1988年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第02号

電界効果トランジスタを用いたインスリン免疫センサーの開発

研究責任者

七里 元亮

所属:大阪大学 医学部 第一内科 助教授

熊本大学医学部 教授

共同研究者

河盛 隆造

所属:大阪大学 医学部 第一内科 講師

共同研究者

鮴谷 佳和

所属:大阪大学 医学部 第一内科  助手

金沢医科大学 講師

共同研究者

山崎 義光

所属:大阪大学 医学部 第一内科  助手

共同研究者

坂東 一雄

所属:大阪大学 医学部 第一内科  医員

概要

1.緒言
Berson & Yalowにより提唱・臨床応用されたradio immunoassay法は生体の微量活性物質をその抗原抗体反応により定量化せんとする,特異性に優れた計測法であり,ホルモン・薬物の測定に必要欠くべからざる計測法となっている。しかしながら,放射性物質を要すること,計測に数日を要すること,煩雑な手技を要すること,連続測定が不可能なことなど,問題が多い。
本研究の目的は,生体内微量活性物質の計測技術を革新すべく,抗原・抗体結合量を効率的に電気量に変換する,抗体結合高分子膜を作成,その特性を検討する。さらに,この生体高分子膜を被覆したField Effect Transistor(FET:電界効果トランジスター)免疫センサーのプロトタイプとして,インスリン免疫センサーを開発せんとするものである。
2.方法
(1)抗インスリン抗体固定化電極の作成
純度99.5%のチタン棒(径2mm,長さ50mm)の表面をよく研磨した後,1%デキストリン/H3PO4溶液(100:1)中で陽極酸化(化成電圧250V)し,表面に緻密な絶縁皮膜を作成した。次ぎに,先端15mmを1%セルロースジアセテート溶液(アセトン:エタノール=1:1)2回,2.5%セルロースジアセテート溶液に1回dipし,セルロースジアセテート膜を被覆した。次に,抗インスリン抗体溶液(30mg/mⅢ,牛血清アルブミン30mg/m1も含む。)10μ1を塗布し,1%グルタルアルデヒト溶液にて固定化しチタン電極を作成した。対照電極として,同様の手順で牛血清アルブミン(30mg/ml)10μ1のみを固定化した。
(2)電極とインスリンとの特異的結合の検討
チタン電極および対照電極を125I標識インスリン(60μg/ml,4x104cpm/100μ1)と60分間incubateし,洗浄後放射線量をカウントした。さらに,非標識インスリンによる1251標識インスリンとの結合の抑制率を検討した。
(3)電気的測定
チタン電極,対照電極をpH7.4,0.05Mリン酸バッファー中に付置し,インスリン溶液を滴下し,振動容量型エレクトロメーター(TR8411,タケダ理研製)を使用して対照電極に対するチタン電極の電位変化を測定した。(図1)
3.結果
抗インスリン抗体固定化チタン電極では対照電極に比し,有意に(P<0.001)1251標識インスリンの結合を認めた(図2)。また,非標識インスリンによる1251標識インスリンの結合の抑制を認めた。
牛血清アルブミン滴下時には有意の電位の変化を認めなかった。インスリン滴下後直ちに電位の上昇を認め,15-30分間で安定した出力を得た(図3)。125mU/ml-4U/mlのインズリン濃度において電極出力の直線性を認めた。(図4)
4.考察
インスリン免疫センサーは,生体活性物質であるインスリンとインスリン抗体との結合による超微弱な電荷変化を,抗インスリン抗体結合高分子膜の膜変化として,直接電気的に捉えんとするものである。従って,高分子膜の膜デザインが,その特性を規定する最大の要因といえる。
著者らは,まず,酸化チタン表面に直接インスリン抗体を結合する方法として,BrCN共有結合法[1]を検討した。本法は,極く薄膜の高分子膜の作成が可能であり,センサ特性を極めて良好にしうる方法ではあったが蛋白間の電気的反撥力のため共有結合した蛋白量は少なく,そのセンサ特性はきわめて不良であった。
次に,インスリン抗体の単位面積当りの共有結合量を大とすべく,高分子膜にセルロースジアセテートを用い,1%グルタールアルデヒトにより,インスリン抗体を供有結合した。この高分子膜を被覆したチタン電極は,125mU-4U/mlのインスリン溶液に付置時,センサー出力はインスリン濃度と良好な直線性を示し,また,センサーの応答もT90%が10分以内と良好であった。
しかしながら,FETの付加膜としては,その感度は極めて不十分であり,生体から得られるサンプルの測定には1000倍以上の感度の向上が望まれる。高分子膜の抗原・抗体結合の膜電荷変化を膜電位の変化とする特性の主たる要因は,膜厚,抗体結合量,抗原・抗体結合状態にある。著者らは,現在,新しい供有結合法として,シラン・カップリング法を検討しており,予備試験段階であるが,高分子膜への抗体結合量を低下させることなく,高分子膜の膜厚を低下させることに成功した。また,高分子膜の電気特性を向上せしめるために,ポリピロール等を膜組成に組み込んだ電導性膜[2]も有用と考えられる。今後,これらの膜を付加したインスリン免疫センサー(図5)を作成し,その特性を検討したいと考えている.