1996年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第10号

超音波CTの開発と医用画像三次元再構成による三次元計測ー腹部領域の低侵襲手術への応用をめざしてー

研究責任者

橋本 大定

所属:東京警察病院 外科 部長

共同研究者

土肥 健純

所属:東京大学大学院 工学系研究科 精密機械工学専攻 教授

共同研究者

鈴木 真

所属:東京大学大学院 工学系研究科 精密機械工学専攻 講師

共同研究者

波多 伸彦

所属:東京大学大学院 工学系研究科 精密機械工学専攻

共同研究者

辻 隆之

所属:国立循環器病センター研究所 実験治療開発 部長

概要

まえがき
現在,腹部外科領域に用いられる医用画像は,MRI,CT,アンギオグラム,超音波断層像等多岐に渡っている。昨今,MRI,CT誘導下に低侵襲手術を行うInterventional Radiology(侵襲的放射線学)の報告が盛んであるが,Interventional Radiologyの対象とならない様な通常の手術症例では,術中にMRIやCTを撮影することが困難で,その応用は未だなされていない。
一方,超音波断層像は手術室内で利用可能な医用画像として,重要な位置を占めている。その最大の理由は,簡便さとリアルタイム性,非侵襲性にあり,昨今の空間分解能向上の技術も相成って,さらなる発展が期待されるモダリティーである。
超音波断層像の限界として,MRI,CT等と異なり,三次元的データの同時収集ができないことが挙げられる。三次元構成に当たってはプローブを移動,回転することで対象臓器の立体構造を理解しているのが現状である。
二次元断層像である超音波断層像を三次元的にスキャンする超音波CT法によれば,対象臓器の立体的構造の術中把握が可能である。
超音波CTの研究に関しては循環器医療の分野でいくつかの開発の試みがある。しかしこれらの循環器領域で開発された超音波CT用プローブは,基本的に体外からの計測用であるため大型でかつ撮影に時間を要するという欠点があり,プローブを直径10mm程度の小孔を通じて体腔内に持ち込んだり,動きのある臓器に追従して超音波計測を行うには限界があった。我々は予備的研究において超音波CT用プローブの脳神経外科領域における応用に成功してきた1'・2),3)。本研究は,この予備的研究の延長として,我々が独自に開発してきた腹腔鏡下手術用の超音波プローブを応用し,術中に役立つ腹腔鏡下手術用超音波CTプローブを開発を目指すものである。
方法
Fig.1に本システムの構成を示す。本システムの基本構成は,演算,制御のためのバーソナルコンピュータと超音波断層装置である。
超音波断層装置には直径20ミリセクタ型トランスデューサが接続されている。トランスデューサは同じく直径20ミリの超小型ステッピングモータに接続されており,0.02度を最小とした角度単位で回転する。これらトランスデューサとステッピングモータはプラスチックカバーに覆われており,その操作性は極めて高い(Fig.2)。
ステッピングモータの回転は,パーソナルコンピュータと,それに内蔵されたドライバ回転により制御される。各回転角毎にスキャンされた超音波断層像はビデオ画像を介して,パーソナルコンピュータに内蔵されたビデオキャプチャボードに送られる。ビデオキャプチャボードは8bitでビデオ信号をデジタイズし,パーソナルコンピュータ内のコンベンショナルメモリに情報を転送する。モータの回転速度は36度/s㏄であり,1枚の水平断層像を作成するのに180度回転しなくてはならないので5秒必要である。
転送されたデータを元に任意の位置の断面像や三次元画像を再構成し,表示する。超音波断層装置のトランスデューサは一定角度単位で回転するため,再構成を行う前の原画像データとしてパーソナルコンピュータ内に保存されるデータは扇状に離散的である。したがって,任意の位置の断面像や三次元画像の再構成にあたっては,輝度情報を持たない画素について,線形補間を行った。
実験結果
実験1
屠殺場から購入したブタ切除肝を用いて動物実験を行った。
ブタ肝臓を切除後,門脈,肝静脈,肝動脈にゼラチンを注入した後,肝臓全体をゼラチン溶液(食用ゼリーの5倍濃度)に沈め,ハッポースチロール箱内で固定した。ゼラチン固定後MRI(日立RH-500,0.5T,3DGFE)にCoronal方向(水平断面方向)より, 128x128x128[pixels], 1.Ox1.Ox2.0[mm/voxel]にて撮影した。MRI撮影後,本研究で開発された回転プローブを用い,データ収集を行った。超音波診断装置には,アロカSSD-2000を用いた。プローブは1.3度毎に135ステップ回転し,各回転角毎に関心領域を320x240[pixels]で135枚デジタイズした。
MRIの断層面と超音波CTとの比較を行うために,ゼラチン固定肝表面から同一深度の切断面の画像の対比を行った。
ブタ切除肝を用いた本実験では,肝臓の超音波画像に霜降り状の高エコー域が観察され,超音波CTによる検索に耐えないことが明らかになった。その超音波画像の劣化の原因としては血管内に残存した空気による散乱効果が生じることによると考えられた。ブタ肝が切除された直後には,肝内の血液の流出とともに,肝内の肝類洞にびまん性に空気が自然流入する。肝実質内には網の目状の毛細血管網が高度に発達しているため,いくらゼラチンを門脈や肝静脈の本幹から高圧で注入しても,完全に空気を除去することはできない。しかし,比較的大きな血管や胆嚢については,超音波CT画像との対比が可能であった。
実験2
成犬を麻酔下で肝切除して,実験1と同様の手順でゼラチンを固定し,MRI撮影後,回転プローブを用い,超音波CT撮影を行った。
成犬をケタラールとネンブタール麻酔下に開腹し,ダンボール箱の開放口を成犬上に覆い被せ,ダンボールの底面を模擬腹壁とし,腹壁つり上げ法による低侵襲手術の模擬実験とした3)・4)・5)。左右それぞれの腹壁にひもを通し,それを模擬腹壁を利用して上外側方に牽引挙上し,模擬腹壁(ダンボール箱の底面)より硬性鏡や長鉗子を挿入して,ヒトの内視鏡下手術を再現した。ヒトの腹腔鏡下肝癌レーザ治療に準じ,腹腔鏡観察下に肝表面を照射し,3個のレーザ肝凝固層を作成した。照射に際し,出血は一切見られなかった。
ついで,横隔膜を電気メスで切開し,まず胸腔内で下大静脈を結紮切離した。流出血管の完全遮断に伴い,肝内の血管系に血液を充満させた後,肝臓を後腹膜より剥離,肝下部の下大静脈と肝十二指腸靭帯を結紮切離して,全肝切除を行った。
切除後ゼラチンで固定された肝臓のMRI撮影を箱底面と並行に2.5mmごとに行った。肝内の血管系は拡張しているため,極めて明瞭に観察された(Fig.3)。
超音波CT撮影に際しては,発泡スチロール箱内のゼラチン固定肝上に注水し,プローブ先端の回転部を水中に保持した状態でプローブ本体を垂直に把持固定してデータ収集を行った。この工夫により,プローブの回転性を向上させるとともに,肝表面の超音波像の描出ができた。
水平断層切断面の深度ごとにMRIと超音波CT画像を対比した。Fig.4はゼラチン表面から37.5mmの深さの水平断面を比較したものであるが,胆嚢と2ヵ所のレーザ凝固層並びに肝葉の間隔がよくマッチして描出されている。
考察
超音波CT法とは,超音波プローブを回転することにより,垂直方向の回転断層面を収録し,そのデータを計算機上で処理することで,直角方向や斜め方向などの任意の断面を表示したり,観察領域の三次元的画像再構成を行う力法である。
ハードウェア構成に関しては,プローブ回転用のアクチュエータコントーラポードやフレームメモリは画像再構成用計算機に内蔵させた。また三次元再構成を行なうに充分な計算機の演算能力も要求されるため,米国Intel社によって開発されたCPUであるInte1DX4-100搭載のハーソナルコンピュータを中心としたシステムを構築した。
また,術中使用を鑑みて,プローブをその回転機構部を小型化(直径20mm)し,モータのギア比を必要トルクが満たされる限り最適化し,回転スピードの向上を図った。
機械精度の問題点としては,今回5MHzのプローブを試作して用いたが,肝臓に直接接触させて,より詳細な情報を得るためには,7.5MHzもしくは10MHzの周波数のプローブの開発が必要であり,現在開発中である。
本研究で試作された超音波プローブを用いた動物実験の結果,再構成のための原画像の画質に改善の余地があることが判明した。検索対象臓器の問題点として,肝臓を身体から切り離すと当然のことながら肝臓の脈管から液体成分が脱落し,空気が入っていく。実験1ではその点を考慮し,門脈,肝静脈および肝動脈に各種サイズのカテーテルを用いて,ゼラチン溶液を注入したが,それでも管内に封入された空気を完全にゼラチン溶液で置換することはできなかった。実験2では生体肝を使用したが,今度は切除肝内の血液が凝固して肝内血管系の描出性が著しく低下した。しかし実際の血流のある状態では,通常,肝内血管系は明瞭に描出されているので,問題は少ないと考えられる。
超音波CTの臨床応用に先立って,切除肝を用いた実験を行い,超音波CTの水平断面画像とMRIの対比を行った結果,その相似性に満足すべきものが得られ,超音波CTの有効性が確認できた。超音波振動子の回転により,ある空間領域の連続的断層面が観察できる場合,その回転速度が速ければ速いほど,対象臓器の三次元的構造に関して立体感覚が得られることは事実であり,この点で回転性を有する超音波振動子の臨床上の有用性は極めて高いものがある。
腹腔内で超音波CTプローブを回転させて,三次元画像情報を取り込む場合の問題として,対象臓器表面に常時プローブ面を接触させ続けることが不可能に近いという点がある。その解決法として,先端部のプローブが屈曲すると同時に回転する機構を検討している。また,腹腔に生理的食塩水を注入する「水腹法」も常時鮮明な回転画像を得る上では有効であろう。
超音波の三次元データ収集の方法論としては,トランスデューサ内に二次元配列された振動子により,三次元(ボリューム)データを同時収集する方法が研究されている7)。しかし,多数の振動子をケーブルと共にパッケージングした場合,振動子間の配列が疎になるという問題や, プローブサイズが大型化してしまうなど問題点が多く,未だ臨床応用レベルには至っていない。
もう一つの超音波三次元構成法としては,トランスデューサを規則的に動かし,三次元構成に必要な断面情報を時経列的に収集する方法がある。この方法は,三次元(ボリューム)データを同時収集する方法と比べて,プローブを小型化したまま従来の超音波断層像の分解能を継承することができるため,データ収集による画像の劣化が無い。プローブの操作法としては,トランスデューサを主軸にそって一定の間隔で移動させ,主軸に直角な断面画像を連続的に得る方法(主軸移動法)8)と,トランスデューサの先端部を回転させ,回転角度ごとの連続断層面を得る方法がある。
UM Hamper等はセクタ型の超音波観察面に直向する方向で振動子を連続的に振り子のように回転させる方法を報告9》しているが,我々はプローブの主軸の周りに振動子を高速回転する方法を考案した。プローブにはセクタ型のものを使用した。我々の方法では,回転ステップ角を小さくする程高精度の画像が得られ,また臓器との接触部位が主軸移動法と比べて少なく,常時臓器表面にセクタ型プローブ面を接触させた状態で連続画像情報を得ることが出来るので,臨床応用にあたっては現在のところ本手法が適している。
三次元データ収集後のデータの表示方法には任意断面表示法と,三次元コンピュータグラフィクス表示法がある。
任意断面表示は,従来のBモード像では見られない断面を指定することができることから,有用な面がある。今回はMRIとの比較検討のため,MRI連続断面に相当する,同一方向から見た連続断面を超音波CTでも再構成したが,斜め方向等任意の断面表示も可能である。しかしその操作性には未だ複雑な面があり,今後より簡便な操作法の開発が望まれる。
サーフェスレンダリング法による三次元コンピュータグラフィクス表示は,サーフェスレンダリング用の高速グラフィクスボードが多く市販されていることなどから,演算時間で優位である。しかし,超音波画像はその濃淡情報を基に領域分割を行うことが困難なことから,本システムへの応用には適していない。ボリュームレンダリング法はその演算量にもかかわらず,超音波CT像のように離散的に分散する濃淡情報の三次元表示に適している。超音波CT法で三次元表示を行う場合はボリュームレンダリング法の応用が適しており,現在その研究開発を進めている。
術中超音波CTによる三次元的な計測が可能となれば,消化器外科領域において従来の方法では不可能だった診断治療が可能となる。例えば今後の進展が予想されるレーザ穿刺治療などは,従来の2次元的な超音波術中情報では安全な穿刺は困難である。術中超音波CTは穿刺路に垂直な断画像をモニタしながら穿刺できるので,穿刺精度の向上が期待される。今日肝内の拡張した胆管(直径10mm以上)や門脈,肝静脈を穿刺して各種の非侵襲的治療が展開されているが,本研究の完成によりより細い胆管(直径5mm以下)や脈管の穿刺が可能となるであろう。