2005年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第19号

運動関連脳電位による意図・情動伝達代行システム

研究責任者

井出 英人

所属:青山学院大学 理工学部 電気電子工学科 教授

共同研究者

野澤 昭雄

所属:青山学院大学 助手

共同研究者

田中 久弥

所属:工学院大学  講師

概要

This paper proposed the intention-signal detection method for brain wave computer interface. The single-trial MRCP analysis was studied as brain wave analysis. Haar wavelet filter and the biregressive was used the intention signal detection method.
1.はじめに
脳波インタフェースとは,脳波の信号解析に基づいて人間の意図を機械へ発話や動作なしに伝達するシステムである。脳波インタフェースは人間一機械直結の次世代型のヒューマン・インタフェースとして注目されている一方,ALS(筋萎縮性側索硬化症)に代表される肢体不自由者の意思伝達装置としても研究されている。脳波は精神活動に伴う中枢神経の電気活動を計測したものであり,脳波インタフェースはその信号から意図に対応した特異成分を分析し利用するシステムをいう。実際にはアプリケーションがあらかじめ決まっていて,その操作を実現できるような意図信号検出法を研究することが多い。例えば肢体不自由者の意思伝達装置がある1)。一方,現在の一連の研究で脳波から分析できる意志はスイッチング程度の簡単なものである。したがって情報機器の操作やロボットの制御などの複雑な意図は,スイッチをオンにする,カーソルを1単位だけ移動させるなどの意図を組み合わせて実現することになる。スイッチングの意図に対応した脳波成分として,β波(13-30Hzの自発脳波)エネルギー増加によるスイッチング,選択的注意時の誘発脳電位P300波,そして本研究で扱っている筋動作に対応して発現する運動関連脳電位MRCPなどが挙げられる。本論では,脳波インタフェースとしての必要条件であるリアルタイム性に優れた意図信号検出法として,左右手首屈曲運動意図に関連する脳電位計測とその解析に基づいた2値の意図検出法について述べる。
2.脳波インタフェースの構成
図1に脳波の計測部からアプリケーション部までの模式図を示す。計測部までは臨床で用いられている脳波計測機器および脳波計測手法を用いる。脳波は数uVの振幅であるが,皿電極を介して生体アンプに送られ±5Vに増幅されパーソナルコンピュータのAD変換機に接続される。意図信号分析部,アプリケーション部はパーソナルコンピュータ内でソフトウェア処理によって実現ざれる。意図検出部では,フィルタリング処理後の脳波の電位の比較などを行い,意図に対応した信号か否かを判別し,アプリケーション部にスイッチのON/OFFに相当する信号を送信する。アプリケーション部はその信号に基づいて動作をする。
3.意図に対応する脳波特異成分
MRCP(Movement Related Cortical Potential:運動関連脳電位)は随意運動時にのみ発現し,ヒトの行為発現を反映する脳波の一成分である。図2に加算平均解析したMRCPの計測波形を示す.これは右手示指の伸屈運動を随意のペースで50回程度行わせ,同時計測した筋電図を基準に同期加算平均を行った結果である。MRCPの構成成分のうち随意運動時に先立って発現する陰性電位である準備電位(readiness potential:RP)は,人の随意運動の中枢発現機序を検討する際の有効な指標となっている。RPの構成成分は,Bereitschafts potentia1(BP), intermediate slope(IS), negative slope(NS')が同定されている。特にNS'(negative slopeは,運動開始の直前に現れ,運動反対側半球前中心野(一次運動野)で最大になる.MRCPは,右手掌握運動時には反対側運動野直上の頭皮電位が陰性優位となり,左手掌握時にはその逆の反応がある。MRCPの成分のうち,左右差を決定しているのはNS'とされ,それは運動直前の急峻な陰性電位である(2)。
4.MRCPの計測方法
は臨床応用では運動神経系の検査に利用されているがその場合,同期計測し加算平均法によって解析する。これにより背景脳波に対するSIN比を向上させることができる。しかしながら同時加算平均処理を施すと1つのスイッチングに有効なMRCPを検出する時間が60秒~200秒程度必要になり即時性が劣る。したがって1回の計測でMRCPを解析する必要がある。これを単一試行解析と呼ぶ。
本論文ではアプリケーションとして脳波によるカーソル操作を考えている。これは右手の運動時と左手の運動時のMRCP検出をそれぞれカーソル移動に割り当てることである。図3に右手と左手の運動時それぞれのMRCPの計測波形を示す。C3,C4は大脳一次運動野の直上に位置し,その賦活電位を最大に計測する探査電極である.図3(a)は右手の随意掌握運動時のMRCPを説明するものである。筋電位(EMG)の発火に先立って,約300ms前から頭頂部中心にRPが観察され,後にC3の電位がC4の電位に比べてマイナス方向に大きくなる。この電位がNS'である。左手の随意掌握運動の場合は図3(b)のように左右対称の電位変化が観察できる。このように運動開始時刻の探査電極C3,C4のNS'電位を比較することで,運動肢が右か左かを知ることが出来る.
被験者に安静安楽仰臥姿勢で開眼の条件の下,右手及び左手の随意掌握運動を任意ペースで行わせた計測結果である。2つの探査電極C3,C4の脳波と,19探査電極によるトポグラフをそれぞれ示した.電極配置は国際10-20法に従い,単極導出法にて計測している。C3,C4とは探査電極のシンボルマークである。脳電位の読み方は,生体信号の表示の慣例に従いグラフの上方が負電位である。トポグラフは,頭頂部方向からの観察であり,図上が鼻部,図左が左耳の位置関係である。探査電極C3,C4は,トポグラフで,水平正中線上にあり,頭頂部の左右にそれぞれ対応する。
5.意図信号の検出
〈5・1〉単一試行解析
MRCPの単一試行解析では,背景脳波(4-8 Hz帯θ波,8-13 Hz帯α波,13-20 Hz帯β波)や体動筋電位(0.5 Hz以下)に対するSIN比を向上させる必要がある。そこでHaar Waveletによる多重解像度解析を用い,背景脳波や体動筋電位に対する単一計測のMRCP波形(Raw wave)の解析を行い,意図信号検出の向上を図る。いまsampling周期をτ,Waveletの時間幅をNとすると,Haar Waveletはその第0基底関数(ψo)は重みが一定(Nτ)のsmoothing処理のoperatorであり,脳波形との畳み込み演算によってLPF(cutoff周波数11Nτ)の効果を与える(式1)。第1基底関数(ψ1)は一階差分に相当し入力波形の各点での平均的傾きを得るoperatorであり(式2),第2基底関数(ψ2)は二階差分に相当する。これらはBPFに相当する(式2)。ここで各基底関数から時間幅N=16,32,64,128のAnalyzing waveletを生成し合計16個のフィルタを用意する(図4)。またこのフィルタの実行例を図5に示す。
〈5・2〉意図信号検出右・左運動の判別
多重解像度解析の結果に対して運動開始前後2500msの脳電位の積分を行い電極C3-C4間の面積差を求める。この解析値による教示信号を用意し説明変数とし,重回帰分析により左右判定式を作成する。目的変数は各教示信号に対して右[+1],左卜1]とする。左右判別重回帰式の構築でF分布(FinニFoutニ2.0)による変数増減により変数の選択,すなわち16個のフィルタのうち有用なフィルタの選択を行う。教示信号は本入カシステムを用いて計測された。被験者は健常青年男性,のべ6名である。式4は右,左の運動を判別する判別式である。ここで
は電位面積,yは右または左の判定値である。y>0で右運動,s<0で左運動である。
分析の結果より偏回帰係数の大きい方から列挙し考察すると,まず背景脳波を除去しMRCPの低周波の緩やかな陰性電位を分析するψo(N128),ψo(N64)があり,これはこれまでの解析の見方と同様に左右差を決める主成分となっている。次にψ1(N32)はMRCPの運動直前の急峻な電位成分NS'の勾配を解析している。NS'成分は運動の反対側に発現する左右差を決定する電位成分である。次に第2基底関数のWaveletであるψ2(N128),ψ2(N64),ψ2(N32),ψ2(N16)があり,これはMRCPの左右差がBPFで解析されていることを示すものである。特に体動筋電位の成分除去に効果が出ているものと考えられる。
6.意図信号検出率
意図信号検出率の指標として入力確度を与える。例えば右の運動を行ったときに[右1として判別された割合のことであり,全入力数に対する正入力数を百分率で現す。図6,図7に平滑化フィルタの代表であるψo(N64)フィルタのみの場合と,多重解像度解析の場合とを示し,それぞれを用いた場合の意図信号検出率を示す。被験者は重回帰式を作成した被験者と同じ被験者を用いている。実験の結果,右手,左手,そして被験者の違いに寄らず多重解像度解析の方が,意図検出率が良好であった(表1)。このことから,今回のフィルタ群の中で特にψ2が単一試行MRCPにおける左右差の特徴を説明し入力確度の向上に効果があることが実験的に分かった。
7.まとめ
本論文では脳波インタフェースの構成方法を述べ,脳波の特徴量,脳波の計測部,意図信号検出部を説明した。この3つの部はアプリケーション部に依存して決まることが多いが,本論文の提案する意図信号検出法では,カーソルを右に移動するあるいは左にリアルタイムに移動するというアプリケーションを想定して,運動関連脳電位(MRCP)の単一試行解析法を検討した。これはHaar Waveletフィルタを1回の計測脳波形(Raw wave)に適用して波形の特徴量であるNS'電位面積を計算するものであり,様々な背景脳波(ノイズ)に対して特徴量信号を効果的に解析することができる。またこの特徴量を説明変数として右・左の運動を脳波だけで判別する重回帰式を構築した。実験結果は意図信号検出率90%であり,単純な平滑化フィルタと比較して15~30%意図信号検出率が良好であった。これはRaw waveのMRCPに含まれるNS'の面積特徴量が,いくつかの周波数帯域に含まれている事を示している。今後の検討課題としては,多値の意図信号検出が挙げられる。探査電極を増やす,あるいは運動様式に対応した特徴量を研究したい。また体動を伴わない意図信号検出法の検討も挙げられる。運動のイメージだけでもMRCPは発現するという研究報告(3・4)もあり,今後実験して研究していきたい。