2013年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報第27号

超高感度マイクロ磁気センサによる細胞活動電流シグナルのリアルタイムマッピング

研究責任者

内山 剛

所属:名古屋大学大学院 工学研究科 電子情報システム専攻 准教授

共同研究者

中山 晋介

所属:名古屋大学大学院 医学研究科 細胞生理学教室 准教授

概要

1.はじめに
細胞組織の機能的な評価法として、細胞内電極やパッチクランプ法が用いられてきた。しかしこれらの方法は細胞組織を損傷するうえに、個人の技能に依存する側面が強い。また蛍光プローブを用いての計測も利用されるが、プローブ挿入による負荷・損傷や細胞組織の性質変化が懸念される。本研究では、細胞組織の集団としての機能を非接触・非侵襲に評価するための超高感度磁気計測基盤技術を確立することを目的とする。そのために名古屋大学においてこれまでに医工連携により研究されている磁気インピーダンスセンサを超高感度化し、細胞計測に必要なpTレベルの磁場検出分解能を電磁シールドなしで実現し、細胞組織の活動電流シグナルのリアルタイムマッピングを行うことを目標として研究を行った。
さて、pT(10'12T)レベルの微小磁場を検出するような超高感度な磁気センサとして、現在SQUID(超伝導量子干渉型磁束計)があり、既に医療機器として心磁計や脳磁計に応用されている。標準的なSQUIDの課題点は、測定のためにプローブを冷却するための設備と、大規模な磁気シールド装置が必要とされることである。プローブを超低温にしなければ、量子効果であるジョセブソン効果が発揮できず、高感度計測を達成できない。また、10μTオーダの強磁場が加わった場合には、プローブに磁気トラップ現象が起こり大きなノイズが発生するので磁気シールドルーム等が必要である。よってSQUID磁力計は超高感度であるが、限られた施設でしか使用されておらず、SQUID磁力計を利用したセンシング応用技術は広範囲に広がっているとは言えない。
これまで、名古屋大学を中心に開発された、アモルファスワイヤ磁気インピーダンス(MI)素子を利用したマイクロ磁気センサは2)、スマートフォンに内蔵される電子コンパスなどで実用化されている。一方、Meloらの論文によればアモルファスワイヤGMIセンサの原理的な磁場検出分解能は常温で10fT程度と報告されている3)。この報告に基づきMIセンサの動作条件の検討を行った結果、研究代表者らのグループはアモルファスMI素子(30μm径磁性細線)にパルス通電励磁したときの誘誘導電圧を検出するデバイス構成により、常温で動作する低消費電力型の型磁界センサとして超伝導量子干渉計(SQUID)に迫るような高感度化が達成できることを見出した。
現在、様々な機関でES・ips細胞や他の方法を用いた細胞組織培養が研究され、再生医療などへの応用が期待されている。また、薬剤開発でも薬剤や遺伝子導入などの細胞へ効果を培養細胞組織によって調べる傾向にある。細胞磁気計測においても、SQUIDの利用は検討されているが報告例は少なく、培養心筋細胞に関する計測では、不整な自発性磁気活動のみが記録されている1)。一方、これまでのパッチクランプ法による、電気生理学的な手法は、多数の細胞からなる神経回路レベルの機能解析には不向きである。また、蛍光法では、低分子カルシウム指示薬を成獣の神経組織に導入する効率が非常に悪いなどの問題がある。それらに代わる新しい技術として、生体機能である電気的興奮の時空間特性を直接計測する非接触で無菌的な細胞組織検査技術の重要性が高まっている。
研究課題の、超高感度磁界センサによる計測法では、細胞組織内外を伝導する電流素片が作る磁界の総和として電気的興奮現象を調べることができる(図1)。そこで、試作開発するMI素子を利用した超高感度磁気センシングシステムにより、細胞組織の分化をその成長の過程で観測・評価することができる、あるいは細胞組織の薬剤応用を長期間観測・検査できる、新規な計測・評価技術の探求も目的としている。
2.アモルファスワイヤGMI素子
巨大磁気インピーダンス(GMI)効果は、MI素子のインピーダンスの変化が顕著に生ずるような高周波の電流を通電することにより生じる効果である4)・5)。携帯電話やスマートフォンに内蔵されている、電子コンパスとしてIC化されている、CMOS回路を用いたパルスMIセンサはGMI効果をMo利用している。アモルフスワイヤ素子のGMI効果を説明するために、図2にアモルファスワイヤ素子の磁区構造と印加外部磁界He。、および円周方向の交流磁束密度.瑞・・の関係を示す。
図2(a)のようにHexを印加しない状態では、ワイヤ表面層の磁化ベクトルMoは、円周方向(磁化容易軸方向)を向いている。また、図2(b)のように、ワイヤ長手方向(z方向)にHexを与えると、Moはワイヤ軸(z軸)からθの角度へ向きが変化する。さらに、図2(c)はHexを印加した状態で、アモルファスワイヤに微小交流電流iac=ioe-jωtを通電すると、Moの横方向変化(回転)および磁壁の変位(磁壁移動)に応じたBφacが生ずることを示している。なお、磁壁の幅が狭く、ワイヤ長さ方向の磁化ベクトルの大きさは磁壁の位置に依存しないため、磁壁移動による磁化変化は円周方向のみとして描いてある。磁壁移動よりも、回転磁化に依存したインピーダンスの変化を利用していると考えられるGMI効果の理論解析として、横方向の透磁率(transverse permeability)μtを用いた解析方法がある。μtは、磁化ベクトルの横方向に交流磁界を印加した場合の透磁率であり、素子の複素インピーダンスは次式で与えられる6)。
ここで、μtの方向性を考慮すれば、図3(a)のワイヤ円周方向の磁界hφとMo横方向の磁界htの関係、および図3(b)の、ワイヤ円周方向の磁束変化△βφと△Btの関係から、△Bφ=μthtcos2θとなるため、円周方向の磁束変化に比例する風にcos2θの項が表われる。
この(1)式より、Hexにより決定される磁化ベクトルの向き(角度θ)に依存して、高周波通電によるインピーダンス変化が生ずることが考えられる。一方、?t(=1+4πx)の磁界に対する変化は、(2)式により与えられる。
ここで、y(=2x107rad/sOe)は磁気回転比、Mo(=500G)は飽和磁化、Hkは異方性磁界、およびαは磁化容易軸の方向であり、円周方向に異方性を持つ場合には90°となる。なお、CGS単位系を使用しているが、1[Oe](CGS)=79.6[A/m](SI)、1[G](CGS)ニ4π[T](SI)および、透磁率を比透磁率(真空透磁化率との比)として、SI単位系に換算できる。ω1とω2は、Hex(あるいは、Hexによる磁化ベクトルの角度)に依存するが、ω1およびω2よりωが十分に高い、高周波励磁の場合は、μtが外部磁界にほとんど依存しないことになる。例えば、FeCoSiB張力アニールワイヤでは、通電周波数を20MHz以上とすれば、HexがHk(≒1Oe)以下の範囲でμtの変化は小さい。以上のように、μにより表わされるワイヤインピーダンスのHexによる変化は、磁化ベクトルの向きを考慮して、式(1)におけるcos2θ=0とcos2θ=1の場合のZwの差(=Zwo)として定量的に評価できる。図4には、FeCoSiB磁気インピーダンス素子(長さ1cm、直径30?m)のインピーダンスの変化(Zwo=Zmax-Z(Hex=0))について、計算値と実験値と比べて示す。理論値は、緩和係数τ=0.2場合を示した。これまで、アモルファスワイヤの表面インピーダンスの解析6)に使用されている、τ=0.2の場合に50MHz以上の高周波領域で、実験値とμtによる理論解析値との一致が良いことが確認できた。したがって、高周波励磁によるGMIセンサを設計する上でμtを用いた解析方法は定量的に参考になることが分かった。
アモルファスワイヤGMI素子にコイルを巻いて、そのコイルに誘導される電圧を検出する場合は、円周方向ではなくワイヤ軸(z軸)方向の磁束変化の影響を受けるため、Zwoに比例した誘導電圧は(3)式で表わされる。
ここでkはワイヤに流れる電流Iがワイヤ表面に作る磁界と、コイル(ソレノイド)に流れる電流Iがコイル内部に作る磁界との問の変換係数でありk(I/2πa)=nIとして得られる。なおパルス通電するGMIセンサの場合には、電流により作られる磁界のピーク値が大きいため、微小な交流電流磁界を磁化ベクトルの横方向に与える理論の適応性について考慮する必要がある。しかし、図5のように磁化ベクトルの向きが円周方向に近い場合には、ht(t)≒Hφcos90°が小さな値となるため、平均の磁界Hav方向を中心に微小な交流磁界htを与えるモデルを用いることができる。
このとき与えられる微小交流磁界の周波数fはパルス電流の立ち上がり時間trを用いてf≒1/2trとして考えることができる。また磁化ベクトルの方向はパルス磁界に応じて、θから90°まで変化するとすれば、その方向の平均は、荒い近似で、θと90°の加算平均値と考えられる。したがって、パルス通電の場合の(3)式のθは平均値θav=(θ+90°)/2を代わりとして用いることにすると、検出ピーク電圧Vpは(4)式となる。
一方、パルス電流による磁界がないとして、Hexのみ与えられたときの磁化ベクトルの安定方向θは、円周方向の一軸異方性(異方正エネルギーKu)を考慮した(5)式のEを最小(∂E/∂θ=0)とする方向である。
すなわち(5)式のエネルギー最小とする条件では、cosθ=Hex/Hkの関係が成り立ち、(4)式により、Vpが、Hex比例する関係が得られることになる。ここで、CMOSパルスMIセンサ感度の設計基準として、1cmあたり300ターンのコイルを巻いた場合を評価する。近似的にk=3、Zwo=100Ω、Ip=50mA、Hk=1Oeを(4)式に代入して、磁界による電圧変化率(ΔVp/ΔHex)を計算すると、ΔVp/ΔHex=100×(0.05/2)×3=7.5V/Oeとなる。この値は、後述のCMOSパルスインピーダンスセンサ感度の定量的な説明を与えている。
3.パルス駆動CMOSMIセンサ
本研究で用いた、パルス駆動MIセンサの基本回路図を図6に示す。この回路ではCMOS(complementary metal oxide semiconductor)ICにより数百kHz~1MHzの方形波の発振を得ている。この発振電圧を微分したパルス電流がアモルファスワイヤに通電されている。外部磁気を感知して変化するピックアップコイル電圧を、サンプルアンドホールド回路(SH)で検波する。このタイミングは、CMOS-ICの発振と同期して、コイルに誘導される最初のピーク電圧を検出するように設計した。図7には、図6の回路による磁界検出特性を示す。磁界に比例してヒステリシスのない特性が得られている。検出感度は、約66kV/T(6.6V10e)である。
4.MIグラジオメータの開発
同じ一本のアモルファスワイヤに2つのコイルを組み付けて検出用と参照用の受信部とした。図8に示す勾配磁界検出(グラジオ)方式のセンサヘッドにおいて磁気受信部は、高透磁率(比透磁率15000以上)のアモルファスワイヤにより繋がっているので、磁気回路的に2つの受信部は短絡している。このようなセンサヘッドに均一な外部磁界を印加すると、磁束密度のアモルファスワイヤ上での分布は対称になる。したがって、磁束分布が対称となるワイヤ上の位置に2つの磁気受信部を設ければ、2つの磁気受信部で受信する外部磁気は等しくなる。このメカニズムにより空間的に均一な外乱磁気成分をデータより除去できる。測定物を測定用コイルに近接した場合、地磁気や周囲の機器からの磁気ノイズを効果的に除去し、測定物からの磁気信号を選択的に計測できると考えられる。
本研究で用いたグラジオメータでは検出用のコイルを機械加工により製作した。図9はサンプルホールド後(計装用アンプによる増幅前)の直流電圧について、測定用のセンサAと参照用センサBの磁界検出特性を調べたのである。約13V/Oeの高感度が得られ、その感度差は1.5%以内であった。
アモルファスワイヤMI素子の磁化揺らぎに基づく磁界雑音は(6)式により与えられている3)。
ここで、!は信号の帯域、1はアモルファスワイヤの長さ(cm単位)である。この式から、アモルファスワイヤ素子の長さを1cmとした場合のノイズレベルは約10fTである。したがって、外乱磁界の影響を取り除くことができれば、pTオーダー(10'12T)の磁界の検出は、原理的に可能である。本研究で試作した高性能MIグラジオメータの外乱磁界除去特性を、バンドパスフィルタの通過周波数帯域を0.3Hz~500Hzとして調べた結果を図10に示す。シールドレスでのグラジオメータの出力ノイズスペクトルと3重パーマロイシールド内でのスペクトルの比較である。1Hz~40Hzの帯域では、電磁シールドレスでも磁気シールド内でもセンサ出力のノイズレベルにはほとんど差がなく、両者において10pTIHz112以下である。ただし、電磁シールドレスの場合に、100Hz以上の周波数領域において、パワーラインノイズ(60Hz)の高調波の影響が強く観測されている。以上の実験結果から、本研究で使用する、シールドレス細胞活動計測のためのグラジオメータシステムの周波数特性は図11に示すように1Hz~40Hzに設定した。神経系の細胞組織などを計測する場合には、イオンチャネルの開閉時間が1ms程度であることから、さらに周波数応答性の良いセンサシステムが要求されると考えられるが、周波数応答性の向上については、今後の課題と考えている。
5.試作センサによる微弱電流計測
細胞の活動電流の計測に必要な、センサ性能が得られるかどうかについて、基本的な検討を行った。例えば、細長の平滑筋盲腸紐(taenia caeci)組織では、活動電位の20mV~30mVに対応して、その組織の内側を1011Aから30uAの電流が流れることが報告されている7)。一方、無限長の直線電流を仮定した場合、電流によって作られる磁界は次式で与えられる。
ここでrは直線電流からの距離である。一方、図12に示すようなセンサヘッドと電流線の配置を考えた場合に、センサヘッド上では、磁界の大きさに分布ができる。アモルファスワイヤは磁界検出の指向性が高く、ワイヤ長さ方向(Y方向)の磁界分布を考えた場合、その平均の値Bavとして(8)式が導かれる。
ここで、Lはセンサヘッドの長さで、dはセンサヘッドと電流線との問の距離である。図13は電流の値を10pAとして、またヘッドの長さLは5mmおよび10mmとして、&。とdの関係を(8)式により計算したものである。センサヘッド長Lが10mmの場合、電流線からの距離dを1mm~2mmとすれば、.島vは400pT~500pTと算出される。図14は数Hzで10pAppの交流電流を直線導線に通電して磁界を発生し、試作センサシステムによりその磁界を計測した波形を示したものである。この実験では、センサヘッドに用いたアモルファスワイヤと導線は直角とし、その間の距離は1mmとした。また、導線は検出用のコイルの上に配置した。この図よりセンサ出力の約250pTは、導線の通電電流に換算すると5μAであることが確認できる。すなわち、(8)式を用いて、流れる電流の大きさを検出磁界の大きさを基に評価できることを実験的に確かめた。また、数μA程度の微弱電流を非接触検出すするセンサとして、開発した高性能グラジオメータは使用できることも確認した。超高感度マイクロ磁気センサを用いて細胞から発生する磁界を検出した信号が、細胞組織内部の細胞間結合(ギャップ結合)を介して流れる電流が作る磁界を選択的に計測した信号であるかどうかについて一般的に証明することは難しいと考えられる。そこで、本研究では、電位と磁界の同時測定により活動電流による磁界の検出が可能かどうかについても実験的な検討を行った。
6.試作センサシステムによる細胞磁気活動計測実験
図15は、モルモットの膀胱から摘出した平滑筋細胞組織などの(約1cm四方)の生体磁気を検出するために用いた実験系の概要を示す。実験は、試料を細胞外液に浸して、磁気シールドを施さない状態で行った。すなわち1対のアモルファスワイヤのヘッドにより、環境磁場ノイズを効果的に除去し、細胞組織からの生体磁気を計測した。サンプルとセンサの問は、1mmとした。試料として用いた平滑筋細胞組織では、組織内のペースメーカー神経細胞信号による活動電位パルス発生(細胞チャネル開)後、細胞膜通過のCa2+移動(電流)が起き、次いで平滑筋収縮が起きる。このCa2+オシレーションに基づく自発的な電気活動により活動磁場が生ずると考えられる。図16には、本研究で試作した超高感度マイクロMIグラジオメータによるモルモットから摘出した盲腸紐(~1mmx~1mmx~30mm)についての計測結果(b)および、旧センサシステムによる計測の結果(a)を比較して示してある。改良した試作センサシステムにより、バックグラウンドノイズに比して細胞組織からの磁気信号のみが強調されていることが確認できる。モルモットの胃から摘出した平滑細胞組織試料にっいてMIセンサによる磁気測定と電極法による細胞外の電流測定の同時計測の実験系の写真を図17に、同時計測実験を行って得られた時系列信号波形を図18に示す。細胞組織磁気信号は細胞外部に置いた電極による信号に同期しており、明瞭な相関が観測されたといえる。さらに、モルモットから摘出した盲腸紐組織の薬物応答について検討した結果を示す。使用薬物は、TEA(tetraethyl ammonium)であり、K+チャネルを阻害することにより、盲腸紐組織の自発的な活動を活発にすることが知られている8)。図19は、TEA添加前後の磁気測定波形に観測される変化を示す。スパイク状の磁気波形は、電圧依存Ca2+チャネルの活性化によるものと推定される。図20は、TEA添加後の磁気測定波形に観測されるスパイクと活動電位の関係をさらに詳しく調べるために、同時計測を行った結果であり、スパイク状の活動電位と、大きなスパイク状の磁気波形が同じタイミングで発生していることを示している。
7.まとめ
本研究の成果より、モルモットから摘出した平滑筋細胞組織における、電気的な活動に伴うイオンの流動による磁界の変動を超高感度マイクロ磁気センサ(MIセンサ)により検知できることが実証できた。胃および盲腸紐組織における電位と磁界の同時測定により観測した結果からは、スパイク状の活動電位に対するスパイク状の磁気信号は相関が高いことが分かった。また、盲腸紐について、その活動磁界の大きさから推定すると、その源となる活動電流の大きさは数十μA程度であり、ギャッフ゜結合を流れる電流によるものと考えても矛盾はないことも明らかになった。今後は、実用化に向けてセンサシステムの改良およびセンサアレイ化を進め、活動電流シグナルマッピング装置の完成を目指す計画である。