1988年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第02号

運動時における連続血圧測定装置の開発研究

研究責任者

中根 央

所属:東京理科大学 工学部 電気工学科 助手

共同研究者

丸山 仁司

所属:東京都老人総合研究所  助手

概要

1.まえがき
運動時における動脈血圧の無侵襲的連続計測は,循環器系機能検査やリハビリテーションの実施において大変有用である。しかし,従来からの最高および最低血圧を測定する聴診法,および,最高および平均血圧を測定するカブ振動法では,それらの血圧を得るのに数十秒を要するため,運動などによる急激な血圧変化に対処することは難しい。また,過去に運動時の血圧を測定する装置として島津製作所より耳甲介部の最高血圧のみを連続的に測定する装置が開発されたが1),被検部に最高血圧に相当する圧を連続的に加えるため,被検部の状態を乱しすぎるなどの理由で現在は使用されていない。一方,血管内容積変化を光電的に検出し,血圧波形を連続的に測定する方法がある2)。この方法では血管内圧変動に伴う血管容積変化を瞬時に外圧によって補償して容積を一定に保持したとき,その外圧が血管内圧に等しくなるという原理を用いる。従来からの装置では,加圧媒体として圧縮空気2),または水3)を用いているために装置が大型であること9また,被測定部として指が使用されていたため9非常に限定された運動にしか使用することが出来なかった。そこで,運動時に使用できる容積補償法に基づく装置として,加圧源として小型容器に封入されたフレオンガスの蒸気圧を用い,小型軽量で低消費電力型装置の開発を行った。
2.加圧部の構成
図1は最初に試作した連続血圧測定装置のブロック図を示す4)5}。カフ(測定部)内圧を上昇するための加圧部9カブ内圧を減じるための減圧部,容積脈波を検出する光電信号検出部,圧力検出部,サーボ目標値を決定するための初期値設定部,連続測定を行うための自動測定部よりなる。また動作系より分類すると,開ループ系と閉ループ系に分けられる。
開ループ系は連続測定を行う際のサーボ目標値を決定するためにある。サーボ目標値としては容積振動法で容積脈波の最高振幅時の平均透過光量を用いる。実際には,最初にカフ圧を上昇させ徐々に減圧した場合,フォトトランジスタからの光電脈波をACアンプにより低周波成分を除外した脈波成分とローパスフィルタ(LPF)を通過した平均透過光信号とに分ける。その脈波成分のピーク値を検出し,その瞬間にトリガ信号を出し,そのときの平均透過光信号をサンプルホールドする。このホールド値がサーボ目標値となる。この値が決定された後は初期値設定部は切り離される。
閉ループ系は連続計測を行う系である。光電脈波信号とサーボ目標値との差をパルス幅変調(PWM)回路に入力する。PWM回路により光電脈波信号がサーボ目標値と一致するように電磁弁の開閉が制御され,カフ圧が調整される。そのときのカフ圧を圧力トランスジューサーで測定したものが血圧波形として記録される。
実際に,図1に示す系で測定した結果を図2に示す。被験者は背臥位で,測定部位として本方式では左耳甲介部,直接法では右上腕動脈で測定した結果を図2に示す。最高血圧に関してはほぼ一致した値が見られたが,最低血圧に関しては本方式では高い値を示した。このことは電磁弁によるガス排気能力が充分でないために生じたと考えられる,図3に示した特性も本方式による圧波形の一例であるが,本来発生してはいけない高周波成分が生じている場合がある。電磁弁の動作周波数は33Hzで,その成分は16Hzのローパスフィルタで除去している。電磁弁の排気能力が不足した場合には,Duty Factorが1.0以上になりPWM動作周波数33Hzの半分の16.5Hz成分が除去されないで残ってしまうために生じる。
試作1号機における問題点を解決するために,図4に示す2号機の試作を行なった。加減圧の追従範囲を広くするためにガスボンベとカブの間にもう1つ小型電磁弁を付け加えた。その制御方式は,光電信号とサーボ目標値の差である誤差信号をサンプルングし,正または負の信号によってカフ圧の加圧または減圧を行う。図5に示すようにサンプリング周期中に誤差信号を連続的に測定し,その信号の符号が逆転した場合,両電磁弁は閉鎖したカフ圧の変化がないホールド状態になるように設計した。この装置を用いて安静時に指部で測定した血圧波形と誤差信号の関係を図6に示す8)。血圧波形に対する誤差信号は20dB以下に減衰しており良好な結果を得た。本装置と聴診法による最高と最低血圧値の比較を行った。本装置での測定部位は左中指,聴診法では右上腕を使用し,それらの測定部位は心臓の高さと一致させた。被験者8名に対して測定し,整理した結果を図7に示す。相関係数は0.92で高い相関が得られた。
運動時には,安静時に比べて脈拍が増加し,血圧変化範囲も増加するため,カブ内圧変化の条件は厳しくなる。それゆえに,この状態では電気信号に対する電磁弁の応答遅れ,また,管路中でのガス圧変化の遅れなどの問題も厳しくなる。そこで現在は,それらの問題を解決するための研究を行っている。
3.血圧センサ部
カフ圧は電磁弁によって光電出力が一定となるように制御され,その時のカフ圧が血圧を示す。被検部としては運動による制約を受けにくい部位として耳甲介部,そして,従来からの容積補償法で使用されてきた指部を選び,それぞれに適した構造のセンサ装着部を製作した。ここでは耳甲介部装着用センサ部を中心にして説明する。過去に製品化かれたテレメータ式最高血圧連続測定装置(島津制作所製)では,加圧用カブ部とセンサ部とが被検部となる耳甲介部をはさんで対向する形に配置されていた。センサ部は発光素子である近赤外LEDと受光素子であるフォトトランジスタとが同一面上にモールドされた形となっていた。LEDから放射された光は被検部の外皮や血管内血液などの体内組織で反射される。この反射光は血管内の血液量に応じた出力変化を示す。この従来からのセンサ部では,発光素子と受光素子を近ずけると,被検部からの反射光と,同時に発光素子からの直接光がモールド材料内を通って受光されてしまうために光電信号のSN比を悪くしていた。この直接光の影響を抑えるために,発光と受光素子との距離はある程度離して配置しなければならず,小型化という面では制約があった。この原因はLEDとフォトトランジスタの指向性が広いためである。
センサ部を小型軽量化するために,次に述べることがらを検討および実験した。光ファイバ端面からの放射光は光軸方向に鋭い指向性を持っていることを利用し,光ファイバ端と受光素子とを密着配置させ,センサ部の小型化を可能とした。実際の装置の構造を図8に示す。また,従来の装着部で金属が多く用いられていたために,耳にかかる重量が509あったが,今回試作した装着部では,アクリル材を主体として制作したことで259と軽量化を図ることが出来た10)。
指部における検出器では,従来,発光素子と受光素子を直接指に取り付けていたものを,カブのゴムの内部に取り付け直接指に触れないようにしたことにより雑音の影響が軽減できた。
4.討論
運動時における血液を測定する場合に配慮すべき点として,平常時の心拍数が60くらいであるのに対して,特に激しい運動をした場合には200以上になることがある。それ故に,安静時の血圧波形に含まれる周波数成分が20Hz以下であるのに対して,運動時では50Hzまで考えねば成らない。一般的に運動時の血圧変化は,安静時に比べて変化範囲が大きく成ることにも注意することが必要である。また,被験者の拘束性を少なくするために,測定装置の小型化,軽量化,および,低消費電力化を計ることも必要である。以上述べたことを考慮して測定装置の開発をおこなった。血液波形を測定する場合に一番問題に成るのは,血圧立上りの時の鋭い圧の上昇にカブ内圧が応答できることである。この立上り特性に関しては,血圧と時間的な対応がある心電図から判断して,運動によって心拍数が3倍,すなわち,血圧の繰り返し周波数が3倍になっても,血圧立上り時間は2倍くらいにしか成らないことが判っている。現在の装置で使用している電磁弁は,電気信号に対しては動作遅れが3msある。また,管路内での遅れは10msくらいであるが,この遅れをもうすこし小さく出来れば,今回開発した装置で,この立上り特性に充分適応出来る見込みである。使用ガスについては社会的に問題になっているフレオンガスから炭酸ガスに変更する準備を進めている。40リットルのCO2をボンベ使用すると連続55分の測定が可能と成るのである。電子回路は非常に小型にできるので,装置の大きさは主にガスボンベの大きさに左右されるところで大である。使用電力は1W程度である。
耳部での光電脈波センサに関しては,ファイバを使用したことにより小型化とSN比の改善が出来た。しかし,現在使用しているプラスチックファイバは堅いために,被検部の拘束性に問題があること,また,測定部位を耳甲介部にするか,耳朶部にするかなどの取り付けに適した場所の選択の問題もある。また,試作血圧測定装置の評価実験を行なうために,流体を用いて人体における血圧波形を模擬した圧波形を発生できる人体血圧シミュレータの製作を行っている。圧発生部はほぼ出来あがっているが,被検部に相当する疑似生体部の研究および光学的に血液に類似した液体に関して調査中である。
5.あとがき
運動時の血圧測定用装置の基本的なところの開発はほぼ終了しているが,カブ内圧制御部の特性改善に思いの他時間がかかったため,全般的に開発に遅れをきたしている。血圧センサ部である耳部の検出器の改良と平行して,その部位で実際にトレッドミルなどの運動中の血圧測定をすること,人体血圧シミュレータを完成させて装置の使用可能範囲を明確にすること,また酸素消費量,心拍数,心拍出量などとの比較実験を早急に行なうことなどが今後必要である。