2010年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報第24号

金ナノ粒子を用いた非蛍光細胞標識による生体分子動態測定

研究責任者

守本 祐司

所属:防衛医科大学校 分子生体制御学講座 講師

共同研究者

松尾 洋孝

所属:防衛医科大学校 分子生体制御学講座  助教

共同研究者

四ノ宮 成祥

所属:防衛医科大学校 分子生体制御学講座  教授

概要

1.はじめに
近年、GFPや量子ドットといった蛍光色素プローブの出現により生細胞中での一分子観察が身近なものになってきた。しかし、蛍光プローブの退色は速く、観察可能時間は数十秒内と短い。また、SIN比が低いため、高時間分解能の画像取得が困難である。量子ドットの登場により、これらの問題が軽減しつつあるが、毒性等、克服すべき課題は多い。別の問題として、蛍光色素による分子標識の場合、基本的には分子の位置情報しか捉えられない。すなわち、被標識分子の代謝状況や細胞膜における挙動(通過、結合、破壊)、あるいは他の分子との結合・解離といったことを知るのはきわめて困難である。我々は、長時間かつ高時間分解能で細胞内外の複数情報を取得する、非蛍光細胞標識による分子イメージング法の確立を目指している。基盤技術の確立のため、金ナノ粒子(Gold nanoparticle : GNP)のプラスモン共鳴による散乱光を利用することによって、上記条件を満たす一分子追跡技術の開発に着手した。可視光波長よりもはるかに小さい(<~100nm)GNPに白色光をあてるとプラスモン共鳴によって一部の波長域が吸収され、特異な波長スペクトラムをもったレイリー散乱光が励起される。したがって、GNPを分子標識マーカーとして機能させ、レイリー散乱光を捕捉すれば、蛍光標識によらない分子イメージングが可能となる。また、プラスモン共鳴現象の特性より、散乱光スペクトラムは、GNPの形状、大きさ、界面の誘電率、粒子相互間距離などによって大きく変化すること[参2.3]が知られていて、これらの特性により、蛍光色素標識では取得困難な、分子動態に関する情報を得ることができる。換言すると、GNP標識分子の、代謝や細胞膜への結合、あるいは他分子との結合といった挙動は、GNP界面の誘電率や粒子相互間距離を変化させ、散乱光スペクトラム変化を誘導するため、散乱光を分光分析することによって、これらの分子挙動を空間的、時間的に把握することができる。
2.金ナノ粒子のプラスモン共鳴による散乱光を観察するシステム
GNP標識された分子の、分子挙動に応じた散乱光スペクトラム変化に関しては少しずつ報告され始めているが[参4]、これらの変化をmsオーダーで、イメージ化あるいは分光測光するところまでは到達されていない。その原因は複合的である。ナノメートルサイズ粒子の散乱光を観察するには、背景光(ノイズ)とGNP散乱光(シグナル)のコントラストを大幅に向上させた暗視野光学系が必要であり、そのためには、強力な光源、背景光を低減させた光学系、高時間分解能・高感度カメラなどを必要とする。さらに、信頼性の高い分光測光のためには、光量が可視全域(400-800nm)にわたって平坦な特性を有する光源、高速・高波長分解能分光システムなども必要とする。これらの諸問題にたいして我々は、300Wキセノンランプを基にした高光量フラット照射波長光源系を開発し、また、光学系として全反射照明による暗視野顕微鏡システムを新たに考案・構築した。さらには、分光分析のために3CCDカメラによるGNPイメージより分光情報を算出できるアプリケーションを新規作製した。
3.金ナノ粒子のプラスモン共鳴による散乱光のイメージング
3.1.GNP散乱光のライブイメージ
上述のシステムにより、GNPからの散乱光を30 frames/secの時間分解能で取得できた。図1は、生理的緩衝液(PBS)中に懸濁させた直径40nmのGNPである。ブラウン運動で動きまわるGNP(白色斑点)が観察できた。
3.2.細胞近傍でのGNP挙動の解析
細胞(肺がん細胞、A549)存在下のGNPの挙動について観察を行った。図2に示すように、細胞の偽足(Pseudopod)近傍にGNPが近づくと、ブラウン運動の速さは低下する様子が観察された。さらに定量的解析を加えたものを図3に示す。GNPが細胞から5?m以上遠隔にある場合(Extra cellular)、GNPのブラウン運動の速度(Diffusion coefficient)は、約2.4?m2/sであり、静止時間(Stationary time)は、約0.6sであった。一方、GNPが細胞表面上(Cellular surface)や偽足(Pseudopod)近傍1?m以内に存在するときは、ブラウン運動の速度が遅くなり、静止時間が延長することがわかった。
3.3.トランスフェリンーGNP結合体のがん細胞への結合
がん細胞では、鉄運搬タンパクであるトランスフェリンと結合するトランスフェリン受容体の発現が、細胞膜上において認められる。そこで、がん細胞とGNPを特異的に結合させることを目的に、トランスフェリンーGNP結合体(TcGnp)を合成して、これをがん細胞に添加した。その結果、図4に示すように、トランスフェリン受容体の発現を充進させた細胞では(DFX-treated cells)、無処理細胞(DFX-untreated cells)に比べて、GNPとの結合量が有意に大きくなった。
3.4.GNP同士の近接によるスペクトラム変化
TcGnpが細胞膜上にあって運動する際、2つのTcGnp間の距離が近づくことがある。GNP同士が粒子径より短い距離にまで近づくと、近接効果として、散乱光のスペクトラムが長波長側にシフトする現象が知られている[参1]。我々が開発した観察解析システムによりその様子をリアルタイムに捕捉することができた。図5上段は、2つのGNPが近づく様子を示したものである。左端写真に2つのGNPが見られるが(緑色と禮色:白黒写真だと、右上と左下)、右端写真ではこれらが近づいて一つの球として観察された。図5下段は、上段の各GNPからの散乱光強度と波長スペクトラムを示したものである(図5上段の棒が図5下段のY軸方向と一致するように描いてある)。2つのGNP問の距離が近づくにつれて、散乱光スペクトルが長波長にシフトするとともに、散乱光強度が増大するのが見て取れる。
3.5.GNP周辺環境におけるスペクトラム変化
GNP表面の誘電率の違いにより、散乱光スペクトラルが変化することが知られている[参5]。この場合の誘電率は、屈折率のことを指す。我々が開発した観察解析システムにより、波長分解能~2nmでGNP由来の散乱光スペクトルを計測することができた。図6は、細胞膜上にあるTcGnp(図6左側写真の右四角内)と細胞外にあるTcGnp(図6左側写真の左四角内)それぞれの散乱光スペクトルを示したものである。GNPが細胞膜にある場合、その散乱スペクトラルピークは538nmに見られたが、GNPが細胞外にあるときは、550nmにピークが観察された。すなわち、GNPが細胞外から移動して細胞膜に結合すると、散乱光スペクトルが12nm短波長にシフトすることがわかった。細胞外での屈折率は水のそれと同等で、約1.33であるが、細胞膜の屈折率は、約1.37であるので、この屈折率差が散乱光スペクトルの差に反映されていると推定される。細胞膜上と細胞膜外と間で、GNP由来の散乱光スペクトルピークの差が計測できたことで、このシステムが、GNPの細胞膜への結合する様子をリアルタイムモニタリングできる潜在的能力があることを示せた。
4.まとめ
本研究では、標的分子のリガンドと結合したGNPを、白色光源による暗視野顕微鏡系を用いて可視化することにより、細胞膜上でのGNP挙動観察、さらには、GNPの細胞膜への結合をモニタリングすることができるようになった。GNP由来の散乱光をイメージングする手法は、蛍光イメージング法よりも光強度が大きく、光照射による退色は原理上ゼロであることより、利用価値は高い。また、GNPは、生体に対する毒性が低いこと、粒子がナノサイズで生体親和性を確保しやすいことなどから、生細胞へも適用しやすい。我々は、本技術を進化させ、さらに高度なイメージング法の確立を目指している。GNPの非常にユニークな光学諸特性より、本手法は新しいバイオイメージング技術への架け橋になると確信される。