1994年[ 技術開発研究助成 ] 成果報告 : 年報第08号

超解像超音波断層法の開発と不可視情報の可視化

研究責任者

石原 謙

所属:国立大阪病院 臨床研究部 医用工学研究室 室長

共同研究者

林 亨

所属:国立大阪病院  循環器内科医長

共同研究者

浅生 雅人

所属:国立大阪病院  循環器内科医長

共同研究者

千原 国宏

所属:奈良先端科学技術大学院大学  教授

共同研究者

桝田 晃司

所属:大阪大学工学部大学院  博士課程

概要

まえがき
超音波断層法は今や内科から外科にいたるまで全科において必須の画像診断法であるが,空間分解能が約1~3mmと悪いため微小な変化の検討が出来ないという欠点を有していた。しかし胎児診断にも用いられているようにその無侵襲性・安全性は他によって替え難い。超音波を用いてリアルタイムに0.1mm以下の微小変位を検出できるようになると,従来全く不可視であった数多くの疾患の局所病変が画像化できることになるため,超音波断層法の高解像度化は臨床医の夢であった。これは工学的には使用超音波波長(臨床用装置では約0.4mm~0.7mm)よりも短い空間分解能を要求するもので,通常の物理常識では不可能な超解像(super-resolution)の問題でもあった。
我々はこの問題点に対し,超音波断層法の空間分解能を一枚の超音波断層像によるのではなく,経時的に撮像した複数の超音波断層像の差成分を検出することにより,波長以下にまで改善する高速度超音波差分断層法の概念を提案し既に超音波画像の超解像化への基礎研究を終えている1)。工学的実験系では50μm以下の微小変位までも検出できることを報告した2)。臨床的にも不整脈の発生源の可視化,局所血管弾性の2次元診断の可能性などを,差成分のみの白黒画像ではあるが世界で初めて明らかにしてきた。高速度で撮影した超音波断層像には超音波波長以下の微小変位の情報が含まれておりこれを臨床的に検出し得ることを明示したものである。しかしながら,なお微小変位に定量性をもたせることができずBモード断層像上での位置関係も表せなかったために一般臨床医には診断し難い表示法であったことは否めない3)。
本研究の基礎となる高速度超音波差分断層法の実験にはX線血管撮影用subtraction systemを用いた。画像処理系の速度にあわせるため高速度Bモード超音波断層像(日立メディコEUB-565Sなど)は,まず画像メモリに蓄えスローモーション再生して差分抽出の原画像を供した。差画像を生成するための基礎画像としては常に再生時の連続画像の直前の画面を用いた1・3)。これらの結果と応用の概要は既に発表した(米国心臓病学会1990.1991,世界超音波学会1991,等)。
医学的には既に臨床例で差分のみの二次元画像ではあるが,人工ペースメーカー刺激部位から始まりその周囲へと伝播して行く局所心筋の収縮動態を,可視化し得ていた6)。さらに心室の正常刺激伝導系でない心筋から興奮が開始する不整脈の発生源をも可視化できていた。心電図などから不整脈源をおおよそ推測し得たfalse tendon症例において発生源を示す差分画像8)を既に得ている。
動脈硬化を脈圧による血管壁の微小拍動として可視化する基礎検討7)も行なっているが,Bモード断層法で動脈硬化性プラークが著しくなくとも,硬化して血管壁伸展性が減弱した症例が認められ,二次元的血管壁拍動からみる動脈硬化診断は従来にない有用な情報を与えることを示唆した。
内容
そこで本研究では,微小変位成分を定量的なカラー表示にて原Bモード画像に重畳表示する計測技術「超解像超音波断層法(Super-Resolution Echography)」を開発することを工学的な目的とし,また医学的には重要な情報でありながら従来いかなる方法でも不可視であった以下に示す臨床データを集め本電子計測技術の有用性を検討する。
1)心室性期外収縮の発生源の定量的カラー可視化によるBモード画像上での精密同定。該当症例がおればWPW症候群の副伝導路の可視化と心腔内焼却治療法前後の相違。
2)動脈硬化における局所血管弾性のカラー分布による定量的2次元診断法の確立。
3)心血管内の血液中で自然に形成された高輝度超音波反射体や,抹消静脈より注入した超音波造影剤の流跡を表示することによる心血管内血流の直接的二次元流線の可視化。
以上いずれも検出は可能であることを既に確認済み4-8)であったものをさらに定量性を持たせるものである。
本研究では解決しなければならない工学的問題点が二三ある。
#1.まず超音波の生体内音速1500m/sec.から扇形走査角90度で毎秒30frameとされてきた物理学的制約を越える毎秒100frame以上の高速度撮影された超音波Bモード断層像が必要であること。
#2.高速度撮影した超音波Bモード断層像やコンピュータによる後処理にてカラー化した超解像超音波断層像(Super-Resolution Echograpm)を正しく記録再生するためには,従来医用超音波画像の保存に用いられたS-VHS系やU-matic系のビデオ信号でも全く解像力が足りず不十分である。
#3.基礎研究を行なってきた従来の高速度超音波差分断層法1-9)では,単純な差分を抽出するのみであったため定量的でなかった。例えばBモード画像の輝度を256階調のAD変換後,輝度レベル200の高輝度対象が190に変化したときも,輝度レベル20の低輝度対象が10に変化したときも差分出力は同じ10階調となり,輝度変化の正規化が行なわれず,もとのBモード画像の撮像条件によって大きく影響を受け,定量性に欠けた。これを改善し,微小変化をも正しく評価するには,原画像の輝度からの変化率表示をするなど正規化の手段が必要となるが,単に割り算を画素毎に行なうのでは,演算時間がかかりすぎリアルタイム性が失われ,しかも低輝度や無反射の画素での不安定(低輝度/低輝度)・不定(0/0)・不能(任意輝度/0)の解が大量に出現する。
まず本項では開発する電子計測技術の処理の要点の理解の一助とするために,超解像超音波断層法(Super-Resoluation Echography)の原理と,その基礎となった高速度超音波差分断層法(High-Speed Digital Substraction Echography)の概念を説明し,最後に本研究遂行上の具体的解決法について述べる。
超解像超音波断層法の基礎となる高速度超音波差分断層法の概念
本法は超解像超音波断層法(Super-Resolution Echography)が実現可能であることを示した基礎研究で,その原理は時間的に連続する高速度超音波Bモード断層像の各画面を参照画面および被参照画面として各画素ごとにdigital subtractionし,その差を抽出するものである。一枚一枚のBモード像では不十分な空間分解能であっても,後方散乱の強度つまり超音波断層像における輝度は,対象物体の音響インピーダンスの変化に応じて原理的には無限の階調性を持つ。そこで連続する断層撮影像の時間的隣接画像どうしをsubtractionし対応する画像間で各画素ごとの超音波の輝度信号の差を強調する高精度なコントラスト分解を行なうと,超音波診断の常識を覆す超音波波長以下の短い変位までも抽出し得る(図1)。右に一例として,扇形走査の超音波Bモード断層法における中央部分の3本の超音波ビームと,さらにその中心のビーム直上にある点反射体を考えてみる。3本のビーム部分に相当するBモード断層画像を拡大し各画素を方眼で表したが,超音波ビームの感度の空間的分布が隣接ビームと重なり合うために,画面上では広く滲んでしまう、このために,点反射体が図左上の状態から左下に示した超音波波長λだけ右に移動しても実際の広いモニター画面で視ているとその変化は全く判らない。
ここで中央に示すsubtraction unitにて,時間的に連続する前後画面の差分を抽出し,各画素の増加成分を高輝度・減衰成分を低輝度に差分画像として表すと,右に示すように変化が明かとなる。以上の説明は,検査対象の運動・変化に比して十分に高速度撮影を行いBモード画像の空間的輝度分布が経時的に対応を認め得る程度に撮影速度を設定すれば,図の点反射体が実際の対象物体であっても,検査対象の内部構造に起因する多重反射や干渉による虚像すなわちいわゆるspeckleであっても成立し微小変位の検出が可能である3)。
高速度超音波差分断層法の限界
図1右の差分画像は階調性を持ち,一見定量性があるように思えるが,実際には有意の出力とは言えず,定量的評価は困難であった。
前述したように,Bモード画像の輝度を256階調にAD変換した場合,輝度レベル200の高輝度対象が190に変化したときも,輝度レベル20の低輝度対象が10に変化したときも差分出力は同じ10階調となり,輝度変化の正規化が行なわれていないためである。差分処理前のBモード画像の撮像条件は,検査の対象臓器や被検者個人の体格などにより大きく異なり,これによって大きく影響を受けるため,定量性に欠けるのである。
超解像超音波断層法
(Super-Resolution Echography)の原理
高速度超音波差分断層法の欠点を改善し,微小変化をも正しく定量評価するには,原画像の輝度からの変化率表示をするなどなんらかの正規化の手段が必要となることは言うまでもない。超解像に相当する微小変位を検出し,これを正規化して定量的に評価する方法はまさに超解像超音波断層法の原理そのものであるがこれにはいくつかの方法が考えられる。
最も単純には単に割り算を画素毎に行なうことが考えられる。しかしこれでは減算処理に比して演算時間がかかりすぎリアルタイム性が失われ,しかも低輝度や無反射の画素での不安定(低輝度/低輝度)・不定(0/0)・不能(任意輝度/0)の解が大量に出現する。そこで信号回復手法の中でも重要かつ有効である先見的知識による拘束条件(解の合理性を保つ限定条件)をつけ加える。即ちある設定値以下の低輝度信号どうしの割り算では,ことにSNの悪い高ゲイン撮像状況下ではノイズの方が大きいことがあるため出力としての商は一定値あるいは周辺画素からの平均値や捕間とする。また割り算の分母に相当する画面の画素の値のみが0で分子が一定値を示すときは,本来不能解であるが一定値を予め与えておく。無反射部位どうしの商も同様に一定値を与えておくことで対処できる。条件部は言うまでもなく割り算実行前にプロダクションルールなどで振り分けておくべきである。これらの演算アルゴリズムはソフトウェアで行なうには余りに莫大であるので数値演算のみハードウェアでサポートするとリアルタイムでの実現性は充分に高い。
また演算時間をできる限り減らすためには,look-up tableを用いる方法がある。例えば原画像のBモードを8bitでAD変換し256階調にしたとき,参照画面と被参照画面のそれぞれの組合せは256×256の65,536通りであるからworkstation以上のコンピュータであればこのlook-up tableのためのdimensionを切ることは困難でもなく,実際には100階調程度にreductionしたlook-up tableで充分実用的である。
方法
超解像超音波断層法では超音波Bモード像における臓器からの反射エコーの空間的相関性を経時的に維持するために,対象臓器の運動に比し十分に高速度で画像記録しなければならない。高速度に撮影可能な超音波Bモード断層装置は,幸いにも日立メディコ社製のものが市販されている。同社は,一本の送信ビームに対して接する2個の受信focusを形成するという巧みなparallel receiving methodにより,超音波撮像を毎秒164,特殊改造型では毎秒300枚まで可能としている。
次頁のブロックダイアグラム(図2)でも示すがdigitizing oscilloscope(YHP 54112D)は,RGB信号を時間領域で直接波形モニタし,より高精度の較正系を成すものである。超解像超音波断層法はその最終出力がカラー画像となるためコンピュータによる画像処理を主とする電子計測技術のように見えるが,実際には超音波ビームの一本一本からの微小変位を精密かつ定量的に抽出しなければならない高周波信号の処理技術が基本であり,digitizing oscilloscopeなどでRGB信号を直接取り込みその変化を精密に把握する事が必須である。
まずBモード原画像を高速度超音波装置(high-speed echograph : Hitachi Med. EUB-565S)により撮影した。この原画像は毎秒100frameを越える高速度であるため,一旦EUB-565Sに内蔵された大容量画像メモリに蓄え,次にこのBモード像をslow motion再生し汎用video信号のframe rateである毎秒30画面以下とした。このRGB信号に下記の処理系で本超解像法の定量化を図った。
RGB信号を画像としてdigital recorderに記録した。これは超解像超音波断層法のカラー画像を含め精密に記録再生するためである。理想的にはdigital video recorderが望ましいが汎用のcomposit信号系に比べるとはるかに高精度かつ廉価で実用的である。この信号をworkstationと双方向接続した。RGB画像に対してはworkstationで,前述の拘束条件付き割り算やlook-up tableによるcolor encodeを試み,臓器に応じて最も正しく定量化の可能なアルゴリズムを試作構築した。
この他,video printerとcharacter generaterは画像出力をハードコピーとして記録しておくため用い,汎用のS-VHSおよびHi-8 video recorderは動画像をbackupしておくために用いた。
医用工学的成果
動物実験や臨床例で,心臓血管系の微小変位の解析・最適可視化を行った。
1)心室壁運動の定量的カラー可視化によるBモード画像上での精密表現が可能となった。図3は心室中隔の拡張期における運動を定量的に変位量で表わしたものである。
2)開胸雑種成犬における実験的心室性期外収縮の発生源のカラー可視化によるBモード画像上での精密同定。
3)ヒトにおけるFalse Tendonからの心室性期外収縮の発生源のカラー可視化によるBモード画像上での精密同定。
4)頚動脈における局所血管弾性拡張のカラー分布による2次元診断法の確立。
5)心血管内で自然に形成された高輝度超音波反射体や,末消静脈より注入した超音波造影剤の流跡を表示することによる心血管内血流の直接的二次元流線の可視化(図7)。
まとめ
本研究は,工学的に見ると従来の常識を打破しランダムノイズに等しいと考えらえていたスペックルからも位置の情報が抽出できる具体的方法を示したことである。これは,従来より我々が行なってきた超音波診断法の各種実験の過程において発見した下記の事実に基づき,超音波による高分解能な微小変位診断の実現を確信したものである3)。
その第一点は,超音波Bモード断層法におけるスペックルを含む後方散乱波の定常性である。超音波の反射波ことにスペックルは,従来時間的・空間的に不安定な確率的存在とされてきた。しかし超音波の送受信条件を電気的にも力学的にも厳密に固定すると,実際には超音波の反射信号は極めて再現性が良く安定した存在であることを発見した。
第二点は,対象物体(臓器)の運動に比して十分に高速度で超音波画像を採取・記録すると対象物体からの反射エコー・スペックルの変位は小さくなるため空間的相関性が経時的に維持され,適切なアルゴリズムにより連続するframe間で超音波波長以下の変位をコントラストの変化として鋭敏に定量解析し得ることに気づいた。さらに医学的には,いかなる医用画像診断法にても従来全く不可視であった各種局所病変を描出可能としたものと考えられる。
本研究は統計的・確率的ノイズとされてきた超音波断層像上のspeckleを意味のある画像信号としてほぼリアルタイムに可視化する世界で初めての研究を基とするため,直接関与する報告は国内外ともに皆無である。しかし全く別の目的と方法により,超音波画像で減算処理を行なった報告はある。英国のMark J・Monaghanら(1988)は超音波造影剤注入前の心断層像と,数分後の造影剤収入後の心断層像を,検者の目視により重ね合わせ画像処理装置で減算処理を行なった。これは小量の造影剤の効果を高める域を出ず空間分解能をなんら改善するものでもなかった。造影剤を用いずとも生体構造物や局所心筋の詳細な運動・変位解析を可能とする本研究とは本質的に異なる。
また数+μmの微小変位の非侵襲的な画像化は従来不可能であったために,血管の拍動ともいえる脈圧による微小変位を二次元的に臨床評価する研究は本邦・諸外国ともに無かった。ただ動脈硬化の診断法として血管の変位と血流などを組み合わせて血管抵抗を計測した試み(吉田,古幡ら,超音波エコートラッキング法を用いた無侵襲的冠動脈血管抵抗測定法,超音波医学,17:3,213-222.1990)はあるが,局在する動脈硬化の適切な診断法とじては,未完成であったと思われる。
本研究により直ちに数多くの動脈硬化性疾患が外来レベルで客観的に診断されるようになり,薬剤効果の判定などにも用いられることと思われる。さらに本研究の完成により得られるはずの定量的想起診断法が確立・普及すると本邦の動脈硬化性疾患(脳梗塞,狭心症,心筋梗塞)などの予防や,期外収縮の発生源の画像診断法などが進み,引いては医療費の削減へとつながるものである。また超音波組織性状診断法はなお実用化に至らず決定的解法がないため苦慮しているが,これに関しても脈圧による微小拍動を捉え,例えば肝癌・肝硬変・血管腫などのかたさの異なる組織に対して機能的に組織性状を表現する新しいmodalityとなる得る。
本研究は,さらに治療へも直結する。例えば重症の不整脈に対してカテーテルやレーザや冷凍凝固術による発生源除去が行なわれているが,ここに直視下で超解像超音波断層法にて観察しながら行なうとその効果と安全陛は飛躍的に向上するであろう。
医療以外への応用も広いと考えられ,産業用の超音波計測器へも応用されると一層変位検出能力が正確となろう。既に我々は,IEEE Workshop on Micro Elctro Mechonical Systems`91においてマイクロマシンの計測技術に有効であることを報告している2)。