2004年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第18号

近赤外分光法を用いた筋組織酸素濃度の実時間イメージングと筋代謝の定量評価

研究責任者

山本 克之

所属:北海道大学大学院 工学研究科 ステム情報工学専攻 教授

共同研究者

川初 清典

所属:北海道大学体育指導センター  助教授

共同研究者

工藤 信樹

所属:北海道大学大学院 工学研究科 助手

共同研究者

浜岡 隆文

所属:東京医科大学 医学部 講師

共同研究者

庭山 雅嗣

所属:静岡大学 工学部  助手

概要

1.はじめに
近赤外分光法(near infrared spectroscopy、NIRS)による組織酸素濃度計測は、脳や筋の組織代謝の時間変化を実時間で測定し得る唯一ともいえる手法であり、実時間性の点ではPETやf・MRIも追随し得ない大きな利点を有している。しかも、簡便な装置で実現できるため、脳活動のモニタリング、リハビリテーションにおける筋力回復診断、スポーツ科学への活用など、今後の発展に大きな期待が寄せられている。
脳を対象とした計測では、連続光法を用いたイメージングシステムが実用化されており1)、脳の高次機能や脳機能の発達を対象に実時間性と簡便性を活かした臨床応用が試みられている2)。筋を対象としたNIRSの分野でも、運動には多くの筋が関わっており、従来の1点測定では筋代謝の時空間的動態を捉えることができないことから、筋を対象としたイメージングも試みられてきた3)。しかし、画像化面積が限られる、筋の収縮・弛緩に対応した速い時間変化を観測できないなど、実用性に乏しい段階でとどまっている。これに対し、我々は連続光法を用いた200チャネルの筋組織酸素濃度イメージング装置を試作し、大腿全周の画像化を行い、その有効性を確認している4)。しかし、連続光方式では測定開始からの変化分しか測定できず、組織酸素濃度の絶対値や酸素化の最適な指標である組織酸素飽和度を測定することはできない。
そこで、本研究では、比較的多チャネル化が容易で、絶対値計測が可能な空間分解法を用いたイメージング装置を開発し、運動負荷時の筋組織酸素濃度の時空間解析や筋組織酸素消費量など、筋代謝の定量評価を目的として、その有効性を検証することとした。
2.方法
2.1近赤外分光法NIRS
NIRSには大別して連続光法、空間分解法、強度変調法、時間分解法の4種の方法がある。連続光法では吸収係数侮の変化分のみを、空間分解法では隔の絶対値を、さらに強度変調法と時間分解法では阻と等価散乱係数u、の両者を同時に決定できるが、後者の2方法は装置が複雑になり用途は研究用に限られる。生体組織の〆,は多くの場合ほぼ一定とみなせることから、簡便法として連続光法や空間分解法が多く用いられている。また、イメージング装置では多チャンネル同時計測が基本となるから、実時間性、実用性の観点からも手法的には連続法と空間分解法が適している。本研究では、濃度の絶対値や酸素化の最適な指標である酸素飽和度に主眼を置き、従来報告のない空間分解法を用いたイメージング装置の開発研究を実施した。
2.2空間分解イメージング装置
(1)試作イメージング装置
本研究で試作した送受光プローブの外観を図1(a)に、その断面を(b)に示す。プローブの中央に2波長LED(Optrans、ピーク波長690、825nm)を配置し、LEDから20、29mmの位置に受光器としてフォトダイオード(Hamamatsu Photonics,S2386・45K)を上下に2個つつ配置した。フォトダイオードの背面には電流電圧(1・V)変換器を設け、外部ノイズの低減化を図った。また、プローブ全体を筋収縮時の体表の形状変化にも対応できるよう、可擁性を考慮してシリコーンでモールドし、表面反射の影響を除去するためプローブ表面を黒色シリコーンとした。
多数のプローブを使用するため、発光・受光信号は、マルチプレクサを用いて全て時分割方式とした。図2に試作装置の全体を示す。試作装置は、送受光プローブ、中継ボックス(マルチプレクサ、増幅器)、装置本体(LEDドライバ、増幅器、マルチプレクサ)、汎用のデータ入出力Pcカード(National lnstruments、DAQCard)、パーソナルコンピュータから構成され、データ入出カカードに内蔵されているA/D変換器、パラレル110、DIA変換器を介して、データ取得・制御を全てコンピュータで行った。時間分解能は画像1枚(64チャネル)当たり0.27秒であった。各プローブをベルクロテープで伸縮帯(スポーツ用サポータ)に固定し、これを大腿部などの測定部位に巻きつけ、多数のプローブを簡単に皮膚に密着させることができるようにした。
(2)酸素濃度算出アルゴリズムと脂肪層の補正
空間分解法では、定常光を組織に照射し、その反射光強度の空間的な傾きから組織の吸収係数を決定する。組織の実効的な減光係数をμeff、送受光器間距離をr、半無限媒質における反射光強度R(r)とすると、光拡散理論に基づくR(r)の理論式5)から、次式を導出することができる
この式より、近接した2点でR(r)を測定すれば、μ’Sを一定として から吸収係数μaが求められる。しかし、この理論式は組織が均質であることを仮定しており、多層構造の実際の組織に、そのまま適用できない。特に筋組織では、介在組織である脂肪層の光吸収が筋に比べ1桁も少なく、散乱が大きい。そのため、脂肪層が厚くなると、入射した光の多くが脂肪層内で散乱を繰り返しながら受光器に到達し、筋層を通過してくる光の割合は著しく減少する。
我々は、これまで実測、ファントム実験、モンテカルロ・シミュレーション(4層モデル)により、連続光法における脂肪層の影響とその補正法について検討し6~8)、ガウス関数を用いた補正式を提案してきた9)。その成果を踏まえつつ、本研究では、モンテカルロ・シミュレーションにより空間分解法における脂肪層の影響を系統的に解析した。その結果、受光器を併置する空間分解法では、脂肪厚6mmまでは誤差約15%以内と連続光法に比べて脂肪層の影響は少ないものの、厚みが増すと測定感度が急速に低下して無視し得ない誤差を生じることを、まず明らかにした。次に、シミュレーションの結果に基づき、式(1)の関係式を脂肪厚により補正する2次近似式を作成し、これを用いてμ。ffを求めた。なお、実測では、各測定点の脂肪厚を超音波診断装置で測定した。また、偽の算出には等価散乱係数u.、が必要になるが、ストリークカメラを用いた時間分解測定(脂肪層の影響を考慮)により、前腕と大腿部で筋の光学特性を測定し、その結果に基づき、u、(850nm)=0.4mm-1、u,(690nm)=0.5mm-1と一定であることを仮定した。
計測した2波長の魚から酸素化ヘモグロビン(Hb)・ミオグロビン(Mb)濃度[HbO2+MbO2]、脱酸素化Hb・Mb濃度[Hb+Mb]、および総量[total Hb+Mb](血液量)を2波長分光法で算出し、組織酸素飽和度(tissue oxygen saturation、TOS)を次式で定義し、組織酸素化状態の指標とした。
3.イメージングによる筋組織酸素濃度の時空間解析
図3(a)に示すように、試作プローブを大腿部へ装着し、運動時の筋組織酸素濃度の時空間解析を行った。画像は、各プローブからの測定データを補間し、図3(b)のような装着プローブの展開図として作成し、右端部が大腿直筋(RF)、中央右が外側広筋(VL)、中央から左側がハムストリングス(HM)となるように表示した。
図4は、試作プローブ14個(56チャンネル、28測定点)を健常成人の右大腿部に装着し、60%MVC(maximum voluntary contraction)で等尺性膝伸展と膝屈曲運動を各30秒間持続したときのイメージング結果である(上図は膝伸展、下図は膝屈曲運動時)。結果を見やすくするため、酸素化・脱酸素化・総Hb1Mbは、安静時からの変化分のみを表示した(左から1~3列)。右端の4列目には絶対値計測から得られたTOSの結果を、図の右に、大腿直筋(RF)とハムストリングス(HM)におけるTOSの時間変化を示した。図中の矢印は、安静時、収縮開始後の5、25、35、60秒を示し、対応する時点のイメージング結果のみを上から下へ順に並べた。
安静時では各筋ともにTOSは60~70%であり、TOSに大きな部位差は認められなかった。膝伸展開始5秒後では、筋収縮により血液が排出されるため、大腿直筋と外側広筋のtotalHbは直ちに減少した。HbO2も減少するため、脱酸素化へ移行したかのように見えるが、TOSで評価すると安静時と有意差はなく、酸素化指標としてのTOSの妥当性を確認できた。TOSは収縮開始後、数秒で減少し始め、約15秒後の変曲点を経て、30秒で約30%まで低下した。運動終了後、血液が筋に流入するとTOSは急速に回復し始めるが、数秒で上昇率は低下し、漸増後60秒で安静時のレベルに回復する特徴的な変化を示した。また、白黒の図では不明確であるが、回復期に活動筋の部位で顕著な運動性充血が観察された(totalHb+Mb)。膝伸展運動時には、屈筋であるハムストリングスに顕著な変化は認められず、TOSはむしろわずかに増加した。一方、屈曲運動時にはハムストリングスにおいて、上記の伸展運動と同様の変化が観察できた。また、ハムストリングスでは運動開始後約15秒でTOSが最低値の25%に達し、謙気性代謝に移行した。
このように、試作イメージング装置で運動時の活動筋を明瞭に画像化することができた。また、運動負荷強度により、運動時と回復期のTOS変化の様相は大きく異なっており、筋を対象とした組織酸素濃度のイメージングが多数筋の協働する運動解析に極めて有用であることを検証できた。
4.局所筋酸素消費量の高速定量評価
カフを用いて動脈あるいは静脈阻血を行えば、NIRSを用いて四肢の筋組織酸素消費量や組織血流量を簡便に測定することができるlo)。しかも、局所的な測定が可能である。しかし、動脈や静脈を阻血する方法では、測定に少なくとも5~10秒を要し、筋収縮時の瞬時の測定は困難である。NIRSの最大の利点は非侵襲性、簡便性に加え、高速性にある。本研究では、装置の高速化を図り、高強度の筋収縮では筋血流が遮断されることを利用して、筋収縮時の酸素消費量を1収縮ごとに測定する筋代謝の新たな定量評価法についても検討した。
図5(a)は、前腕屈側の等尺性運動(70%MVC)を行ったときのHb・Mb濃度変化の測定例である。測定は1点測定とし、装置のサンプリング周期を0.13秒までに高速化し、収縮に伴う急速な濃度変化にも十分追従するようにした。収縮により血液が排出された後、[HbO2+MbO2]は一定の割合で低下しており、その低下率から収縮時の酸素消費量を2~3秒で推定できる。図5(b)に、3秒収縮・3秒弛緩、3秒収縮・1秒弛緩、持続収縮を60秒間行ったときの酸素消費量の測定結果(6名の平均)を示す。なお、運動開始前に動脈阻血法(1分間)で安静時の酸素消費量を測定し(比較のため、3秒収縮を2回付加)、運動終了後5秒でも3秒収縮を行い、その後は30秒間間隔で3回収縮を繰り返した。
動脈阻血法により求めた安静時の酸素消費量は0.20±0.04ml・100g-1・min-1であった。3秒収縮、3秒弛緩を繰り返したときは、弛緩時に血流が十分に供給され、酸素消費量は安静時に比べ約12倍まで増加した(右縦軸は安静時酸素消費量で規格化)。3秒収縮・1秒弛緩では、弛緩期が短縮され、単位時間当たりの負荷が増加すると同時に血液供給量も減少するため、運動開始後10秒程度で酸素消費が最大となり、その後は安静時の5~7倍となった。また、持続収縮では、約25秒で酸素不足となり嫌気性代謝に移行した。さらに、運動終了後5秒の酸素消費量は、いずれの場合も酸素負債を反映して安静時の10倍以上に増加し、その後漸減した。このように、装置の高速化を図ることにより、カブを用いずに筋収縮時の酸素消費量を時々刻々推定できた。
5.おわりに
本研究では、空間分解法により組織酸素飽和度をも画像化できる筋組織酸素濃度イメージング装置を開発した。大腿部で測定を行い、運動時の活動筋の酸素化状態を明瞭に画像化することができた。組織酸素飽和度は、運動負荷の様式や酸素負債を反映した特徴的な変化を示し、筋組織酸素化状態の時空間解析に開発装置が有用であることを検証した。また、装置の時間分解能を高め、筋収縮時の酸素消費量をほぼ瞬時に推定する手法も検討し、運動負荷の違いによる酸素消費量の違いを時々刻々測定することができた。
NIRSのような実時間性、非侵襲性、簡便性と三拍子そろった代謝モニタは他に存在せず、運動能力の判定、筋代謝測定のほか、有酸素・無酸素運動の把握や筋疲労の測定にもNIRSは応用可能と考えられ、スポーツ科学やリハビリテーションの分野において、さらなる活用がなされることを期待したい。