2016年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

都市環境を考えさせる野外生態実習教材の開発

実施担当者

磯 清志

所属:北海道稚内高等学校 教諭

概要

1 はじめに
 理科教育において、実験・実習は重要であるが、生態分野での野外実習教材は非常に少ない。理由としては、従来の生態学の主な研究対象が原生的な自然であり、学校周辺にないこと、生物相が地域で異なり全国共通の教材が開発しにくい等が考えられる。特に都市部での教材の入手は難しい。
 また、2008年に史上初めて、世界人口の半分以上にあたる33億人が都市部で生活するようになった。膨張する都市環境を保護し、生態系から受ける恩恵を管理することが急務とされている叫このような情勢にも拘わらず、生徒が都市環境について学ぶ機会はほとんどない。
 そこで、原生的な自然とは対極にある都市環境が生物に与える影響という視点での生態学実習教材の開発を試みた。
 青木(2000)は都市の人工建造物上のコケに生息するササラダニ類の生息状況を調査し、都市動物としての類型化を試みた。
 また、筆者は人工建造物上のコケに生息するササラダニを指標生物として都市環境を考えさせる実習教材の開発を試み、以下のような結果を得た。
①全国17都市の人工建造物上のコケから21種のササラダニ類を得た。これらのダニの種組成の違いから全国を北海道、本州と九州、沖縄の三地域に区分できた。
②これらのササラダニ類は環境指標生物としての有用性が高かった。
③一方で、高校生にとってササラダニ類を分類単位の「種」まで同定することは難しかった。本研究では、動物の同定が「種」より容易な「目」や「綱」までにし、複数の分類群を組み合わせることで中高生にも容易に実施できる実習教材の開発を試みた。


2 方 法
2-1 人工建造物上のコケに生息する土壌動物相
(1)調査
①調査期間 平成28年4月~12月(ただし、高温期は除く)
②調査地域 北海道(札幌市、岩見沢市、旭川市)、東京都、沖縄県(那覇市、石垣市)の都市中心部および都市周辺部
③調査方法 調査地域の都市の中心部・農耕地・人工林・自然林に囲まれた人工建造物上のコケ(セン類)を採取、北海道稚内高等学校に持ち帰り、ツルグレン装置で動物を分離し「目」あるいは「綱」の分類群まで実体顕微鏡(40倍)を用いて同定、個体数を数えた。さらに、採集地の自然度と分類群の組成との関係を調べた。

2-2 教材としての有効性の検討
 北海道稚内高等学校1年普通科の「生物基礎」の授業において調査で得られた動物の同定を生徒が行い、筆者が同定の結果の評価を行った。
 生徒の同定は実体顕微鏡(40倍)を用い、同定は図解検索図鑑を用い、主に図合わせで、磋宜検索表により行った。


3 結果
3-1 人工建造物上のコケに生息する土壌動物相
 沖縄県、東京都、北海道の合計21カ所で調査し、全体で7綱15目(7綱のうち2綱は「目」で同定できなかった)17分類群の動物2,312個体を得た(表1)。
 地域別の分類群数では、沖縄県が7綱14目、東京都が2綱6目、北海道が2綱7目だった。各地域の出現率(全調査地点に対する該当の分類群が記録された調査地点数の割合)では、ダニ目が100%、トビムシ目が71.4%、コウチュウ目とハエ目が33.3%だった。他の分類群の出現頻度は極めて低かった。
 分類群数を地域別で比較すると、沖縄県は分類群数が東京都や北海道に比べ、2倍以上だったが、東京都と北海道はほぼ同数だった。分類群の組成では、東京都と北海道が類似した。ダニ目とトビムシ目が優占し、他の分類群の種類や個体数は極めて少なった。沖縄県はトビムシ目、ダニ目の順で優先し、他の地域でみられないミミズ綱、甲殻綱、ムカデ綱、コムカデ綱がみられた。特徴的な分類群としては亜熱帯に分布するシロアリモドキ目が見られた。

(注:表/PDFに記載)

3-2 環境指標としての有効性の検討
 分類群数と個体数ともに最も多かった沖縄県において4月と10月に市街地中心部(Urban central)、都市公園(Urban park)、自然林(Natural forest)の三地点における分類群の組成を比較した(表2)。
 分類群数と個体数を季節間で比較すると4月に比べ、10月が多かった。月ごとの三地点の比較では4月はダニ目かトビムシ目のいずれかが優占し、他の分類群はごく少数だった。10月はトビムシ目の個体数が多く、次いでダニ目が優占したが、自然林より市街中心部の方が分類群数は2倍以上見られた。

(注:表/PDFに記載)

3-3 教材としての有効性の検討
 生徒が同定したサンプルを実習後、筆者が確認したところ、「綱」や「目」レベルの分類群まではほとんどの生徒が正確に同定できていた。


4 まとめ
 人工建造物上のコケに生息する士壌動物相は、地域や季節による違いはあるものの、士壌中のものに比較すると単純であった。乾燥や高温、人為的な攪乱等に晒されるためと考えられる。
 都市公園など士壌が存在する場所であれば、士壌中と人工建造物上のコケに生息する動物を比較することで士壌動物にとっての都市環境を生徒に考えさせる教材の開発も可能と考えられた。

 複数の分類群を組み合わせることで環境指標とすることは、分類群数、個体数が最も多かった沖縄県でも、今回の研究では難しいと考えられた。

 先行研究で実施したササラダニ類の同定はほとんどの生徒が「種」までできなかった。「目」までの分類群までの同定は、ムカデ綱やコムカデ綱を除く分類群が高校生にとって無理のない学習内容と考えられた。