2013年[ 技術開発研究助成 (奨励研究) ] 成果報告 : 年報第27号

超音波DDS用センサ型マイクロカプセルの開発とその血管内トレーサビリティ

研究責任者

小山 大介

所属:東京工業大学 精密工学研究所 極微デバイス部門 助教

同志社大学理工学部電気工学科 准教授

共同研究者

渡辺 好章

所属:同志社大学 生命医科学部 教授

共同研究者

吉田 憲司

所属:同志社大学 研究開発推進機構 研究員

概要

1.はじめに
薬物投与の空間的・時間的制御を目的とした様々なドラッグデリバリシステム(以下DDS)が考案されており、局所的薬剤投与に伴う副作用の低減や、薬剤量の減少に伴うコストパフォーマンスの改善等の効果が期待される。粒径が?mオーダのカプセルを用いた超音波DDSは、周囲に弾性膜を有し、中空で内部に薬液と気泡を内包した3層構造のマイクロカプセルを①血流内に投与、②超音波を用いて患部付近で捕捉、③強力超音波によりカプセルを破壊し患部付近のみに薬液を放出するという3段階で構成され、効率的な薬物投与が期待できる(図1)。現在超音波画像診断用の造影剤として用いられているSonazoid(R)やLevovist(R)は周囲が分子膜で覆われた微小気泡であり,血中における気泡の溶解を防ぐ役割がある。超音波DDSではカプセル内部の薬物をより安定に搬送するため、周囲膜にはより強度の高い材質を選定する必要があり,生体中に投与するため生体適合性が望まれる。しかしながら超音波照射による生体への負荷を考えると、血流中のカプセルの破壊に要する超音波出力は極力抑える必要がある。また薬剤投与の安全性の面から、血管内にカプセルを投入後,カプセルフローからカプセル破壊に伴う薬物の放出までを、生体外部からリアルタイムにモニタリングする技術が望まれる。超音波照射下の3層構造カプセルの内部気泡は、単に周囲媒質とカプセルとの音響インピーダンス差を増加させるだけではなく、気泡自身が振動する2次的音源となるため、超音波映像下では自身の位置を示すセンサとして動作する。本研究では、まず生体適合性を有し、低音圧で破壊可能なマイクロカプセルの開発を行った。さらに作製したカプセルの振動観測、破壊による内包物の放出,およびカプセルフローのモニタリングについて検討した。
2.マイクロカプセルの開発1)
超音波DDSに用いるカプセル膜材質は生体適合性を有することが望まれるため、本研究ではポリーL一乳酸(PLLA、分子量300000、Polysciences Inc.)をカプセル膜材料として用いた。所望のカプセルの粒径は?mオーダで、その内部に気体と薬剤を含む。内部気体により、周囲媒質(血液)に対するカプセルの音響インピーダンス差が大きくなり、効率的にカプセルに膨張収縮運動を引き起こすことが可能となる。本研究では中空カプセルの前駆体となるWater/Oil/Water(W/0/W)エマルションを作製し、その後フリーズドライによりエマルション内部の液体を昇華しカプセルを精製するダブルエマルション法2)・3)を用いた。カプセルの作製手順を以下に記す(図2)。
1. ポリ乳酸0.5gを良溶媒である塩化メチレン20mlと混合し、マグネチックスターラを用いて溶解させ、カプセル膜を形成する高分子溶液を作成する。
2. 2.1の高分子溶液に水4mlと薬液の代用である蛍光色素AcidRed52を0.02mg加える。蛍光色素は、光学顕微鏡によるカプセル破壊の観測実験の際に有用である。ホモジナイザを用いて回転数10000rpmで高分子溶液と水を乳化する。乳化した際に生成する水粒子の周囲に高分子溶液が付着しW/0エマルションが生成される。この状態では、W/0エマルションはクラスタ状である。
3. ポリビニルアルコール(PVA)水溶液(0.2wt.%)100mlを2の乳化液と混合する。ホモジナイザを用いて回転数10000rpmで1分間撹拝し、W/0/Wエマルションを作製する。PVA水溶液は両親媒性の特性を持っており、界面活性剤としての効果がある。2のエマルションクラスタにPVA水溶液を加えることによりエマルションを分散させる。
4. 混合溶液に100℃の水200mlを加え、マグネチックスターラを用いて約5時間低回転で擁拝する。長時間撹拝することによってW/0/Wエマルション表面に付着している高分子溶液中の塩化メチレンを揮発させ、エマルション表面にポリ乳酸のみを析出させる。この段階では高分子溶液の内部に水が封入されている状態である。本作成手法において有機溶媒中において溶解可能な材料であれば、膜材質の変更は十分可能だと思われる。
5. 生成されたW/0/Wエマルションの内部液体を揮発させ、中空マイクロカプセルを完成させる。カプセルを一70℃で凍結させ、凍結乾燥機(FZ-compactll5V)で減圧してブリーズドライする。その後常温に戻すことによってカプセル内における個体(氷)を昇華させ、カプセルを中空にする。
図3は作製した代表的なカプセルの電子顕微鏡画像であり、一部膜に穴が空いたり,変形したカプセルが見られるものの、球形で平滑な膜を持つポリ乳酸製カプセルが作製できている。同図(b)はその断面像であり、粒径20?mのカプセルの膜厚は約900nmであった。図4はカプセルの粒径分布であり、平均粒径15.3?m、標準偏差5.25?mであった。
カプセルの前駆体であるエマルション作製時における撹拝は計3回である(W/0エマルション作製時、W/0/Wエマルション作製時、塩化メチレンの揮発時)。1回目は、高分子溶液と水の乳化であるW/0エマルション作製時における擁拝である。図5はホモジナイザの回転数が15000rpmと3000rpmの場合のW/0エマルションの光学顕微鏡像である。回転速度によって高分子溶液中に分布する水滴の大きさが変化することがわかり、回転速度の増加に伴って水滴のサイズは縮小する。
2回目の撹拝は、W/0エマルション状態において、クラスタ状のカプセル同士を引き離し、単一に分散する役割を担う。2回目の撹拝におけるホモジナイザの回転数を上げると、塩化メチレンの液状の膜で覆われたカプセルクラスタはそれぞれ分散することが確認出来た。回転数が小さい場合、カプセルクラスタは個々に分散することなくポリ乳酸膜が周囲に析出されるため、最終的には多孔性カプセルが精製される。最適な回転速度は、高分子溶液を作製した際のポリ乳酸と塩化メチレンの配合比や、用いたポリ乳酸の分子量に依存すると考えられ、今後更なる検討が必要である。
3回目の擁拝は、塩化メチレンを揮発させ、溶解していたポリ乳酸を析出する効果がある。2回目の擁拝と同様に、ポリ乳酸膜の形成前にホモジナイザの回転数を増加するとカプセルの粒径は小さくなった。また図6は3回目の撹拝直後と24時間後のカプセルの顕微鏡像であり、時間経過と共にカプセルの粒径が小さくなることがわかる。これはポリ乳酸膜を境としてカプセル内部の液体(水)と外部の液体(PVA水溶液)との問に生じる浸透圧により、内部の液体が外部に流出していることが要因と考えられる。このカプセルの粒径経時変化は、カプセル径を制御する際の重要な項目である。マグネチックスターラによる撹拝で塩化メチレンを揮発するためには数時間程度の時間を要し、この間にカプセルは縮小する。縮小を抑えるため撹拝中のW/0/Wエマルションの温度を上昇させることにより、塩化メチレンの揮発を促進しポリ乳酸膜を常温に比べて速く析出することができた。
3.超音波によるカプセルの破壊特性4)・5)・6)
作製したカプセルを用いて超音波照射による振動観測、および破壊実験を行った。図7はその観測系7)・8)であり、イオン交換水で満たした30×30×30mm3のアクリル樹脂製実験セルに、超音波振動子(PZT、富士セラミックス)を接着し、セル中に超音波定在波を発生させる。まず周波数930kHzの超音波定在波を発生させ、単一のカプセルをその定在波腹部に捕捉する。超音波照射によって捕捉されたカプセルは、超音波の周波数に呼応した膨張収縮運動を繰り返す。カプセルの振動を顕微カメラ付レーザドップラ振動計(LDV、NLV-2500、Polytec)によって観測した。用いたLDVのレーザスポット径は15?mであり、レーザの焦点位置とカメラの焦点位置が一致しているため、定在波中に捕捉したカプセルに焦点位置をあわせることで、カプセル膜表面の振動速度とカプセル径が同時に測定できる。図8はカプセル振動の観測結果の一例であり、超音波周期に同期した膨張収縮運動が観測され、照射音圧100kPa、カプセルの粒径が30?mの時、振動振幅値は30nmであった。
照射音圧を増加することにより作製したカプセルの破壊を試みた。複数のカプセルをカバーガラスに付着させ、実験セル底部に固定した。共振周波数が700kHz、1MHz、2MHzの3種類の振動子を用いた。セル中でカプセルを破壊するため、各周波数振幅400kPaの超音波を90秒間連続照射する。図9は超音波照射前後のカプセルの光学顕微鏡画像の一例であり、超音波照射によるカプセル内部の様相の変化が確認できる。透過型光学顕微鏡で観測した場合、超音波照射前のカプセルはその内部に気体を含むため、実験セルを満たす周囲の水との屈折率差により、透過光が屈折して同図(a)の様に暗く観測される。一方で超音波によってカプセルが破壊して内部の気体が流出した場合、周囲の水がカプセル内部に流入するため透過光は屈折せず同図(b)の様に明るく表示される。本実験ではこの顕微鏡像上の様相の違いを破壊と定義した。図10は周波数700kHz、1MHz、2MHzにおける超音波照射による各粒径のカプセルの破壊率分布である。崩壊率の粒径分布はピークを持ち、周波数によって破壊率が高い粒径が変化することがわかる。作製したカプセルは超音波造影剤の様に超音波照射下において膨張収縮運動を繰り返すと考えられ、カプセルの崩壊はこの膨張収縮運動によって周囲膜が断裂することを意味する。したがって破壊率のピーク粒径は照射する超音波の周波数に対するカプセルの共振粒径と考えられる。周波数2MHz、1MHz、700kHzでの共振粒径はそれぞれ15、20、25?mであり、その時の破壊率はそれぞれ5.4、20、38%であった。図11はカプセル粒径とその共振周波数との関係であり、比較のため周囲に膜を持たないマイクロバブルの運動方程式であるRayleigh-Plesset方程式より導出される理論値を併せて示している。同図よりカプセルの膜の弾性によって、マイクロバブルに比べて共振周波数が上昇していることがわかる。各周波数の共振粒径における破壊率は、周波数が低くカプセル粒径が大きいほど高い。これは、マイクロバブルにおいて小粒径であるほど共振の鋭さが低下することが知られており、同様の現象が膜を持つカプセルにおいても観測されたことを示唆している。また小粒径のカプセルは大粒径のものと比較して中空率が低い可能性があり、カプセルの膨張収縮運動を抑制した可能性もあるが、今後電子顕微鏡観測等によって詳しく検討する必要がある。今後、異なる条件でカプセルを精製した場合においても、あらかじめ図11の関係を計測することにより、超音波による人体への負荷が小さいより低い音圧でカプセルを破壊することができる。
カプセルの破壊に伴い、薬液の代用として内部に封入した内部蛍光色素を放出することが可能である。図12は超音波照射開始から75~120秒後におけるカプセルの顕微鏡像である。超音波の周波数は1MHz、音圧は400kPa、カプセルの粒径は共振粒径である20?m程度である。カプセル破壊に伴い、内部の色素はこの45秒間に渡って徐々に放出されることがわかる。周囲膜が崩壊したカプセル内部において、内部の気体が超音波に同期して振動するのが確認できた。この気体振動はカプセル内包物の放出を助長すると考えられ、今後内部気泡量、内包物放出量、超音波の周波数の関係について検討する予定である。
血流内を循環するカプセルのモニタリングについて検討した。脱気水で満たした水槽内に血管を模擬したチューブを設置し、その中にカプセルを混濁した水を循環させた。図13はチューブ内を医療用超音波診断装置で観測した様子であり,左から基本波による超音波画像(カプセル無し),基本波による画像(カプセル有り),2次高調波による画像(カプセル有り)である。これより,カプセルによってチューブ内の信号強度が増加し,チューブ内を強調造影していることがわかる。これはカプセル内に含まれる気体(空気)と周囲の媒質(水)との音響インピーダンス差によって,超音波の反射強度が増加したためである。また現在広く超音波診断の分野で用いられている2次高調波成分を利用したハーモニックイメージング法により,チューブ内外のコントラスト比が更に増加することが分かる。これは超音波照射によるカプセルの非線形振動によって,カプセル自身が点音源となるセンサ型カプセルとして動作し,高調波成分が再放射されるためである。今後カプセル破壊時に発生する超音波信号について検討する予定である。
4.まとめ
本研究では生体適合性を有するポリ乳酸製マイクロカプセルを開発し、その超音波による振動・破壊特性を測定した。カプセル作製はダブルエマルション法によって行い、精製過程の各種パラメータ(試料の種類、試料の配合比、撹拝速度、撹拝時間、試料温度など)の影響について検討した結果、超音波照射によって破壊可能なマイクロカプセルの開発に成功した。精製したカプセルの超音波照射下の振動特性について検討し、LDVによって数10ナノメートル程度の微小振幅を測定することができ、カプセル径・照射音圧・振動振幅値の関係性を明らかにした。3つの異なる周波数でカプセルの破壊特性を測定し、400kPaの超音波音圧でカプセルの破壊が可能であった。また超音波診断装置によりチューブ内のカプセルフローを映像化でき、作製したカプセルがセンサ型カプセルとして動作することがわかった。