2001年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第15号

遺伝子結合性タンパク計測のためのバイオセンサの研究・開発

研究責任者

片山 佳樹

所属:九州大学大学院 工学研究科材料物性工学専攻 助教授

概要

1.はじめに
ゲノムの構造解析が進み、今後、様々な遺伝子の機能解析の重要性がクローズアップされてきている。このような状況にあって、遺伝子そのもの、遺伝子と相互作用するタンパク、あるいは遺伝子の機能を修飾するタンパクなど、DNAや各種タンパクの機能や存在を簡便かつ迅速に計測できる手法は、極めて重要であると考えられる。また、遺伝子の機能解析とは、言い換えれば細胞の情報伝達系そのものの解析でもあり、これらに寄与する新手法も必要であろう。電気化学的計測、いわゆるバイオセンサは、多検体を迅速かつ簡便に計測するのに適した手法の一つであるが、未だ、そのような手法はほとんど報告されていない。
本研究では、このようなことを踏まえ、遺伝子や細胞情報伝達、特に遺伝子周辺にかかわる細胞情報伝達に寄与するタンパクの機能を計測するための、新しい原理に基づくいくつかの手法の開発を試みたので、報告する。
2.抗DNA抗体計測バイオセンサ
我々は、図1に示す原理により、DNAに結合するタンパクである抗DNA抗体を計測することに成功した。
すなわち、5'末端をチオール化したDNAを、金電極上に固定し、これをバイオセンサとした。DNA抗体は電極活性ではないため、これを計測するために別にマーカーイオンとしてフェロシアン化物イオン1フェリシアン化物イオンのredox coupleを添加している。測定は、サイクリックボルタンメトリー(BASICV-50W,対極;白金、参照極;Ag/AgCI)によった。測定溶液は、100mMKCIを含む10mMTris(pH7.4)、マーカーイオンとしては、フェロシアン化物イオン1フェリシアン化物イオン5mMを用いた。この系に、抗DNA抗体が存在すると、これが電極上のDNAに結合することにより、電極の有効面積が減少することにより、マーカーイオンの電極応答電流が減少した。この電流減少は、抗DNA抗体の濃度依存的で、同じlgM型であるがDNAに結合しない抗マウス抗体では、電流応答は全く見られなかった(図2)。この手法は、原理的にすべての遺伝子結合性タンパクの計測に応用できると期待できる。
3.エストロゲンレセプターによる各種リガンドの結合活性評価のためのバイオセンサ
エストロゲンレセプターは、核内受容体の一種であり、活性化により直接DNAに結合して標的遺伝子の転写を活性化する転写因子でもある。近年、内在性リガンドだけではなく、この受容体を活性化する人工リガンドが、環境ホルモン、あるいは内分泌撹乱物質として注目されている。そこで、この受容体への各種リガンドの結合活性を評価できるシステムを設計し、基礎的評価を行った。原理は、基本的に図1で示した抗DNA抗体電極と同じである。すなわち、エストロゲンレセプターのリガンド結合ドメインを金電極に固定し、リガンド存在下でのマーカーイオン(フェロシアン化物イオン/フェリシアン化物イオン)の応答電流変化を計測するものである。エストロゲン受容体のリガンド結合ドメインは、受容体cDNAから相当部分(302-553番目アミノ酸部分)をPCR法により増幅し、T7発現ベクターに組み込んで、E.coli.(BL21(DE3)pLyss)により発現させた。精製は、カルポキシ末端にヒスチジンタグを結合させておき、Ni2+担持カラム(Hitrap TM)によった。タンパクの電極への固定にもヒスチジンタグを利用した。すなわち、N,N一ビスカルポキシメチルアミノエタンチオールを合成し、これのエタノール溶液(11mM)に金電極上を浸すことにより固定し、ついで0.1M硫酸ニッケル水溶液に5分間浸してニッケル錯体とした。これにエストロゲン受容体リガンド結合ドメインのTris-HCIバッファー溶液を作用させて風乾し、最後に非特異吸着を防ぐため、10mMメルカプトエタノール水溶液で処理し、ついで同じバッファー溶液で洗浄して、固定化電極とした。測定は、前述の抗DNA抗体計測と同じである。リガンドとして17,β一エストラジオールを添加すると、nM~μMのオーダーで、濃度依存的に電流値の減少が見られた(図3)。エストロゲン受容体のリガンド結合部位は、リガンドの結合により表面正荷電が減少することが知られており、これがアニオン性マーカーイオンの電極表面での電気化学的反応の効率を下げたためと考えられた。本手法は、今後、エストロゲン以外の人工リガンドとの親和性の評価に応用を考えている。
4.プロテインキナーゼA計測バイオセンサ
遺伝子機能を修飾するタンパクの計測を目指したバイオセンサ開発の試みとしてプロテインキナーゼA(PKA)の計測を目指したバイオセンサの開発を試みた。PKAは、セカンドメッセンジャーであるサイクリックAMPにより活性化され、核内に移行して転写因子を活性化して遺伝子発現を制御する重要なタンパクである。例えば、甲状腺ガンなどある種のガンでは異常な充進が認められており、疾病とのかかわりも重要なキナーゼである。
PKAの計測にあたっては、PKAの基質となるペプチドを利用した。すなわち、基質ペプチドが活性化されたPKAによりリン酸化されると、アニオン荷電が導入されることにある。この分子の荷電状態の変化を利用した。具体的には、図4に示すフェロセン担持型基質ペプチドを設計、合成した。このプローブは、初め総荷電が+1に近いと考えられるが、リン酸化により、逆に総荷電は一1に近い状態となる。そこで、電極表面をthioctic acidにより修飾してアニオン表面とすると、初めはプローブ分子の電気化学的反応は、静電的に有利であるが、リン酸化後は、静電反発により抑制される。その結果、PKAの活性に応じて、応答電流が減少するという原理である(図4)。電極の修飾は、金電極を1 mM thioctic acid/エタノール溶液に1時間浸し、その後、0.lMKCI及び10mMMgCl2を含む100mMTrisバッファー溶液(pH7.4)で洗浄することにより行った。測定は、サイクリックボルタンメトリーにより、装置条件は、上述の系と同じである。この電極を0.lMKCI及び10mMMgCl2、120μMATP,PKA C subunit(活性化PKA、9unit)含む100mMTrisバッファー溶液(pH7.4)に浸し、ペプチド型プローブ20μMを加えると、時間依存的に電流値の減少が見られた(図5)。この変化速度は、別にcoupled enzyme assayにより求めたペプチドのリン酸化速度と一致しており、また、活性化していないPKAでは見られないことから、プローブのリン酸化に基づくものであることが示唆された。また、リン酸化されないカチオン性フェロセンであるフェロセントリメチルアンモニウムを用いると、活性化PKA存在下でも電流応答は見られず、この電流値変化が、タンパクの非特異吸着によるものではないことも確かめられた。本システムを利用すると、0-100unitまでの活性化PKAで濃度依存性に電流値が直線的に減少し、PKAの計測が可能であることが分かった。
5.DNA計測システムの開発
最後に、タンパクではないが、遺伝子そのものの計測を目的としたバイオセンサの開発も検討した。ターゲットとなる配列の相補的配列を有するDNAを2の抗DNA抗体検出系と同様にチオールを介して金電極上に固定化した。もし、これと相補的な標的DNAがあれば、電極上で2本鎖が形成されることを利用し、2本鎖と一本鎖を見分けるシステムを設計した。具体的には、図6に示すような高分子型プローブを設計、合成している。このプロ一ブは、2本鎖DNAにのみ選択的に結合するソラレン部位を有し、また、電気化学的に検出できるフェロセン部位を複数個有している。したがって、一分子のプローブが結合しても、多数のフェロセンを標識したことになり、高感度化が期待できる。実際、ガン遺伝子rasの発ガンにかかわるコドン12の点変異部分の相補鎖(GCCACCAGC)を電極上に固定し、正常型配列(GCTGGTGGC)と変異型配列(GCTGATGGC)をそれぞれ添加後、高分子型プローブを加え、ディフェレンシャルパルスボルタンメトリー測定を行ったところ、相補鎖存在下でより大きな応答電流が見られた(図7)。本手法は、マイクロチップ化も可能であることから、電気化学的DNAチップの開発にも応用できるものと期待している。
6.おわりに
以上、遺伝子周辺で働く種々のタンパクの計測に使用できる新しいバイオセンサを各種、設計し、性能評価した。上述のバイオセンサは、いずれもまだ、基礎的検討の段階であり、実用化には多くの検討項目が必要であるが、基本的に、今後の遺伝子機能解析に貢献できる原理を含んでいると期待している。今後は、これらの知見を踏まえて、より実用的なシステムに改良していい期待と考えている。