育てるようになれば彼らの理科への興味関心の低さが次の世代に引き継がれる心配があります。
社会の発展のためには理科教育の充実が必要だといわれています。生徒の科学リテラシーの育成や理科に対する興味関心の育成こそ、日本の理科教育の底上げになると確信しています。
生徒達は、インターネットの恩恵により、様々な問題の答えをパソコンから得ることができます。しかし、実際の社会では、インターネットでは、解答を簡単には得ることのできない問題が待ち受けています。そこで、高校と大学や科学館との連携により、生徒の興味関心を呼び起こし、しかも簡単には解答を得ることができない課題研究教材の開発と特別授業実施による授業研究を行うことといたしました。
本報では、特に今年度実施した、富山大学人間発達科学部との連携で行った研究について、報告いたします。内容について次に記します。
現行のカリキュラムで実施されている理科の科目『科学と人間生活』では、「体内時計(概日リズム)」が教材として取り上げられています。体内時計は、脳内の神経細胞集団が同期して、ある種のタンパク質を周期的(振動的)に合成することと関連しているとのことです。
(以下、引用文献、郡宏、日本物理学会誌、2014,69,602)
「体内時計(概日リズム)は、脳にある視交叉上核という数万の神経細胞の集合体が統率している。視交叉上核を構成する神経細胞では各細胞内で時計遺伝子と呼ばれる一群の遺伝子の発現制御ループが作動しており、これによって一群のタンパク質がほぼ24時間周期で増減し、この増減は組織全体で見事に同期している。」
よって、生徒の「体内時計」への理解を深めるにあたり、振動現象、同期現象、およびそれらを説明するためのモデル(と数値計算実験)の観察や体験が大きな助けになると期待できます。
ベローゾフ・ジャボチンスキー反応などの化学振動反応を通じて、振動現象を簡単に観察することができます。同期現象では、簡単な実験で演示できるものとして塩水振動子があります。単独でも振動しますし、連結すれば同期現象が現れますので、高校の科学クラブ等でもしばしば取り上げられております。
また、科学的な理解には、モデル化による検証も大切です。PCにエクセルなどの表計算ソフトが入っていれば、微分方程式を差分化した形式で、数値計算をします。
本研究では、これらのことより振動反応や同期現象の実験とモデル化の授業の実施を行います。


2.目的
「科学と人間生活」のなかの「生命の科学」に登場する「体内時計」の理解を深める目的で、振動反応の実験で体内時計のモデル化の授業の実施をします。


3.方法
以下のプログラム構成で生徒実験として実施します。
(1)振動現象の実験(2時間)(2)同期現象の実験(2時間)
(3)モデル化と数値計算実験(2時間)
なお、本報告では紙面の都合により(3)モデル化と数値計算実験の部分は省略いたします。


4.実験教材の説明
非平衡系の化学振動系として(1)BZ反応、(2)沈殿再溶解反応、(3)塩水振動子を主として取り上げ、生徒に実験観察を行わせました。以下、各実験の概要を説明します。
(1)ベローゾフ・ジャボチンスキー反応
ベローゾフ・ジャボチンスキー反応(以下、BZ反応)は1950年代に発見された化学振動反応系であり、平衡に達するまでの間に溶液中の化学種の濃度が周期的に変化(振動)します。系の成分である金属錯体が酸化還元を繰り返す際、その色が指示薬を兼ねます。例えば、硫酸鉄(II)七水和物と1,10-フェナントロリンの1:3錯体であるフェロインFe(phen)32+を用いると、還元型のフェロインの赤色と酸化型のフェリインFe(phen)33+の青色とが交互に現れるため、酸化還元反応の時間的な推移(リズム)を容易に知ることができます。溶液を撹拌せずにシャーレに薄く広げて静置すると、2次元的に時間発展する空間パターンも観察できます。複数の金属錯体を組わせると、溶液は多彩な色の変化を示します。今回使用した実験手順は次のようになります。

(a)BZ反応のリズム観察(三池1997)
蓋つきの容器に、1 M臭素酸ナトリウムNaBrO310mL、1Mマロン酸CH2(COOH)210mL、2M硫酸H2SO410mL、および攪拌子を入れてマグネティックスターラーで十分に撹拌する。そこに1M臭化ナトリウムNaBr2.5mLを入れると臭素Br2が発生し、容器内の溶液と気体部分が黄色くなる。臭素は有毒で塩素臭がするため換気などに注意する。しばらくすると臭素はマロン酸と反応して容器内は無色になる。そこに25mMフェロインを0.6mL入れ、溶液全体が一瞬青くなった後に赤くなる。撹拌を続けながら溶液の色の変化を観察する。
(b)BZ反応の空間パターン観察(三池1997)
臭素酸ナトリウム0.42 gと濃硫酸0.17mLを蒸留水5.7mLに溶かし、1Mマロン酸1mLを加える。そこに1M臭化ナトリウム0.5mLを入れると臭素が発生して黄色くなる。再び透明に戻った後に25mMフェロイン0.25mLを加える。この溶液をシャーレに厚さ1-1.5mmになるように注ぐ。静置すると同心円状のパターンが現れる。反応開始は銀線などで溶液を突くことで早めることができる。溶液を少し揺らして同心円状パターンを乱すと、螺旋波が出現する。

(2) 沈殿再溶解反応
電解質を含むゲルに別の電解質溶液が接すると、電解質がゲル内部に拡散して反応し、難溶性の塩が生成沈殿します。条件を整えると周期的な縞状沈殿などのパターン形成が生じることがあります。この現象は発見者に因みリーゼガング現象とよばれます。沈殿する塩が難溶性の場合には、固定化されたパターンが生じます。沈殿する塩が過剰の外部電解質によって錯イオンを形成して再溶解する場合には、動的なパターンが発生するときがあります。
今回は、Al3+/OH-系(Volford2007)の動的パターンを観察しました。塩化アルミニウム水溶液をゲル化し、その上に水酸化ナトリウム水溶液を注ぎ入れて上部からみると、動的なパターンが自発的に発生します。これは難溶性の水酸化アルミニウムAl(OH)3の形成沈殿と、水溶性の錯体テトラヒドロキシアルミン酸イオンAl(OH)4-の形成再溶解が、時間的空間的に生じる結果です。今回の実験手順をまとめると次のようになります。
(a) 水酸化ナトリウムNaOH 10gを蒸留水
100mLに溶かす(2.5M NaOH)。
(b) 200mL三角フラスコに蒸留水92gを入れ、湯煎して50-60℃程度に温める。
(c) そこにアガロース1gを入れ、70-80℃で加熱しながら透明になるまで撹拌する。
(d) 加熱を止め、AlCl3-6H2Oを7g入れて溶かす。
(e) 蒸留水を加えて、溶液を100 g にする
(アガロース1w/w%、[Al3+]=0.3M)。
(f) 溶液をペトリ皿に注ぎ入れ、ゲル化させる(約1時間)。今回は3等分してシャーレ3個をつくる。
(g) 各ゲルの上に、2.5M水酸化ナトリウム水溶液を約30mL静かに注ぎ入れる。
(h)パターンを観察する。透過光があればパターンを認識しやすい。

(3) 塩水振動子
塩水振動子は1970年にMartinによって発見され、その後、吉川らのグループが研究を発展させました(吉川1992)。この系は塩水と真水(水道水)を使うだけのシンプルな構成です。高密度の塩水を入れた容器を低密度の真水の上部に配置して、食塩水が入った容器の底に開けた穴によって二つの流体を接触させます。この状態は流体力学的に不安定であるため、塩水の下向きの流れと、真水の上向きの流れが交互におこる振動現象の駆動力となります。複数の塩水の入った容器を組み合わせることにより、同期現象の観察もできます。今回行った実験手順を次にまとめます。


(a)水100mLあたり食塩20gを溶かして塩水(約3mol/L)を作る。飽和溶液でもよい。
(b)プラスチックカップ(容器A)に直径1~2mmの孔を電動ドリルで開け、爪楊枝で栓をする。
(c)Aよりも大きい容器B(ガラス製1Lビーカー)内に容器Aを固定する。
(d)容器Aに塩水を入れる。
(e) 容器Bに真水(水道水でよい)を入れ、容器Aと容器Bの液面の高さをほぼ同じにする。
(f) 容器Aの爪楊枝の栓をぬき、観察する。しばらくすると振動が始まる。


5 結果と考察
5-1 振動現象の実験
2時間で、3種類の実験をおこないました。課題研究でも、高等学校の通常の授業では行なわれてこなかった物です。事前には、定時制高校生には、難しい内容かと思われましたが、事後のアンケートによりますと、
ア 全ての生徒が実験に対して肯定的で、「普段見えない物が見えて面白かった。楽しかった。」と回答しております。
イ「非常に分かりやすかった」と回答した者が4名。
「分かりやすかった」と回答した者が3名。
「どちらともいえない」と回答した者が1名
であり、分かりにくい、あるいは非常に分かりにくいと回答した者がいませんでした。
教師が生徒には難しいと思うことでも、具体的に実験を生徒が実施し、グラフや図で説明すると、分かりやすいと感じる教材であることが分かりました。
特に、誰もが知らないことに、取り組むことが本校生徒のワクワク感引き出し、普段見えないことを、見ることができそれを説明できることが、喜びにつながる教材だと思われます。

5-2 同期現象の実験
前時は、化学薬品を使用した実験を行いましたが、本時はプラスチックのコップにドリルで底に孔を空けることからはじめ、その中に赤く着色した塩水を入れ、それを真水を入れたビーカーの中に入れて固定することにより起こる振動反応を観察しました。
実験の前に何が起こるかを生徒に予想してもらいましが、誰もそのような現象が起こるとは予想できませんでした。しかし、生徒達は作業を行った実験装置により、振動が始まると生徒達はビックリしておりました。その後現象について説明すると事前の予想をしたことの効果があったため比較的理解が容易でありました。
孔のサイズを変えると振動の周期が変わり、さらにあるところで、振動しなくなることを観察しました。
実験後の考察も生徒が行い、なぜ振動するのかという意見を出してもらいましたが、密度、速度、加速度という言葉を使うことができませんでした。しかし、イメージ的には考察することができていたようです。
最後に同期現象の例として、ホイヘンスの振り子、多数のメトロノーム、ロンドンミレニアムブリッジ、蛍の発光、神経の興奮、生体リズム(概日リズム)などを映像で見ることにより理解が深まると同時に、興味関心も大きくなったようでした。
本来難しい教材ではないかと思っておりましたが、驚くことに生徒達は他の教材よりも比較すると積極的に取り組んでおりました。この面では良い教材であることが分かりました。


6.まとめ
高大連携の可能性を探る活動として、富山大学人間発達科学部の力を得て、課題研究を行いました。科学と人間生活で取り上げられている概日リズム等を説明するための教材として、振動現象、同期現象の実験を行い、現象の理解のために、モデル化と数値計算を行いました。高校では、従来あまり取り上げられなかった実験教材を使用することにより、生徒の興味関心や科学リテラシーを育成するための多くの実験を行うことができました。又、高等学校の学習生活では、微分等を学習すること無く卒業して行くであろう生徒達にも、より簡単に自然現象を差分方程式とエクセルを用いることにより、モデル化して理解させることができました。通常の高校の理科教育では、このようなことは行うことはありませんが、参加した生徒にとって、新たな理科に対する興味や知見が開かれる効果があることが、分かりました。