2015年[ 科学教育振興助成 ] 成果報告

遺伝子を理解する分子生物学実験の開発、実施と共同実施校での実施による普及活動(2年次報告)

実施担当者

繁戸 克彦

所属:兵庫県立神戸高等学校 教諭

概要

1.はじめに
 高等学校の指導要領の改変が平成24年から実施され、教科:理科、科目:生物の内容に急進する分子生物学の成果が盛り込まれ、遺伝情報の発現やバイオテクノロジーの分野が教科書に実験を含むものとして大きく扱われるようになった。しかし、高等学校現場では、設備やコスト面だけでなく、教員にこれらの実験の実施や指導の経験がなく、教科書に掲載されている実験でさえ実施が困難な状況である。この状況を打開すべく、一般の高等学校で実施可能なバイオテクノロジーを体験する分子生物学実験を開発し、生徒、教員対象の実験実習会を実施することで、遺伝子組み換え技術の論理やバイオテクノロジーに対する興味関心を高め、さらに設備が十分でない学校でも実施可能な実験器具、実験材料、薬品等を整備し、それを用いて担当教員が自校で多くの生徒を対象に実験を行うことによる普及を目的とした。


2.プログラムの経緯・状況
≪1年次≫
2014年7月 詳細な実施計画を作成
実験に関する情報を収集
実験協力校との打ち合わせ
2014年8~10月 実施実験の試行と改良
・DNAフィンガープリント実験
●神戸高校での試験実施
7月28日(月)~30日(水)参加生徒37名
●遺伝子を理解する分子生物学実験実習会
(第1回)県立神戸高等学校
11月18日(火)参加生徒32名 教員5名
11月19日(水)参加生徒31名 教員5名
●共同実施校での実験実習会実施
県立兵庫高等学校 生物実験室
12月11日(木)参加生徒22名 教員2名
12月12日(金)参加生徒22名 教員2名
●遺伝子を理解する分子生物学実験実習会
(第2回)県立神戸高等学校
12月19日(金)参加生徒10名 教員7名
12月20日(土)参加生徒6名 教員5名
●共同実施校での実験実習会の実施
兵庫県立小野高等学校
12月25日(木) 参加生徒10名 教員1名
●共同実施校での実験実習会実施
神戸学院大附属高等学校
2015年2月5日(木)参加生徒15名 教員1名
2月6日(金)参加生徒15名 教員1名
●神戸高校での改良実験の実施
2月9日(月)参加生徒18名
2月10日(火)参加生徒19名
2月17日(火)参加生徒19名
2月18日(水)参加生徒19名
≪2年次≫
2015年4月~7月 実験材料準備のためのシステム作り。
●神戸高校での試験実施
7月28日(火)~30日(木)参加生徒39名
●神戸高校での試験実施(発展編)
9月23日(祝)参加生徒5名
●遺伝子を理解する分子生物学実験実習会
(第3回)県立神戸高等学校
11月1日(日)参加生徒29名 教員11名
11月3日(祝)参加生徒26名 教員9名
●共同実施校での実験実習会の実施
兵庫県立宝塚北高等学校
11月11日(水)参加生徒7名 教員1名
11月13日(金)参加生徒7名 教員1名
11月12日(木)参加生徒28名 教員1名
11月13日(金)参加生徒28名 教員1名
●共同実施校での実験実習会の実施
兵庫県立神戸商業高等学校
12月9日(水)参加生徒17名 教員1名
12月10日(木)参加生徒14名 教員1名
●神戸高校での実験実施
12月16日(水)参加生徒12名
12月17日(木)参加生徒12名
●神戸高校での実験実施
2016年1月26日(火)参加生徒19名
1月29日(金)参加生徒19名
2月17日(水)参加生徒27名 教員1名
2月19日(金)参加生徒27名 教員1名
●共同実施校での実験実習会実施
神戸学院大附属高等学校
2月4日(木)参加生徒43名 教員2名
2月5日(金)参加生徒43名 教員2名
●共同実施校での実験実習会の実施
兵庫県立小野高等学校
3月16日(水)参加生徒40名 教員2名
3月17日(木)参加生徒40名 教員2名


3.共同実施校での実施拡大への工夫
 初年度の遺伝子実験についての教員アンケートでは,「市販の実験キットは高価で,購入が難しい。」「クラス40人での実験には,複数セットの購入が必要でお金がかかる」という経済面での問題,「興味ある実験であるが、実験器具が整備できない」「電気泳動層やマイクロピペットはあるが,1つしかない。このようなものがあるという演示に使っている」といった実験器具についての問題と,「生徒実験をどのように行ったらよいか、その手法がわからない」「授業での実験では人数が多く,1人の教員ではいきなり新しい器具の多い実験では,指導しきれない」といった実験実施,指導に伴う問題が寄せられ,これらの問題を解決することを2年次の課題として取り組んだ。
●実験材料等の提供
 プラスミド等の大量培養と抽出を行い,形質転換・DNAフィンガープリントの両実験とも,2人1組でできる準備をした。培地やDNA,プラスミド,大腸菌などすぐに実験できるように整備した。
●貸し出し機材の整備
 初年度,本校の備品も貸し出ししていたが,校内で別の用途で使用したり,他校への運搬等でトランスイルミネーターが破損したりすることがあり,貸し出し機材開発と整備を行った。遠心器や泳動層,マイクロピペット,ボルテックスミキサー等の備品のほか,チップやマイクロチューブ,ループ,手袋といった消耗品もセットにして貸し出した。また,簡易トランスイルミネーターを10台以上開発,作成,実験班ごとに使用できるものとして,貸し出した。
●TAの育成と教材
 TAマニュアルを作成し,実験会に参加した生徒にこのマニュアルを使って実験を経験させることで,自校実施時にアシスタントとして活躍できるようにした。

 教材も新たに,1年生で十分に学習が進んでいない生徒向けて「遺伝子DNAとは」事前学習用教材を作成,実験プリントの(発展編)として形質転換では,オペロンの説明を加えたもの,DNAフィンガープリントでは,方対数グ
ラフを利用して解析するものも作成した。
実験プリント,事前学習プリント,原理の説明プリント,TAマニュアル,実験を円滑に進めるためのスライド(パワーポイント)をUSBメモリーに入れて配布した。


4.実施の効果
 実験実習会実施に当たって、本校で行った実験会、連携校での実験会とも実験後にアンケートを記入してもらい実験実習会の効果を分析した。
 生徒用アンケートは遺伝子を扱った実験の経験、マイクロピペットなど器具の操作の経験を聞く項目(6項目)と実験後の変化を聞く項目(10項目)とした。
 ここでは実験実習による生徒の変化を中心に報告する。各質問に対して以下の尺度で行った。
5ポイントが最も高いく2.5ポイントが中央値。

1 大腸菌についての知識・理解が深まった。 4.13
2 遺伝子の発現についての知識・理解が深まった。 4.10
3 大腸菌の形質転換の原理が理解できた。 4.06
4 形質転換の実験操作や器具の扱いができた。 4.45
5 DNAの電気泳動の原理が理解できた。 4.34
6 電気泳動の実験操作や器具の扱いができた。 4.41
7 行った実験操作がどのような意味があるか理解できた。 4.11
8 実験に興味や関心を持ち、意欲的に取り組めた。 4.40
9 実験結果の予想について、考察(予想できた)できた。 3.94
10遺伝子組換えやバイオテクノロジーについての興味・関心が強まった。 4.16
有効回答数 生徒336名分

 アンケートの結果から、質問項目1,2,3,5の「実験に関する原理や知識や理解」の平均は4.15ポイントであり、遺伝子についての学習としての効果があったことがわかる。質問項目4,6の「実験操作と器具の扱いについて」は神戸高校で行った実験実習会ではそれぞれ4.46ポイント,4.32ポイントであったが,神戸高校以外の共同実施校ではそれぞれ4.40ポイント,4.52ポイントと電気泳動に関しては高い値が出ており,自校で実験を行った先生方の指導力の高さが伺われる。共同実施校での生徒の感想に「先生のスライドショーを見て少し知識が付き実験に取り組みやすくなり楽しく実験をすることが出来た。」とあり実験の流れと操作を解説するプレゼンテーションスライドも効果があったようだ。また,TA役として実験をサポートした生徒の果たした役割も大きいと考えられる。
 質問項目7の「実験操作の意味が理解できたか」については、神戸高校で行った実験実習会4.41ポイント,共同実施校での実施3.77ポイントと大きな差が出ている。実験実習会は休日十分な時間を使って行っているが,共同実施校での実験は授業中の時間を使って行うため,実験操作はスムースに行えても,その操作の持つ原理まで十分に説明する時間がとれなかったのであろう。神戸高校で行った実験実習会に参加した生徒が十分に実験操作の意味を理解したことで,自校ではTA役として初めての生徒に指導ができるものと考える。質問項目9の「結果の予想や考察について」は,一度,実験実習会を経験した生徒では,4.15ポイントと高く,初めてのものの3.73ポイントを大きく上回る。一度経験し,自校実施でTAとして指導的な立場で実験を行うことでより深い理解ができるものと考える。
 質問項目8の「興味や関心を持ち意欲的に取り組めた」は4.40ポイント,質問事項10の「遺伝子組換えやバイオテクノロジーについての興味・関心が強まった」は4.16ポイントとどちらも高い値であり,実験後の感想にも「印象に残ったことは、初めての器具を使って遺伝子組み換えをして実験中楽しかったです。感動したことはライトを当てた時にコロニーが光ったときに綺麗な蛍光色になった時です。」「準備がたくさんあって、その時点から楽しかったです。目に見えるかなとワクワクしました。」「初めてDNAを扱う実験をして、今まで教科書の上だけだったのであまりよく分からなかったが、本当にこんなことできるのか?と疑問に思っていたことを実験できたので良かった。」「今までは図録で写真を見るか問題集の解答を見てこの実験はこうなるんだとしか思っていなかったけど実際にやってみると理解度も全然違って,いい実験が出来て良かったです。」このような回答からも意欲的に楽しく実験に取り組めたことがわかる。
 TAとして自校での実験をサポートした生徒は「今回は先生のアシスタントとして実験に参加しました。前回の復習が出来て、細かい注意点も押さえることが出来たので良かったです。」「2回目の実験だったのでより理解できました。説明する立場になると、分かっていないことが結構あったので、これを機会にしっかり理解できたと思います。」といった感想があり,TAとして他の生徒を指導することでより深い理解ができたようだ。
 本事業で行った、初めて体験する目では見えない分子生物学実験においても、実際にその内容を実験とともに学習することにより、その理解が深まることが確認された。この分野では実験をする実験条件が整わない学校も多い,そのような学校の生徒に対し、この事業によりこれら実験の普及活動を行うことで、より多くの生徒に実験の機会を設けることができ、この分野の知識・理解を深めることができた。また,異なる学校の生徒が交流できる場ができ,教員同士にもつながりができたことはこの実験実験会の意味は大きい。


5.まとめ
 この事業では、兵庫県立高校9校、神戸市立高校1校、私立高校2校の計12校,延べ757名の生徒の参加があり、生徒の変化、効果も検証された。教員も延べ65名(神戸高校実施企画担当者を除く)が実験を行った。教員に行った44項目に記述回答を加えたアンケートから,2年次にはプログラムに改良を加えた。この事業で、整備した実験器具等は今後も希望する学校に貸し出し,実験材料の供給も継続する。この事業により高等学校における分子生物学実験の真の普及ができたと考える。