1997年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第11号

高生体適合性血管内留置型酸素分圧センサの開発

研究責任者

田中 志信

所属:山形大学 工学部 電子情報工学科 助教授

共同研究者

石原 一彦

所属:東京医科歯科大学 医用器材研究所 助教授

共同研究者

山越 憲一

所属:金沢大学 工学部 人間・機械工学科 教授

概要

1.はじめに
血中酸素分圧(pO2)を連続計測するための血管内留置型pO2センサはこれまでに様々な物が開発され,現在,市販され臨床的にも用いられている。しかしこれまでに開発されたセンサの多くは表面材質の生体適合性が十分ではなく,in vivo下ではセンサ表面にタンパク質等の生体分子が吸着・粘着し,センサ応答速度や感度が低下するばかりでなく,最悪の場合,センサ表面で形成された血栓が剥がれ塞栓の原因となることもあり1),現状では数日から1週間程度が連続使用の限界である。本研究ではこの様な現状を鑑み,血管内留置型pO2センサの安全性・信頼性・長期安定性を向上すべく,セグメント化ポリウレタン(以下SPUと略)製bi-lumenチューブを用いた簡易構造の血管内留置型pO2センサを新たに開発し,in vitro試験下にその性能評価を行うと共に,センサの基材であるSPUの抗血栓性を高めるための表面改質用高分子材料として,著者らが従来より開発研究中のリン脂質極性基を有するモノマー:2一メタクリロイルオキシエチルポスホリルコリン(MPC)2)を適用し,SPUの表面改質に適したMPC共重合体を合成し血球成分粘着抑制効果について検討した。
2.カテーテル先端型微小酸素分圧センサの試作
2-1.試作センサの構造概要と作製法
図1は試作pO2センサの構造概要を示したもので,センサ自体の微小化が容易ないわゆるClark型電極を採用してる。pO2測定の原理は電解質溶液中で1組の電極に0.6V程度の電圧を印加した場合,電極間に流れる電流値が溶液中の酸素分圧に比例するといういわゆるポーラログラフィーの原理に則ったものである。この原理を血中のpO2測定に初めて応用したのがClarkら3)であり,電極と血液を酸素透過性の膜で仕切り,電極と膜の間を電解質で満たすという基本構造は我々の試作センサにおいても変わっていない。ただし,我々のセンサの場合SPU製bi-lumenチューブ(Thermedics Inc.,以下BLチューブと略)を用いているためセンサ構造及び製作工程が簡略化され,工業化(大量生産)に適した形になると共に(図2参照),作用極及び参照極間の絶縁特性も向上している。
センサ外径は微小血管への適用を考慮して約1mmとし,作用電極には外径20,umの白金線参照電極には外径200μmの銀線がそれぞれ用いられている。製造工程は図2に示すように,各電極をチューブに挿入後エポキシ樹脂(Epo-Tek 353ND, Promatech Ltd.)をチューブ内腔に吸引充填し,一夜放置して樹脂を硬化させたのち充填が不完全な先端部を切断除去した。次いで参照極表面に塩化銀を析出させるための前処理を施した後,電極表面に電解質(KC1)結晶層を作成した。当該層作製に当たっては,KC1溶液に水溶性高分子の支持体を加え蒸発乾燥させる方法を考案し,これにより均一で微細なKC1結晶層を電極表面に作ることが可能となった。この方法を用いることによりセンサ製作の歩留りは向上し,また水溶性高分子添加によるセンサ特性の変化は殆ど見られず,応答速度も10秒程度と良好であった(次項参照)。
酸素透過膜はチューブと同一材料(Tecoflex SG-60D, Thermedics Inc.)を用いてディップ法で作られている。この方法の利点は,(1)カテーテルと膜との接合部が滑らかで血栓ができにくい,(2)溶液濃度あるいはディップ回数による膜厚の調整が容易で,(3)溶剤や乾燥条件(例えば温度など)を変えることにより得られる膜の状態が変化するので,用途に応じて応答速度や膜表面のモルフォロジー等を変えることができる,などの点である1)。具体的にはKC1結晶層形成済みの電極先端をTecoflexのTHF溶液(7w/v%)に数秒間浸漬したのち引き上げ,先端部が上向きの状態で一晩室温放置して溶媒を除去した。この様にして得られたディップ膜の厚さを走査型電子顕微鏡(以下SEMと略,JSM-5400,日本電子)により測定したところ10~20μmであることが確認された。
2-2.試作センサのin vitro特性試験
このようにして作製したpO2センサに対して図3に示すような実験装置を用いてin vitro試験下に性能試験を行った。窒素ガスあるいはroom airで飽和されたPBS(pH7.4,37℃)中にセンサ先端を浸漬し,ポテンショスタットアナライザ(HA-150,北斗電工)により陰・陽極間へ任意の印可電圧を供給すると共に電極間電流を計測した。電極電圧をOVから一1600mVの範囲で100mV/minの速度で掃引してX-Yレコーダ上にvoltammogramを記録した。またセンサ先端部を窒素飽和及びroom air飽和の各PBS中に交互に浸漬する事によりチャートレコーダ上にセンサ応答曲線を記録した。なお,ディップ膜形成を行う前の状態における電極のvoltammogramを得るために,各PBS中には0.05Mの濃度のKC1を添加した。
図4は試作センサのvoltammogramで,センサを各PBSへ浸漬した時の電極電位と電流との関係を示している。破線は酸素透過膜無し,実線は前述のディップ法により同膜を作製した場合の結果で,後者の場合,電流値は前者の1/2以下に低下するが,プラトー領域が拡大し,電極電位を一900mV前後に設定することにより安定に酸素分圧が測定可能であることがわかる。
図5は試作センサの応答曲線で,窒素飽和から空気飽和への変化及びその逆方向の変化に対して,95%立ち上がり時間で両者共に10秒以下という早い応答を示しており,血管内留置型の酸素分圧センサとして十分適用可能な応答性を有していることが確認された。
3.SPUの血液適合性向上を目的としたMPC共重合体の合成と評価
3-1.分子設計と合成
著者らは従来より使用目的に応じた様々なMPC共重合体を合成し各種医用デバイスへの応用を進めてきており4_6),SPUの表面改質を目的とした共重合体についてもすでに報告している7)。これは基材であるSPUのハードセグメントとの相互作用を期待してMPC共重合体の側鎖にウレタン結合を導入したもので,血球成分の粘着特性に関するin vitro試験の結果から,当該共重合体を被覆することによりSPU表面の血液適合性を改善できることが確認されている。しかしこの様な基材表面にポリマーを被覆する方法の場合,操作が簡便であるという特徴がある反面,被覆ポリマーの剥離の懸念を完全に払拭することができないという難点がある。そこで今回はこの問題を改善すべく,基材であるSPUにMPC共重合体をより強固に固定するために,SPUとの共通溶媒を持つようなMPC共重合体を合成し,これをいわゆる高分子添加剤として用いてMPC共重合体含有SPU膜表面を作製するという方法を新たに考案した。
基本的な分子設計指針としてはSPU溶液との混合を可能とするために両ポリマーが溶解可能な共通溶媒が存在すること,さらにSPUのハードセグメントまたはソフトセグメントへの親和性が期待できる分子構造であることが必要である。そこで,これら2点を考慮して図6に示すような分子構造を有するMPC共重合体を合成することとした。即ち基材であるTecoflexのソフト及びハードセグメントの分子構造に着目し,側鎖に2一エチルエキシル基及びシクロヘキシル基を有するMPC共重合体(以下PMEH,PMCと略)をそれぞれ合成した。なお合成方法と結果,並びに得られた共重合体のキャラクタリゼ一ションの詳細については文献8)を参照されたい。合成結果を略述すると,(1)MPCのモル分率が0.3の共重合体(このモル分率において良好な血液適合性を発現する事がn一ブチルメタクリレート(BMA)との共重合体を用いたこれまでの実験結果から確認されている)がPMEH,PMC共に合成でき,(2)仕込み時の組成と合成物のそれがほぼ一致すること,(3)溶媒としては両者ともにジクロルメタンとエタノールの7:3混合溶液(以下,製膜溶媒と略)可溶で,さらにTecoflexもこの溶媒に可溶であることが確認されている。
3-2.MPC共重合体含有SPU膜の作製法と特性評価試験
得られた2種類のMPC共重合体,PMEH及びPMCを用いて,MPC共重合体含有SPU膜を図7に示すような方法で作製した。製膜溶媒を用いてSPU及びMPC共重合体の5wt%溶液をそれぞれ調製し,重量比がSPU:95に対してMPC共重合体:5となるように各溶液を混合した。30分間撹拝後,30分間超音波照射し,得られた溶液をテフロンシャーレ上に流延した。溶媒雰囲気下・40℃の条件で一晩加熱した後,同温度下で減圧乾燥して膜厚約0.3mmのSPU-PMEH及びSPU-PMCの各MPC含有SPU膜を得た。また対照としてMPC共重合体を含まないSPUのみから成る膜も同様の方法で製膜し実験に供した。
この様にして得た各MPC含有SPU膜およびSPU膜に対して,図7右下に示すようなin vitroの性能評価試験,即ち力学特性試験及び血液適合性試験を行った。
まずMPC共重合体の添加がSPUの力学的特性に及ぼす影響を検討するため,引張り試験機(オートグラフ,DSS-500,嶋津製作所)を用いて応カー歪み曲線の測定を行った。図8は実験結果の一例で,実線がSPU膜,点線がPMEH含有膜,破線がPMC含有膜の応カー歪み曲線を示している。
この結果より,PMEH,PMCの各MPC共重合体添加による応カー歪み特性の低下はほとんど見られず,PMCを添加した場合にはシクロヘキシル基の導入に起因すると思われる曲線の上方への若干のシフトが観察されている。
次にMPC含有SPU膜の血液適合性を検討するため以下のような実験を行った。即ち直径1.5cmの各MPC含有SPU膜及びSPU膜をPBSで十分に平衡化した後,新鮮ウサギ血小板多血漿(PRP)あるいは同全血を室温で所定時間接触させた後,PBSでリ'ンスし,2.5vol%グルタルアルデヒド含有PBSで固定,凍結乾燥し試料表面をSEM観察した。
図9は各試験膜のSEM写真で上段より順にPRP:60分,全血:60分,同:120分の条件でそれぞれ接触させたときの結果である。これより明らかなように,粘着している血小板及び赤血球の数はSPUが最も多く,PMCあるいはPMEHを添加した膜ではその数がかなり減少していることがわかる。
ところで前述したように,SPUはその良好な機械的特性ゆえに人工心臓などの様に強い力学的負荷が長期間に渡り加わる場所に使われる場合が多い。そこでMPC共重合体添加による血球成分粘着抑制効果が力学的負荷が加わった状態でも維持されるかどうかを確認するために,ポリマー試験片に繰り返し歪みを負荷する装置を新たに開発し9上記と同様にして血液適合性試験を行い,歪み負荷条件下の血液適合性について検討した。
図10は今回試作した高分子膜歪負荷装置の構造概要を示したもので,主な構成要素は(1)圧縮空気駆動のリニアスライダ(THK;LSC1515),(2)これと一体化されたスライドテーブル及び(3)透明アクリル製の溶液セルから成る。被験膜材料の一端はスライドテーブル先端に,他端は溶液セル底面近傍にそれぞれ固定されており,セル底面から約2mmの位置で水平方向の歪が負荷される構造になっている。並列に5ケ設置されたセル(8mm×30mm,深さ:8mm)内は血小板多血漿や生理食塩水等,実験目的に応じたメディウム(1.5m$)で満たされ,最大5枚の膜に対して一定歪を同時に負荷することができる。膜形状は幅:5mm,有効長(歪が負荷される部分の長さ):20mmで,歪の大きさ及び繰り返し周期は,それぞれ50%及び毎分100回を上限としてコントロールユニットにより任意の値に設定可能である。またスライダ推力は供給する空気圧を調整することにより最大12kg(7kg/cm2の圧縮空気供給時)まで増加できる。
図11はPRPを用いて行った実験結果の一例で,中段及び下段の各写真は本装置により歪み:15%,繰り返し周期:毎分30回(デューティー比:50%),負荷時間:1時間の条件で歪み負荷を加えた場合のSEM像である。中段と下段の違いは,前者は製膜時テフロンシャーレに面していた膜面(基材面),後者は空気に面していた膜面(大気面)である。また上段は同一セル内で歪みを加えずに1時間静置した場合の基材面の膜表面SEM像である。
この図よりSPU膜に較べMPC含有膜上で粘着血小板数が有意に減少しており,この傾向は歪を負荷した膜においても同様で,MPC添加による血球成分粘着抑制効果が力学的負荷条件下においても維持されていることが確認された。
また膜面の違いに関しては,大気面よりも基材面の方が粘着血小板数が若干少ない。これはキャスト時に製膜溶媒中のジクロルメタンがエタノールに比べ早く蒸発すること,また残留するエタノールがMPCの良溶媒であることから,時間と共に基材面にMPC成分が濃縮されるためと考えられた。
以上の結果より,今回合成したMPC共重合体二PMEHあるいはPMCをSPUに5%程度添加する事により,SPUの良好な機械的特性を低下させることなく血球成分の粘着を効果的に抑制可能で,この特性は繰り返し歪を負荷した条件下でも維持されることが確認された。
4.まとめ
以上,高い生体適合性を有し長期安定性に優れた血管内留置型pO、センサを開発することを目標として,その第一ステップとしてSPU製bi-lumenチューブを用いた簡易構造のClark型pO2センサを試作し,第ニステップとしてセンサ表面の血液適合性を向上させるためのMPC共重合体を合成し,その性能評価を行った。
MPC共重合体の血液適合性に関しては,主としてBMAをコモノマーとした共重合体(PMBと略)についての検討が今までに多く成されており,医用センサへの応用例としてはグルコースセンサの表面被覆に用いられ良好な成績を収めている5・6)。
またPMBをpO2センサの被覆材料として用いる試みも成されている9)。これによればPMB膜はポリ塩化ビニール(PVC)膜やSPU膜に比べて酸素透過性が格段に大きく,また血球成分の粘着を効果的に抑制するものの,膜自体の機械的性質が十分ではないためにPMB単独で長期間安定な酸素透過膜を作ることは困難で,PVCを支持膜としてこれにPMBを被覆する方法が適切であるとしている。
そこで本研究では,まず簡易構造で量産化に適した構造のpO,センサを試作すると共に,PMBのpO2センサ応用に関する前記の基礎的知見をふまえ,機械的性質が良好で安定な酸素透過膜が作成可能なSPUをべ一ス材料に用いて,その特徴を生かしつつ血液適合性を改善可能なMPC共重合体を合成することを大きな目的の一つとした。図8,9及び図11に示したin vitro試験の結果からは,この所期目標は達成されたと考えられる。
今後はMPC含有SPU膜の酸素透過性や酸素拡散能など,pO2センサ応用に際しての膜物性に関する基礎的データを蓄積すると共に,当該膜を酸素透過膜に用いたセンサを試作し,in vitro及びin vivo試験によりSPU膜センサとの性能比較を行い,その有効性を検討する予定である。
またセンサの長期安定性に関しては,現時点では数週間~1ケ月程度の連続使用を目標としており,これを実現する際に直面するであろう問題としては作用電極面積の経時変化がまず挙げられる。現在は電極を固定するための充填材料にエポキシ樹脂を用いているが,長期連続使用に際しては含水に伴う膨潤は避けられない。従って今後は,当該充墳材料に適した材料,即ち作用極である白金と安定な接着界面を形成し含水しにくい材料についても検討を加え,長期安定性に優れたセンサを開発していく予定である。