2008年[ 技術開発研究助成 (奨励研究) ] 成果報告 : 年報第22号

金の異常反射特性を利用した分子間相互作用検出法に関する研究

研究責任者

富崎 欣也

所属:東京工業大学大学院 生命理工学研究科 生物プロセス専攻 助手

概要

1.はじめに
現在、膨大なゲノム情報の蓄積に伴い、それらを迅速に解析するツールとしてDNA チップが開発され、遺伝子疾患等に関する医療・診断分野での利用が期待されている1)。一方、遺伝子産物であり生命活動を直接維持するタンパク質に関しては、タンパク質を直接検出するプロテインチップの開発が世界的に行われている2-7)。特異抗体や融合タンパク質、ペプチド、糖鎖および低分子量化合物等、標的タンパク質捕捉分子を基板上に固定化し、少ないサンプル量で多数の分子間相互作用情報を獲得するマイクロアレイ技術が研究されている。分子間相互作用シグナル検出法としては、蛍光標識化された標的タンパク質あるいは抗標的タンパク質抗体を利用する蛍光検出法が主流であるが、定量的標識化反応の検討は不可避である。一方、標識化を必要としない表面プラズモン共鳴法(SPR)や水晶発振子法(QCM)を用いる検出では、速度論的パラメータを得られる反面、迅速・簡便・安価な並列測定に適用するには更なる技術的ブレイクスルーが求められる。従って、非標識測定法でありながら、SPR やQCM 法とは一線を画す迅速・簡便かつ安価な新測定法の開発が急務である。
2.金の異常反射特性を用いる分子間相互作用検出フォーマット
金は青?紫の波長の光照射下では、金属というよりむしろ誘電体としての性質を示す。そのため、金表面に吸着した分子膜厚によって大きな反射率変化が観測される。この金の異常反射(anomalous reflection of gold, AR) 特性を利用すれば標的タンパク質の標識化を必要とせず、金表面で起こる分子間相互作用を光の反射率変化として読みとることができる。さらに、SPR 測定で用いられる単色光レーザ光源の代わりに白色光源を、またプリズムを用いる全反射光学系の代わりに光ファイバを用いることが可能であり、迅速・簡便・安価な測定が期待される。このようなAR特性を利用した分子間相互作用測定法(AR 法)は東京工業大学梶川らおよび三原らによってその高いポテンシャルが示されている8-9)。しかし、簡便・安価なこのAR 特性を利用する方法はSPR測定法と比較して約一桁測定感度が低いことが指摘されている。
そこで、本研究ではAR 特性を利用する分子間相互作用検出法の高感度化を指向し、測定機器開発(ハード)ではなく、基板表面修飾材料開発(ソフト)からのアプローチを行うことを目的とする。具体的には、ガラス基板上に金を蒸着し、得られた金表面を自己組織化単分子膜(self-assembled monolayer, SAM)でコーティング、その上層に球状の樹状高分子(デンドリマー)を共有結合させることで金表面を修飾する分子膜をナノメートルのオーダーで立体化し、標的タンパク質を高密度集積化することができる機能性金薄膜を作製した。標的タンパク質を固定化する有効表面積を拡張するほど高感度なタンパク質検出が期待できる。本研究で提案するAR 特性を利用する光ファイバ型バイオセンサは、比較的低い感度を克服できれば、広く医療・環境診断や薬剤探索等への積極的な導入が期待できる次世代測定技術として有望である。
3.1 AR 法によるタンパク質検出(図1)
(1)標的タンパク質の設定
本研究では、迅速・簡便・安価な標的タンパク質検出法の基盤技術の開発を行うので、研究初期の段階では比較的相互作用を検出しやすい標的タンパク質を設定することが重要である。そこで、一般的に分子間相互作用検出に用いられるビオチン?アビジン相互作用を検出対象とし、金基板上にビオチンを固定化し、アビジンとの相互作用観察を通して金薄膜の機能性評価を行うこととした。
(2)樹状高分子(デンドリマー)修飾金薄膜の作製
十分に洗浄したガラス基板にクロム(1 nm)を蒸着し、次いで金(300 nm)を蒸着した。膜厚の増加はQCM によりモニターし、一定膜厚となるよう厳密に制御した。標的タンパク質の金表面への非特異吸着の抑制および官能基導入量の制御のため、得られた金薄膜上に2種類の膜成分(PEG6-NHS およびPEG3-OH)により自己組織化単分子膜(SAM)を形成した。標的タンパク質検出感度の薄膜表面構造依存性を検討するため、SAM作製後に第2,3および4世代のポリアミドアミン(PAMAM)デンドリマーをそれぞれSAM 上のNHS と反応させることで金基板上に共有結合で導入し、金薄膜の立体制御を行った。また、対象金薄膜として、直鎖状ジアミンを共有結合で導入した。次いで、金薄膜上のアミノ基末端に活性エステル法によりビオチンを導入した。全ての反応ステップはAR 法にて単位面積当たりの分子導入率を定量し、それらを指標にして固定化法の検討を行った。
(3)標的タンパク質吸着量の測定
AR 測定法ではin situ 反射光強度モニタリングおよび基板洗浄後の乾燥状態での反射光強度測定によって、分子間相互作用のダイナミクスおよび分子間相互作用の一括同時測定がそれぞれ可能である。そこで、本研究ではあらかじめ標的タンパク質であるアビジンとビオチン化金薄膜を相互作用させ、十分にアビジンを基板上に吸着させた後に、測定緩衝液次いで蒸留水にて洗浄・乾燥後、乾燥状態における反射光強度測定を行った。また、標的タンパク質種および濃度を種々変化させることで、標的タンパク質?捕捉分子間の物理化学的パラメータを獲得することを試みた。
3.2 AR 法によるタンパク質検出結果
図2にAR 測定法によるタンパク質検出の結果を示す。デンドリマー修飾金薄膜を用いる測定法が、明らかにアビジン作用後の膜厚変化が大きくなった。また、金薄膜上のデンドリマーの世代が2から4へと大きくなるに従い、アビジン作用後の金表面膜厚変化が大きくなった。これより、タンパク質との相互作用に必要な有効膜表面積を拡張することで、効率よくアビジンの検出ができることがわかった。
また、対象表面、第2及び第3世代デンドリマー修飾金薄膜では、SAM 組成比0.5 よりも0.01の方がアビジン吸着量が多かったが、第4世代デンドリマー修飾金薄膜では大きな違いは見られなかった。これは、金表面の分子密度がより小さい方が、吸着するタンパク質同士の反発を抑えることで、結果として高密度表面よりも優位にタンパク質検出が可能であったと思われる。一方、第4世代デンドリマー修飾金薄膜では、アビジンにとってすでに十分に低密度状態にあり、SAM 組成比への依存性は限定的であった。
アビジンの代わりに、アビジンより巨大な抗ビオチン抗体を作用させて、抗体検出を試みた。対象表面に比べ、デンドリマー修飾金薄膜を用いると明らかに抗体吸着量が増加した。また、第4世代デンドリマー表面であっても、SAM 組成比0.5よりも0.01 の方が抗体吸着量が多かった。これは、抗体にとっては第4世代デンドリマーでさえも立体ナノ構造を形成するのに小さいことを示している。すなわち、相互作用により吸着した標的タンパク質の金表面密度が相互作用検出感度に重要であると思われる。
一方、第4世代デンドリマー金薄膜に緩衝液のみまたは牛血清アルブミン(BSA)を作用させても殆ど反射率変化を示さないことから、本検出システムは標的タンパク質特異性が高いことが示された。
図3に、標的タンパク質としてアビジンおよび抗ビオチン抗体を用い、タンパク質濃度を種々変化させて吸着挙動を観察した結果を示す。プロットをLangmuir 型吸着等温式でフィッティングしたところ、吸着定数はアビジンに対してはKa,suf =1.8 x 107 M-1 また、抗ビオチン抗体に対してはKa,suf = 4.6 x 106 M-1 となり、アビジンが抗ビオチン抗体よりも強固にビオチン化金表面に吸着していることがわかった。
4.まとめ
この様に、AR 法を用いることで、検体および捕捉分子側に蛍光標識を必要とせず、SPR 法のように複雑で高価な装置も必要としないタンパク質検出が可能であった。今後は、多種類のタンパク質捕捉分子を金基板上に配置することで、一度に多くの相互作用情報を獲得できるように研究開発を進める予定である。さらに、工学分野との融合による全自動化分子間相互作用検出も開発線上にある。