2016年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

高校物理における分光分野での観察実験・観測用低分散分光器の開発と応用

実施担当者

坂江 隆志

所属:埼玉県立浦和西高等学校 教諭

概要

1 はじめに
 ここで取り組む課題は、分光分野の観察実験を充実させることを目的に、新たに透過型回折格子を使った低分散分光器を製作し、教科書に記載されているさまざまな原子の輝線・吸収スペクトルを眼視で観察できるようにできるだけでなく、撮像観測することによりさまざまな物理量を求める応用にも活用できるようにすることである。この分光器の性能は、ナトリウムD線が近接して2本存在することが教科書に記載されていることから、この線(D1=589.594nm、D2=588.997nm)を分解できるように設定した。また、眼視観察するときには低倍率の接眼鏡を使用することで広い視野を確保し、可視光領域を波長調整することなく一度に見渡せるようにする。輝線、吸収線ができる原理は量子力学によるものであるが、高校物理では「原子と原子核」の節でこの内容を扱う。また、化学の中でも「原子とその構造」で電子の軌道について学ぶ。これらの学習と「波動」分野でのスペクトルの学習がうまくかみ合うと生徒の理解は格段に深まるものと期待できる。


2 分光器の設計・製作
2-1 分光観察実験の魅力
 コンピューターによるシミュレーション学習全盛の昨今ではあるが、実物を見ることができる現象についてはなるべく実物を見せたいものと思う。高等学校の理科教育現場で多く用いられる分光器は、直視分光器と呼ばれる市販品とレプリカグレーティングやCD盤を用いて工作するものが普及してきた。これらは大変手軽に観察できるが波長分解能が低く、太陽のフラウンホーファー線を生徒に確実に認識させるには厳しいものがあった(指導者には見えている)。今回提案する低分散分光器はこの点が改良され、確実に生徒が観察できるようになるものである。この分光器は、ナトリウムD線を2本に分解できる波長分解能と可視光領域全体を一度に見渡すことができる性能を併せ持ち、実際のスペクトルを眼視で観測することができる。
 分光器の応用範囲は広く、物理実験における基本的な装置と位置付けることができる。例えば、実験室内での観察実験では以下にあげるような各種放電管、炎色反応、各種電灯の分光(図1、4参照)、フィールドでは天体望遠鏡に装着し明るい天休のスペクトルから授業で扱う恒星のスペクトル型の違い(図5参照)を自らの観測で確認するなどいろいろな応用が考えられる。このような観察、実験、観測から科学することの楽しさや興味関心が増し、将来の進路として研究的職業を目指すような生徒が現れることを期待するところである。

2-2 分光器の製作と観察実験
(1) 光路分割装置のない分光器
 図2のような分光器を製作した。使用した部品等は図3の通りである。この分光器は小型軽量で扱いやすいが、スリット幅が20μmと広く、NaD線を2本に分解することはできない。

(注:図/PDFに記載)

 図4は、この分光器を使って本校地学部員が炎色反応や各種電灯の分光観測を行い、研究会で発表した結呆である。また、軽量にできているため、2インチスリーブを介して望遠鏡に接続して天体の分光にも活用できる。図5は明るい恒星を分光観測した例である。センサーサイズの小さなAtik Titnaカメラを用いた時でも撮像可能波長は約400~770nmと広い。

(注:図/PDFに記載)

(2) 光路分割装置のある分光器
 図6のような分光器を製作した。使用した部品等は図7の通りである。スペクトルは暗くなるがスリット幅を10μmとし、また光路分割装置が入れられるようにするため、カメラレンズには筒外焦点距離の長い屈折式天体望遠鏡を用いた。その結果、NaD線を2本に分解する性能が得られた。スリットは、いろいろ試した結果、直線性と平面性にすぐれたカッターナイフの替刃(ORFA LB10K)をエポキシ接着剤で10μm(20μm)幅になるよう貼り合わせた。その際、顕微鏡画像
がカメラを通してパソコンに映るようにして、ステージミクロメーター(1/100mm)を基準にスリット幅の測定を行った。

(注:図/PDFに記載)

 この分光器は、フリップミラーの操作で眼視観察とカメラヘの光路切り替えが簡単に行える。これにより生徒が今何を見ているのかをカメラの画像で確認する、カメラの画像をディスプレイに映して大勢の生徒に説明する、などの応用が可能である。なお、この分光器は、実験室での据え置きで使用することとし、剛性については考慮していない。
 今回、図8に示すような炎色反応を用いた方法では難しかった吸収スペクトルの観察を、ナトリウムの吸光器(ナリカD20-1821,SD-1N)を導入することで安定に観察することが可能となった。ハロゲンランプによる連続光を図9のようにナトリウム吸光器に光漏れの無いように入れ、アルコールランプで加熱すると、ナトリウムの気化に伴って吸収スペクトルが観察できる。吸収スペクトルを持続させるためには、アルコールランプを時々移動させ常にガラス壁面についた金属ナトリウムにアルコールランプの炎が当たって管内にナトリウム蒸気が充満した状態を維持することが必要である。

(注:図/PDFに記載)

 図9の装懺で撮影したナトリウムの吸収スペクトルを図10に示す。ハロゲンランプの連続スペクトルに2本に分離されたナトリウムの吸収スペクトルが重なっているのが確認できる。これらの吸収線の波長差は0.6nmであり、この程度の波長分解能を持っていることがわかる。図11は太陽光のスペクトルで無数の吸収スペクトル(フラウンホーファー線)が見られる。全波長域でピントを精確に合わせることはカメラレンズの色収差により難しい。図12は、ナトリウム放電管の輝線スペクトルで、やはり2本に分離していることがわかる。これらの写真はAPS-Cフォーマットの一眼レフカメラ(EOS60Da)を用いて撮像した。天体写真用に赤い鎖域(Ha線)が写りやすくなる特性を持ち、右端のHa吸収線が確認できる。撮像波長は約460~660nmである。可視光領域すべてをカバーするにはフルサイズのフォーマットが必要である。

(注:図/PDFに記載)


3 まとめ
 ここで見られるスペクトルは干渉という物理で見られるもので、パソコンのディスプレイやテレビで見られるRGB合成されたものとは異なり、単波長による純粋な色である。分光の実験は、多くの物理実験の中でもその美しさに息を呑み、感動体験として生徒の心に残るものと思う。緑を中心とした波長では波長変化に対してどんどん色が変化していくことがわかり、その色のグラデーションはたいへん美しい。授業での活用に加えて、部活動のレベルではさまざまな物理量の導出に応用ができる。今回、物理量の導出まで進めることはできなかったが今後の課題としてさらに研究を進めたい。
 簡単な工作で市販の直視分光器では得られない分解能をもち、光路分割装置により生徒が確実に観察できる性能をもつ分光器が提案できたと考えている。参考にしていただき、同様なものやさらに改善したものを開発していただく参考になれば幸いです。