1994年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第08号

長時間血圧・心電図・身体活動度同時モニタリング装置の開発

研究責任者

稲田 紘

所属:国立循環器病センター研究所 研究機器管理室 室長

共同研究者

井上 通敏

所属:大阪大学医学部附属病院 医療情報部 教授

共同研究者

石川 澄

所属:香川医科大学 医学部 医療管理学  助教授

共同研究者

小西 正光

所属:国立循環器病センター  集団検診部長

共同研究者

宮武 邦夫

所属:国立循環器病センター  生理機能検査部長

概要

1.まえがき
血圧や心電図の検査は生体の状態把握に重要で,循環器領域ではルーチンの検査となっている。とくに高血圧症,脳卒中,虚血性心疾患などの患者や既往を有する者,あるいはこれら疾患のハイリスク者については,血圧や心電図などの長時間モニタリングを要する場合もある。これに関しては,近年,ホルター心電計や24時間血圧測定装置が開発されて,臨床面のみならず疫学研究にも用いられ,最近では在宅医療への適用も試みられるようになり,その有用性が期待されている。
このように,入院あるいは在宅患者の日常生活中の血圧や心電図を長時間,計測・記録し,患者の病態をより的確にとらえるには,各生体情報のモニタリングを単独で行うよりも,血圧と心電図を同時に,しかもその時の患者の身体活動度とともに記録・計測することが望ましい。しかし,現在,開発・市販されている機器は,単独のモニタリングしか行い得ず,身体活動度の同時計測はできない。
そこで,本研究ではこのような点を考慮し血圧・心電図・身体活動度の同時モニタリングを長時間,無拘束で可能とする小型・軽量の携帯型装置の開発を企て,そのプロトタイプを試作するとともに,これを健常者,循環器病患者などの被検者に適用し,評価を試みた。本稿ではこれらの概要について述べる。
2.装置の構成
今回,開発した携帯型長時間血圧・心電図・身体活動度同時モニタリング装置(以下,単に装置と称する)の寸法は161(L)x60(H)x107(W)mmで,重さは約800gである(外観を図1に示す)。装置の消費電力が設計時の予定よりも超過し,単3電池を8本必要とするため,寸法,重さとも設計仕様を上回った。これをケースに入れてベルトで腰に固定し,携帯可能とする。
装置の構成は,同一筐体内に納められた血圧計測ユニットと,心電図計測ユニットとからなる(図2)。
計測データは,記憶容量256KBのICメモリカードを媒体とし,ディジタル方式で記録する。血圧計測はセンサを取り付けた通常のカブを上腕部に巻いて行い,心電図は胸部に取り付けたディスポーザブル電極により行う。また,身体活動度(体動)は,心電図計測ユニットに取り付けられた加速度センサにより計測する。被検者に装置を装着した様子を図3に示す。
これらのセンサにより計測された各データは,前述のICカードに記録される。このICカードには,計測データのほか,後述するデータ収集モードも記憶される。
計測・記録された各データは,RS232Cを介してパーソナルコンピュータ(以下,パソコン)に転送され,後述するような分析・表示プログラムにより,各生体情報の相互の関連性を含めて,CRTディスプレイに表示されるようになっている。
3.装置の機能
開発・試作した装置の機能を,血圧,心電図,身体活動度(体動)の各計測部と表示部および操作部に分けて説明する。
3.1血圧計測部
血圧は,オシロメトリック法とコロトコフ法を併用した計測方式を用いるが(通常はオシロメトリック法により計測し,計測不能時にコロトコフ法を用いる),パソコンとICカードにより設定された計測モードによる自動計測と,任意の時刻に患者が記録ボタンを押して行うマニュアル計測の両方が可能である。
計測モードは,装置の最大データ収集時間の24時間を最大4ブロックに分け,それぞれにおいて,計測開始時刻と計測間隔時間の設定を行う。すなわち,
①ブロック 1 :計測開始時間1 計測間隔1
②ブロック 2 :計測開始時間2 計測間隔2
③ブロック 3 :計測開始時間3 計測間隔3
④ブロック 4 :計測開始時間4 計測間隔4
ボタンを押すことによるマニュアル計測では,後述の心電図波形記録モードによる心電図波形も同時に記録することが可能である。
3.2心電図計測部
心電図計測にはディスポーザブル電極を用い,+,一および不関電極を胸部に装着し,CM5,CC5またはNASAのいずれかの部位から,1誘導の心電図を計測する。計測された心電図からは,QRS検出処理が行われ,R-R間隔が計測される。また,R-R間隔より心拍数を算出する。心電図波形については,24時間すべての波形データを圧縮して記録する機能や,リアルタイムで不整脈などを解析する機能を含めた検討を行っているが,これらについてはまだかなり問題点があるので,今回は用いた256KBの容量のICカードで記録可能な範囲にとどめた。すなわち,心電図波形の収集・記録は,被検者が胸痛など異常を感じたとき(イベント時)のみ記録ボタンを押し,その前後の一定時間の波形を収集・記録するようにした。このため,予めICカード上にパソコンにより,①ボタンの押下前後1分間(計2分間)の波形を最大3回記録②ボタンの押下前後30秒間(計1分間)の波形を最大6回記録,③ボタンの押下後連続6分間の波形を記録,④24時間のうちの1時間ごとの定時記録(各10秒間の波形)とボタンの押下前後30秒間の波形を最大2回記録の4つのモード(記録時間はいずれも最大360秒)のいずれかを設定した。
以上の記録において,記録ボタン押下時の記録波形は,メモリループ方式により新しいものから順次,上記個数の波形だけメモリに残されるようになっている。
3.3身体活動度(体動)計測部
身体活動度を表す体動の指標として,圧電素子を使用した加速度センサ(ダイナミックレンジ0.0~2.5G)による腰部鉛直方向の加速度を用いた。この加速度による電圧出力を半波整流として1分間の時間平均をとり,体動データとして,ICカートに記録するようにした。
3.4表示部および操作部
本装置には,16文字×1行の液晶による表示部が取り付けられている。これには通常,現在の時刻と心拍数が表示され,血圧測定終了直後に,収縮期血圧/拡張期血圧/心拍数が交互に表示されるようになっている。操作部は3種類のスインチを備え,それぞれ開始,イヘント,血圧測定/停止の機能が割り当てられている。
4.収集データのパソコンによる分析・表示のためのプログラム
前述の装置で計測・記録された血圧,心電図,身体活動度の各データは,パソコンにより種々の分析・表示がなされるが,このため,以下のような機能を有する計測データ収集と記[意データ読み込み用プログラムおよび分析・表示プログラムが作成されている。
4.1計測データ収集と読み込みのためのプログラム
(1)計測データ収集プログラム本装置で計測し,ICカートに収集・記録されたデータをパソコンに取り込み,パソコン用データファイルとしてティスクに記憶・保存する
(2)記憶データ読み込みプログラムパソコン用データファイルとして記憶・保存された計測データを読み出し,分析・表示処理が可能な状態にする。4.2分析・表示プログラム
分析・表示のためのプログラムには,次のようなメニューが用意さている。
(1)データテーフル表示測定時間,収縮期血圧,拡張期血圧,平均血圧,RR間隔,心拍数の時系列データをリストとして数値表示する(この画面例を図4に示す)。
(2)トレントクラム表示収縮期血圧,拡張期血圧,心拍数,体動の各データのクラフを時間に対し,表示する(図5にトレントクラム表示の画面例を示す)。
(3)相関図収縮期血圧対拡張期血圧,収縮期(拡張期)血圧対体動データ,収縮期(拡張期)血圧対心拍数,心拍数対体動データの相関図を表示する。(4)ヒストクラム収縮期血圧,拡張期血圧,平均血圧,心拍数の各値に対する頻度を,全体に対する割合で表示する。
(5)心電図波形データ心電図波形データは,ICカートに最大360秒まで保存てき,胸痛などイヘント時に前述の収集モートに従って記録される。イヘント記録された心電図波形データは,120秒の一括表示と8秒の拡大表示が可能である。このうちの一括表示の画面例を図6に,拡大表示の画面例を図7に示す。
5.装置の評価
試作した装置を実用化するには,その性能評価のほか,操作性や装置を装着した場合の感じ,あるいは使用中の問題点といったような使い勝手の面からの評価を行わなければならない。そこで,国立循環器病センターおよび香川県大川郡長尾町多和地区の25歳から82歳まで(平均年齢:45.9歳)の高血圧および軽度心臓病などの循環器病患者と健常者計21名(うち女性6名)を被検者とし,評価を試みた。
このうち装置の使い勝手に関する評価では,アンケート調査用紙を作成し,装置の使用終了後に,被検者自身で調査用紙に回答を記入してもらうようにした。その主な質問項目は,表1に示す通りである。
5.1性能面からの評価
本装置を試用した結果,装置全体,血圧データ計測部,心電図データ計測部,体動データ計測部のそれぞれにおいて,性能面や操作面からの大きな問題点は認められなかった。しかし,体動データの計測での感度がやや良くなく,被検者が意識的に身体を大きく動かした場合以外は,得られた計測データ値が小さいという点が問題として残された。また,ICカードによるイベント時の心電図波形の記録回数の少なさについては,今後における改良が要望された。
パソコンによる計測データの分析・表示処理プログラムについては,満足すべき結果が得られた。
5.2使い勝手の面からの評価
前述したアンケート調査用紙により,被検者に装置の使い勝手に関しての評価をしてもらったことろ,次のような結果が得られた。
(1)不都合な点の有無:これについては,回答してくれた20人の被検者のすべてが,"何らかの問題点あり"と答えた。
(2)不都合な点の具体的事項:回答が多かった事項は,"装置が重すぎる"(回答者の80%から指摘)と"装置がかさばる"(90%の回答者から指摘)という重さや大きさに関するものと,血圧測定用マンシェットを巻いた"測定部位が痛い"(60%の回答者から指摘)であった。
(3)日常生活中の行動時での具体的な問題点1この主なものとして,睡眠中では,"誘導コードが短すぎて寝返りがうてない"や"血圧測定の度に腕が締めつけられるため目を覚ます"などが,休憩時では,爪装置がかさばり身体の自由が利きにくく,肩が凝る"などが,また,事務作業中では,"椅子に座りにくい"や"ワープロ,パソコンが使いにくい"といった点があげられた。さらに,作業中では,"左腕が使いにくい""このため車の運転がしにくい"などが,食事中では,"左手の自由が利きにくくて食事がしにくい"という点などが指摘された。
6.考察
本研究で開発した携帯型長時間血圧・心電図・身体活動度モニタリング装置のプロトタイプは,健常者や循環器疾患などの患者を被検者として試用した結果から,性能的には大きな問題点はなっかたものの,体動データの計測については感度がよくないことが認められた。この原因の一つとして,センサの装着位置による影響が考えられる。これに関する実験として,センサを装置の外部に取り出し,平地走行(歩行),階段昇降の二つの運動条件と,機器本体(腰),胸,肩,膝という四つのセンサ装着部位の組み合わせによる八つの計測条件での計測値を見ると,3分間の継続計測の各状態の合間での3分間のインターバルのもとにおけるピーク値は,平行走行,階段昇降とも膝が最もよく,その動きを反映していることが認められた。今後,このような実験結果に基づくセンサ位置の検討とともに,本装置では一つしか用いなかったセンサの個数についても吟味しなければなるまい。
ICカードによるイベント時の心電図波形の記録回数に関しては,今後,より大容量のICカードの利用と,より優れたデータ圧縮法の検討が必要となろう。
一方,使い勝手の面からは,①装置が重くかさばる。②血圧測定時に圧痛がある。③装置に取り付けるコード類が短すぎる。などの問題点があり,これらの原因により,日常生活時の行動中にいろいろな問題の生じることが指摘された。
上述したの問題点のうち,③のコード類の長さについてはすぐにも対応可能であるが,①の装置の重さと大きさの問題は,血圧計測のための電源として使用する乾電池の大きさと必要数(単3のものを8個)に起因するものであり,今後,小型・軽量の電源についての検討と,装置の他の部分の小型・軽量化をもはからなければならない。
③の測定部位の圧痛は,血圧測定のカブ圧の大きさが強すぎるため,頻回の測定により痛みを感じるものと思われるが,このため,被検者の収縮期血圧値に応じた適応制御によるカブ圧の付加といった工夫を行うことや,本装置で使用しているオシロメトリック法やコロトコフ法という方式以外に,最近,実用化されはじめたトノメトリ法など,他の方式についても検討を進める必要があろう。
本装置を改良し,実用化をはかるには,そのほかにも幾つかの問題点の解決が必要となるが,それにもかかわらず,本研究で開発した装置は,血圧・心電図・身体活動度の無拘束同時モニタリングを,長時間にわたりはじめて可能としたという点で,深い意義を有しているといえよう。
7.まとめ
携帯型長時間血圧・心電図・身体活動度同時モニタリング装置のプロトタイプを試作し,健常者と循環器疾患患者を被検者とする試用実験から評価を試みた。その結果,体動計測における感度には若干の問題はあるものの,性能面や操作面における大きな問題点はなかった。しかし,使い勝手の面からは,装置の大きさや重さ,血圧測定部位の圧痛などの問題があり,本装置の実用化のためには,これらの問題点を解決する必要性が指摘された。それにもかかわらず,本装置は,血圧・心電図・身体活動度の長時間無拘束同時モニタリングをはじめて可能にしたことから,その開発には深い意義が認められた。