2004年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第18号

転写因子NF-κB活性化測定DNAチップ開発によるエンドトキシンショック迅速診断

研究責任者

北島 勲

所属:富山医科薬科大学 医学部 臨床検査医学講座 教授

共同研究者

村口 篤

所属:富山医科薬科大学 医学部 免疫学講座 教授

共同研究者

小方 則夫

所属:富山医科薬科大学 医学部 臨床検査医学講座 助教授

概要

1.はじめに
21世紀に入り、医学は急速な進歩をとげているにもかかわらず、敗血症の死亡率は極めて高い。全身性炎症症候群(SIRS)やエンドトキシンショックの病態を迅速かつ的確に把握する検査法が臨床現場で確立されていないため、病態の重篤度判定や病態変化に応じた適切な治療が後手にまわることが救命率が低い原因であるといわれている。SIRSやエンドトキソンショック診断には、①炎症性サイトカイン群を統括的に測定できること、②患者検体から迅速、簡便、かつ高感度に病院検査室レベルで測定できること、③検査結果判定が迅速に臨床現場に返すことができ、結果が容易に解釈でき、治療法決定に貢献できること、④経済的に安価であること。以上を満たす検査方法を開発することが解決策として重要であると考える。そこで、筆者らは、SIRSやエンドトキシンの病態に関与する種々の炎症性サイトカイン発現が、それらプロモーター領域存在する転写因子NF-κB結合により調節されていることに注目し1)、NF-κB活性化状態を把握できる上記条件を持たす検査方法の研究・開発に取り組んだ。本研究の目的は、重篤な感染症やSIRSの病態を臨床現場で迅速、高感度に把握し、治療方針決定するための転写因子NF-κB活性化解析DNAチップを開発しキット化することである。
2.エンドトキシンショックにおける転写因子NF一κB活性化の重要性解明
グラム陰性菌の細胞膜成分であるリポポリサッカライド(LPS)の受容体としてToll like receptor(TLR)が同定された。TRL、ファミリーのTIRドメインはIL-1受容体(IL-1R)ファミリーの細胞内領域と相同性があるので、IL-1Rシグナル伝達と同じ分子を利用する。LPS刺激により、細胞内アダプター蛋白MyD88を介してIRAK(IL-1R associated kinase)が活性化される。次にTRAF6(TNF‐receptor associated factor)とIKK(IκB kinase)活性化が生じ、最終的にI κBの燐酸化とユビキチン化によりIκBがプロテオソームで分解され、NF-κBの核内移行が誘導される。われわれは、マクロファージ系細胞において、TLR4発現は恒常的に認められるがTLR2は無刺激状態で発現が弱く、L、PS刺激後にその発現が増加することを認めた。われわれはこのLPSによるTLR2発現誘導は、NF・κB活性抑制剤であるPDTCで抑制されることからTI.R4を介するNF-κB活性化がTLR2発現を誘導するというLPSによる炎症反応重篤化に関する細胞内シグナル伝達モデルを提唱した2・3)。非活性化状態にあるマクロファージは、TLR4とCD14発現が認められるがTLR2の発現は低い。感染初期において少量のLPSが存在すると、迅速にTRL4以下の下流にシグナルが伝達され、最終的にNF-κB活性化が生じる。活性化NF-κBはTNF-α、IL-2,IL-6,IL-8、IFN-γ等の炎症性サイトカインに加え、TLR2発現を誘導する。われわれは感染症が持続、重篤化するにつれ、血中LPSの濃度も上昇するが、高濃度LPSはTLR2にも結合でき、NF-κB活性化シグナル伝達に付加することを明らかにした。
すなわち、TLR4,TLR2によるシグナル伝達に炎症性サイトカインによる作用が加わることにより、NF一κB活性化が最大となり、最終的にSIRSを引き起こすメカニズムを考えている(図1)4)。
感染初期でLPS濃度は低い場合、構成的発現を示すTLR4がLPSと結合し、マクロファージ細胞内にシグナルを伝達する。NF-κB活性化が生じ、TNF・α、IL-6、IL-8、MCP1等の炎症性サイトカイン発現が誘導される。感染が重篤化し、LPS濃度が高くなると活性化NF-κBがTLR2mRNA発現を誘導する。感染後期やSIRS、エンドトキシンショックに生体が陥るとTL、R2がLPSやグラム陽性菌菌体成分と反応し、さらに炎症性サイトカイン発現誘導を増強する。
3.非ラジオアイソトープによる転写因子活性化測定研究計画
3-1測定原理に関する市場調査
転写因子測定に関わる技術特許化が重要であるため、市場調査を始めに行う。次にエンドトキシンショックの病態把握検査方法がキット化された場合の使用用途とその市場調査を行った。
3-2転写因子特異的結合チップ作成
大学等研究室で行われているラジオアイソトープを用いたゲル・シフトアッセイ(EMSA)に改良を加えた。
その要点を(図2)に提示した。「ステップ1」はNF-κB結合特異配列を持つ二本鎖核酸をプレート上に固相化する。「ステップ2」は患者リンパ球より核蛋白抽出を簡便化する方法を開発する。「ステップ3」はプレート上に結合したNF-κBを特異的に検出するためにNF-κB特異抗体を用いた検出系を確立する。検討課題として、①アッセイシステム:対象とするサイトカインプロモータープローブの決定が重要であり、その特異性と定量性をいかに生み出すかが鍵となる。②測定システム:臨床検体における検度設定、反応時間短縮、塩濃度を含む反応液組成を決定する必要がある。
4.成果
4-1 転写因子活性化測定に関する特許調査
チップ・マイクロアレイに関する基本特許は米国アフメトリックス社がアレイ上のスポッテイングと検出原理を押さえていた。核酸を用いた診断に関してはSomalogic Incがアプタマーを利用する方法で特許をかけていた。転写因子を標的にしたものはGeneral Hospital Co.が遺伝子異常検索でDnab DiagnosticsIncがNF-AT活性を標的に薬剤ターゲットに関して特許を有していた。既にこの分野において、米国Panomics社から、活性化された転写反応を24種類中から特定できるTrans Signal Transcription ReporterArrey、54種類のエレメントに結合する転写因子発現検出用Tran Signal TFc DNA Arrey、免疫沈降によって対象とする蛋白と結合するプローブを分離同定するTrans Signal TF-YF Interaction Arrayなどが、研究用キットとして市場にでている。転写因子活性測定キットとして、Becton Deckinson社からBDMercury Trans FactorKit、Active Motif社からTrans AM kitが販売されている。これらは転写因子活性化スクリーニングの研究目的に開発されたものであるが、米国では日本市場の約10倍の製品が使用されており、臨床現場で用いるものができればその市場はかなり大きなものとなることが期待できる。NF-κBに関しては,その発見者であるDavid BaltimoreがNF-κB蛋白自身に特許をかけ、その阻害薬剤に特許が多い。しかし、NF-κBに対する抗体を含め、その測定に関するものには特許がかかっていないことを確認した。
4-2 特異的
NF-κB結合シーケンスの決定NF-κB結合コンセンサスシーケンスはGGACTTTCであるがその前後配列とその長さを決定する必要がある。そのために何種類か既存配列で検討した。①HIV-LTR由来配列(TTGTTACAAGGGACTTTCCGCTGGGACTTTCCAGGGAGGCGTGG(45bps)(プローブコード名:1)とした。また、そのコントロールプローブ(コード名1NC):TTGTTACAACTCACTTTCCGCTGCTCACTTTCCAGGGAGGCGTGG、②Ig-kB由来配列:AGCTTCAGAGGGGACTTTCCGAGAGTACTG(30bps)(プローブコード:2)、そのコントロール;AGCTTCAGAG△TCGATCGGATGAGAGTACTG(コード名:2NC)、③B細胞κlightchainenhancer領域由来配列:AGTTGAGGGGACTTTCCCAGG(22bps)(プローブコード名:PROMEGA)を合成し、2重鎖プローブとした。これらプローブは、5末端をRI標識したRIによるゲルシフト検出とビオチン標識したnon・RI検出とで比較した。検出物はNF・κBp50リコンビナント蛋白、HeLa細胞核抽出液、TNF・α刺激血管内皮細胞核抽出液、健康人リンパ球各抽出液である。
(図3)にRIプローブを用いたゲル・シフトアッセイの結果を示した。図3Aはプローブ1,2を用いた結果であり、ともにリコンビナントNF-κBp50蛋白に反応し、非RIコールドプローブによる競合阻害でバンドは消失し、抗p50抗体にてスーパーシフトされた。健常人リンパ球核蛋白ではいずれもバンドは検出されなかった。図3Bは血管内皮細胞に対し、TNF-α刺激を行った核タンパクとの反応を示す。プローブ名PROMEGAと2が矢印で示されるようにように1本のバンドが検出され、50倍のコールドプローブにより競合阻害され、NF-κB結合領域に変異を入れた2NCプローブではバンドは検出されなかった。以上より2とPROMEGAプローブは特異度の高いものと判定された。
4-3 非RI検出型ゲル・シフトアッセイの構築
Hela細胞から血清除去2時間でNF-κBは細胞質に留まり核内には存在しなくなる。その状態から血清刺激すると2時間で核内に移行する(図4A)。この実験系に対して、図3で非特異バンド出現のない特異度の高いプローブ(2)Ig-κB由来列:AGCTTCAGAGGGGACTTTCCGAGAGTACTGの3末をビオチン標識し、ビオチンーアビジン複合体発色系を用いた非RI測定系を構築し検討した。その結果、血清除去2時間のHela細胞核蛋白でバンドは検出されず、血清刺激60分からバンドが認められ、120分で最大のシグナルが得られた(図4B)。この結果、従来のRIを用いた検出方法とほぼ同等の感度・特異度を有するものと判定できた。
4-4 簡易細胞核蛋白抽出法の開発
従来、細胞より核蛋白抽出する方法として、始めに低塩濃度緩衝液A(Heps-KOH10mM"MgCl21.5mM,KCI10mM,DTTlmM)で細胞質を膨張させ、Dounceホモジナイザーでホモジナイズすることにより核のみにし、次に高塩濃度緩衝液B(Heps-KOH20mM,EDTAO.2mM,MgC121.5mM,NaCIO.42M,DTTlmM,PMSFO.5mM)下で再びDounceホモジナイザーでホモジナイズ後、透析する方法が一般的であり、われわれも本方法でゲル・シフトアッセイを実施していた5)。しかし、本方法では透析までいれると10時間以上の時間を要する。そこで、われわれは低塩濃度緩衝液A処理後10%NP40を加えることで細胞膜を融解し、遠心沈降物に低塩緩衝液Bを加えボルテックス後の遠心しその上清中に核蛋白を得る方法を確立した。本方法ではホモジナイズする必要がなく、作業過程の軽減による時間の短縮と高精度の核蛋白抽出液をえることができるようになった。現在、われわれは新規方法を用いて研究を行っている6)。
4-5 96穴型プレート型NF一κB検出ELISAの評価
NF-κBp50リコンビナント蛋白を1μgから段階希釈し、800ng,500ng,400ng,250ng,100ng,50ng,25ng,12.5ng,625ngに対してRIを用いたゲル・シフトを行った。検出バンドの濃度はBAS(FUJIフィルム社)で評価した。その結果を(図5A)に示す。500ng以上では飽和してしまい、直線性がなくなり、400ngから100ngが半定量的な測定が可能であった。50ng以下はバンドが検出できなかった。
次に、4-1で決定した特異度の高いNF-κB結合DNAプローブ3末をビオチン化し96穴プレート上でコートしたアビジンと結合させたプレートにNF-κBp50リコンビナント蛋白を先述のR十ゲルシフト法と同様に500ngから段階希釈し、6.25ngまでの吸光度(655nm)のOD値を測定した。ブランクを引いたOD値の結果を(図5B)に示す。96穴型ELISAでは1μgのOD値0.186、800ngOD値0.122、500ngOD値0.088、400ngOD値0.079,250ngOD値0.040、200ngのOD値0.028,100ngOD値0,029、50ngOD値0.006で25ng以下では測定不能であった。StatViewにて統計計算すると、R2=0.971、相関係数0.985と良好な直線性が得られたが、300ng以上の濃度域で直線から外れた値が得られる傾向が見られた。一般に発色系を用いたELISA法では測定時間によりその退色が問題になる。この図5Aはサンプリング後1時間でELISAリーダーにかけた結果であった。そこで、1検体ずつ個別にサンプリングし即時測定を行い、低濃度域の測定限界を再度検討した。その結果を(図5C)に示す。100ngのOD値0.33,50ngのOD値0.017,25ngのOD値0.01,12.5ngのOD値0.005まで測定可能であった。以上より、本ELISAプレートを用いることにより、核内に存在する転写因子NF-κBのDNA結合能をRIを利用したゲルシフトアッセイ法を上回る感度で定量性をもって測定可能となった。ただし、臨床応用には、高濃度域の直線性と経時的測定感度の減少という問題点が有ることも明らかになった。
5. まとめ(問題点と今後の展望)
疾患病態を細胞内シグナル伝達異常という視点から捉えると、数万種類ある細胞受容体からセカンドメッセンジャーレベルまでで解析するには標的分子が多すぎる。そこで、われわれは2千種類に情報が集約される転写因子レベルで解析するほうが効率的でありかつ、網羅的であると考えている。現在、この転写因子解析は大学研究室で核蛋白とDNAプローブとの結合能をみるゲル・シフトアッセイや標的遺伝子のプロモーター活性を解析するCATアッセイやリシフェラーゼアッセイが主流である。しかし、手順が煩雑で、高品質の核蛋白抽出が必要な点やRIを用いる測定系利用など病院検査室で疾患の診断検査に利用するまでには技術的には至っていない。本研究は臨床現場で迅速性・簡便性・高感度性が求められるエンドトキシンショック診断に利用できるように技術開発することが目的である。病院に既に設置されているELISA用汎用機器に搭載できることが条件である。今回の研究で、①市場調査から、転写因子解析を病態診断に利用する方向性はビジネスになりうること。②ホモジナイザーを用いない高品質核蛋白抽出が利用できること。③NF-κB結合用DNA配列を決定し、ELISA用96穴プレート上にアビジンービオチン法でプローブを貼り付け、抗体による発色で吸光度定量解析ができ、RIによるゲル・シフト法以上の感度が得られる試作品完成まで到達できたことが主な成果である。しかし、今後の解決すべき問題点として①リコンビナント蛋白を用いた検討より、高濃度域の定量性が低いこと。②この発色系では吸光度が655nmでその使用可能波長幅が狭いこと。③経時的な退色が速く、測定感度が低くなること。④プローブによるDNA一蛋白結合性を規定するバッファー組成が未決定であること。③透析過程を省いた短時間で簡便な核蛋白抽出法開発。④測定機器まで含めた低コストの実現など、臨床検査分野で利用するには解決しなければならない問題点も明確になってきた。