1988年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第02号

高周波超音波診断装置の開発

研究責任者

三木 吉治

所属:愛媛大学 医学部 皮膚科 教授

共同研究者

宮内 俊次

所属:愛媛大学医学部附属病院  講師

共同研究者

村上 信司

所属:愛媛大学医学部附属病院  助手

概要

1.まえがき
皮膚疾患の診断,治療方針の決定,治療効果の判定などには皮膚の生検による病理組織学的検査が日常診療のうえで欠かせない。そのためには病変部皮膚の局所麻酔,外科的切除を行って皮膚を採取し,固定,脱水,薄切,染色など種々の標本作製過程を経なければならない。因に愛媛大学医学部皮膚科では,年間約2500名の外来新患者数に対して,年間約1200件の皮膚病理組織標本の作製が行われており,一枚の標本作製には100時間以上が費やされる(図1)。標本作製以外にも患者側からの手術承諾書,消毒,局所麻酔,術後の消毒,ガーゼ交換,抜糸,綾痕形成など各種の付随手技や問題が残されている。
近年,乳房や甲状腺,眼球などの表在性臓器に対して超音波検査が常用されるようになった。しかし,これらに用いられる超音波は周波数3。5~15MHzで解像力が低く,皮膚のように厚さ3mm以下の場合,角層,表皮,真皮という皮膚の各層を職別することさえ不可能である。皮膚病理組織標本で皮膚の解剖学的層別に主病変の深さと性状の頻度を見ると,正常皮膚の深さで表面からおよそ0.3mmまでに約45%の病変が含まれている(図2)。そこで,本研究ではより分解能の高い,すなわち,高周波の50MHz超音波プロープを試作し,超音波断層像から無侵襲で皮膚の病理組織学的所見を求めようと試みた。
2.内容
50MHz超音波プローブを試作した。プローブの構成は従来のPbTiO3圧電セラミックを利用するものとは異なり,LiNbO3圧電結晶を用い,これに溶融石英の棒型レンズを接着したメカニカル・セクター走査方式で,1走査/秒。これを水槽に入れ,薄ゴム膜を通して水で覆われた皮膚表面に圧抵する。垂直分解能は理論値よりも悪いが実測値0.08mm以下,水平分解能は0.1mm以下で,超音波透過度は皮膚表面から1.5mm以下であった。
本プローブとこれまでにすでに試作を終えた25および40MHzプローブを用い,約100名の皮膚疾患患者の病変について皮膚表面に対して垂直面の超音波断層像を作製し,ポラロイド・フィルムに記録した。ついで,同部の皮膚生検を行い,生検標本についてふたたび水槽中で超音波断層所見を求め,そののち,超音波断層像と同じ断層面でのヘマトキシリン・エオジン標本を作製し,超音波所見と比較検討した。
対象皮膚疾患は慢性皮膚炎,日光性皮膚炎,乾癬,苔癬,紅斑性狼瘡,滲出性紅斑,脂漏性角化症など主として表皮の肥厚と表皮下の炎症,浮腫をみるもの,老人性角化症,ボーエン病,パージェット病,悪性黒子など表皮と表皮直下の前癌性病変,悪性黒色腫,基底細胞癌,扁平上皮癌など表皮と表面直下の悪性腫瘍,真皮内母斑細胞性母斑,神経線維腫,皮膚線維腫,各種の血管腫,皮膚リンパ球腫,悪性リンパ腫など真皮内の増殖性変化,および,異物,各種皮膚嚢腫などの異常構造を示す疾患である。
3.成果
すべての皮膚表面で著しい超音波エコーが認められ,そのため,掌蹟部を除いては角層直下の表皮は殆どの場合,描出されなかった。掌蹟部では厚い角層表面での強いエコー像の下部に表皮が弱いエコー像として認められ,真皮との境界部には破線状の強いエコーが認められた(図3)。この境界部エコーは母斑細胞性母斑や表在性悪性黒色腫の境界部活性や,表皮直下の浮腫,炎症性細胞浸潤により消失するのが認められた。
表皮の肥厚を示す脂漏性角化症,乾癬,慢性皮膚炎,ボーエン病,パージェット病では角層下に弱い表皮性エコーが認められたが,これらの疾患で必ず認められる表皮直下の浮腫,炎症性細胞浸潤も同様に真皮エコーの減弱を見るため両者を区別できなかった。
真皮部は表皮よりも強いエコーが認められ,そのなかで,毛包(図4),汗管腫,肥大した皮脂線,基底細胞癌,扁平上皮癌などの上皮性胞巣はエコーの減弱した境界の比較的鮮明な構造として認められ,さらに,類表皮嚢腫,毛包嚢腫などの嚢腫や神経線維腫,皮膚線維腫などの線維腫は殆どエコーの見られない,境界明瞭な構造として描出された。
皮膚リンパ球腫,悪性リンパ腫など真皮内の充実性胞巣も比較的エコーの少ない病巣として描出されたが,各種の血管腫では,動静脈血管腫のように開大した静脈腔の存在するものを除いては,境界の不鮮明な,構造のはっきりしない低エコー領域として認められるのみであった。
皮膚の悪性黒色腫の原発巣6例について,超音波像での電子計測による病巣の深さと,摘出,固定標本で計測したそれとを比較したところ,相関係数0.98で両者に有意の相関が認められ(図5),超音波による腫瘍の深さの電子計測が充分臨床的にも利用できることが明らかになった。
4.まとめ
新しく開発した50MHz,および,すでに開発した25MHz,40MHzの高周波超音波プローブにより掌蹄部皮膚の表皮,表皮・真皮境界部,真皮内毛包,および,真皮内の各種構造の描出に成功した。上皮性構造と浮腫,炎症性細胞浸潤との鑑別など,今後さらに検討すべき問題は多数残されているが,無侵襲皮膚病理組織学の新しい領域が開かれたと考えられる。