1991年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第05号

長期生体内連続測定を可能とする植え込み型ブドウ糖センサの開発

研究責任者

河盛 隆造

所属:大阪大学 医学部 第一内科  講師

共同研究者

山崎 義光

所属:大阪大学 医学部 第一内科  助手

共同研究者

久保田 稔

所属:大阪大学医学部附属病院  医員

共同研究者

上田 信行

所属:大阪大学医学部附属病院  医員

概要

要旨
長寿命の植え込み型バイオセンサ開発のbreak throughは,センサ膜に対する生体反応を抑制,長期にわたり生体物質の安定した選択的透過性を保持する生体親和性センサ膜の開発にある。生体留置微小針型ブドウ糖センサの長寿命化を計るべく,優れた抗血栓性膜であるpolyethylene peroxide / polyvinyl chrolide膜をセンサの最外層膜として被覆した。作成したブドウ糖センサは抗凝固剤を加えない新鮮血にdipした時,全血血糖値の直接的,頻回にわたる測定が可能であった。さらに,健常犬の皮下組織に植え込み,経時的にセンサ出力をモニターした時,3日間にわたりセンサ出力は血漿ブドウ糖値の変化によく追随した応答性を示した。さらに,血栓形成の各ステップがセンサ出力に及ぼす影響を検討した。濃厚血小板浮遊液にセンサをdipし,血小板凝集を惹起させたとき,センサ出力に変化を認めなかった。また,同様にfibrin析出時にもセンサ出力に変化を認めなかった。次に,センサを人工皮膚に植え込み時,センサ出力の著明な低下を,人工皮膚剥離時センサ出力の回復を認め,細胞成分のセンサへの凝集がセンサ出力を低下せしめたと考えられた。
これらの事実は,血栓形成により惹起された血球成分の付着,線維化がセンサ出力を低下させる一因と考えられ,これらの生体応答を抑制するセンサ膜の作成がセンサ長寿命化をもたらすと期待された。
バイオセンサの開発は,最近急速に進みつつあるが,長寿命の生体内埋め込み型酵素センサの開発は,期待が大きいにもかかわらず,未だ報告を見ない。開発を困難にしている主な問題点は,1)in vitro特性の長期確保が困難であること,2)in vivoでの測定条件がin vitroに比し劣悪であること,3)センサに対する生体の反応が未解明であることなどが考えられる。
我々は,既に直径0.8mm前後と微小で,良好なin vitro特性を維持しえ,生体内の低酸素分圧下でのブドウ糖濃度測定が可能である微小針型ブドウ糖センサを開発,皮下組織ブドウ糖濃度の長期連続計測を試みた。皮下組織内留置時,センサに対する生体反応(①センサ留置に対する組織線維化,②皮下組織留置時の微少出血による血栓形成及びその組織化,③体液構成成分の膜表面への付着など)④留置時のセンサ特性の劣化等,によりセンサ活性が低下することを認めた。
今回,センサ寿命の長期化を計るため,1)センサ膜抗血栓性負荷によるセンサ長寿命化;抗血栓性を示すpolyethylene oxide膜を付加した微小針型ブドウ糖センサを作成し,そのex vivo特性及び皮下組織のin vivo特性の経時的変化を追究し,他の抗血栓性膜を付加したブドウ糖センサの特性と比較検討する。2)センサ特性劣化のメカニズムの追究;血栓形成の各ステップをex vivoの系で再現し,センサ特i生劣化のメカニズムを解析する。3)長期留置時のセンサ(過酸化水素電極)特性の経時変化の追求;Cyclic Voltammetry法を応用し,長期センサ留置時の電極特性を追求する。以上の検討により,生体留置長寿命のセンサ開発を可能とする,電極,センサ膜デザインに資せんとするものである。
方法
(Ⅰ):センサ膜に抗血栓性付加によるセンサ長寿命化の検討
1.センサ作成法:直径0.8mm長さ4cmの微小針型過酸化水素電極に,従来と同様の方法にてブドウ糖酸化酵素固定化膜及び制限透過性膜を被覆した1・2)。その外側にPEO膜を被覆し,微小針型ブドウ糖センサ(PEOセンサ)を作成した。
2.全血血糖測定:健常犬より得た新鮮血に抗凝固剤を加えずにセンサを5分間浸した,次に10分間生理的食塩水に浸した。新鮮血浸漬時のセンサ出力と同時に得た血漿ブドウ糖濃度との比を求めた。
3.in vivo特性:正常犬の背部を電気メスで切開し,皮下組織内にセンサ及びセラミック端子3・4)を埋め込み,リード線を体外に取り出した。埋め込み当日,埋め込み後る1日目,3日目,7日目,14日目にブドウ糖負荷(20mg/kg/min,60分間点滴静注)を行い,負荷前,負荷時10分毎6回,負荷後60分間10分毎6回の計13回静脈より採血し,センサ出力と血漿ブドウ糖濃度を測定することにより,APAセンサとPVAセンサとを比較検討した。なお,センサ出力はアンプで測定しペンレコーダーにより記録した。また,センサ出力を測定しない時は,センサに対し0.6Vの電圧を連続的に印加した。
(II):血栓形成の各ステップのセンサ出力に及ぼす影響の検索
1.センサ作成法:直径0.8mm長さ2cmの微小針型過酸化水素電極に,ブドウ糖酸化酵素固定化膜及び制限透過膜を被覆した1,2)。その外側にpolyvinyl alchohol膜を被覆し,微小針型ブドウ糖センサを作成した。
2.健常犬の新鮮血採取後,ブドウ糖添加(200mg/dl)濃厚血小板浮遊液を調整し,微小針型ブドウ糖センサをdipし,センサ出力安定後,adrenaline添加し,血小板凝集を惹起,センサ出力の変動を検索した。また,dip前後でセンサ出力の較正を行った。
3.健常犬にブドウ糖負荷時,抗血栓剤非添加下に採取した新鮮血に5分間センサをdipし,次に10分間生理的食塩水にdip,センサ活性を検討した。さらに,頻回繰り返し,血栓形成がセンサ出力に及ぼす影響をex vivoにて検索した。
4.微小針型ブドウ糖センサを人工皮膚に1週間にわたり埋入し,センサ活性の変化を検討した。センサを人工皮膚より剥離した後,センサ出力を較正した。
(III):Cyclic Voltammetry法を用いたセンサ特性の長期連続検索
Function GeneratorをAmplifierに結合し,Cyclic Voltammetry計測システムとした。さらに,Amplifierの出力をPersonal Computerに組み込んだAD変換ボードにより連続的にAD変換し,Personal Computerに連続的に取り込み,長時間Cyclic Voltammetry計測システムを作成した。このシステムを用い,(II)で作成した微小針型ブドウ糖センサの長期連続Cyclic Voltammetry計測を行った。
結果
(Ⅰ):センサ膜に抗血栓性付加によるセンサ長寿命化の検討
1.全血血糖測定
図1は健常犬より採血した新鮮血にセンサを頻回につけたときのセンサ出力と同じサンプルの血漿ブドウ糖濃度との比を示したものである。センサ出力は初期にやや低下するものの,8回測定時まで65~75%と良好な特性を示した。
2.in vivo特性
図2はセンサ正常犬背部皮下組織留置時のセンサ出力は1-3日間にわたり徐々に低下したが,静脈内ブドウ糖負荷時,血糖上昇に対応してセンサ出力の上昇を認め,1-3日間にわたりセンサ出力が皮下ブドウ糖濃度変化によく追随し得ることを認めた。センサ出力と血漿ブドウ糖濃度の相関係数はセンサ植え込み期間中63-91%と良好であった。
各実験日毎のセンサ出力の頂値と血漿ブドウ糖濃度の頂値との比及び各々のブドウ糖点滴開始から頂値に達するまでの時間の比を示したものである。頂値の比は実験開始比を100%とすると,1日目88±16%,3日目76±19%と低下し,7日目には出力を認めなかった。また,センサの応答性は比較的良好に保たれた。
(II):血栓形成の各ステップのセンサ出力に及ぼす影響の検索
1.濃厚血小板浮遊液にadrenaline添加時,センサ活性に変化を認めず,較正時のセンサ出力は6.74±1.22から6.78±1.14nAと有意の変化を認めなかった(図3)。
2.濃厚血小板血漿に塩化Ca添加時,血小板凝集時と同様にセンサ活性に変化を認めず,較正時のセンサ出力は8.54±1.00から9.00±1.16nAと有意の変化を認めなかった(図4)。
3.人工皮膚にセンサ埋入時,7日目にはセンサ出力は埋入前の6.56±1.39から0.52±0.15と低下した。人工皮膚剥離後の較正出力は埋入前と同等のであった(図5)。
(III):Cyclic Voltammetry法を用いたセンサ特性の長期連続検索1-2日間の連続Cyclic Voltammetryを遂行した。白金を陽極とした,+600mV印可時,200mg/dlブドウ糖溶液に対し,安定したセンサ出力を認めた。-600mV印可時のセンサ出力も安定しており,Cyclic Voltammetryにより出力の安定した連続血糖計測の可能性を示唆した。
考察
バイオセンサは,近年開発が進められているが,長期臨床応用可能なバイオセンサは未だない。著者らは既に微小針型ブドウ糖センサを開発した1,2)が,生体内に留置時,生体反応によるセンサ活性の低下により,4日目毎のセンサ交換を余儀なくされている5,6)。生体内留置センサの膜表面の走査電子顕微鏡的検討により,蛋白成分の付着と膜表面の変化を認めた。また,センサ植え込み周囲組織の検索の結果,挿入センサの回りの組織に微小出血を認めた。従って,生体内に留置したセンサの長寿命化を計るためには,血栓の膜表面への付着をできるだけ少なくする必要があると考えられた7・8)。
そこで,今回,血栓形成のセンサ出力に及ぼす影響をex vivoの系で検索せんとした。まず,血小板凝集がセンサ出力に及ぼす影響を検索した。センサを濃厚血小板浮遊液中にdipし,塩化Ca添加により血小板凝集を惹起したときセンサ出力に変化を認めなかった。次に,フィブリン析出の影響を検索したが,同様にセンサ出力に変化を認めず,血栓がセンサ出力の低下を引き起こすのは,血小板凝集→フィブリン析出以降のステップである可能性が示唆された。
そこで,細胞の凝集がセンサ出力に対する影響を検索した。センサを線維芽細胞が増殖する人工皮膚中に埋入させ,培養液中のブドウ糖濃度(約200mg/d1)に応答したセンサ出力の変化を検討した。埋入後,センサ出力は著しく低下し,細胞凝集がセンサ出力を低下させる可能性を示唆した。さらに,センサから細胞を剥離したとき,センサ出力の回復を認めたことにより,細胞成分はセンサ膜の特性には変化を及ぼさず,細胞とセンサ膜とのinterractionがセンサ活性の低下を惹起させる可能性を示唆した。
次に,抗血栓性に優れた,poly-ethylene peroxide / polyvinyl chrolide (PEO)膜, alginate-pqlylysine-alginate (APA)膜7},優れた抗血栓性基剤であるheparinを徐放すべく膜デザインしたpoly-vinyl alcohol conjugateing heparin膜8),などを被覆した微小針型ブドウ糖センサを作成,そのin vitroおよびin vivoでの検討を行ってきた。PEO膜,APA膜とも優れたセンサ特性を示し,前者では4日まで,後者では2週間にわたる組織ブドウ糖濃度の連続測定が可能となったが,臨床応用には未だ不十分であった。
これらの結果より,PEO膜は抗血栓性は優れているが,細胞凝集抑制作用は弱く,APA膜は組織留置時,表面からalginate分子が剥離することにより細胞凝集を抑制している可能性がある。このことから,APA膜は組織留置時,より長期生体内での活性の維持されたと考えられた。生体留置時のセンサ活性のより長期維持には,センサ膜の抗血栓性,組織液中の蛋白成分の吸着抑制,細胞成分の凝集抑制などの種々の特性を有するセンサ膜の検討が今後必要と考えられた。