2000年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第14号

高感度フォトダイオードアレイを利用した実時間眼底計測法の開発

研究責任者

相津 佳永

所属:室蘭工業大学 工学部 機械システム工学科 助教授

共同研究者

朝倉 利光

所属:北海学園大学 工学部 電子情報工学科 教授

共同研究者

三品 博達

所属:室蘭工業大学 工学部 機械システム工学科 教授

共同研究者

魚住 純

所属:北海学園大学 工学部 電子情報工学科 教授

共同研究者

Handoko AMBAR

所属:神戸芸術工科大学 視覚情報デザイン学科 助教授

概要

1.はじめに
近年増加傾向が著しい糖尿病の初期疾患である網膜症をはじめ、眼科諸疾患の早期診断・治癒経過モニタリングには、網膜血液循環動態の把握が不可欠である。それには末梢部への血液輸送路となる網膜主要動静脈の血流量測定が必要だが、そのため"血流速度"と"血管径"を同時計測しなければならない。前者は、我々が開発したバイオスペックル・フローメトリー法I」)による網膜血流計で実時間測定可能だが、後者は、非実時間的な写真解析や処理時間の制約が大きい画像計測8)、機構的に煩雑な可動ミラー型眼底走査法9)などが主流であり、簡易で汎用性のある実時間技術が未だ開発されていない。
眼底計測に実時間性が必要な理由は、心拍に同期した血流量の時間変動特性が重要である点、生理的な眼球運動による影響を避けるため短時間計測が求められる点、ならびに眼底への連続露光による被検者の負担と苦痛を避けたい点が上げられる。一方、システムに要求される条件として、網膜露光強度を低く抑えること、動脈と静脈の自動判別を行うこと、および安価で簡易かつ汎用性があることなどを考慮しなければならない。
本研究では網膜血管とその周辺組織での分光反射率の差を利用して、特定波長の照明光下で得られる血管像を高感度な1次元フォトダイオードアレイで検出し、走査出力信号をコンピュータで高速演算処理することにより、網膜血管径を実時間計測する技術を新たに開発した。また、この機能をレーザー血流速度計と一体化することで、ヒト網膜における血流速度、血管径、そして血流量比が同時に測定できるようになったので報告する。
2.研究内容および成果
2.1網膜分光反射率の測定
網膜血管径を精度よく計測するには、周辺組織に対して十分判別可能なように良好なコントラストで信号を得ることが最も重要である。そこで、まず照明光源に関する最適波長の検討を行った。分光眼底写真法に関する文献10-17)によれば、主に波長500~600nm辺りの緑色帯において一般に血管のコントラストが良好なことがわかる。しかし、こうした従来の研究は主に網膜全体の反射率を対象とした定性的なものであり、静脈および動脈血管を主対象とした定量的研究報告の例はきわめて少ない。18)そこで本研究ではまず、Fig.1に示すような眼底カメラを改良した網膜分光反射率測定用の実験装置を製作した。
ハロゲンランプ光の照射下で眼底を観察しながら指標を動かし、測定位置を目標とする血管上または周辺組織上に設定する。共役像面上に設置した検出プローブ(先端コア径400umの光ファイバー)で受光し、2048素子のマルチチャンネル型分光器で可視領域のスペクトルを複数被検者について測定した。
Fig.2に網膜動脈、静脈、ならびに周辺組織における分光反射率の一例を示す。いづれも右肩上がりの特性で波長の増加とともに反射率が増加している。特に、周辺組織と血管の反射率に注目すると、500~600nmおよび650nm以上の波長帯域で両者に差がみられる。このうち近赤外に近い領域は一般に知られるように生体組織の光透過率がよく、本研究では網膜より奥の脈絡膜における反射光が検出に寄与する可能性が高い。こうした影響を避けるため、19)今回は500~600nm帯に絞ったうえで実際に光検出器によりFig.3に示すような血管と周辺組織にまたがるライン走査強度信号を測定した。Fig.4はハロゲンランプ光の前に干渉フィルターを設置し、フィルターの帯域通過波長(幅±5nm)を順次変えながら記録した走査信号の一例である。周辺組織領域Tと血管上Vでの検出強度差は、この100nm程度の波長範囲の中でも、光源波長によって大きく変化していることがわかる。これは血液中のヘモグロビンの分光吸収特性14-16)がこの波長帯で特異なカーブを示すことから説明できる。今回はこれらの中で最も強度差が大きかった570nmの波長を最適照明光源波長として選択した。これはあとで本計測機能を搭載予定のレーザー血流計側のHe-Neレーザー光源(波長632.8nm)とも重ならず都合がよい。
Fig.2に示すような動脈と静脈の反射スペクトル特性の差を利用して、両血管の自動判別を行うことを当初計画していたが、実際の信号レベルでは十分なSIN比が得られず困難なことがわかった。これに対しては、特定波長における強度差を利用する代わりに、分光測色法を利用したCIExy色度図上での主波長解析により判別を行う新規な手法20-2Dを考案した。この方法は、反射スペクトル特性の形状が主として結果に反映され、反射強度の値そのものに左右されない特色がある。
2.2網膜血管径の測定
次に、眼底カメラの共役結像面に自己走査型512素子(ピッチ25μm)の1次元フォトダイオードアレイ(浜松ホトニクス)を配置し、位置および方向調節を観察用アイピースユニットに連動させる機構を用意した。フォトダイオードアレイの方向を対象血管に直交するよう設定した上で信号検出を行うと、コンピュータ画面に走査出力信号が表示される。信号処理では、検出信号に対し狭範囲ピクセルウィンドウ(5ピクセル)の移動平均を行い高周波雑音を除去する一方、平行して別途、広帯域ウィンドウ(100ピクセル)による移動平均で逆に低周波のバースト成分を抽出しておく。両者の差分をとったのち微分を行うことで、血管の両エッジが微分の最小値と最大値で得られるので、その間のピクセル数を計数し、光学倍率による換算を行って血管径を求めた。
異なる反射率チャート紙を血管と周辺組織にみたてた擬似血管モデル等で性能評価を行ったところ、5%以下の誤差で良好に測定できることを確認した。次にヒト網膜で測定を多数試みた結果、1走査125m秒、血管径有効幅20~40ピクセル程度の操作条件を選定した。Fig.5は、ヒト網膜の主要血管7個所につき、本方法(上段)とデジタルカメラによる撮像解析(下段)の結果を比較したものである。いずれも8回測定の平均値である。両者の差は最大で12%以下だが、これは今回の測定条件における空間分解能5~10μm程度を考慮すれば、妥当な結果と考えられる。
2.3実時間測定
最後に、血管径計測機能をすでに開発済みのバイオスペックル網膜血流計に組み込み、血流速度用の光子相関関数測定と同時に血管走査信号を取得・解析できるよう、システムの改良を行った。相関関数より得られた時間相関長の逆数1/Tcに対して、計測した血管径に基づく換算計数3,4)を乗じて血流速度を決定するとともに、それを血管断面積に乗じて流量比も算出した。Tablelは測定結果の一例であり、1秒間で8回の自動計測を行ったものである。この結果はデータ番号2、3、4以外で眼球運動による影響を受けた失敗例である。よって、標準偏差SD,が極めて大きいことがわかる。眼球運動があると血管位置がずれるため、8個のフォトダイオードアレイ走査信号の血管位置を示すピクセル番号を比較すれば、位置ずれを自動的に検知できる。そこで、1ユニット8回の測定中に1つでも許容量を上回る位置ずれが検知された場合は、測定を中止し、かつデータを無効にして、自動的に再度測定を実施するようプログラムを改良した。Table2に改良後の測定結果の一例を示す。血管径については、特に2.9%の標準偏差で良好に計測できたことがわかる。これより、血流速度、血管径、血流量比がほぼ実時間で計測できることが確認された。
3.おわりに
本研究では、高感度フォトダイオードアレイを用いた網膜血管径の実時間計測法を開発し、レーザー網膜血流計に組み込むことで、血流速度、血管径、血流量比を実時間測定できることを示した。可動ミラー型走査法や画像解析法に比べて、安価で簡単な機構と短時間信号処理、低照度下での利用などを可能にした点が特長であり、他の眼科計測機器への搭載が容易な点で実用上有利である。また、今後の検出素子の高性能化により、時間・空間分解能はさらに一段と改良可能なため、その実用性は高いと考えられる。
今回の研究過程で、動脈と静脈の自動判別を分光測色法に基づく色彩評価によって行う全く新規な手法を考案できたことは、予想外の成果である。これは眼底血管にとどまらず、強散乱媒質である皮膚組織や内臓組織中の血管に対しても、動・静脈の自動判別や酸素飽和濃度モニタリングを行ったり、移植手術後の治癒モニタリングに応用できる可能性があり、今後の発展が期待できる。