1993年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第07号

超音波像高速3次元表示システムの開発と新しい胎児診断法への応用

研究責任者

馬場 一憲

所属:東京大学 医学部 医用電子研究施設 講師

共同研究者

岡井 祟

所属:東京大学 医学部  助教授

共同研究者

上妻 志郎

所属:東京大学 医学部  助手

共同研究者

坂井 昌人

所属:東京大学 医学部  助手

共同研究者

木戸 浩一郎

所属:東京大学 医学部 助手

概要

1.まえがき
子宮内にいる胎児の状態を正しく把握することは,妊娠・分娩管理において極めて重要である。画像診断はそのための有力な手段であるが,胎児を対象にした場合,放射線被爆の問題や強磁場の影響が未知であることから,X線CTやMRIをスクリーニング的に用いる事はできない。そこで産科臨床においては,無侵襲な方法として超音波断層法が盛んに使用されるようになり,重要な検査法になっている。しかし,現在の装置では胎児の一断面をとらえるに過ぎず,検者が頭の中で断層像を組み合わせて3次元認識をしなければならない。しかし,3次元の認識には多くの経験と長い検査時間を要する上,断層像から3次元認識を行う人間の能力には限界が存在する。我々は,現在の超音波断層診断装置の欠点を補うため,市販の超音波断層診断装置,自作のプロープ位置検出装置,ミニコンピュータを組合せた超音波像3次元表示システムを試作し1),侵襲的検査法である胎児造影(子宮内に造影剤を注入してX線撮影する)に近い像を,無侵襲で得ることができることを実証してきた2-5。しかしながら,試作システムではデータを一度ビデオテープに記録し,3次元画像の構築を時間的,空間的に分離された形で行っていた。そのため,医師が自ら画面を見て絶えずフィードバックをかけつつプローブ操作を行い,診断を確定していくといった超音波検査の利点が生かされなかった。そこで,本研究では,それまでの試作システムでの研究成果を踏まえ,プローブからコンピュータまでオンラインで結んだ実用化を目指したシステムを構築し,胎児診断における超音波3次元像の有用性について検討した。さらに,カラードプラ装置との組合せによる胎盤血流分布の3次元表示,並列処理可能なリアルタイムイメージプロセッサを用いての乳腺腫瘍の超音波像3次元表示にも成功したので,合わせて報告する。
2.研究内容
1)超音波像3次元表示の原理
超音波断層像から胎児を3次元再構築する原理を,図1に示す。連続する超音波断層像を各々の断層像の位置に従ってコンピュータに取り込み,コンピュータ内でデータを仮想的に3次元に組み立てる。これに対して投影平面を仮定し,その平面上の各画素の輝度を仮想的に構築された胎児像との距離に応じて決定すると,この投影平面上に3次元像が得られる1-5)。
2)超音波像3次元表示システム
電子走査コンベックス型プローブ(3.5MHz)を,その電子走査方向と垂直方向にモータでセクタスキャンさせるこにより,3次元のデータを得た。電子走査コンベックス型プロープは,超音波断層診断装置SSD-680(アロカ社製)に接続した。3次元処理用のコンピュータには,画像処理用のGRAPHICS-340(日本無線社製)を用いた。電子走査コンベックス型プローブをセクタスキャンさせるモータは,軸に取り付けたロータリーエンコーダでプローブ位置を検出しながら,隅コンピュータによぎ)翻御した。超音波断層像は,ビデオ信号の形で超音波断層診断装置から取り出し,ADコンバータを介して,コンピュ~タ内にある128枚のフレームメモリに逐次入力した。表示については,図2で示される従来から我々が用いている方法の他に,お互い直交する3断面のf7時表ij:,すべてのデータを3次元的に塊状に組み上げ,任意の割を入れて表示する方法についても検討を行った。
3)カラードプラ法との組み合わせカラードプラ法で,カラー表承される部分く磁流のある漁管)だけを抽出し,従来からの表颪表示に準じた方法で3次元表示を行った。対象としては,繍床的に漁流分布が重要である胎盤を罵いた。
4)リアルタイムイメ~ジシグナルプロセッサによる蔚処理本研究では,システムにオンラインで組み込むことはできなかったが,リアルタイムイメージシグナルプロセッサ,DN8750(松下電器産業社製)を用いた前処理を検討した。このDN8750は,8ビット,256×256の画像データに関して,局所近傍3×3の画素の演算を1ステップ15n秒で実行することができる。今圃は,これを3つ用いて並列処理を行い,乳腺の超音波断層像から腫瘍部分を抽出してその3次元表示を試みた。使用した超音波の樹波数は,10MHzである。
3.研究成果
1)胎児の超音波3次元像
図3は,3断面同時表示の例である。プローブの電子走査方向の断層像(従来の超音波断層像と同じ像),それに垂薩なメカニカル走査方向の断層像,一定深さにおける(水平方向)断層像を同時に表示する。各々の断層像の位置関係を画面上に表示しながら,リアルタイムに断層像の位置を変化させて任意の断層像を観察することができる。この方法は,データ取り込み後,ほぼ瞬時に像を得ることができるが,基本的に断層像の表示であり,3次元診断の上からは,十分な方法とは言いがたい。図4は,3次元的に組み上げた塊状の像を任意の断面で切断したように表示した例である。この像も,データ取得後,ほぼ瞬時に像が得られる。胎児の内部の講造は理解しやすくなるが、顔など体表の観察は,従来の断層像と懸じように困難である。図5は,我々が従来から行ってきた表面の表示であるO胎児内部の構造は診2難であるが,胎児体表の形態は非常に分か弓やすい。d6も詞じ方式による手の超音波3次元像である。
2)血流分布の超音波3次元像
図7は,胎盤血流の3次元像である。超音波カラードプラ法により,血流を断層像上で観察することが可能となったが,断層像だけでは,胎盤や腫瘍などの血流分布の情報を得ることは困難である。3次元表示により,3次元的な血流の分布が容易に理解され,断層像で得られた血流情報が臨床的に意味有るものとなる。
3)乳腺腫瘍の超音波3次元像
図8は,乳癌の内,比較的頻度の高い硬癌の超音波3次元像である。乳癌は乳腺組織に囲まれており,超音波像上,周りの組織から分離するのは容易ではないが,リアルタイムイメージングナルプロセッサを用いた前処理により,羊水に囲まれた胎児の場合と同じように分離することが可能となった。乳腺腫瘍の超音波診断では,断層像だけでも良性悪性の診断はある程度可能であるが,3次元像は良性悪性の診断のための一層重要な情報を含んでいる。また,3次元像では,腫瘍の広がりが客観的に評価される。
4.考察
新たに開発されたシステムは,超音波検査室内で検査結果としての3次元像を観察することを可能にしたという意味で画期的であり,未だ,処理時間短縮の問題が残るものの実用化に大きく近づいたといえる。超音波断層像と比較した3次元像の利点は,以下のようにまとめることができる。
①胎児の顔の様子など,断層像では想像さえ困難であった像が診断の対象となる。例えば,生まれてみれば一見して顔つきが変だと分かるような症例でも,従来の断層像からそのような診断をすることは,まず不可能であった。顔つきの微妙な異常は,染色体異常など重大な先天異常発見のきっかけとなりうる。また,新生児と同じように,胎児も状態に応じて顔の表情を変化させている可能性が高く,従来の断層像では不可能である顔の表情を用いた胎児診断ができる可能性がある。今後,この点に関して,症例を重ねて検討する必要がある。
②観察対象の3次元構造が理解し易くなる。断層像から3次元構造を理解するには相当の経験と長い検査時間が必要であるが,3次元像では3次元構造物として画面に表示されるため,3次元構造が容易に理解でき,検査時間の短縮にもつながる。また,断層像では診断が困難な胎児の耳や指など3次元的に複雑な形状の異常も容易に診断可能である。
③すべての人間が,3次元構造に対して同じ認識を持つことができる。表示画面を写真やビデオに記録することにより,3次元像として記録することが可能であり,第3者にも3次元診断結果を正しく伝えることができる。また,3次元像は,一般の人にも理解しやすく,母親,父親にとって,出生前の我が子の顔をあたかも腹壁を透視するかのごとくに見られるということのインパクトは大きく,そのことが親としての自覚,あるいはその後の親子関係に与える影響は計り知れない。
④観察対象全体を一枚の画像として表示できることにより,見落としの減少が期待できる。リアルタイムの断層像を観察しながら,その場でプローブを自在に動かして3次元構造を診断していくというのは超音波診断の有利な点であるが,どうしても関心領域以外に注意が届きにくくなる。特に目につきやすい異常があると,それだけに目を奪われて他の異常を見逃してしまうことがある。しかし,超音波3次元像では,全体像が一度に表示される結果,注意が全体に行き渡り,検査上の見落としの危険性が少なくなる。さらに超音波ドプラ法との組合せにより,
⑤胎盤や腫瘍などの血流分布を知ることができる。今後の課題として,装置の小型化と処理の高速化がある。我々は,3次元画像生成用のコンピュータとして,当初,体積比で成人の数倍もあるミニコンピュータを用いており,とても超音波検査室に設置できるような大きさではなかった。その研究成果を基にできた今回のシステムは,システム全体を超音波検査室内に設置できるまでになっている。しかし,少なくとも3次元表示用のコンピュータが診断装置に内蔵され,診察台の脇で医師が手軽に使える程度まで小さくする必要がある。この問題は急速な半導体および関連分野の発達により,すぐに解決される問題であると期待される。処理時間に関しては,表面表示を行うには数分から数十分であり,臨床で許容される時間とは言いがたい。しかし,非常に高価であるが,既に強力なワークステーションを用いて,断層像から3次元像を1~1.5秒程度で生成するシステムが市販されており6),価格が下がり,このようなシステムが応用可能になるのは時間の問題と考えられる。像のリアルタイム性まで追求しようとすると,プローブ機構が問題になってくる。現在は,電子走査型の超音波プローブをモータで機械的に振らせて3次元データを取り込んでいるが,全体のデータを取り込むのに4秒かかっており,この時点で,リアルタイム性が失われてしまう。この問題解決に関しては,超音波振動子を2次元に配列したフェーズドアレイプローブの実用化が待たれる6)。超音波3次元像は,特に胎児診断において重要であり,電子工学を中心とした関連分野の急速な進歩に支えられ,一般臨床で実用に供される日も近いと期待される。
5.まとめ
プローブから表示装置まで直結した超音波像3次元表示システムを新たに構築し,胎児診断における超音波3次元像の有用性について再確認した。この新しいシステムは,システム全体を超音波検査室内に設置でき,胎児診断における超音波3次元像を研究レベルから,実用化のレベルへと大きく前進させるものである。さらに,今回,カラードプラ装置との組合せによる胎盤血流分布の3次元表示,並列処理可能なリアルタイム画像処理用LSIを用いての乳腺腫瘍の超音波3次元表示など,超音波3次元像の応用範囲の拡大を試み,その有用性を確認した。