2016年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

高校生による地域に科学の楽しさを伝える活動

実施担当者

春日 貴江

所属:山口県立下関工科高等学校 教諭

概要

1 はじめに

科学は、産業発展に必要不可欠な技術である。その一方で、科学は“難しい”などのイメージで敬遠されることも多く、こども達の理科離れが進んでいる。そこで、エ作や実験の機会が減っている地域のこどもたちに、工業高校の生徒たちが、自分たちの学んだ専門知識を生かし、科学の楽しさを伝える活動を行うこととした。具体的には、生徒が講師を務める小学生向けの科学教室を計画、実施する。活動全体を通して、生徒自身はPDCAサイクルを経験し、主体的に考え行動する態度を身に付けることができ、また、受講した小学生は、科学を身近に感じ、興味を持つことができる。この活動により、小学生、高校生の両者にさまざまな力が身に付き、互いの成長が期待できる。工業と社会の発展を図る創造的な能力と実践的な態度を育むとともに、工業教育の還元と地域の交流を図ることを目的としてこの活動を行った。

2 活動内容

2-1 こども科学教室合同開催の経緯

6年前より、下関中央工業高等学校化学工業科において小学生向けの科学教室を開催している。活動当初は、授業の中で指導を行い、授業の一環として科学教室を開催してきたが、現在は、サイエンス同好会が中心となって活動を行っている。一昨年度は延べ約800名、昨年度は延べ1200名の方に参加していただいた。地域の方々の認知度も高まり、小学校のPTA活動や出前授業にも、声をかけていただくようになった。教室に参加した小学生が、その後、エ夫を加え、夏休みの自由研究として出展し、賞を受賞したという報告も受けている。さらに、6年前に教室に参加した小学生が、現在、サイエンス同好会の一員として小学生に教える立場となり、この活動の成果が見られるようになってきた。しかし、高等学校の再編統合計画により、下関中央工業高等学校は2年余りで閉校となることが
決まっているため、活動の継続が危ぶまれていた。
一方、下関工科高等学校は、今年度4月に下関中央工業高等学校と下関工業高等学校の2校が統合して開校した。新高校では、化学研究部が創設され、新入生を迎えたが、部活動としての伝統はなかった。また、これまで新高校周辺での科学的活動は行われていなかった。
そこで、下関中央工業高等学校の科学活動が閉校により途絶えることなく、下関工科高等学校に引き継がれることを目標に、今回の計画に至った。

2-2 こども科学教室開催までの流れ

昨年度までの下関中央工業高等学校での活動と同様に、生徒が主体となって活動を進めた。科学教室開催までは、次のような流れで行う。
① 生徒が、小学生に科学の楽しさが伝わる内容を考える。
② 実験や工作の内容について学習し、知識を深めた後、実際に予備実験を行う。
③ 予備実験終了後に、実験の成功率や楽しさ、小学生の取組内容と難易度、安全性を考慮し、生徒および顧間で実施の可否を決定する。
④ 2校合同開催の場合は、各校それぞれの生徒が集まり、合同の研修会を行う。
⑤ 科学教室開催にはサイエンス同好会および科学研究部生徒だけでなく、各校のボランティア生徒を募り、協力を得て行う。ボランティア生徒は、講座内容の予習をする。
⑥ ①~⑤のような準備を行った後、生徒が講師となって、小学生に科学を教える。
下関中央工業高等学校は、これまで同様、フリーペーパーで参加者の券集を行った。下関工科高等学校は、下関中央工業高等学校と活動範囲や活動日が重ならないように配慮した。また、参加者については、地元に根付く活動となることを目指し、最も近い小学校へ案内文書を配布した。
下関中央工業高等学校の科学教室には、何度も参加してくださるリピーターの方が多くいらっしゃる一方で、新しい学校では、初めて参加される方がほとんどであった。

2-3 こども科学教室の実施内容
表1(注:表/PDFに記載)に、今年度各校で科学教室や出前授業を実施した内容を示す

1年を通して、各校実習室で開催している科学教室には、科学に興味を持った熱心な参加者が多かった。一方、地域イベントでは、科学にあまり触れたことのない方々にも多く体験していただくことができた。
3月に実施した2校合同開催の科学教室では、予想を上回る多くの小学生やその保護者の方にご参加いただいた。
各講座に参加した小学生から、「楽しかった」「もっといろいろなものがつくりたい」「また実験がしたい」「お兄ちゃんが優しかった」などの感想が寄せられた。また、小学生の保護者からは、「裔校生がとても上手に教えてくれて子供たちが喜んでいました」「以前も参加したことがあり子供たちがまた行きたいというので参加しました」「はじめて工作を最後まで作り上げることができました」など、とても肯定的なご意見をいただいた。

3 まとめ
今年度は、下関工科高等学校と下関中央工業高等学校の2校で科学教室を開催したため、前年度をはるかに上回る多くの方々にご参加いただいた。これまで、科学的活動の場が少なかった地域の小学生にも、科学を身近に感じてもらうことができた。当初、下関工科高等学校の1年生は、コミュニケーションが苦手で、小学生から背を向けることもあったが、回を重ねるごとに視野が広がり、臨機応変に小学生や保護者の方に対応できるようになった。特に、低学年の児童に対しては、危険なことや作業の難易などを考え、その場に適した対応ができるようになった。他者を思いやり、行動できるようになったことはとても大きな成長であ
る。また、生徒の提案する講座の内容にも変化があった。ごく簡単なものから、工夫を加えたものに
なるなど、思考の深まりが感じられた。これらは、両校が合同で活動を行った成果と考えられる。科学教室の内容や立ち振る舞いを、生徒同士で学びあい、様々な力を習得した結果である。さらに、両校での活動が、生徒だけでなく教員の変化をももたらした。他の学科や他の部活動の生徒が地域のイベントに参加したり、講座の内容に他の専門学科の教員の助言を得るなど幅広い活動となった。生徒が「最初は、慣れないことも多く、見知らぬ人と話すことも苦手だったが、子供たちが喜んでくれて、とても嬉しかった」と感想を述べているように、生徒に自己有用感が育まれることも明白である。
来年度も、これまで下関中央工業高等学校で積み上げたものを下関工科高等学校でも引き継ぎ、両校で協力し、この活動を続ける。情報交換や意見交換を行い、より深い学びとなることを期待する。
また、小中学校へ積極的に情報発信を行い、出前講義を実施するとともに、こども科学教室の参加者を募集する。
そして、このプログラム事業「高校生が地域のこども達に科学の楽しさを伝える活動」に関わった高校生や小学生が、次世代の科学技術を担う理系人材になってくれるものと信じている。