2015年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

高校生物「生態系とその保全」分野におけるフィールドワークを活用した学習プログラム開発と実践

実施担当者

船津 勇一

所属:大分県立大分鶴崎高等学校 教諭

概要

1.はじめに
 平成24年度より高等学校学習指導要領が数学・理科で先行実施され、新たに生物基礎・生物が県内の殆どの学校で実施されています。また、生物基礎の生態分野については、学習指導要領においても生物の多様性と生態系の分野について「観察、実験などを通して探究し、生態系の成り立ちを理解させ、その保全の重要性について認識させる」ように記載されています。
 しかしながら、本校も含め、学校現場では座学による履修が中心で、フィールドワークによる実施についてはこれまで殆ど行われていません(フィールドワーク実施率0.7%:平成24年度高校理科大分)。
今年度、本校2年生生物基礎・生物選択生対象に生態分野における勤務校周辺(大分市東部地区)でのフィールドワーク等を実施しました。その概要並びに、生徒の変容やレポートの内容からフィールドワークの有用性について報告します。


2.本校のカリキュラムと授業方法
 本校では、現2年生より1学年6クラス規模となっており、文系3クラス(全員生物基礎選択)・理系3クラス(41名生物選択)で、今回のフィールドワークは163名対象に実施しました。
 教育課程については、2年生文系では「生物基礎」と「化学基礎」を各2単位、理系は「化学基礎」と「化学」を各2単位および、「物理」または「生物」を各3単位での実施となっています。
 生物基礎の教科書は実教出版「高校生物基礎」を採択しており、理系・文系共に「生物の多様性と生態系」の分野は2年生になって履修しました。
 また、授業は教科書をもとに作成した授業プリントを主体としたドライラボ形式で行い、問題解決的な学習や生徒主体のアクティブ・ラーニングの手法により実施しました(図1)。
 内容については、特に「生物多様性を保全するためには、放棄され遷移が移行しつつある森よりも、ヒトの手による小規模なかく乱があった方が良い。」と言うことを主眼に置いて授業を展開しました。さらに、ICT機器としてiPADを活用し、教科書、研究ノート(博洋社)・標準セミナー(第一学習社)をPDF変換したものや、数研出版アプリの生物図録などを黒板に投影しながら授業を行いました。


3.フィールドワークの場所の選定
 フィールドワークの実施に先立ち、休日に環境カウンセラー協会の須股博信先生と一緒に、場所の選定のため下見を行いました。
 候補として、日吉神社(大分市木田)・神崎海岸・佐賀関半島・高尾山自然公園の4つを挙げ、学校からの距離やトイレなどの施設等の関係から結果的に高尾山自然公園に決定しました(図2)。
 今回のフィールドは大分市スポーツ公園内にあり、河岸段丘により以前は水田やため池などが点在し、コナラやアカマツといった典型的な里地・里山を代表する陽樹が繁茂する森林であったものが、スポーツ公園の整備と共に、コジイ・アラカシといった陰樹林へと遷移が移行している森林といわれています(図3)。


4.事前学習及び講演
 フィールドワークの実施に先立ち、10月28日に環境カウンセラー協会の須股博信先生をお招きして、大分市の自然植生等に関する講演を生物選択生全員に実施して頂きました(図4)。また、当日は来週のフィールドワークで講師をされる3名の方々も来校し、大分の地誌や潜在植生、生物多様性の大切さ等について講演をして頂きました。


5.フィールドワークの実施
 11月4日(水)に高尾山自然公園において、大分生物研究会・大分生物談話会・大分県森林づくりボランティア支援センターの方々に講師をお願いし、交通費・講師料等無料で実施して頂きました。
 生徒は、バスにて現地まで片道15分かけて移動し、移動時間を含む2時間で実施しました。また、2年生物選択生163人を1・2組(82名)、3・5・6組(81名)の2グループに分け、10人ずつの8班に分け、各班に1名の講師(計8名)がついて指導して頂きました。
 コースについては、第3駐車場からふれあい広場を経由して龍神の池までを往復する、約5㎞のコースを設定して実施しました(図5)。フィールドワークの後には、生徒に課題として以下のようなレポートの作成を課しました。

【考察】
①モウソウチクやマダケが進入した森林はどの様になるか、理由と共に答えよ。また、どうすればそれを防げるかについても述べよ。
②里地・里山が多様な生物を支えているのはなぜか、理由を簡潔に述べよ。
③里山が薪炭林であった証拠及び里山が持続可能な林である根拠についてそれぞれ述べよ。
④里地・里山における菌類の役割について述べよ。
⑤落葉広葉樹の重要性について述べよ。
⑥今回の探究活動で見られた外来生物の名称とその外来生物がもたらす被害を述べよ。また、外来生物の移入防止について、自分の考えを述べよ。

【感想等】
今回の探究活動「身近な自然環境の保全」について、新たに発見したことや感想について自由に述べなさい(10行以上)。


6.アンケート結果
 事前講演の前と、フィールドワークの後に生徒に同じ内容についてアンケートを行い、その効果についてStudent t-testによる総計処理を行いました。更に授業や単元、探究活動等に関する総合評価についてのアンケートも実施しました。
統計処理の結果より、項目3:「極相林(陰樹)で森林の多様性が高いのはなぜか分かりますか。」項目5:「シカやイノシシ等が増えすぎて、森林が変化していることについて知っていますか。」項目7:「日本の里地・里山の保全について、興味・感心がありますか。」について、1%以上の確率で有意差がみられた(図6)。
 すなわち、今回のフィールドワークで直接自分の目で見て感じた項目については、有意差が生じているように思えました。
逆に、今回のフィールドワークに直接関係しない項目については、フィールドワークの効果は観られませんでした(アンケート項目2・4・8等)。
 また、項目10「持続可能な発展(後世まで現在のような継続した発展を可能にすること)のために、自分たちの生活を見直そうと思いますか。」や項目11:「生態系のバランスを保ち生物多様性を保全していくために、一人一人が考えて行動する必要があると思いますか。」等は、事前アンケートで既に9割以上の生徒が肯定的な考えを持っていたために有意差が生じなかったのではと考えられました(提示していない)。
 次に、総合評価アンケートの結果から、この単元の授業については、8割以上の生徒がとてもあるいは少し理解できたと回答している(項目4:82.8%)。
 また、授業プリントやiPADを用いた授業についても、8割以上の生徒が肯定的な回答をしており、生物基礎や生物の授業において有効であることが伺えました(項目5:87.1%,項目6:85%)。
さらに、今回のフィールドワークについては、殆どの生徒が目的意識を持って取り組め、生物多様性や生態系の保全に対して興味・感心が増したと回答していました(図7)。また、今回のフィールドワークが自分の生活を見直すきっかけにも繋がったことも伺えました(図7)。


7.生徒の感想
 レポートに記述されていた生徒の感想を以下に掲載します。
 ○僕は、今回のフィールドワークで実際に目で見たり、話を聞いたり、触ってみたり食べてみたりするうちに時間があっという間にすぎてしまったなあと思いました。それに、こんなことが森には隠されていたんだとスケールがデカく感じました。
 歩いている間に担当の先生から面白い話が沢山聞けて本当にいい経験になったと思います。一番印象に残っているのは「漁師は森に苗を植えに行く」という話です。聞いたことはあるけど、どういう理屈でそんなことをするかを今一度考え直すと理にかなっているんだなあと改めて思ったし、感心が涌きました。面白い話が聞けて嬉しかったけど、自分はまだまだ知らないことだらけだと思いました。いつも自分はあれしたい。これしたい。でも、結局何もしない。ということが多かったので、フィールドワークでの経験を通して実行に移そうと思います。講師の先生や準備して下さった先生方ありがとうございました!
 ○今回の観察活動では、2つのことをよく理解することができた。1つ目は「人の手と森林のつながり」である。今まで人が手を加えるのは植物が減り良くないと思っていたが、今回の竹の話などを通して「人の手を加えることも大切。そのお陰で森林の生態系の多様性が守られている」という結論を知ったときはとても驚いた。2つ目は「植物、木々同士で繋がりあっている」ということである。葉の話などを通して、「お互いがお互いに良い作用を与えていることがある」ということを知り、より生態系の繋がりの理解を深めることができた。里山や里地のことは、もっと遠い田舎の奥の方の話かと思っていたが、こんな身近にも授業で習ったことが見える場所があるというのに驚いた。これからも良い自然を守っていくために、「外来生物を買わない、放さない」等の自分たちにもできることを守っていきたい。そして、これからもずっと、良い自然を残していきたいと強く思わせてくれた活動であった。
 ○このフィールドワークを通して、教科書で習って植物などを実際に観察したり、里地・里山がどうして循環・持続可能であるかが理解できた。山の中に入って植物に触れてみたり、それがどのような役割をするのかを聞いて、とても貴重な経験になった。特に、薪炭林として使われていた木がクヌギやコナラである理由が気になったが、このフィールドワークでそれが理解できた。「木を伐採すること」≠「環境破壊」ということが里地・里山では通用するんだと思った。近年では、1種類のみ木を植えて商品(木材)として得る人工林が増えつつあって、確かにスギなどは材質は良いが、ひこばえなどを切った後、次世代が生えないという点において、クヌギやコナラには負けているし、単一の植物ばかりでは多様性も育まれないので人工林は作るべきではないと思いました。
 また、森林は1つの共同体であると聞いて、それぞれの生物が個々の役割を果たし、「住みよい環境」を維持しているからこそ共生して、1つの共同体としての役割を果たしているんだなと感じた。現在において環境破壊が日常的に起こっていて、自分は単に「地球に悪いな」と思うだけだったが、フィールドワークを通じて、「どのようにして自然と向き合うのか」という考えを持てるようになりました。実際に目で見て、触れて、匂って、どのようにして自然と向き合うかを考えることができ、とても良い経験ができました。


8.まとめ
 今回フィールドワークおよび事前講演等を実施し、事前・事後のアンケートの結果や生徒の感想から、フィールドワークを取り入れた学習プログラム「生態系とその保全」は、身近な生態系(里地・里山等)保全への興味・関心Dや生徒自らの生活の見直しにおいて大変有効であることが確認できました(図7)。
 今回のフィールドワークでは、外部講師に大分生物研究会・大分生物談話会・大分県森林づくりボランティア支援センターの方々にお願いしました。しかし、平成24年度に大分南高等学校で行われた同様の実践や、昨年度本校3年生対象に実施したフィールドワークでは、「森の先生」に講師を依頼しています。今回実践してみて、どちらに依頼しても教育的効果については、それほど差は無いように感じました。


9.終わりに
 「生態系とその保全」分野におけるフィールドワーク等の自然体験がほとんど行われない理由に、①指導者の不足、②フィールドがない、③授業時間の確保等が挙げられます。しかし、①②については、「森の先生」や大分生物談話会等に電話することで解決できるようです。まずは、思い切ってお電話することをお勧めします。また、③については、iPAD等の視聴覚器機の使用により時間確保が可能であるとも感じています。
 野外に行くと、教室では見たことがないような輝く顔を生徒達は見せてくれます。その顔を見るとき、「フィールドワークをやって良かった。」とつくづく感じます。たしかに、講師依頼文の作成や場所選定など、準備にはそれなりに時間が掛かります。しかし、それにも増して実施することで得られるものの大きさは、やってみて初めて実感できるものです。
 多くの学校でフィールドワークが実践されるようになり、生物基礎・生物の年間の教育課程に常に記載されるようになることを願っております。そして近い将来、生徒達のキラキラした笑顔が、学校周辺の里地・里山で見られるようになることを強く望みます。