2017年[ 技術開発研究助成 (奨励研究) ] 成果報告 : 年報30号補刷

高分子抗癌剤の腫瘍移行性増大を意図した腫瘍内環境制御ナノ粒子の開発

研究責任者

異島 優

所属:熊本大学 薬学部 薬剤学分野 助教

共同研究者

小田切 優樹

所属:崇城大学 薬学部 教授

共同研究者

前田 浩

所属:崇城大学 DDS研究所 特任教授

概要

1. はじめに
癌化学療法において、抗癌剤の『腫瘍ターゲティング』は欠かせない技術であり、能動的または 受動的ターゲティングが試みられている。中でも、今日の受動的ターゲティング理論の礎であるEnhanced permeability and retention (EPR) 効果は、高分子が腫瘍選択的に集積する効果であり、この効果を利用した高分子抗癌剤は今後ますま す開発されることが予想される。事実、ドキソル ビシン内封 PEG 化リポソーム製剤であるドキシル®をはじめ、スマンクス®やアブラキサン®など の高分子抗癌剤がすでに上市され、さらに数多く の高分子抗癌剤が臨床治験段階にある。こうした状況下において、近年ドキシル®などの臨床データが蓄積されたことにより、治療効果における限 界点も見えてきた。具体的には、①腫瘍の種類や サイズによって、治療効果に差異が認められる点、②腫瘍内の不均一性などによる送達性の差異が認められる点、③EPR 効果を利用しても、腫瘍への高分子抗癌剤の移行量は投与量の30%程度である点などである。これは、動物モデルという前臨床試験での画一的な実験モデル系と臨床における腫瘍組織の間に大きな差異があることに加え、副作用により減薬や休薬が余儀なくされている現状から鑑みて、高分子抗癌剤の腫瘍部位移行性を制御している内因的な EPR 効果を過大評価した可能性が考えられる。そこで我々は、受動的ターゲティング理論の礎である EPR 効果の『制御』を目指した。これまでの検討結果から、一酸化窒素 (NO)を腫瘍選択的に供給できれば、EPR 効果が増強することが示唆されているため、今回新たに開発した一酸化窒素付加型ヒト血清アルブミン二量体 (SNO-HSA-Dimer)の腫瘍内環境制御ナノ粒子としての有用性を評価した。


2.方法
SNO-HSA-Dimer の作製:HSA-Dimer は、pPIC9K ベクター上に、ポリペプチドリンカー(GGGGS)2 で融合した HSA ダイマーの cDNA を挿入し、HSA Dimer の cDNA を組み込んだ発現ベクターを Pichia pastoris に形質転換を行った。この株を BMGY 培地、BMMY 培地で培養後、その上清を、陰イオン交換及び疎水性相互作用クロマトグラフィーで処理後、ゲルろ過カラムで分離して目的とする HSA-Dimer を精製した。本来のNO 付加部位である Cys-34 への S-二トロソ化(SNO)化は、有機ニトロソ化剤(イソアミル亜硝酸)による緩和な条件下で行い、その NO 抱合率はHPLC を用いたFlow-reactor system で定量した。

SNO-HSA-Dimer の体内動態解析:健常及び担癌モデルマウスに放射ラベル化である 111In 体を静脈内投与し、その体内動態及び腫瘍蓄積性を検討した。同時に、NO や内封・結合している抗癌剤の血中動態、腫瘍組織蓄積性を評価した。

高分子抗癌剤(ドキシル®)と SNO-HSA-Dimer の in vivo 抗腫瘍活性評価:C26 担癌マウスは、BALB/c マウス (雌、8 週齢)を、実験に供した。マウスをエーテル麻酔下で、C26 細胞懸濁液(2×106 cells/100μL saline)を背中側皮下に投与し、C26 担癌マウスを作製した。

B16F10 担癌マウスは、C57BL6 マウス(雌を、8 週齢)使用した。マウスをエーテル麻酔下懸濁液(2×106 cells/100μL saline)を背中側皮下に投与し、B16F10 担癌マウスを作製した。

In vivo での抗腫瘍活性は 1)腫瘍サイズ、2)血液生化学分析により評価した。なお、腫瘍体積(v) については腫瘍の短径(a)と長径(b)を計測し、v=0.4 ×a2b 式にて算出した。

Figure1 各NO供与剤投与後の臓器中NO濃度
Figure2 SNO-HSA-DimerによるEPR効果増強作用
(注:グラフ/PDFに記載)


3.結果
担癌モデルマウスにおける SNO-HSA-Dimer の体内動態を解析した結果、低分子の NO 供与剤では、腫瘍内に NO を輸送することが出来ない一方で、SNO-HSA-Dimer では、有意に高い NO の腫瘍内への蓄積が明らかとなった(Figure1)。このことから、SNO-HSA-Dimer は、腫瘍選択性を兼ね備えたNO の供与剤になり得ることが示唆された。そこで in vivo にて、EPR 効果増強における SNO-HSA Dimer の影響を検討したところ、EPR 効果の指標であるエバンスブルーの蓄積の有意な増大が認められた(Figure2)。次に、以前報告されたニトログリセリンとの EPR 効果増強における比較検討実験を行ったところ、EPR 効果増強作用は、SNO-HSA Dimer で、より顕著であった。次に、SNO-HSA-Dimer と高分子ミセル抗がん剤との併用による癌治療を行ったところ、SNO-HSA-Dimer の併用群において最も高い抗腫瘍作用が認められた。その際、高分子抗癌剤の移行性も約 3 倍増大していた。

そこで、すでに臨床で使用されているドキシル® おいても、その腫瘍移行性の増大が認められるかを検討した。その結果、腫瘍移行性は 3-4 倍上昇し、それと良く一致して、腎臓や肝臓へのドキシル®分布量は、有意に低下していた。その移行性増大により、高い抗腫瘍効果を発揮し、腫瘍サイズと肺への転移数の著しい低下が観察された(Figure3)。

また、興味深いことに、この EPR 増強効果は、SNO-HSA Dimer 投与後、直後から 6 時間程度までは持続しており、SNO-HSA Dimer 投与後 12 時間以降は、その効果は認められなかった。このことは、EPR 効果の増強による血流増大に伴う腫瘍細胞の増殖といった副作用の観点からも、非常に望ましい作用時間であると考えられる。

ここまでは、C26 細胞株で実験を行ったが、C26 細胞は、内因的な EPR 効果が大きい細胞であるため、SNO-HSA Dimer による EPR 効果の増大も比較的観察されやすかった可能性がある。そこで、内因的な EPR 効果が小さい B16 細胞株を用いて、同様の実験を行った。

その結果、C26 細胞を用いた実験と同様に、SNO-HSA Dimer による EPR 効果の増大が観察された 1,2)。現在、さらに難治性モデルである膵臓癌同所移植モデルマウスでの実験を行っている状況であり、臨床に即したモデルでの検討を詳細に詰めて行く予定である。

Figure3 肺転移数におけるSNO-HSA-Dimerの効果
(注:グラフ/PDFに記載)


4.考察
我々は、腫瘍選択的に NO を運搬するSNO-HSA-Dimer を遺伝子工学的手法により作製した。今回作製した SNO-HSA-Dimer の分子径は、20-30 nm である。興味深いことに、片岡らの報告によると、EPR 効果を示しやすい担癌モデルでは、30、50、70、100 nm のサイズのいずれのミセルも抗癌効果を示したが、EPR 効果を示しにくい膵臓癌モデルでは、30 nm のミセルのみが奏効した。すなわち、50、70、100 nm のミセルは、送達しないということを示唆している。このことを踏まえても、SNO-HSA-Dimer は、EPR 効果が低い癌種においても送達可能な 20-30nm というサイズであり、効率的に NO を送達し、EPR 効果を増強する結果、高分子抗癌剤の有用性を向上させることが期待される。現在、ドキシル® 以外の上市されている高分子抗癌剤でもSNO-HSA-Dimer の併用による EPR 効果増強効果を検討中であるが、当研究室で作製した高分子抗癌剤もドキシル®においても、その腫瘍移行性を 3 倍以上に増大させていることから、EPR 効果を利用している薬剤においては、今回の EPR 効果増強効果を介した腫瘍移行性の増大が認められる可能性が高いと推察される。また、今回は、Colon 26 細胞という比較的内因的な EPR 効果が高い癌種と B16 細胞である比較的内因的な EPR 効果が低い癌種を使用した。結果的には、どちらの癌種でもSNO-HSA-Dimer による EPR 効果の増強は認められた。ただ、皮下への腫瘍移植モデルでは,実臨床の腫瘍での血管密度や、血流量などに違いが指摘されている。従って、今後、膵臓癌同所移植モデルという極めて送達性の低いモデルでの検討を行っていく予定である。また近年では、高分子製剤が増加してきたことに伴い、その薬効を発揮した後の生体蓄積性と安全性を検討する必要性がクローズアップされてきている。この点から考察しても、本研究で作製したSNO-HSA-Dimer は、薬効を発揮した後、HSA-Dimer となることを確認している。このHSA-Dimer は、もともと多量に存在する HSA の二量体であり、生体分解能を有するため、蓄積性はなく、速やかに分解される。実際、内因的なHSA の一部は、二量体化しているものもあり、SNO-HSA-Dimer は、構成成分すべてが、内因的な物質から合成されているといっても過言ではない。これらのことから、非常に生体適合性・生体分解能に優れている高分子製剤である点も本研究のメリットである(Figure4)。

Figure4 EPR増強剤としてのSNO-HSA-Dimer
(注:グラフ/PDFに記載)

5.まとめ
SNO-HSA Dimer は幅広い既存の高分子抗癌剤や今後益々開発されてくる新規な高分子抗癌剤に対する EPR 効果増強剤としての有用性が期待されるとともに、内因的な物質である NO やHSA を用いて作製した SNO-HSA Dimer は、生体適合性に優れ、蓄積性や安全性の観点からも非常に有望な製剤になり得ると考えられる。また、近年上市された抗 PD-1 抗体は、効果の高い薬で あるが、その一方で高い薬価が問題視されている。近い将来、高分子製剤などの高い薬価は、治療を できる患者を制限するだけでなく、国の財政すら圧迫しかねない状況になることが予想されてい る。まさに、こういった医療経済的側面からも、SNO-HSA Dimer 併用投与するだけで投与量を 1/3 にすることが出来れば、まさに「福音」となりえる。

我々は、SNO-HSA-Dimer にさらなる付加価値を付けるべく、様々な NO 付加方法を模索した。その結果、Ploy-SNO 化という方法により NO を付加させることで、難治性がんに見られる低酸素誘導性の p-糖タンパク質による耐性化やオートファジーによる耐性化に対し、非常に高い耐性克服効果を有することを突き止めた 3)。まだまだ、発展の余地がある研究であることを再認識させられるとともに、一刻も早く、医療への貢献を果たしていきたいと考えている。


謝辞
本研究は、公益財団法人中谷医工計測技術振興財団からの研究助成により行われたものであり、ここに深く感謝申し上げます。
また、実験を遂行するにあたり、ご協力して頂いた熊本大学薬学部薬剤学分野の木下 遼君はじめ、多くの学生の皆様に厚く御礼申し上げます。


参考文献
1.◯Ishima Y, Maruyama T. Human Serum Albumin as Carrier in Drug Delivery Systems. Yakugaku Zasshi. 2016;136(1):39-47.
2.◯Ishima Y, Kinoshita R, Ikeda M, Kragh-Hansen U, Fang J, Nakamura H, Chuang VT, Tanaka R, Maeda H, Kodama A, Watanabe H, Maeda H, Otagiri M, Maruyama T. S-Nitrosated human serum albumin dimer as novel nano-EPR enhancer applied to macromolecular anti-tumor drugs such as micelles and liposomes. J Control Release. 2015;217:1-9.
3.◯Ishima Y, Inoue A, Fang J, Kinoshita R, Ikeda M, Watanabe H, Maeda H, Otagiri M, Maruyama T. Poly-S-nitrosated human albumin enhances the antitumor and antimetastasis effect of bevacizumab, partly by inhibiting autophagy via the generation of nitric oxide. Cancer Sci. 2015 106:194-200.


成果発表
1.ナノ EPR 増強剤である NO 付加アルブミンダイマーは 難治性癌における高分子抗癌剤抵抗性を改善する,木下 遼、◯異島 優、池田真由美、中村 秀明、方 軍、前田 浩、小田切優樹、丸山 徹, 日本薬剤学会 第 31 回年会 (2016)
2.UW SOLUTION IMPROVED WITH HIGH ANTI-APOPTOTIC ACTIVITY BY S-NITROSATED HUMAN SERUM ALBUMIN, ◯ Yu Ishima, Takuya Shinagawa, Shinji Yoneshige, Masaki Otagiri, Toru Maruyama, The 9th International Conference on the Biology, Chemistry, and Therapeutic Applications of Nitric Oxide (2015)
3.S-Nitrosated human serum albumin dimer as a novel nano EPR enhancer applied to nanotechnology-based anticancer drug, Ryo kinoshita, ◯Yu Ishima, Mayumi Ikeda, Jun Fang, Hiroshi Maeda, Masaki Otagiri, Toru Maruyama, The 9th International Conference on the Biology, Chemistry, and Therapeutic Applications of Nitric Oxide (2015)
4.Anti-tumor effect of Poly-S-nitrosated Human Serum Albumin is enhanced by phosphodiesterase 5 inhibitors,Mayumi Ikeda, ◯ Yu Ishima, Ryo Kinoshita, Hiroshi Watanabe, Tsuyoshi Ikeda, Masaki Otagiri, Toru Maruyama, The 9th International Conference on the Biology, Chemistry, and Therapeutic Applications of Nitric Oxide (2015)
5.Poly-S-二トロソ化ヒト血清アルブミンの HIF-1alpha 抑制効果,◯異島 優、井上 亜希、小田切 優樹、渡邊 博志、丸山 徹, 第 31 回日本 DDS 学会学術集会(2015)