2017年[ 技術開発研究助成 (開発研究) ] 成果報告 : 年報30号補刷

超音波 CT(Computed Tomography)を用いた血流計測技術の開発

研究責任者

東 隆

所属:東京大学大学院 工学系研究科 バイオエンジニアリング専攻 特任准教授

概要

1. はじめに
現在の医用超音波撮像においては、パルスエコー法が主流であるが、医用超音波撮像の黎明期においてはパルスエコー法と並んで、X 線 CT(Computed Tomography)のように、撮像対象を取り囲むように素子を配置して、透過波を用 いて撮像を行う超音波CT も研究されていた。その手法の一つとして、リング状のアレイトラ ンスデューサを構築し、電子制御によりリング 内の断層像を取得する方法がある。リングアレイを用いることにより、反射成分と透過成分 の同時取得、2)全方位からの超音波送受信により伝搬方向に垂直な方位方向への回折を抑制 した理想的な点応答関数の実現、3)減衰率や反 射率の高い領域より奥の、従来の撮像法では影 となる領域を極小化する無影撮像の実現、多方向からの撮像による多方向ドップラ計測の 実現など、様々な新規な撮像方法が実現する可 能性がある。
しかし、X 線 CT と異なり超音波 CT においては、生体と超音波の相互作用量が大きいため、伝搬経路の直線性が仮定できないために、透過成分を用いた再構成アルゴリズムが極めて複 雑なものとなる。そのため研究当初の 1970 年代や 80 年代の計算機の性能では実用化することが困難であり、一旦その研究開発は下火を迎えることとなった。再構成のための計算コストが大きいことと並んで、伝搬路の媒質の音響特性において一定の均質性が必要であることも、撮像可能部位を乳がん撮像などに限定することとなったため、パルスエコー法では産科、循環器、腹部、体表など様々な臨床科で有用であることに比べた時に不利になったことも重要である。
しかし、近年欧米における乳がん患者の増大と、その検診への関心の高まっている。このような背景から、改めて乳がん計測専用機として超音波CT が注目を集めている 6,7)。本研究では超音波CT の実用化の時代を見据えて、前記の多方向計測に基づいた無影計測と多方向ドップラ計測の可能性に関する検討を行う。

2.本研究の内容
本研究では以下の検討を行う。
1)直径 20cm のリングトランスデューサの試作と、その動作性能の評価
2)多方向ドップラの特性確認のための点応答関数の数値計算
3)多方向無影計測(手や足など撮像領域に骨を含む例)

3.実験システム
まず、実験に用いた試作リングトランスデューサと駆動システムの説明を行う。

・リングアレイトランスデューサ

本研究で用いた試作トランスデューサは、2048 素子から成る直径 200 mm のリング型振動子である。8 つの凹面型振動子を組み合わせることで、リング形状の振動子を製作した。それぞれの凹面型振動子は 256 個の短冊型圧電素子から成っており、一般的に用いられる超音波診断プローブ(コンベックス型探触子)と同様の製作工程によって製造される。リングをふくむ平面内にビームを収束させるため、短軸方向に中心が凸な表面形状となっている。このような音響レンズを形成することで、振動子の撮像平面内に超音波を収束させる働きをする。また共振周波数は、2 MHz に設計されている。

・駆動回路システム

リングアレイトランスデューサは、Verasonics とスイッチング回路で駆動される。つまり、リン グアレイトランスデューサは、スイッチング回路(2048 to 256 multiplexer) を介して、Verasonics に 接続される。振動子に対する信号は、PC (MATLAB からのコマンドに従い Verasonics から与えられる。
Verasonics は、MATLAB によってその挙動を制御できる超音波診断装置である。本システムでは、図1のコネクタ部にスイッチング回路を接続、スイッチング回路を Verasonics に接続する。
続いてスイッチング回路について説明する。スイッチング回路は、それぞれの素子に対してVerasonics の信号を与える役割を果たす。本システムで利用する Verasonics は、256 素子のプローブを駆動できるシステムである。それに対して、試作型リングアレイは、2048 素子から成っている。そこでスイッチング回路は、Verasonics から与えられる 256 素子に対する信号を、2048 素子のうち 任意の 256 素子に対して分配する役割を担っている。この回路を用いて、順次 Verasonics への接続素子を切り替えていくことにより、リングアレイ を構成する 2048 素子の駆動が実現する。それぞれの切り替えは、数 ms のオーダーで行われるため、ほぼリアルタイムにデータの収集が行われる。リングは 2048 素子から成るが、Verasonics は 256 素子を同時に駆動できると説明した。そのため、スイッチング回路を用いて動作すべてのデータ を収集する。
システムが正常に動作するためには、スイッチング回路による駆動素子の切り替えのタイミングと、Verasonics による信号の送受信及び音圧データの記録のタイミングをそろえる必要がある。
Verasonics には、信号を受けるまで次のシーケンスを実行せず、待機するコマンドがある。また、シーケンスの途中で自らトリガ信号を出力することもできる。これを利用したスイッチング回路と Verasonics 間の同期を行っている。トリガを受信するまで Verasonics は待機する。トリガ受信後、リングアレイの各素子から超音波の送受信を行う。このとき、受信のタイミングで、Verasonics からトリガ信号が発せられる。スイッチング回路は、この信号を受けることで、送受信のモードを切り替える。順次信号を受けることによって駆動素子が切り換えられていく。このように自動的にリング内を網羅するデータを収集することができる。
図2にリングトランスデューサ用いた開口合成の撮像方式を説明する。選択された1素子で送信を行い、他の全素子で受信、送信素子の切り替え、これを全素子で送信が終わるまで繰り返すことで、リング中の任意の 2 素子のペアで送受信を行った全データの収集が可能となる。

(注:図/PDFに記載)

4.撮像結果
試作システムの性能を評価するために、まずワイヤの撮像と、生体組織の代表例として摘出した豚の心臓の撮像を行った。
図3に太さ 150μm のワイヤの撮像結果を示す。リングアレイの撮像の性能を調べるために、口径の全体を使った場合に加えて、口径の 1/4、1/8、1/16 を使った場合に関しても検討を行った。
口径の一部を使った場合には、送信及び受信のビーム集束精度が低下する。これは従来のリニアやコンベックス型のプローブを用いた撮像に相当する。その結果、フル開口を用いた場合には、従来のパルスエコー法では実現困難であった等方的な点応答関数を実現出来ることが確認できた。(つまり、点が点として撮像できる)方位方向の半値幅で比較すると口径の 1/16 の場合及び 1/8 の場合は、それぞれフル開口の場合に対して、3 倍と 1.5 倍であった。

(注:図/PDFに記載)

次に摘出豚心臓を撮像した結果を図4に示す。従来法相当の撮像条件では送受信の素子がある近傍ではスペックルも細かくなっているが、送受信素子から離れるにつれて空間分解能が低下しているのが分かる。一方、全素子を用いた場合には撮像領域全域に渡って高い解像度が実現できていることが確認できる。

(注:図/PDFに記載)

5.多方向ドップラ計測の基礎的な検討結果
冒頭に記載したように、リングアレイを用いることで、任意の方向に超音波を伝播させることが可能となる。従来のエコー法では伝搬方向の方が点応答関数の位相の空間勾配が大きいため、伝搬方法に対してのみ対象物の動きに対する感度が高かった。しかしリングアレイを用いることで、任意の方向の動きに対して感度を高く検出するように構成することが可能となる。
この特徴を活用するために、リングアレイの開口の一部を用いた撮像における点応答関数の計算を行った。結果を図5及び6に示す。
まず図5は、口径の 1/8 を用いて互いに直交する位置に存在する二つの開口それぞれでの送受信の点応答関数の撮像結果である。次に図6では受信開口は直交するが送信開口は共通の場合である。二つの受信開口の真ん中に送信開口を配置した。まず図5は、点応答関数を任意の方向に回転可能であることを示している。また図6の方法では、一回の送信に対して、受信の条件のみを変えることで点応答関数を回転できることをしめしている。この結果フレームレートを低減させることなく、動きや流れの二成分を計測可能であることを実証した。

(注:図/PDFに記載)

6.多方向送受信による無影撮像
本節では測定領域に骨を含む例として手及び足(脹脛と踵)を撮像対象として計測を行った。図7では手の平が撮像面に平行になるように設置して撮像した結果を示す。無影撮像の例を示すために 6 つの異なる開口部を用いた撮像結果を独立して示す。

(注:図/PDFに記載)

中指の延長方向に位置する送信開口を用いた 場合(図の左上)が最も影が出来にくい条件であ ったため、比較的広い視野で撮像が出来ているが、この条件でも手の形の全貌を掴むのは難しい。他 の送信開口を用いた場合では、撮像対象が何であ ったかを理解するのも難しい状況である。
一方、図8は全ての送信素子、つまり全ての伝搬方向を用いた撮像結果を示す。図7と異なり、手の形状が明瞭に観察出来ていることが確認できる。

(注:図/PDFに記載)

図9と 10 はそれぞれ脹脛と踵の断層像である。従来のエコー法では骨より後ろ側は後方陰影を引く為に観察することは困難であった。しかしリングアレイを用いることで、他の送信開口位置では陰になる撮像範囲に関しても、異なる送信開口取得した情報が補うために、影の影響が無い、もしくは極めて少ない撮像が実現出来ていることが確認できた。

(注:図/PDFに記載)

7.今後の展望
本助成の研究開発では、断層像撮像と血流計測に関する検討を行った。血流計測に関しては現在特許申請中のため、ここでは詳細の記述を省略した。一方、提案手法の多方向計測は多方向血流撮像のみでなく、影を作らない新規な計測方法として、整形外科用途などでも有望であることが確認できた。従来整形外科では X 線を用いて骨を計測するのが一般的であるが、整形外科の治療対象となる外傷においては、骨の周囲の軟部組織における障害が疾患の原因となることが多い。しかし軟部組織の変化に関しては、X 線撮像は必ずしも好適な撮像方法とは言えない。リングアレイを用いることで骨の周囲の軟部組織を高い画質で撮像可能であることが分かった。今回は撮像領域に骨がそれほど複雑に広がらない部分を撮像対象とした。今後、膝や肘などより骨の形状が複雑な場合に、関節などに存在する軟部組織がそのように撮像可能であるかを検証する予定である。

8.まとめ
試作したリングアレイと接続駆動回路を用いて、以下の検討を行った。
1)直径 20cm のリングトランスデューサの試作と、その動作性能の評価
2)多方向ドップラの特性確認のための点応答関数の数値計算
3)多方向無影計測

まず1)の検討より、対象に対して全方向からの送受信を行うことで、分解能が等方的に高く、スペックルの極めて少ない撮像が可能であることを実証した。また2)の検討により使用する開口条件を変えることで、点応答関数が回転可能であり、この結果任意の方法の動きを検出するドプラ計測が可能であることを示した。更に3)の検討により、従来は後方陰影に埋もれて撮像が困難であった、骨周囲の軟部組織の撮像が超音波を用いて実現可能であることを初めて実証した。