2016年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

電気分解による中性化にともなうバイオマスの変化について

実施担当者

大沼 克彦

所属:秋田県立大曲農業高等学校 教諭

概要

1 はじめに

酸「生化によって生物が死滅した田沢湖では、平成22年12月に山梨県西湖でクニマスが見つかって以来、秋田県と仙北市ではクニマス里帰りプロジェクトが行われており、田沢湖の環境再生は地域の大きな課題となっている。この地域の課題を解決するために、これまで私たちは従来の中和方法に代わる新たな湖水の中性化方法を検討して実用的な科学研究を行ってきた。もとより我々が取り戻す必要があるのは、クニマスが棲息できる水環境ではあるが、その環境にはクニマス等魚のえさとなる微生物も生存する必要がある。したがって、電気分解等を用いた田沢湖の中性化方法を実用化するためには、水質のみならず、生態系を含めた環境改蕃を目指さなければならない。そのため、まったく解明されていない現在の田沢湖の水圏の生態系について明らかにする必要がある。
そこで本研究では、仙北市と信州大学の協力を得て田沢湖の微生物及び魚の生息状況を微生物の採取と魚の胃内容物の分析によって解析するとともに、電気分解によって得られた中性水の元素分析と微生物や魚類に与える影響について調査することを目的とした。

2 実験

2-1 田沢湖水中に棲息する微生物の探索

田沢湖水に棲息している微生物を探索するため、仙北市の協力のもと田沢湖水を採取して、その水を顕微鏡で観察した。その結果、植物性及び動物性いずれの微生物も検出することはできなかった。そこで、遠心分離機で田沢湖水中の微生物を濃縮して顕微鏡で観察した。しかし、ここでも微生物を検出することはできなかった。田沢湖水中に存在する微生物は極めて少ない数と考えた。また、共同で研究している信州大学理学部理学科物質循環学コースのParkHo-Dong博士が、田沢湖水からプランクトンネットで微生物の採取を検酎した結果でも微生物は検出されず、我々の結果が娯りでないことが推察された。

我々は、田沢湖水中から自生しているアシを数年前に仙北市の許可を得て3株採取し、本校実験室内で栽培していた。その根の付近から水を採取し、その水中に微生物がいるのかどうか確認した。その結果、ケイソウが観察された(図1/PDFに記載)。栽培は室内で実施され、使用している水は水道水であるため、外部の水との接触はない。したがって採取してきた当時の微生物が根に付着しており、世代交代を経ながら継代されてきたことが推察された。これまでの結呆、以飢報告されていたケンミジンコ1)、ホロミジンコ1)、コシブトカメノコウワムシ1)は観察されず、玉川の強酸性水を田沢湖に導入した結果、田沢湖の生態系が微生物レベルで変わってしまったことが推測された。以上のことから、田沢湖の微生物をプランクトンネットで調査することは、非常に困難であることが示唆された。次に我々は、田沢湖に棲息しているウグイ(図2/PDFに記載)が食餌しているエサに着目した。ウグイは雑食性で、付着性の藻類や昆虫類などを捕食している2)。したがって、その食餌内容が田沢湖の微生物の生息状況を反映すると考えた。ウグイは田沢湖の3か所(図/PDFに記載3)で、仙北市の職員がミミズをエサにした餌釣りと網で捕獲した。ウグイを凍結して輸送し、本校及び信州大学にて解剖し、冑内容物を顕微鏡下で観察した。観察できたものは、昆虫の頭部やユスリカと思われる体の一部であり、微生物プランクトン等の微生物は観察することができなかった。今後さらなる検討が必要と考えられた。

2-2 電気分解した水の元素分析について

電気分解によって中性化水は白濁する(図4/PDFに記載)。この原因は電極に使用しているアルミニウムが溶出していることによると考えられた。そこで、我々は田沢湖水を電気分解して得られる田沢湖水に含まれるアルミニウム含量の変化をアルミノン反応を利用した定性分析3,4)により赤色沈殿を検出することで検討した。その結果、田沢湖水では赤色沈殿は得られなかったが、電気分解後の田沢湖水ではわずかに澗り、電極に使用したアルミニウムが溶出していることが示された(図5/PDFに記載)。しかし、この方法では溶出されたアルミニウム濃度までは分からないため、今後は質量分析等を用いて電気分解後のアルミニウム含量の調査をする必要がある。

2-3 電気分解後の田沢湖水の毒性検討

我々はクニマスの里帰りを目的として電気分解を行っている。この電気分解で作り出された水で将来的にクニマスを飼育するために、中性化水の毒性の有無を検討している。そこで電気分解によって中性化した田沢湖水を使い、本校では7月からキンギョを飼育している。2種類の水槽でそれぞれ10匹のキンギョを使用しているが、中性化水では6匹、水道水中では7匹生存しており、生存数に差がないと考えられた。一方、11月からは仙北市と、仙北市内の生保内小学校と桧木内小学校の協力のもと、メダカの飼育を実施している(図6、7/PDFに記載)。この取り組みは、平成29年1月19日付秋田魁新報に掲載された。それぞれの学校で10匹のメダカを飼育しているが、どちらの水でもメダカは元気にしていた。以上のことから急性毒性はないと考えられたが、継続して飼育を続けて長期的な飼育に対する毒性がないことを証明する必要がある。

2-4 その他

本校で実施している田沢湖水の中性化について興味を持ったKIP(知日派国際人育成プログラム)所属の大学生が来校し、本校で研修を実施した。このとき本校生徒が日本及びアメリカの大学生に対して研究発表を実施して、地域の環境を取り戻す活動について報告した。この報告は英語で実施され、ディスカッションも行われた。大学生に対してのプレゼンテーションやディスカッションは、本校生徒の研究の意欲を向上させ、その後の研究活動に対して非常に良い影響を与えてくれた(図8/PDFに記載)。なお、このときの様子は、平成28年5月24日の秋田魁新報に掲載されている。
11月に秋田大学で実施された秋田県主催の「秋田県小中高理科研究発表会」で研究成果を発表し、齋藤憲三・山崎貞ー賞を受賞した。さらに、3月に秋田市のカレッジプラザで実施された、博士教員教育研究会主催のあきたサイエンスカンファレンス2017においても研究成果をポスター部門で発表し、優秀賞を受賞した。

3 まとめ

田沢湖を中性化し、かつて生息していたクニマスを田沢湖に取り戻せるよう、田沢湖の環境をかつての状況に戻すための研究を実施した。研究活動は、田沢湖水中に棲息する微生物の探索、電気分解した水の元素分析、電気分解後の田沢湖水の毒性検討の3つに分けられて実施された。
その結果、田沢湖の微生物は極めて少数であり、田沢湖内に棲息する昆虫類も非常に少ないことが考えられた。また、電気分解によって得られた田沢湖水には電極に使用したアルミニウムが溶出して溶けていることが考えられた。中性化した田沢湖水でキンギョやメダカを飼育して毒性の有無
を確認した。その結果飼育後キンギョとメダカの生存数は水道水と中性化水には差はないと考えられ、短期的な急性毒性はないと結論付けられた。しかし、長期的に魚類に影響がないことを証明するために継続した調査する必要が認められた。この研究活動は、地域の小学生にも地域の環境保全についての強い意識をはぐくみ、科学の研究への興味関心を裔めていると感じられた。
また、これまでの我々の研究成果が多くの団体や地域に認識され、我々の研究成果を発表する機会に恵まれてきている。今後も継続して研究発表会等に積極的に参加して、生徒の研究意識の向上と研究に対する意欲を向上させていきたい。加えて、信州大学や立命館大学との共同研究の中で、生徒には進学への意欲が向上しているとともに科学研究に対しても興味が高まってきている。この事業を通してさらに生徒の学習意欲の向上に貢献できるものと感じている。