2007年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報第21号

集積化3軸MIセンサを用いた低侵襲検査治療ツール用3次元ナビゲーションシステムの開発

研究責任者

戸津 健太郎

所属:東北大学大学院 工学研究科 ナノメカニクス専攻 助手

共同研究者

江刺 正喜

所属:東北大学大学院 工学研究科 教授

共同研究者

芳賀 洋一

所属:東北大学先進医工学研究機構  助教授

概要

1. はじめに
カテーテルや内視鏡を患部に導入する際、体内における先端位置をリアルタイムで把握する必要がある。しかし、X 線透視像からは2 次元の情報しか得られず、また内視鏡からは先端部付近の奥行きのない2 次元情報しか得られない。そのため、これら器具の操作は容易ではなく熟練を要する。また、X 線を用いる場合、術者、患者の被曝が問題となり、検査・治療時間および回数が制限される。従って、より安全、かつ、術者、患者への負担が少ない検査、治療を実現する必要がある。
本研究の目的は、X 線を用いずにカテーテルや内視鏡先端の3 次元位置・姿勢情報を取得し、術者がわかりやすい形で位置・姿勢情報をリアルタイムで表示することであり、いわば体内の3 次元ナビゲーションシステムといえる。このようなシステムにより、体内での低侵襲治療器具の3 次元位置・姿勢情報を知りたい場所で精度よく、かつ低侵襲で得ることができる。リアルタイムで詳細にモニタすることができ、医師の迅速かつ的確な判断に役立つ。さらに治療・手術時間の短縮につながることから、患者の苦痛を和らげる効果が期待できる。
2. センサシステムの概要
検出には生体に影響が少ない磁気を用いる。地磁気および2 軸の励磁コイルから発生させたパルス磁界の3 次元ベクトル量を、ツール先端に搭載した3 軸MI センサ(磁気インピーダンス効果(Magneto-Impedance effect)センサ)で計測する1)。センサ信号をコンピュータに取り込み、独自に開発したアルゴリズムに基づいて3 次元位置・姿勢を求める。センサ部分は貫通穴を有する構造とするので、カテーテルや内視鏡の機能を損なわない。表示方法については、事前にMRI やX 線CT により体内の3 次元情報を取得し、コンピュータ上に血管や消化管等の3 次元像を構築しておく。この3 次元像上にツール先端の位置・姿勢を表す3 次元マーカをスーパーインポーズして表示させ、術者にわかりやすい提示を実現する。
3. 位置・姿勢の検出方法
3.1 コイルによって励磁される磁界
基準座標系の原点にz 軸方向に磁気モーメントM をもつ磁気双極子(ここでは励磁コイル)を置いたとき、原点からの距離r の点P(x,y,z)における磁束密度B(Bx,By,Bz)は以下の式で表される。
(1)-(3)式を用いてx、y、z について解くと、
 
ただし、
 
以上のように、位置P(x,y,z)が求まる。
3.2 姿勢の考慮
励磁コイルの座標系を基準座標系に設定する。センサの3 軸は基準座標系に常に平行ではないので、センサの出力Vx、Vy、Vz が直接上式で表される磁束密度B に対応しない。そこで、座標変換(オイラー変換)を表す3 個の回転変換行列を導入する2)。
この変換は、基準座標系のz 軸まわりにψ、y 軸まわりにθ、z 軸まわりにφと順にベクトルを回転させる変換である。3 つの回転角は、最終的に求めたい励磁コイルの基準座標系におけるカテーテル先端の姿勢に対応する。姿勢が求まれば、位置も決まる。図2 のベクトルは基準座標系(黒色)とセンサ座標系(灰色)での大きさ1 の基本ベクトルである。センサ座標系を平行移動させて、その原点を基準座標系の原点と一致させた状態である。このときそれぞれのベクトル先端の座標は図のように、基準座標系における座標( )、センサ座標系における座標[ ]で表す。
このとき、 φ、ψ、 θ が求まる。
 
 
ここでz 軸方向に一様磁界である地磁気が存在するとし、地磁気を計測したときの3 軸センサ出力をVex、Vey、Vez とおく。ただし、次式を満たすように正規化する。
図2 において、基本ベクトルはすべて大きさが1 であるから、
内積の関係より、
外積の関係より、
式(9)-(20)から、y2 をパラメータとした次式が得られる。なお、x3、y3 は、これらを式(18)-(20)に代入すると求まる。
これらを式(9)-(11)に代入すれば、3 個の回転角が表せるが、y2 をパラメータとしているので、1 つには決まらない。これは、地磁気の方向と一致するz 軸を回転中心軸としてセンサを回転させても、センサの出力が変わらないことからも物理的に理解できる。y2 の値を変化させても、ψ、 θは変化しないので、y2 を0 として、ψ、 θ の表記を簡単にし、以下のように表す。
ただし、
次にφを求める。そのために、x 軸とy 軸方向にそれぞれ磁気モーメントMを有する2軸の励磁コイルから発せられる交流磁界の大きさを、センサでそれぞれ計測し演算する。このときのセンサ出力に適当な定数を乗じて、磁束密度の大きさに対応するようにしたものを、それぞれVax、Vay、VazおよびVbx、Vby、Vbz とおくと、次の関係が得られる。
x 軸コイルを励磁させたとき
ψ、 θ は式(27)-(29)で得られているので、φを求めるために式(30)を次のように置き換える。
次にy 軸コイルを励磁させたとき式(31)と同様に置き換えると
式(31)と(33)の右辺の3xy に注目して整理すると、φが求まる。
これで、3 個の回転角 φ、ψ、 θ が求まり、センサ、つまりカテーテル先端の姿勢が決まる。回転角の値を式(30)または(32)に代入し、センサの出力を基準座標系でみたものに変換した結果を式(4)-(7)に代入すれば、位置P(x, y, z)が決まる。
3.3 基準座標系の一般化
前節では、基準座標系を構成する励磁コイルのz 軸が、地磁気の方向と一致している場合を考えたが、ここでは基準座標系のz 軸が地磁気の方向と一致しない場合でも、位置・姿勢が求められるように一般化するため、新たに仮の基準座標系を導入する。まず、センサ座標系が基準座標系と平行になるように配置し、地磁気を計測する。その出力から式(27)-(29)を用いて3 個の回転角 φι、ψ ι、 θ ι を算出し、地磁気の方向をz 軸にした仮の基準座標系を定義する。図3 に3 個の座標系(センサ座標系、仮の基準座標系、基準座標系)の関係を示す。
これらの座標の関係を式で表すと、
6個の回転角のうち、未知であるφを求める。
とおくと、式(34)と同様に
よって、φについて解くと
ただし、
すなわち、基準座標系のz 軸が地磁気の方向と一致しない場合でも、位置および姿勢が求まる。
4.集積化3軸MIセンサ
市販の3 軸集積化MI センサ(愛知製鋼、AMI302)を用いてシステムを構築した。このセンサは大きさ3.5mm×4.0mm×1.5mm のパッケージ内に3 軸のMI 素子、駆動回路、検出回路、信号増幅器等が内蔵されている3)。検出磁界範囲は±0.2mT、感度は約3mV/μT である。このセンサを図4 に示すように、ポリマーの土台にエポキシ接着剤を用いて固定してセンサ構造体とした。この土台は微細加工が可能な液晶ポリマー製であり、機械加工により製作した。大きさは3.5mm×3.5mm×7mm であり、内径1.4mm のワーキングチャネルを中心に有している。センサの信号はシールド線を用いて、約1m 離れた回路に導かれる。回路では信号の増幅を行い、コンピュータに接続したA/D コンバータの入力電圧レンジに合うようにする。また、ローパスフィルタによって高周波のノイズ成分を除去する。
5. センサシステムの構築
5.1 ハードウェア
システムのうち、ハードウェアのブロック図を図5 に示す。パーソナルコンピュータ(PC)に入出力ボード(ADTEK、aPCI-A35)を取り付けてデータのやりとりを行った。12 ビット8ch のA/Dコンバータと8 ビットのDigital I/O を有している。PC とはPCI バスを通してデータの転送が行われる。Digital I/O から励磁コイルの選択を行うための信号を出力する。この信号はPowerMOSのゲートに接続されている。今回用いたPowerMOS はNEC 製 2SK2483 である。ゲートがON になったとき、励磁コイルに電源から電流が供給され、磁界が発生する。Digital I/O は同時にMI センサの出力切り替えにも使われる。H/Lの切り替えにより、3 軸MI センサの出力成分が切り替わる。MI センサの出力信号は、OP アンプによる増幅回路、および高周波カットフィルタを通り、A/D コンバータを介してPC に取り込まれる。
5.2 ソフトウェア
ソフトウェアのブロック図を図6 に示す。作製したプログラムは大きく分けて2 つある(図6 のApplication Program 1 とApplication Program2)。Program1 は、MI センサ出力成分の切り替え制御、2 軸励磁コイルの切り替え制御、センサ出力信号の取り込み、検出磁界強度の数値およびグラフ表示、位置および姿勢の演算、演算結果の数値表示、位置および姿勢を表す3 次元モデル(.vtk)の作成とファイル書き出し、TCP/IP のSocket を用いた通信コマンドの送信を行う。Program2 はTCP/IP のSocket を用いた通信コマンドの受信、3D Slicer での3 次元モデル(.vtk)ファイル読込みを行う。Program1 はBorlandC++を用いて作成した。Program1 がメインプログラムで、位置と姿勢の検出、3 次元モデルの書き出しおよび通信コマンドの送信を主に行う。Program2 は、Program1 から送られた通信コマンドを受信したとき、3 次元モデルを読み込むプログラムである。
3D Slicer はハーバード大で開発されたソフトウェアで4)、MRI やCT の画像表示、3 次元ボリュームデータの作成およびレンダリング等が行える。コンピュータ外科分野でナビゲーション用途に用いられている5)。Visualization Toolkit (VTK)はオープンソースの3 次元グラフィクスツールキットで、Kitware社から配布されている。とくに医学分野で利用されており、流体のシミュレーション結果の表示、MRI、CT、超音波画像の表示および3 次元ボリュームレンダリング、編集等が可能である。C++やTcl に組み込んで使用する。
Tcl/Tk は、Tcl とTk という言語を組み合わせたものである。Tcl とはTool Command Languageの略で、C 言語のライブラリパッケージとして組み込んで使用することを目的に開発されたスクリプト言語である6)。Tk はToolkit の略で、UNIXのX Window の環境下でGUI(Graphical User Interface)に必要な部品を、Tcl で使用できるようにする目的で開発されたものである。3D SlicerはTcl/Tk を用いて開発されており、3 次元モデルファイルの読込み、描画を行うためにはこの言語を用いてプログラムを作成する必要がある。
以上のソフトウェアを用いて、コンピュータ画面上で3 次元マーカーモデルを3 次元血管モデルにスーパーインポーズした例を図7 に示す。
6. 位置検出実験
構築したセンサシステムを用いて位置検出実験を行った。図8 に示すように、センサの3 軸が原点に設置した励磁コイルの3 軸と平行になるように置き、z=50mm のxy 平面上で位置計測を行った。x=0、y=0 の中心から、x=100mm、y=0 の点までの直線上において、センサを5mm 間隔で動かして位置の検出を行った。図9 に各点において検出されたx の値の誤差を示す。中心から50mm の範囲では誤差は0.5mm 以内に収まったが、それ以上の範囲では、誤差が大きくなる傾向がある。これは、中心から離れるにつれてコイルによって発生される磁界が小さくなり、理想的な磁界分布との誤差の影響を相対的に受けやすいためと考えられる。以前報告したセンサシステムでは、集積化されていない3 軸センサの各軸のアライメント誤差が問題となり、検出誤差が5mmと大きかった7)。今回のシステムでは、その誤差は半減された。一方、S/N 比で決まる位置検出分解能は、中心で約0.2mm であり、回路が集積化されていない従来のセンサによって得られた値である0.4mm と比べて向上している。以上の結果より、ナビゲーションのための位置検出における集積化センサの有効性を確認した。
7. まとめ
体内ナビゲーションシステムの実現を目指して、磁気を用いた位置検出システムの構築を行った。集積化されたMI センサを用いることにより、各軸のアライメント精度の向上、およびノイズ低減が図られ、位置検出精度、分解能を向上させることができた。今後は、医療画像とスーパーインポーズするソフトウェアシステムと組み合わせて、ナビゲーションシステムの構築を行い、実用化を目指す。