2014年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

静岡県磐田市太田川河口で発見された砂礫層は津波堆積物か?-イベント堆積物の鉱物学的・岩石学的・堆積学的検討と歴史地震の特定-(初年度報告)

実施担当者

青島 晃

所属:静岡県立磐田南高等学校 教諭

概要

1.動機・目的
 2011年8月の野外調査中に,静岡県磐田市太田川河口から約3.5km上流の河川改修工事現場から,津波堆積物らしき砂礫層を発見した.その後,その上位にも3枚の砂礫層を発見し,これらの砂礫層を下位よりそれぞれイベント堆積物①~④と名付けた.もし,これらが本当に津波堆積物であれば,今まで不明であった東海地域における歴史地震の繰り返しを地質学的に証明でき,再来周期を確定できるはずである.しかし,これらのイベント堆積物の発見地点は,太田川の自然堤防にも近いため,太田川の洪水による洪水堆積物の可能性も高い.そこでイベント堆積物が,本当に津波堆積物なのか,それとも洪水堆積物なのか,を検証することにした.さらにこれらが津波堆積物であれば,この津波を引き起こした歴史地震の年代を特定することにした.


2.方法
 太田川のように河川が海岸低地の砂堤列を横切って海に流入する地域では,イベント堆積物は津波起源と洪水起源の2つの可能性がある.しかし,津波堆積物と洪水堆積物の層相は,極めて酷似するため,両者の識別は難しい.そこで,イベント堆積物が,両者のどちらであるかを検証する方法として,これらのイベント堆積物中の砂礫を,
現在の遠州灘の海浜砂礫や太田川の河床砂礫,過去の古浜堤堆積物や古太田川のチャネル堆積物と比較し,どちらがイベント堆積物に近似しているか,で検証した.


3.イベント堆積物の層相
 イベント堆積物①の層厚は約70cm,②は約20cm,③は約50cm,④は約30cmである.これらのイベント堆積物は南北方向にほぼ水平に200m以上連続する.特にイベント堆積物①は上流方向に細粒化がみられること,砂層を覆うマッドドレイプの繰り返しやリップアップクラストがみられること,リプルマークやインブリゲーションが押し波の上流側と引き波の下流側の両方を示すものがあることから,洪水やストーム堆積物ではなく,津波堆積物の層相を示している.


4.礫の性質
 イベント堆積物①に含まれる礫の円磨度は円磨度印象図(krumbein,1941)を用いて比較した.この結果,イベント堆積物①中の泥岩と砂岩の円磨度0.66,0.72は,遠州灘海浜礫の円磨度0.62,0.69に近い値となったが,太田川河床礫の円磨度0.44,0.49や古太田川チャネル堆積物の円磨度0.30,0.30とは異なる.礫の形状は礫の3軸を測定し,Zingg(1935)の分類を用いた.この結果,イベント堆積物①や遠州灘,古浜堤の礫は円盤状のものが多いが,太田川や古太田川の礫は棒状~球状の割合がやや高い傾向がみられる.イベント堆積物①中の礫種は砂岩が約50%,泥岩が40%を占め,花崗岩や結晶片岩を3%含む.遠州灘や古浜堤の礫は,砂岩,泥岩,チャートをほぼ同等に含み,花崗岩や結晶片岩を9%の割合で含む.一方,現太田川の礫は砂岩が48%,泥岩が約34%で,花崗岩,結晶片岩の礫を全く含まない.古太田川の礫もほぼ同様の傾向を示す.イベント堆積物①は,遠州灘海浜礫を特徴付ける花崗岩や結晶片岩を含むことから,遠州灘起源である.


5.砂の性質
 砂の粒度組成は篩とエメリー管を用いて計測した.この結果,イベント堆積物①,②は上流の北側へ向かうにつれて礫,砂,泥と変化し上流細粒化と薄層化を示した.次にイベント堆積物①~④の砂を現遠州灘海浜砂,古浜堤堆積物の砂,現太田川河床砂,古太田川チャネル堆積物の砂と比較した.粒度組成の平均粒径は,イベント堆積物①,現遠州灘海浜砂ともに355μmで一致した.イベント堆積物②は328μmで現遠州灘海浜砂に値が近似した.イベント堆積物③,④は199μm,173μmとなりやや細粒の傾向がある.また,古浜堤堆積物は348μmで,イベント堆積物①や現遠州灘海浜砂に近い値を示す.しかし,現太田川河床砂は500μmで粗く,細かい粒子から粗い粒子まで分散が大きい.同様に,古太田川堆積物の砂も687μmでイベント堆積物の砂や現遠州灘海浜砂に比べ,粗粒である.
鉱物組成は,双眼実体顕微鏡を用いて観察した.この結果,イベント堆積物①~④と現遠州灘海浜砂,古浜堤堆積物の砂は石英,長石の割合が比較的高く,雲母やざくろ石などの重鉱物が多く含まれる.一方,現太田川河床砂,古太田川河川堆積物は,石英,長石が非常に少なく,ほとんどが岩片であり,重鉱物は少ない.以上よりイベント堆積物①~④の粒度組成と鉱物組成は,ともに現遠州灘海浜砂や古浜堤堆積物の砂の特徴に近似している.


6.ざくろ石の化学組成
 砂礫層中に含まれるざくろ石の化学組成に着目した.ざくろ石は青島ほか(2011)により,遠州灘海岸の追跡指標鉱物であり,天竜川上流の領家帯から供給されていることがわかっている.したがって,このイベント堆積物中のざくろ石の化学組成が,現遠州灘海浜砂や古浜堤堆積物の砂に含まれるざくろ石と一致すれば,イベント堆積物は遠州灘から供給されたことが証明できる.方法は,それぞれの砂から,ざくろ石を抽出し電子線マイクロアナライザー(静岡理工科大学所有)により化学組成を分析した.また,これらの化学組成を,天竜川上流の領家帯や太田川上流の赤石山地四万十帯の砕屑性ざくろ石の化学組成と比較した.この結果,イベント堆積物①~③と現遠州灘海浜砂,古浜堤堆積物,中部領家帯のざくろ石はMnが最も多いがMgとCaが少なく,点の分散も近似する.一方,太田川上流の赤石山地四万十帯のざくろ石はMgが最も多いがCaが無く,イベント堆積物とは分散が異なる.また,端成分にFeを加え,組み合わせを変えても同様の傾向が見られる.このことからイベント堆積物中のざくろ石は遠州灘から供給されたざくろ石であることがわかる.


7.貝化石
 イベント堆積物①中から産出する貝化石はウミニナ,ヤマトシジミ,マガキ,ハイガイであり,これらの貝は淡水棲ではなく,汽水,海水棲である.また,ほとんどが異地性の特徴を示す離弁や破片で,2枚貝の殻の凸部を下に向けて堆積したものもある.以上からこれらの貝化石は当時の遠州灘や潟湖入口から運搬されたことがわかる.


8.イベント堆積物とストーム堆積物との比較
 礫や砂,ざくろ石などの特徴から,イベント堆積物は遠州灘から運ばれてきたことがわかったが,これが津波以外の高潮などのストーム堆積物による可能性もある.そこで,これについても検討を行った.イベント堆積物は陸側と上位に向って細粒になること,粒子・粒度は粗粒砂から微細シルトであること,基底は浸食性で津波が海底の泥層を剥ぎ取って砂層中に混入したリップアップクラストを含んでいる特徴を示す.これは,J. Goff, B.G. McFadgen, C. Chague.(2004)の津波堆積物の特徴と一致するが,ストーム堆積物の特徴とは異なる.よってイベント堆積物は津波堆積物である.


9.津波堆積物の年代
 イベント堆積物中に含まれる木片のC14法年代測定値は,藤原ほか(2012)によるとイベント堆積物①の最下位の標高-1.5mの年代は323~415年,最上位の標高0.5mの年代は651~708年を示した.また,イベント堆積物①中から見つかった土器片の年代は4世紀後半の柳ケ坪型壺であることがわかった.これらを南海トラフに沿う歴史地震の時代表と照合させると,684年の白鳳地震であることがわかる.イベント堆積物②のC14法年代測定値は778~895年を示した.また,再堆積した火山ガラスを含む有機土の直上にあり,この火山ガラスは838年に噴火をした神津島天上山の広域テフラであることがわかった.これに対応する地震は887年の仁和地震である.イベント堆積物③,④のC14法年代測定値はそれぞれ,1036~1161年,1463~1527年を示した.これに対応する地震はそれぞれ,1096年の永長地震,1498年の明応地震であることがわかる.なお,白鳳地震と仁和地震の記録は,南海地域では古文書により知られていた.また,白鳳地震による液状化の痕跡は東海地域では見つかっていたが,津波堆積物は発見されていなかった.今回の研究により明らかになった津波堆積物は,東海地域における白鳳地震と仁和地震による津波を立証する初めての発見である.さらにこの発見は白鳳,仁和,永長,明応の各地震が東海地域と南海地域が連動して発生した「三連動型巨大地震」であることを示唆している.


10.まとめ
 イベント堆積物①~④のそれぞれが,遠州灘海浜砂礫や古浜堤堆積物の砂礫の特徴と一致し,現太田川河床砂礫や古太田川河川堆積物とは異なることから,これらのイベント堆積物は,津波により遠州灘から遡上した津波堆積物である.また,C14法年代測定値や広域テフラ,包含する土器片により,イベント堆積物①が白鳳地震(684年),イベント堆積物②が仁和地震(887年),イベント堆積物③が永長地震(1096年),イベント堆積物④が明応地震(1498年)の津波堆積物である.