2017年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報30号補刷

集光レーザーで反応を捉える高感度マイクロ ELISA チップの開発

研究責任者

吉川 裕之

所属:大阪大学大学院 工学研究科 精密科学・応用物理学専攻 助教

概要

1.はじめに
血液、尿、唾液中などに含まれ、疾病や健康状態の指標となるバイオマーカー分子を高感度かつ安価・簡便に検出できれば、早期診断や予防医療に役立ち、医療費の増加などの社会問題の解決につながる。予防医療の観点からは、多くの一般の人々が、高度なバイオマーカー検査を、かかりつけの診療所や職場・学校・自宅などでも日常的に実施できる体制が重要であり、装置の小型化や検査コストの低価格化が切望される。一方、急性心筋梗塞ではバイオマーカーに基づく迅速な診断が重要であり、このように急性期の医療現場においても、安価で小型の装置を用いたバイオマーカーの迅速高感度検出の必要性は極めて高い(図1)。

(注:図/PDFに記載)

ELISA 法は、血液、唾液、尿などに含まれる極微量のバイオマーカー分子を極めて特異的かつ高感度に測定する手法であるが、専用の装置を用いるため、その利用は検査機関や研究機関、一部の総合病院などに限定され、誰もが日常的に利用できる検査手法ではない。また、有用なバイオマ ーカーは現在も次々に研究・発見されており、今後、検査項目が増えれば必要なサンプル(血液) 量も増加し、それに比例して必要な検査試薬の量、コストも増加する。肉体的負担と検査コストの両 方の面において、必要サンプル量の微量化は極め て重要である。
マイクロウェルやマイクロ流路を利用したバイオセンサーチップは、サンプルの微量化だけでなく、反応・測定時間の短縮の面でも有用である。しかし、ELISA 法に広く用いられている吸光度測定は、サンプル量(光がサンプルを通過する光路長)を必要とするため、微量試料の測定には不適である(図 2a)。図 2b は同じ着色溶液の吸収スペクトルを、光路長 1cm と 20 ミクロンの光学セルを用いて測定した結果であるが、後者の吸光度はランバート・ベール則に従い前者の 500 分の 1 になり、測定できない。このような微量測定には蛍光測定が主に用いられるが、励起光をカットするための光学素子や高価な高感度光検出器を必要とするため、測定システムが大型で高価になる。

(注:図/PDFに記載)

その他、バイオセンシングに関する研究の現況において、最先端のナノテク技術を駆使して、チップ上に微小な流路、電極、ナノ構造などを作り込み、高機能化、高感度化を実現する研究開発も盛んである。しかし、このような技術は、最先端の研究や一部の高度な医療現場では有用であるが、コストや操作の複雑性の面から一般的な普及は見込めない。
o-フェニレンジアミン分子はペルオキシダーゼ酵素によって酸化重合して二量体(ジアミノフェナジン)を形成し、オレンジ色に呈色するため、酵素反応検出薬(発色基質)として用いられる。我々独自の研究により、o-フェニレンジアミン溶液にレーザーを集光すると自己触媒的に酸化重合が進み、集光点にナノ構造体が形成してレーザー反射光が変化することを見出した。レーザーを集光し、その反射光を測定するという仕組みは、CD や DVD などの光学ドライブにおける“光ピックアップ”測定と同様であり、装置の小型化も期待できる。本研究ではこの独自技術を実用化に近づけ、有用性を具体的に示すため、以下の技術開発を行った。①グルコースオキシダーゼ、ペルオキシダーゼをガラス基板上に固相化した小型センサーチップを作製し、グルコースの定量測定を行った。②抗原抗体反応を特異定量検出するため、ELISA チップと小型測定システムの開発に取り組み、その特性を評価した。③マイクロウェルチップを作製し、約 10nL の極微量試料の測定を実施した。

2.実験
2.1 実験システム
用いた光ピックアップ型測定システムの概略図を図 3 に示す。レーザー光源には波長 532 nm の YAG レーザー(DPGL-2100F、PHOTOP)を用いた。レーザー光をビームエキスパンダーで拡げた後、ND フィルターを通し、倒立型顕微鏡(IX70-S1F2、OLYMPUS)へと導入した。レーザー光はハーフミラー(70 %反射、30%透過)で反射され、対物レンズ (UPlanFLN 、 60x 、OLYMPUS)を用いて顕微鏡のステージ上にセットした基板上面(基板-溶液界面)へ集光させた。反射光は光ファイバーを通り、光電子増倍管(R1166、Hamamatsu Photonics)で検出され、反射光強度(出力電圧)の時間変化を PC で記録した。顕微鏡のステージには XY 自動ステージ(BIOS-302T、SIGMA KOKI)を用い、レーザーの光路上には外部入力で開閉を制御できるシャッターを置き、これらを PC で自動制御することにより、複数個所、複数回の実験を自動的に行った。
また、レーザー光源、光検出器、メカニカルシャッター等を一体化し、持ち運びが可能な小型測定システムを構築した(図 4)。レーザーには波長532nm の DSPP グリーンレーザー(SDL-532-020TL、Shanghai Dream Lasers)を用いた。レーザー光はシングルモードファイバーを通して導入した。レーザー光はビームスプリッタで反射され、対物レンズ(UPlanFLN 、60x 、OLYMPUS)を用いて試料ステージ上にセットしたガラス基板(基板-溶液界面)に集光させた。反射光は CCD カメラ(UI-2410SE-M-GL、iDS)で検出され、リアルタイム映像としてコンピュータに出力される。ND フィルターを上下させるサーボモータ及びソレノイドシャッターはマイコンボード(UNO R3、ARDUINO)を介してコンピュータからプログラムで自動制御した。

(注:図/PDFに記載)

2.2 測定原理
図5を元に、o-フェニレンジアミン(oPD)分子の自己触媒的酸化重合反応について説明する。① 西洋わさびペルオキシダーゼ(HRP)の酵素反応によって、過酸化水素(H2O2)が水に還元されると共に、②o-PD が酸化され、二量体の DAP が生成される。③ レーザーを照射すると DAP がレーザー光を吸収し、活性酸素が生成する。④ 活性酸素の強い酸化力によって、oPD が酸化され、⑤DAP 濃度が増加する。⑥ 生成した DAP がレーザーを吸収し、③~⑤の過程が自己触媒的に進行する。⑦光強度の高いレーザー集光点に、DAP や重合の進んだポリフェニレンジアミンからなるナノ構造体が形成される。レーザー集光点にこのようなナノ構造が形成されると、レーザー光は強く散乱され、反射や散乱光の強度が増加する。すなわち、レーザーを集光し、集光点から戻ってくる反射光強度をモニターすることにより、この反応を捉えることができる。また、反応速度は初期の酵素反応で生成される DAP 濃度に依存するため、ナノ構造が形成されるまでの時間、すなわちレーザー反射光強度が変化するまでの時間を計測することにより、過酸化水素や HRP の濃度を求めることができ、グルコースセンサーやElISA 測定に利用できる。図 6 に示すように、実際にはレーザー反射光強度は、ナノ構造の成長に伴い増加と減少を繰り返す複雑な時間変化を示す。これは、光の波長程度の構造物の光散乱が、形状や屈折率に依存することを反映しており、どのような時間変化を示すか予測することは困難である。しかし、グルコースやタンパク質の測定には、時間変化曲線を長時間測る必要はなく、反応速度、すなわちレーザー照射を開始してから反射光強度が変化するまでの時間が測定できればよい。実際には、反射光強度変化が明瞭な極大(あるいは極小)点を持つ場合には、その点までの時間をもとめ、不規則な反射光強度変化を示す場合には、照射開始直後(0 s)の反射光強度からの変化量の時間積分を測定した。

(注:図/PDFに記載)

2.3 小型 ELISA チップの作製
ELISA において従来用いられてきたマイクロタイタープレートでは、一つの測定スポットで100~200 μL 程度の試料溶液が必要であった。本測定においては、1 ミクロン以下の点に集光されたレーザー光の反射光強度を検出する。したがって、1回の測定に必要な基板の面積および試料の体積を従来法に比べ極めて小さくできることから、独自の小型ELISA チップを作製した(図7)。顕微鏡用カバーガラス(厚さ 0.12 -0.17 mm、24-36mm、MATSUNAMI)にポリスチレン溶液を200 μL 滴下し、スピンコートした。この上に、直径 3mm の穴を 12 個あけたシリコンゴムシートをのせ、測定スポット(ウェル)を作製した。また、極微量測定のため、直径 500 μm の穴の開いた、厚さ 50 μm の PDMS シートを作製し、同様に基板上に貼り付けてマイクロウェルチップとした(図8)。各ウェルに捕捉抗体の固相化とブロッキング処理を行い、ELISA チップとした。測定の際には、抗原となるタンパク質バイオマーカーを含む溶液を滴下し、1~2 時間インキュベート後、酵素標識抗体を反応させた。最後にoPD/H2O2 反応液を滴下し、30 分ほど反応させ、レーザー反射光強度測定を行った。

(注:図/PDFに記載)

2.4 小型グルコースセンサーチップの作製
本手法の汎用性を示すため、酵素と oPD をドロップキャスト法により簡便に基板に固定化し、グルコースセンサーチップを作製した(図 9)。前節の ELISA チップと同様のシリコンゴムシートをガラス基板上に貼り付け、各ウェルに oPD、グルコースオキシダーゼ(GOD)、ペルオキシダーゼ(HRP)の混合溶液を滴下し、真空チャンバーで乾燥させた。測定の際にはグルコース溶液を滴下し、レーザー反射光強度を測定した。

(注:図/PDFに記載)

3.結果と考察
3.1 グルコースの測定
2.4 節のセンサーチップの各測定スポットに、グルコース溶液を 10 μL 滴下し、基板と溶液の界面にレーザーを集光して反射光強度変化を測定した(図 10a)。グルコース溶液を滴下したウェル内では、GOD の酵素反応により、溶液中のグルコース濃度に応じた過酸化水素が生じる。oPD はこの過酸化水素と HRP により二量化し、DAP が生成する。従来法ではこの DAP 濃度を吸光度測定により比色定量するが、本研究では 2-2 節で述べたレーザー集光点における自己触媒的酸化重合反応によりナノ構造を形成させ、反射光強度変化を検出する。図 10b に、各グルコース濃度における反射光強度の時間変化を示す。グルコース濃度が高いほど、短い照射時間で反射光強度の増加が始まることが分かる。そこで、レーザー照射直後(0 s 付近)における反射光強度からの変化量を、30 秒間積分した値を計算し、グルコース濃度に対してプロットした(図 10c)。10~200 μM の範囲で、グルコース濃度との相関を示し、本手法によってグルコースが定量出来ることが示された。また、グルコース濃度 0 M の溶液中には、リボースが 1 mM 含まれているが、変化量が小さく、他の単糖においても同様の測定をした結果、グルコースを特異的に検出できることが示された。

(注:図/PDFに記載)

3.2 心筋バイオマーカーの測定
自作の ELISA チップでの測定結果との比較のため、市販の ELISA 用抗体固相化プレートを用いて反応・呈色した oPD 溶液を、レーザー反射光強度測定で検出し、従来型の比色定量測定と比較した結果を示す。図 11 は心筋マーカーであるC 反応性タンパク(CRP)とアディポネクチンを測定した際の、レーザー反射光強度変化と濃度の関係を示している。両者とも、タンパク質濃度が高いほど、短いレーザー照射時間で反射光強度が変化している。反射光強度変化が極大値をとる時間(ピーク時間)をタンパク質濃度に対してプロットすると、良好な相関関係がみられ、各タンパク質を本手法で定量出来ることが分かる。このような測定から、各種バイオマーカーを本手法と、従来型比色定量測定を用いて測定した結果を、表 1 にまとめる。比色定量法と同程度の感度と濃度範囲が得られており、アディポネクチンでは一ケタ以上低濃度まで測定可能であった。この結果は抗体が固相化された市販のマイクロプレートを用 いて反応させたものであり、各ウェルから反応溶 液を 10 μL 程度とり、ガラス基板上に滴下することによりレーザー反射光測定を実施した。従って、本手法の有用性・実用性を明確に示すため、小型 の ELISA チップを自作し、抗原抗体反応と反射光強度測定を行った。

(注:図/PDFに記載)

3.3 ELISA チップによる測定
2-3 節で述べた手順で、ガラス基板に抗インターロイキン 6(IL-6)抗体と抗 CRP 抗体を固相化した小型 ELISA チップを作製し、本手法を用いた IL-6 と CRP の定量測定を行った。反応試薬としてo-PD/H2O2 反応液を各ウェルに 12.5μL 滴下し、レーザーを集光して反射光強度変化を測定した。図 12 a に IL-6、図 12b に CRP を測定した際の、反射光強度の時間変化および濃度とピーク時間の関係を示す。これまで同様、ターゲットのタンパク質濃度が高いほど、ピーク時間が早くなり、IL-6 ではおよそ 5~500 pg/mL、CRP ではおよそ 5~100 ng/mL の濃度範囲で測定可能であることが示された。この結果は、市販の ELISA キットを用いた場合と同程度の感度及び測定範囲であり、作製した ELISA チップとレーザー反射光強度測定の実用性を示すことができた。

(注:図/PDFに記載)

3.4 小型測定システムの評価
図4で示した小型の測定システムを用いて、CRP の測定を行った。反射光強度の時間変化が、CRP の濃度に対して依存し、10~100 ng/mL の濃度範囲での測定が可能であった(図 13)。図 12bと比較し、検出限界濃度が少し高いが、これは反射光強度変化に要する時間が長くなっているためである。図 12b と小型測定システムを用いた図13 は、レーザー強度などの測定条件は同じであるが、小型システムでは光ファイバから射出したレーザー光を対物レンズで集光するコンパクトな光学系としたため、光学顕微鏡を利用したシステムに比べ集光スポットサイズが大きいと考えられる。そのため、小型システムでは単位面積当たりのレーザー強度が低く、酸化重合反応によりナノ構造体が形成して反射光強度が変化するまでに時間を要する。この点に関しては、システムの改良により解決できると考えられる。

3.5 極微量サンプルへの応用
最後に、本手法の最大の利点である極微量測定を実証するため、マイクロウェルチップを用いてCRP の測定を行った。1 つのウェルの体積は 10nL である。図 14 に示すように、CRP 濃度に依存した明瞭な反射光強度変化が得られ、およそ 5~100 ng/mL の濃度範囲で測定可能であることが示された。このような極微量測定は、従来型の比色定量法では難しく、代わりに蛍光検出が利用される。しかし、蛍光測定に対応したプレートリーダーは、励起光源や高感度光検出器を利用するため高価である。また、試料からの自家蛍光などにより、感度や精度が落ちる場合もある。レーザー反射光を利用する本手法により、極微量 ELISA 測定におけるこのような問題点を克服できる可能性が示された。

4.まとめ
本研究ではレーザー反射光変化を測定するオリジナルな手法でタンパク質バイオマーカーを測定するための ELISA チップを作製し、各種バイオマーカーの特異定量測定を実施してその特性を評価し、実用性・有用性を示した。また、小型の測定システムを構築して自作のチップを用いた測定を行い、レーザーを集光して反射光強度を測定するというシンプルな光学系で動作し、安価でコンパクトな測定システムが構築できることも示した。さらに容量10 nL のマイクロウェルチップを作製し、極微量サンプル中のタンパク質バイオマーカー測定に成功した。最後に今後の課題と展望について述べる。さらなる感度向上のための課題としては、チップ作製における抗体の固相化法の改良が挙げられる。本研究ではポリスチレンをコートした表面に抗体を物理吸着させたが、表面を構造化することにより吸着面積を向上させる手法、化学結合により抗体を固相化する手法などにより、より低濃度まで測定できると期待できる。現状においても、集光スポット内に形成される1ミクロン程度のナノ構造を検出しているため、実際に測定している分子数は、従来測定よりも 3 桁程度少なく、絶対量としては高感度に検出できているといえる。また、10 nL よりも少ない溶液量でも十分測定可能であるが、サンプル、酵素標識抗体、発色剤等の滴下、洗浄などが通常のピペッティングでは困難になる。これらを解決するためのマイクロ流路や MEMS 技術との融合による、さらなる極微量測定への展開も期待できる。

(注:図/PDFに記載)